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ACL再建手術後、様々なエクササイズが生み出すACLへの負荷をどう考慮すべきか?

突然ですが、問題です。

Q1: ACL再建手術後、一般的にグラフトにより高い負荷(Load)がかかるのは
a. 非荷重(NWB)エクササイズ
b. 荷重(WB)エクササイズ

Q2: ACL再建手術後、一般的にグラフトにより高い負荷(Load)がかかるのは
a. 10-50°の屈曲時
b. 50-100°の屈曲時

ちなみに同じ質問をTwitterでもしてみたんですけど、結構票が割れた(↓)んですよね…。
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ACL再建手術後、様々なエクササイズが生み出すACLへの負荷をどう考慮すべきか?_b0112009_15345914.png
答えは、こちらの論文1に隠れております!
2012年発表のものなので、案外古いのですけれど。なかなか一般的セラピストが知らない情報も詰まってそうでしたので読んでみました!最新じゃなくても、面白い論文なんていっぱいありますよね。多分野の文献ちょこちょこ読んでいるつもりでも、まだまだ読みこぼしがあるなぁと実感…。

さて、ACL再建術後のリハビリテーションはアスレティックトレーナー(AT)ならまず必ず経験することだと思います。健康なACLが耐えうる負荷はおよそ2000N2だそうですが、基本的には再建されたACLグラフトも同等の強度があるとされています(もちろん術式、個体差等によって多少の差はあり)。ただ、術後数か月はグラフトの強度が弱く、より小さな力で組織の破綻が起こる恐れもあるわけで。…ということは、ATはリハビリテーションを進めていく中で、エクササイズを処方するにあたって「どのエクササイズがACLにどれほどの負荷(Load)をかけるか」を熟知した上で、「今の患者のグラフトの治癒を阻害することなく、最も高い効果を生むエクササイズはどれか」という正しい臨床選択ができる必要がある、ということになります。

ACLが脛骨の前方移動の86%を担っているという古い(1980年)研究3による数値は非常に有名かと思います。ということは、言い換えればACLは脛骨が前方に引かれるような場面で負荷がかかるわけですよね。

膝が0-60°の屈曲時に大腿四頭筋が発火すると、脛骨が前方に移動する=ACLに負荷(Load)がかかる一方で、膝の屈曲角度が60°を越えていると、大腿四頭筋は脛骨を後方に引くよう作用する=ACLの負荷は減少(Unload)するんだそうです(これはRollingではなくGlideの話をしている、と私は理解しています↑ 動画を見ると可視化しやすいかも)。一方、ハムストリングの発火は膝がどんな角度であっても脛骨を後方に引くよう作用する=ACLの負荷は減少(Unload)する。こちらは、屈曲度が深いとUnloadの度合いも高いとのこと。つまるところ、さながら綱引きのような要領で、大腿四頭筋とハムストリングは様々な活動中に脛骨を引き合っており、大腿四頭筋がこの戦いに大幅に勝ち、且つ脛骨を前方に引く作用を見せているとき(0-60°の屈曲時)にACLへの負荷が上昇するわけですね。
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これを踏まえて、ACL再建手術後のリハビリテーションでの留意点を論文1から抜粋してみます。個人的に面白いと思った箇所が中心です。

▶移植片(グラフト)の違い
ハムストリング腱は膝蓋靭帯と異なり、Bone-to-BoneではなくTendon-to-Boneの固定となるため、固定箇所が十分な強度になるまで術後8-12週間を要する4。一方で、膝蓋靭帯(Bone-to-Bone)は6-8週間で固定箇所の強度が成熟する。5,6 この違いを考慮し、ハムストリング腱の場合、特に最初の4週間はグラフトへの張力をかけることは避けるべき。そんでもって移植元であるハムストリングそのものにも負荷は慎重にね…ってことなんですが、引用されているのが古い動物実験(犬、豚)中心なんですけどね…。ちょっと腑に落ちないなぁ。

グラフトによってエクササイズ選択、進行は変わるべきか?という観点では、AllograftのほうがAutograftに比べ、固定箇所の強度・グラフトの成熟に倍ほど時間がかかるので、リハビリテーションの進行はConservativeなほうが良いのでは7とのこと。まぁただ、これは日本でポピュラーな術式ではないので(アメリカでも今はもうそれほど)、あまり気にしなくてもよいかもですが。

▶NWBエクササイズ - Seated Knee Extension
座位でのニー・エクステンション・エクササイズは、重りを足関節周辺に付けると、同じ重りを下腿中央に付けた時と比べ、ACLにかかる張力は2倍(200N vs 400N)になる。8 また、膝の屈曲角度が浅い状態ではACLへの負荷が高い(10-30°で150-350N)。膝の屈曲角度を50-100°程度でエクササイズを行うのが、ACLへの過負荷を避けるには適切と言える。8
これらの知識の応用はACL欠損患者にも適応できる。ACL欠損=脛骨の移動を最低限に保ちつつ、筋活性を狙っていきたい場合は膝屈曲を深く、重りはより近位にするのがよい9と言える。

▶NWBエクササイズ - Seated Knee Flexion
こちらはハムストリングの活性エクササイズなので、ACLにかかる負荷はなし。ただ、ハムストリング腱を使った患者だけは、患側でのエクササイズに注意(一般的には術後6-8週間で開始する)。

