Evidence-Based PracticeとこれからのAthletic Training。
(ちなみに写真は滞在しているGrand Hyatt Hotel)
その後、5-8pmで講義があって、今日も8am~5pmまで缶詰状態で講義を受けていました。
いやー、きついけど、楽しいです!やっぱり、たまには“生徒”側になるのもいいなぁ。カンファレンスって、どんどこ次から次へと講義があって、新しい情報がどんどん脳みそに流れ込んでくる。それを色々聞いているうちに、情報が意味を成して自分の頭の中でぐるぐる回りだして、こう、アイデアとして逆流し始めてどわわっと溢れ出すことがあるんですよね。その感覚が楽しい。
さて、今回のカンファレンスが文字通り全ての講義タイトルにEBPがついているほど、
EBPを軸に構成されたものになっていました。
さすがに聞いたこと無い、って方はもういないと思いますが、EBPはEvidenced-Based Practice (Evidenced-Based Medicineとも呼ばれることがあります)の略です。つまり、証拠に基づいた医学の実践、ということなのかな?これに上手く当てはまる日本語ってあるんだろうか…。
EBPというのはAT界ではここ数年で目にすることがめっきり多くなった単語。私は運良く学生時代学ぶ機会がありましたが、恐らく私の世代が丁度境目だったのではと思います。
私より上の世代だと、EBPの名前しか知らない、なんてこともあるかも知れませんが、
私より若い世代はもうどんどんUndergradレベルでもこれを教わっているはず、
よほど時代遅れのProgram Directorでない限りは。
NATAは、一つの職業として、プロフェッショナルとして、その方向性を完全にEBPにシフトしました。
つい先週発表された新たな5th Edition New Competencies(PDF)でも、至る所にEBPという言葉が追加されています。言い方を変えれば、CAATE accreditedのステータスを維持したいならば、今後EBPをカリキュラムに埋め込むことが義務付けられます。これからAT界の新たなスタンダードになっていく、ということです。この世界に身を置くものならば、もはや“知らない”では済まされない言葉になっているわけです。
普通、NATAのAnnual Conferenceといえば3歩歩けば日本人を見かける、と言っても過言じゃないほど日本人がうじゃうじゃしていますが、さすがにこっちはEducator's Conferenceだからなのか、日本人らしき人は一人も見かけませんでした。やっぱり、アメリカでATの教育界に足を突っ込む日本人はほとんどいないってことなのかな…皆Clinicianですもんね。
そんなわけで、アメリカ在住日本人ATの人でも、現場のみに身を置く人は、EBPについて耳にする機会もそんなにないんじゃないか、ということで、私なりにここまでこのカンファレンスで学んだことを簡単に要約してみたいと思います。お役に立てて頂ければ幸いです!
----------------------------------------
EBPと聞くと、Evidence = Published Research(↑研究、専門ジャーナル、etc)と連想し、特に100%現場主義の人たちはそれだけで拒否反応を起こし、あたふたしてしまうことも多いですが、
実はそんなにびびるようなことでは無いんです。
なにも、全員が全員リサーチをする側に回れ、って言われてるわけじゃない。
噛み砕いて言えば、リサーチのGood Consumerになりましょう、ということなんです。
様々なリサーチに目を通し、それぞれを 1).批評的に分析し、その研究のエッセンスを抜き出して、咀嚼・消化して理解する(噛んでみて美味しくなければ吐き出すのも手、一目見て明らかに毒が入っていたら食べないものまた手です)。そして、それを 2).現場でどう活かせるか、その応用法を考える、というだけのことなのです。
情報を読み、理解し、取捨選択をする。
情報化社会が進んだ今日の社会では、賢い人なら考えずしてやっている行為のはず。
そう、何も目新しいことはないんです。
●The Quality of the Research
ここで気をつけなければならないことは、紙くずのようなリサーチも世の中に沢山あるということ。
世の研究者の方々を馬鹿にしているわけではないので誤解しないでほしいのですが、例えば、
とある会社が日本全国のインターネットの普及率を調べるためにオンライン調査を行なったところ、回答者の100%が“インターネットへのアクセスが身近にある”という結果が出た。
もちろんこれはジョークですが、お分かり頂けるように、この研究には大きなバイアスがあります。
オンライン調査をすれば、回答できる人間は全てインターネットにアクセスできる人たちのみ。
インターネットがない人はその調査の存在すら知り得ない。そりゃー100%になるのも当然です。
これだけ偏ったpopulationを対象にしていては、もちろん正しい答えは導き出せません。
このように、構成が甘い、被験者の数が少なすぎる、バイアス(偏り)が存在するなど、
研究と名は付くものの、使用価値が限りなくゼロに近い、なんてものもあるのです。
なので、研究を評価する/根拠ある信頼できるソースを選ぶ能力も、当然要求されてきます。
何が“Highest Evidence(最も価値ある証拠)”と見なされるか?