▶WBエクササイズ - SL/DL スクワット
スタンダードな両足でおこなうスクワットがACLにかける負荷はごく僅か。これは仮に膝屈曲角度が浅くても(=大腿四頭筋が脛骨前方滑りに作用しているときでも)、ハムストリングが発火するからである。これは、ウェイトを足してエクササイズ自体の負荷を増加させても変わらない(ウェイトを足す=ハムストリングもより強度の高い発火を求められる=ACLは相変わらずUnloadされたまま、と思われる)。
一方で、踵を浮かせておこなうスクワットは、膝がつま先よりも過度(8-10cm)に前に出て脛骨高原が前に傾くことから、ACLへの負荷が高まり、踵が付いた状態に比べて3倍になる。同様に、シングルレッグのスクワットも膝が前方に突き出されることから、ACLの負荷は増加する(SL 59N vs DL 0N)。
胴体のポジションもACLの負荷を変える要因となる。胴体を地面に垂直に保つより、股関節屈曲角度を増やし、前傾姿勢を取る方がハムストリングの活性を促すため、ACLにかかる負荷は減少する。
ACLにかかる負荷を考慮すると、両足→片脚スクワットの進行が無難。

▶WBエクササイズ - フォワードランジ、サンドランジ
こちらもスクワットと同様、動作中ハムストリングの収縮が十分に促されるため、ACLへの負荷はそれほど上がらない。胴体前傾が負荷をさらに減らすことも、スクワットと変わらない。

▶WBエクササイズ - レッグ・プレス
こちらも、ウェイトの重量が重くても、足の位置を高くしても低くしても、スタンスを広く取っても狭く取っても、ACLにかかる負荷はないとのこと。リハビリテーション早期から取り入れられるエクササイズか。

▶WBエクササイズ - ステーショナリー・バイク
様々な負荷(W)、速度(RPM)での違いはなく、膝の屈曲角度が平均38°程の際にACLの負荷が上がりやすいが、個人差も大きかったとのこと。個人的な見解ではあるが、自転車通勤をしている身からすると、ペダルのどこに足を置くか(つま先荷重のほうが負荷が増えそう)、押すことによって車輪を回すのか(大腿四頭筋発火を促しそう)、踵を引くのか(よりハムストリングへの負荷が増加、つまりACLはUnload)によっても変わってくるのではないかと考察できる。

▶WBアクティビティー - 歩行、ステップアップ、ステップダウンなど
平らな地面での歩行は一般的なWBエクササイズ、そして多くのNWBエクササイズよりも高いACL負荷を生むのだそう。意外に思えるかもしれないが、逆足のつま先が地面を離れる頃に、荷重側の膝屈曲は浅くなり、ACLには最大300Nほどの負荷がかかるとのこと。前方への身体の加速、それに伴う大腿四頭筋の遠心性収縮、そして相対的に少ないハムストリングの収縮が一因か。
階段の上り下りやステップアップ/ダウンはスピードに関わらず平らな地面での歩行よりもACLに負荷をかけない。

▶WBエクササイズ - プライオメトリックス
両側でのドロップジャンプ(60cmのボックスから)は、座位でのニー・エクステンションとほぼ同じ250N程度の負荷を生むそう。故に、こういったエクササイズはリハビリテーション後期におこなわれるべき、と考えられる。
着地などの減速動作に取り組む際は「膝をしっかり屈曲させる」「胴体を前傾させる」ことを許すことでACLへの負荷を減少させる効果が狙える。


さて、ここまで色々書くと、最初の「問題」の答えは分かってしまいますかね。

Q1: ACL再建手術後、一般的にグラフトにより高い負荷(Load)がかかるのは
a. 非荷重(NWB)エクササイズ
b. 荷重(WB)エクササイズ
荷重状態でのエクササイズは多関節・多筋肉への負荷を促す。ハムストリングの高強度の収縮を伴うものが多く、結果、ACLグラフトへかかる負荷は相殺される。座位でのニー・エクステンション(NWBエクササイズ)は大腿四頭筋の選択的発火を促すため、こちらのほうがACLグラフトには高い負荷を生む。
*ただし、膝の屈曲角度が60°を越えたあたりからACLの負荷は顕著に低下する

Q2: ACL再建手術後、一般的にグラフトにより高い負荷(Load)がかかるのは
a. 10-50°の屈曲時
b. 50-100°の屈曲時
前述した、大腿四頭筋の作用に直結している。10-30°ほどの屈曲時に最もACLグラフトにかかる負荷は増え、30-60°に屈曲するにつれ減少、60°を越えると負荷はゼロになる。

つまり、これらの知識を現場レベルに落とし込むと、
1. リハビリテーション早期、再建したばかりのACLにまだ高い負荷をかけたくない場合は膝の屈曲角度がより深い状態(50-100°)でおこなうことが好ましい。
2. しかし、腫脹や痛みも当然関係してくるので、この屈曲角度が困難な場合はなるべく早くにWBエクササイズを早期に取り入れていくことも重要になってくる。ミニスクワットやランジなどを部分荷重でおこなう、または負荷を調節してのレッグプレスなどはオプションとしては現実的か。
…ということが言えるかもしれません。また、
3. リハビリテーション初期にスクワットをおこなう際は、膝がつま先を過度(8-10cm)に越えないよう配慮する/30-40°の胴体の前傾を許容することでハムストリングの収縮を確保することがで、ACLの負荷をコントロールする。
4. 早期に座位でのニー・エクステンション(NWB)をおこなうより他ない場合は、膝の屈曲角度を増やす、または負荷は足関節ではなく下腿中央などのより近位にかけることでACLへの余分な負荷を減らす。
…というのも、知っておくとプラスやもしれません。これらの留意点は、あくまでも「リハビリテーション初期」限定でよいと思うのですけれど。ACLに負荷をかけ始めなきゃいけないタイミングってのはありますからね。過保護にしてりゃいいってもんではないので。

1. Escamilla RF, Macleod TD, Wilk KE, Paulos L, Andrews JR. Anterior cruciate ligament strain and tensile forces for weight-bearing and non-weight-bearing exercises: a guide to exercise selection. J Orthop Sports Phys Ther. 2012;42(3):208-220. doi: 10.2519/jospt.2012.3768.
2. Woo SL, Hollis JM, Adams DJ, Lyon RM, Takai S. Tensile properties of the human femur-anterior cruciate ligament-tibia complex. The effects of specimen age and orientation. Am J Sports Med. 1991;19(3):217-225. doi: 10.1177/036354659101900303.
3. Butler DL, Noyes FR, Grood ES. Ligamentous restraints to anterior-posterior drawer in the human knee. A biomechanical study. J Bone Joint Surg Am. 1980;62(2):259-270.
4. Rodeo SA, Arnoczky SP, Torzilli PA, Hidaka C, Warren RF. Tendon-healing in a bone tunnel. A biomechanical and histological study in the dog. J Bone Joint Surg Am. 1993;75(12):1795-803. doi: 10.2106/00004623-199312000-00009.
5. Clancy WG Jr, Narechania RG, Rosenberg TD, Gmeiner JG, Wisnefske DD, Lange TA. Anterior and posterior cruciate ligament reconstruction in rhesus monkeys. J Bone Joint Surg Am. 1981;63(8):1270-1284.
6. Walton M. Absorbable and metal interference screws: comparison of graft security during healing. Arthroscopy. 1999;15(8):818-826. doi: 10.1053/ar.1999.v15.0150811.
7. Jackson DW, Windler GE, Simon TM. Intraarticular reaction associated with the use of freeze-dried, ethylene oxide-sterilized bone-patella tendon-bone allografts in the reconstruction of the anterior cruciate ligament. Am J Sports Med. 1990;18(1):1-10; discussion 10-1. doi: 10.1177/036354659001800101.
8. Pandy MG, Shelburne KB. Dependence of cruciate-ligament loading on muscle forces and external load. J Biomech. 1997;30(10):1015-1024. doi: 10.1016/s0021-9290(97)00070-5.
9. Wilk KE, Andrews JR. The effects of pad placement and angular velocity on tibial displacement during isokinetic exercise. J Orthop Sports Phys Ther. 1993;17(1):24-30. doi: 10.2519/jospt.1993.17.1.24.

  # by supersy | 2020-11-07 21:35 | Athletic Training

緊急時の止血: ブラジリアン柔術を応用した止血法?

今年のNATA Symposium (全米アスレティックトレーナー協会学術大会)はVNATA (Virtual NATA)というオンライン形式で行われ、元々9月10日だったはずの学術大会終了日が10月11日にまで延期されるという寛大なおまけつきでした。コンテンツが閲覧できる状態がもう数日続いておりますが、登録していた皆さんは十二分に内容を楽しみ切りましたでしょうか?

さて、私はずーっとこの中で見よう見ようと思っていたけれども、なかなか「今日だ!」という決心がつかず、つい最近まで受講を伸ばしてしまっていた講義がありました。タイトルは「An Integrated Approach to the Multi-Systems Trauma Patient: Stop the Bleed and Beyond」。演目名だけ見た時は「止血救急系?まぁこれは知っていそうだからいいか…」と思っていたのですが(今から考えるととんでもない驕り)、旦那から「あれ、見たほうがいいよ!血とか、写真がすごいけど…」と聞いて、そうか!それなら見てみよう!と心のメモを取った講義だったんですよね。でもこう、出血シーンや事故シーンなどが得意な方ではないので、心と身体の体調が悪くないときに見よう、と思っていたら結構月日が経ってしまって。

しかし、締め切りも近いしいい加減見なくては!と思い立って視聴しました。結論からいうと、今回のシンポジウムの中で私が最も「見るべき」ものだったと感じています。講演者のConway氏、圧倒される知識量でした。旦那よ…、良い講義を教えてくれてありがとう。危うく見逃すところだったよ…。Closed mindなのはあかんね…。

今回はこの講義で学ぶ機会のあった、私が知らなかったコンセプトたちをオリジナルの文献を振り返りながら読み解いてみようと思います。
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患者が出血している際の止血法は様々なやり方がありますが、
直接圧迫止血: 出血部位に直接ガーゼや布を当てて徒手圧迫する方法
*ティッシュなどは傷口に張り付いてしまい、後で取る際にまた出血してしまう可能性があるので使わないようにしましょう
間接圧迫止血: 近位の動脈(止血点)を手や指で強く圧迫して血流を止める方法
直接&間接圧迫止血: 上記直接圧迫と間接圧迫の併用
…が一般的によく使われる方法かと思います。原則上から順番に行い、より深刻な出血の場合は間接圧迫法の使用または併用を考慮する、という感じですよね。