それを導き出すには、PEDro scaleやQUADASを用いたり、研究の種類によって分類されたり色々ですが(ex. Meta-analysisやsystematic reviewは一般に、case study等よりもかなりのhigh-evidenceとされる)、ここではちょっと話がずれるので、詳しい説明は割愛します。
で。
ここでもうひとつ言及されるべきは、ResearchがEBPの全てではない、ということ。
研究が言うとおりに、そのままそれを現場で実践すりゃーいいのか?
逆に、自分の経験上“これは効く!”という技術があったとして、それをサポートするEvidenceがまだ存在しなかった場合、それは全く価値の無い技術となってしまうのか?
答えは、両方とも、もちろんNo!研究を鵜呑みにするのがEBP、というわけではありません。
Current Best Evidence(現時点で手に入る、最適な証拠)の他にも、
Clinical ExpertiseとIndividual/Patient Values, Preferences, Needsが含まれています。
Clinical Expertise: あなた自身(クリニシャン)の経験と知識による判断
Individual/Patient Values: 患者さん側の価値観、希望やニーズ
これらを総合してあなた自身が最適と信じる決断を下して初めて、EBPを実践したことなるのです。最終的に決断するのはあなた。患者さんのニーズや価値観もひとりひとり違うし、あなたにもあなたらしい考え方があるはず。つまり、一つ一つのケースをユニークなものとして捕らえ、それぞれに応じた最適な対応をひらめく柔軟さは必要不可欠です。重きを置かれるとしたら、リサーチよりも後者の2つのほうだ(リサーチにそんなに惑わされることはない)、と言っているプレゼンターの方もいました。
EBPの根底にある概念は“Patient-Centered Care”というもので、
これは、患者さんを中心としたヘルスケアを造るべき、という信念から成り立っています。
“わー、先週は35°だったのに、今週は48°まで膝屈折出切るようになってますね、やったー”
と私たちクリニシャンが言ったところで、それが患者さんにとって数字以外の何の意味も持たなければ、それは使う意味があると言えるのでしょうか?私たちが、私たちのやりたいように、使いたい道具を使って測りたいものを測っているだけで、そこに患者さんの気持ちがどこにも入っていない。それよりも、患者さん自身にとって重要な、例えば“日常生活でこれが出来ずに困っている” “あれが出来るようになりたい”という点にスポットを当て、それを解消していくべきなのではないか、ということなのです。でもこれって、そんなに難しいことではなくて、そのほとんどが、言葉の使い方、発信の仕方だと私は認識しています。例えば、前者のROMをGoniometerでのmeasurementも、患者さんが“椅子に普通に座れるよう、膝が曲げられるようになりたい”という“不便さ”を感じているとしたら、途端に意味を成してきませんか?その不便さを受けて、“90°の屈折があれば椅子にも普通に座れるようになりますね、そこまで今週でいけるよう、頑張ってみましょう!”とこっちから言ってみる。そうすれば、患者さんにとって90°という数字が“椅子に座れる”という大きな意味を持ってくる。ね、clinician-centeredだったものが、これだけでpatient-centeredに変わる。ほとんどのクリニシャンは患者さんのことを考えながら治療・リハビリしていると思うので、ここらへんは、コミュニケーションの問題だろうと私は捕らえています。私自身もここ数年はこれを意識してコミュニケーションしていて、特に術後のリハビリの子なんかには、“普段の生活とかで、これやりたいのにできない~、って何かいらいらすることはない?これができたらなーって、思ったりとかは?”と頻繁に訪ね、Patient Needsに合わせた目標設定・治療をするように心がけています。こういう小さいことなんです、EBPの実践って。
私は個人的に、EBPというのは、良いClinicianなら普段からあまり意識することなく実践してきているものなんじゃないかなって思っています。コンセプトとしてこうして書き上げられるとちょっとおどろおどろしい感じもするけれど、そんなにとっつきにくいものではないんです。最新の知識を持ち、自分自身の経験と知識をフル活用しながら、患者さんひとりひとりをユニークなものとしてその価値観に合った治療をしていく。つまりそういうことです。Ever-changingな(常に移り変わる)医療界に携わる者として、当然の心構え。身構えていた皆さんにも、なーんだ、そういうことか、と思っていただければ私の思惑は成功です。ふふふ…。
もうちょっと書きたいこともあるのですが、長くなってしまったので続きはまた今度。
明日の午前中は講義をすっ飛ばして、ちょいと観光に行ってきます。わいわい。
# by supersy | 2011-02-26 21:00 | Athletic Training