では、まずはこの間接圧迫止血のやり方の変化球として、「Martial Arts Technique (マーシャル・アーツ・テクニック、武道法)」というものが存在するのを、今回講義を聞いていて初めて知りました!講義内でこちら(↓)1の文献が紹介されていましたので、ちょっと詳しく見てみようと思います。
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指を使っての止血点の徒手圧迫は 1) 救護者の疲労を招きやすい (イヤ絶対疲れますよね、あっという間に疲れますよ)、2) 周辺の血流阻害ができず、側副血行路による血流が保たれてしまう、というデメリットがある、ということが冒頭で論じられています。だから、もっと広い部位を強い力で圧迫できるような方法 - 例えば、ブラジリアン柔術などで用いられるテクニックを止血に応用してはどうか、というのです。ふへぇー、面白いけど、すごい理論の飛躍!でも確かに「オトす」ことが目的のテクニックって、こういう風に医療に応用が利くかもですよね!もう少し詳しく言うと、日本の柔術でいうところの「浮き固め」を基にした、「Knee Mount(ニー・マウント)」ポジションを使ってはどうかということみたいです。膝を折るようにして相手に馬乗りになり、膝と脛を使って相手の腹部に全体重をかけてのしかかるというこのテクニック(↓)は「(疲弊せず)長時間このままでいられる」「両手が空く」という大きなメリットがあるとのこと。これを止血に応用できないか検証をおこなったのが上の研究になります。
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By Land Rover MENA - Premier Motors | World Professional Jiu-Jitsu Championship, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=32373211

被験者は18-55歳の健康な成人。パワー分析に基づく適切な被験者数10名を上回る11名(平均22.5±6.3歳、男9名、女2名)が対象となったそうで、検証された止血法は全部で3種類。肩を圧迫し、上腕動脈の血流を減少させるもの[A]と、鼠径部を圧迫し、大腿動脈に対して介入するもの[B]、そして腹部を圧迫することによって大動脈をターゲットとするもの[C](↓写真の両手は徒手圧迫をしているのではなく、バランス保持のため被験者の股関節・膝周りを掴んでいる様子)です。見た目はなかなか激しめですね…。被験者さんたち、参加してくれてありがとう…。
止血法を実施したのは研究助手2名(体重80kgの男性1名、59kgの女性1名)。2名ともブラジリアン柔術の経験はなく、ブラジリアン柔術黒帯で、20年以上のトレーニング/指導歴のある教授から指導を受けたそう。それぞれ圧迫は30秒に留め、その間の血流をDoppler超音波で計測。3回おこなってその平均値を記録するというやり方だったとのこと。ふむふむ。
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Slevin et al,1 Figure 2より
んで。結果なんですが。
全ての計測点に於いて、圧迫開始前に29.2cm/秒あった血流速度が圧迫後には3.3cm/秒まで減少(p < 0.001)。血流が70%程減少したという結果となりました。中でも肩圧迫による上腕動脈血流速度低下は最も顕著(-97.5%)で、次いで鼠径部圧迫による大腿動脈血流速度低下(-78%)だった、とのことで、Knee Mountによる完全な血流停止が見られた率も上腕動脈(73%)、大腿動脈(55%)、大動脈(9%)だったようです(個人的には腹部圧迫で9%も大動脈が完全血流停止するってのも驚きですが)。
そんなわけで、この論文の結論は「主な動脈の血流を低下させたいとき、ブラジリアン柔術のKnee Mountを応用したマーシャル・アーツ・テクニックは有効である!」なんですけど、せっかくですのでこれに注意喚起を促す様な論文2も紹介したいと思います。
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このテクニックを用いた際のComplication (合併症というよりは副作用、悪効果という意味合いがここでは強いですが)として、筋壊死やミオグロビン尿症が起こるリスクは考えてる?そしてターニケットを用いた2%で起こると言われている虚血再灌流傷害も考慮に入れるべきでは?ひいては神経障害が起こる危険性(i.e. 上腕動脈圧迫の際に上腕神経を圧迫してしまうなど)などもないとはいえないよね?神経の状態もEMGなどで検証する必要があるんじゃない?という具体的で重要な指摘です。もちろん、現場での結論は「生死が関わる場面でこういった小さなリスクを恐れて『間接圧迫をしない』という選択はしない」のでしょうけれども、それでもなるべくリスクを最小限にして、最大のアウトカムを引き出す、というのは全医療人の目標であるべきことに変わりはないですよね。確かに面白いテクニックなだけに、リスクやよりよい実践法というのもこれから検証されれば、と思います。

あと、「ブラジリアン柔術の経験がなくてもできるテクニックである」「男性でも女性でも、体重が軽い場合でも有効に使える」というのは魅力的であると思う反面、「20年以上の経験がある黒帯柔術者の指導があってこそこの結果が出たのかも」と考えると、今私が気軽に実践できるテクニックなのかどうか?という点も引っ掛かりますね。見様見真似で、写真を真似て挑戦することはできると思うんですけれど、そのやり方で果たして今回の研究で検証されたテクニックレベルに到達するのかどうか。少なくとも私の身の回りには、気軽に指導をお願いできるブラジリアン柔術の黒帯者というのはいないものですから…。

しかし個人的には、複数の重症患者がいて私一人しか救護者がいない場面では、いかに自分のカラダに負担を少なく、手を自由に使える状態で的確にトリアージするかが重要になってくるとは思いますので、検証不足という点に今は多少目を瞑ってでも実践で使う価値のある手法かなと思っております。興味深い研究ですよね!

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それからもうひとつだけ。
止血の最後の手段として挙げられることが多いのが止血帯(Tourniquet, ターニケット)を用いるやり方です。個人的には、こういった手法は軍隊などでの使用需要・頻度が高く、逆に言うと「スポーツ現場で働くATが、Professional-Levelのプログラムで必ず習わないといけないというほどのことかね?」と長年疑問に思っていました(正直すぎてすみません - 前任校でもここは専門家である軍の将校さんを招いて教えて頂いておりました、写真上↑)。Mass Casualtyでの需要は非常に高いと思うし、実際にボストン・マラソンのような出来事があればATも持ってなきゃ困る知識・技術なのはよくわかるんですが、使う場面が非常に限定的なのと、伴うリスクが高すぎて、何がBest Practiceなのかアスレティックトレーナーが把握しきれないようなものの気がするというか。なんというか、こう、トピックとしてのハードルが高いというか。うーむ。うまく表現しきれないのですが。だったらMass Casualtyが起こらないよう、まずアメリカが政府を上げて取り組むべきことが他にあるんじゃないのと思ってしまうというか、他に我々AT教員も学生に教えるべきことがあるんじゃないかと思ってしまうというか。

そんなわけでターニケットにはだいぶ偏見がありました。認めます。あったんですけれど、今回、なるほどなと唸ってしまう統計も目にしましたので、自分への戒めのためにここに記しておきます。

Don't avoid a tourniquet in order to save a limb, and then lose a life (p.3-4).3" つまり、「腕や足を救おうとして止血帯の使用を躊躇い、結果命を落とすことなかれ」とはよく言いますが、実際に素早いターニケットの使用は人命を救うのだそうです。

米国陸軍兵士を対象にした2006年発表の研究4では、血液量減少性ショックの症状が出るにターニケットを使用した場合の負傷者生存率は90.1%(200/222)と、ショックの症状が呈されたにターニケットを使用した場合(1/10, 10%生存率)に比べて格段に高かった、という報告があります。数に偏りがあり、また、より重症度の高い患者は受傷からショック状態に陥るまでが早く、ターニケットを使用してもしなくても致死していたであろうバイアスは否定できませんが…。それでも、「まだショック状態でもないし、ターニケットの使用は必要ないかな?」と躊躇する理由にはならないことが示されています。早いに越したことはないと。
VNATA講師のConway氏も繰り返し講義の中で仰っていましたが、「ターニケットは正しく使用しても激しい痛みを引き起こす。これは患者に説明すべきことであるし、痛がっているからといってターニケットの使い方が間違っている、または外さなければいけないと思ってはいけない」んだそうです。ううう…想像をするだけで胃がキリキリ痛くなります。

それから補足的情報ですが、米国陸軍のガイドライン5によれば、
▶ 戦闘中の出血対応: 出血箇所が目視できればその近位を、目視できなければ「High & Tight」 - 近位部をきつくターニケットで巻く
▶ 安全な場所での出血対応: 出血箇所の2-3インチ(5-8cm)近位にターニケットを巻く
ことが推奨されているのだそう。可能であれば該当の腕または足がむき出しになるような状態にして、関節・刺さっている異物・骨折箇所には直接圧迫しないよう使用すべきなんだそう。

それからそれから、これも知らなかった。ターニケットは、ひとつ使用して十分な効果が得られない場合は、二つ目を追加で使用するんだそうです。このあたり、EpiPenと一緒ですね。言われてみれば、そりゃそうか!
二つ目のターニケットを使用する際、一つ目との距離をどう取っても、単一で使用するより血流低下の効果が見込める6そうなので、まぁ言ってしまえば近くに使用しようが、ちょっと距離を空けようが、どうやってもプラスにしかならないのですけれど、それでもやっぱり近いに越したことはない6ようです。一つ目のすぐ近位に付けたほうが圧迫としては効果が高いけれど、位置的に無理があるのであればすぐ遠位でもいいとのこと。ふーむ、なるほど。

ターニケットを使う上でのよくある間違いは
 1. 使うべき時に使わないこと
 2. 使用しても緩すぎること
 3. 使うタイミングが遅すぎること
…そして、
 4. 必要なときに二つ目のターニケットを使用しないこと
 5. ターニケットを時々緩め、患部に血流を許してしまうこと
…なんだそうです。どれも自分の恐怖心・苦手心を指摘されているようで、ぐさりと来ました。認識、改めないとアカンですね…。使うときは覚悟を決めろということか。


それから、これは余談になるかもしれませんが。


ヒトが生死を彷徨うような事件・事故場面に居合わせた際、患者の命が結果どうなったにせよ、医療従事者自身の心も大きく揺れ動きます。アスレティックトレーナーは、事故発生率の高い「スポーツの現場」最前線に立ち続ける以上こういったリスクも背負って然るべきものなのかもしれません。繊細じゃやっていけない!メンタルを強く持て!というのは簡単ですが。
だからといって職業として、傷ついた同志に何もしない、責任を負わない、手を差し伸べないというのは間違いであると私は思います。アメリカのAT協会も、実はこういったサポートに非常に積極的なのです。Critical Incident(大きな出来事)に直面し、心のケアが必要なATに対して、「ATsCare」というサポートプログラムを設けており、しんどい思いをしている仲間と繋がれるような活動をしているところは、本当にもう、良い意味でアメリカらしいというか、助け合いの精神に溢れていますよね。近年、今まで以上に教育、実践共にEmergency Careという領域に力を入れているCAATE/BOC/NATAであるからこそ、そのAftermathまでしっかり面倒を見る。ATを使い捨てのコマにしない、という精神は、他の国も見習うところが多いのではと思います。

1. Slevin JP, Harrison C, Da Silva E, White NJ. Martial arts technique for control of severe external bleeding. Emerg Med J. 2019;36(3):154-158. doi: 10.1136/emermed-2018-207966.
2. Gokalp G, Berksoy E, Bardak S, Demir S, Demir G, Bicilioglu Y, Zengin N. Possible complications of martial arts technique. Emerg Med J. 2019;36(8):516. doi: 10.1136/emermed-2019-208618.
3. Burris D, FitzHarris JB, Holcomb JB, et al., eds. Emergency War Surgery. 3rd ed. Washington, DC: Borden Institute;2004:6.3-4. Kragh JF, Walters TJ, Baer DG, et al. Survival with emergency tourniquet use to stop bleeding in major limb trauma. Ann Surg. 2009;249(1):1-7. doi: 10.1097/SLA.0b013e31818842ba.
5. U.S. Army Combined Arms Center. Handbook: Tactical combat casualty care. 5th ed. U.S. Army website. https://usacac.army.mil/sites/default/files/publications/17493.pdf. Published May, 2017. Accessed October 4, 2020.
6. Wall PL, Buising CM, Nelms D, et al. Effects of distance between paired tourniquets. J Spec Oper Med. 2017;17(4):37-44.

  # by supersy | 2020-10-05 21:00 | Athletic Training

Chronic Traumatic Encephalopathy (CTE, 慢性外傷性脳症)の生体診断は可能か - エビデンス・レビュー。

NATA Convention in New Orleans その2。(2011年6月21日)
CTEについて追記。と色々。(2011年7月13日)
Neuroplasticityについて考える。(2013年1月24日)
脳振盪関係おもしろ論文レビュー。 (2017年8月21日)

キツツキは何故脳振盪にならないのか、フクロウの頸動脈は何故切れないのか。(2013年2月2日)
キツツキは脳振盪にこそならないが、長期的に脳のダメージは蓄積している可能性がある。(2018年2月6日)

スポーツ脳振盪とその一次,二次,三次予防法 (日本アスレティックトレーニング学会誌-2017年3巻1号)
Chronic Traumatic Encephalopathy (CTE, 慢性外傷性脳症)の生体診断は可能か - エビデンス・レビュー。_b0112009_21290635.jpg
Chronic Traumatic Encephalopathy (CTE)について過去に言及した記事は少なくないですが、今回はIn vivo(生体)診断について2018年発表の論文1を読んでみました。Biomarker云々の論文は正直すごく読むの苦手なんですけど…目まぐるしくエビデンスが出続けるこの分野、好き嫌いは言ってられませんからね!なんか知らないことについて書いてあるかなと思って。いやーこいつは読み応えがありました。興味のあるみなさまもぜひ。
Chronic Traumatic Encephalopathy (CTE, 慢性外傷性脳症)の生体診断は可能か - エビデンス・レビュー。_b0112009_12542945.png
脳振盪やSub-concussive injuryによる反復性の頭部衝撃の蓄積と関連がある進行性の神経変性疾患がCTEと呼ばれる…ってのはまぁいいと思います。背景については割愛します(ここらへん知りたい方は上記日本アスレティックトレーニング学会誌リンク先の論文の第3段落、「その他の脳に対する…」を読んでください)が、CTEには4つのステージ2があり、
 I. p-tauの局所的な蓄積
 II. p-tauの皮質表皮近くの蓄積
 III. p-tauが前頭皮質、島皮質、側頭皮質、頭頂皮質など広くに蓄積
 IV. 大脳皮質、内側側頭葉のほぼ全域にまでp-tauが蔓延

加えて、臨床的特徴も4つ3あり、
 1. Behavioral - 行動障害
 2. Mood - 気分障害
 3. Cognitive - 認知障害
 4. Motor - 運動障害
…に分類することができます。症例の68%は進行性で、行動・気分的特徴は早期に出現、その後比較的安定することが多いですが、認知的症状が後から出現・悪化し、痴呆症状を来すことが多いとのこと。1 運動障害はどちらかというと稀。1

皆さんも恐らくご存じのように、2020年現在CTEの診断は検死解剖でのみ下され、絶対的生体診断は現時点では「不可能」1です。現在様々なバイオマーカ―の研究が行われており、
・Neuroimaging Biomarker4: PET によるp-tau蛋白の蓄積やPET、MRSを使った神経炎症やミクログリア活性の可視化、MRS/MRIを介しての神経変性/脳委縮の可視化
・Fluid Biomarker5: CSF、血液、唾液、尿や涙などから検出可能な、CTEに特異的な蛋白質、酵素などの特定
など、期待を持たれるものは多いです。特にFluid Biomarkerの分野では、Plasma T-tau,6 Exosomal Tau Level,7 sTREM28,9 などがマーカーとして有力視される一方で、アルツハイマー型認知症等その他進行性神経変性疾患との区別も難しく、8,10 「これ!」という診断に有効な物質の特定には至っていないのが事実です。

症状による評価・分類の可能性
McKee氏2らが、被験者生前時にインタビュー → 死後に脳解剖をしてCTEのステージを分類して、ステージ別の所見をまとめた報告では…
 ステージI: 6人中1人(16.7%)は無症状; 4人(66.7%)は頭痛や集中力欠如、3人(50.0%)は短期記憶障害、攻撃的行動、鬱、2人(33.3%)は遂行機能障害あり
 ステージII: 14人中3人(21.4%)は無症状; 11人(78.6%)は鬱や気分変動、頭痛、短期記憶障害などの症状あり
 ステージIII: 12人中1人(8.3%)は無症状; 11人(91.7%)は認知障害(例: エピソード記憶、遂行機能、集中力、視空間認知能力などの障害)、行動障害(例: 癇癪、攻撃的態度)、気分障害(例: 鬱など)あり
 ステージIV: 14人全員(100%)が症状あり、機能不全は多岐に渡り、中でも遂行機能障害、記憶障害、鬱、攻撃的態度が顕著であった
…となっています。うーん、認知障害が「進行」の目安になるかも?複数障害が出てくれば重度?というのはなんとなくわかりますが、それ以上はなんとも。被験者が少ないこと、インタビューと検死解剖の時期にどうしてもタイムラグが生じることなど、こういった研究のLimitationはかなり大きいものであることも同時に理解しておく必要がありますね(単純に研究者の努力で克服できるとはなかなか思えません)。

CTE患者(n = 36)の死後/診断確定後、近しい人へインタビューをすることでCTEの症状を可視化しようとした研究12もあります。これによれば、CTEの患者はふたつのサブタイプに分類できるんじゃないか、という面白い結果が出ていて、
 1. 行動・気分障害サブタイプ: 22人の患者が平均35±12歳時点で行動または気分障害の症状を最初に呈し、うち大多数(86.4%)が認知障害を経験するまでに進行
 2. 認知サブタイプ: 11人の患者が平均59±18歳時点で認知障害の症状を最初に呈し、全症例が進行。神経病理的変性はより深刻で、死亡時の年齢は行動・気分サブタイプより著しく上であった(まぁ発症の年齢がそもそも上じゃんって話でもありますし、SD値が大きいんですけど)。

…とのことです。どの患者も反復性頭部衝撃を受けてからCTE発症までに長い年月(数年から何十年)が経過しているのも特徴なんですが、この研究の面白みはサブタイプそのものよりも、「発症しなかった3人」にあります。この3名に目を向けてみると: うち一人は17歳だった → 若かったからまだ症状が出なかったのかなぁと予測できるのですが、もう二人は高齢だったそうなので、「なぜこの二人は他の33人同様の顕著な症状が出なかったのか?」という疑問に残ります。しかし、この2人に共通していたのは1) 修士以上の学位を取得している、2) 職業的成功を収めている、というところだったそうなんです。

高学歴13、仕事14で成功しているとCTEの症状が出にくい?実はこれは立派な仮説なのです。Cognitive Reserve (認知予備能)と呼ばれる概念が根底にあり、 『脳の変性が起こってから認知障害が露呈するまでの時間には「認知能力の余力(Cognitive Reserve)」が関係している15のでは?』という実に興味深いものなんです。「脳トレをしているとボケにくい」と言いかえると誰にでも想像しやすいでしょうか - 同じことがCTE発症でもいえるのでは、ということなんです。

以前まとめたMez氏らの論文16もここで紹介され、
 ステージI・II: 27人中26人(96.3%)が行動・気分障害、23人(85.2%)が認知障害、9人(33.3%)が痴呆症
 ステージIII・IV: 84人中75人(89.3%)が行動・気分障害、80人(95.2%)が認知障害、71人(84.5%)が痴呆症あり、それから63人(75.0%)に行動障害あり
…と記載があります。この研究(n = 202、全員アメリカンフットボール経験者で、検死解剖でCTEが確認済)では無症状患者はゼロ。ステージI・IIの85%が進行性だったのに対し、ステージIII・IVの100%が進行性だったという数字比較も。この研究でも「より進行した症例で認知障害、痴呆症が多くみられる」ということは言えるでしょうか。しかし、皆さん亡くなってしまっているので、画像で軽度 vs 重度わけたところで、結局みんな重度だったんじゃないのって言いたくはなりますけれど…。
*この研究も(以前にも書いてますが)被験者にものすごく偏り、バイアスがありますので注意して解釈しましょう。

さて、まとめにくいですがまとめると、「認知障害・痴呆症が先行出現していると進行、重度化の可能性は高くなる。認知予備能の貯えがあると発症を遅延できる?」ということでしょうか。まだまだエビデンスは限られており、ステイトメントの一般化は難しそうではありますけれど。
Chronic Traumatic Encephalopathy (CTE, 慢性外傷性脳症)の生体診断は可能か - エビデンス・レビュー。_b0112009_19553556.png
CTEの臨床診断クライテリア
ここまで出ている研究3,17-19 で提案されている診断基準の比較・一覧表が上になります(本文中のTable 27.1を基に作成 - クリックで拡大)。
Jordan17: 絶対的診断(Definite Diagnosis)には行動、気分、認知障害症状と神経病理性変性が認められなければならない、が、Probableの診断では認知障害、行動障害、小脳障害、錐体路障害、錐体外路障害変性のうち最低2つでも認められれば、Possibleの診断はCTEと同様の臨床所見があれば下せるということになっている。逆に、CTEの臨床所見にそぐわず、他の診断のほうが当てはまりそうなのであればImprobableが適応される。
Victoroff18: クライテリアの大きな構成要因は(1) 既往歴、(2) 症状、(3) 身体所見、(4) 持続性、(5) 他の尤もらしい鑑別がないこと。Probableであれば1, 4, 5が当てはまり、(2)から2つの症状、(3)から3つの身体所見が認められることを意味し、Possibleであれば1, 4, 5が当てはまり、かつ(2)から1つの症状、(3)から2つの身体所見が認められることを示唆する。
Montenigro et al3: TESは(CTEに限らない)外傷性脳症全般を指すため、これらのクライテリアはCTEにのみ当てはまるというものではない(=感度を重視し、特異度は犠牲にした)、というのはまず特筆されるべき。ただ、一応このクライテリアはCTE患者の症例を基に作られたものなんだそうで、その中身を見てみると…。(1) 反復性の頭部の衝撃を過去に受けており、(2) 他の神経疾患が当てはまりそうもなく、(3) 核となる臨床特徴が最低でも12か月間発症しており、(4) 最低でもひとつの核となる臨調特徴がベースラインと比較して悪化しており、(5) 最低でも2つの補佐的特徴が認められる場合にTESの診断が下される(ちなみに「核」特徴はここまでの文献で≧70%のCTE患者に認められているもの)。で、TESの条件に当てはまり、且つ進行性があり、他の診断は尤もらしくなく、最低でもひとつのCTE関連のBiomarkerが認められれば、Probable CTEと診断してもよい、とのこと。Possible CTEはBiomarkerが認められていないまたは他に尤もらしい診断が存在する、Unlikely CTEはTESの条件がそもそも当てはまらない、またはTau蛋白が画像で認められない場合だそう。
Reams19: PossibleとProbableに分類していますが…他の物と比べて詳細が欠けている印象で、本文にも「未熟であり、妥当性・信頼性が確立するまで臨床応用は推奨されるべきではない」とバッサリ切られています。

これは…ちょっとアレですねー、まとめようがないですね。あまりに差異がありすぎて、肝心なところが曖昧で。今のところ、問診や臨床所見などからCTEの診断を下す手法に関しては合意がなく、確立された手段はない、と言い切らざるを得ないでしょうか。色々上手く組み合わせるとClinical Prediction Rulesくらいはそのうちできそうですけどね。

危険因子、臨床的変更因子
必要危険因子: 反復性頭部衝撃への暴露 (脳振盪の診断は必ずしも伴わない - CTE患者の16%は脳振盪既往歴がない20)
危険因子: 年齢 (高齢はアルツハイマー型認知症の因子でもあることから、CTEにも影響を及ぼすと思われる - 死亡時の年齢を比較すると軽度CTEは比較的44歳、重度CTEは平均77歳16); 遺伝子 (APOE e4などの遺伝子を構成しているDNAの特定配列はCTEの発症率を高める恐れがある12,21が、それを否定する研究2もあり、結論は付けられない); 頭部に衝撃を受け始めた年齢 (12歳未満でフルタックルのアメリカンフットボールを競技し始めると各種障害を発症する危険性が著しく上昇 - 行動障害 OR 2.16, 95% CI 1.19-3.91; 認知障害 OR 2.10, 1.17-3.76; 鬱 OR 3.08, 1.65-5.76; 無気力 OR 2.39, 1.32-4.3222); 人種やライフスタイルはCognitive Reserve (認知予備能)とも関連性があると考えられるので一概に言い切れないが、現時点では黒人は認知神経系のアウトカムが良好でない23こと、仕事での成功、プロのアスリートを引退後の教育を受けたかどうか、アクティブなライフスタイルを送っているかどうか、14 アルコールや薬物の乱用があるか1どうかも影響を及ぼすことが分かっている。

というわけで、なるほどなるほど。面白い情報がみっちり詰まった論文でした。楽しかった。
今回の一番の収穫はCognitive Reserve (認知予備能)というコンセプトがCTE発症にも関わっているかもしれないってことですね。私は別に脳トレの類や認知トレーニングっつのはやってないんですが、まぁこうしてコンスタントに勉強して、脳みそに情報入れて、ワクワクもして、隙や機会があったら文章にまとめたり人前で話したりあれこれしているので、こう、広い目で認知トレーニングってことに、なりませんかね。なりませんか。そうですか。ぐー。
脳の刺激のために、第三の言語とかも習ってみたいんですけどね。スペイン語もいいけど、フランス語とか全然違う音も耳に入れてみたいなぁ。まぁ、言うだけでたぶんきっと絶対やらないんですけど。いつか将来、どこかの国に移住でもしたら…。

1. D'Ascanio S, Alosco ML, Stern RA. Chronic traumatic encephalopathy: clinical presentation and in vivo diagnosis. Handb Clin Neurol. 2018;158:281-296. doi:10.1016/B978-0-444-63954-7.00027-6.
2. McKee AC, Stern RA, Nowinski CJ, et al. The spectrum of disease in chronic traumatic encephalopathy [published correction appears in Brain. 2013 Oct;136(Pt 10):e255]. Brain. 2013;136(Pt 1):43-64. doi:10.1093/brain/aws307.
3. Montenigro PH, Baugh CM, Daneshvar DH, et al. Clinical subtypes of chronic traumatic encephalopathy: literature review and proposed research diagnostic criteria for traumatic encephalopathy syndrome. Alzheimers Res Ther. 2014;6(5):68. doi:10.1186/s13195-014-0068-z.
4. Lin A, Charney M, Shenton ME, Koerte IK. Chronic traumatic encephalopathy: neuroimaging biomarkers. Handb Clin Neurol. 2018;158:309-322. doi:10.1016/B978-0-444-63954-7.00029-X.
5. Zetterberg H, Blennow K. Chronic traumatic encephalopathy: fluid biomarkers. Handb Clin Neurol. 2018;158:323-333. doi:10.1016/B978-0-444-63954-7.00030-6.
6. Alosco ML, Tripodis Y, Jarnagin J, et al. Repetitive head impact exposure and later-life plasma total tau in former National Football League players. Alzheimers Dement (Amst). 2016;7:33-40. doi:10.1016/j.dadm.2016.11.003.
7. Stern RA, Tripodis Y, Baugh CM, et al. Preliminary study of plasma exosomal tau as a potential biomarker for chronic traumatic encephalopathy. J Alzheimers Dis. 2016;51(4):1099-1109. doi:10.3233/JAD-151028.
8. Heslegrave A, Heywood W, Paterson R, et al. Increased cerebrospinal fluid soluble TREM2 concentration in Alzheimer's disease. Mol Neurodegener. 2016;11:3. doi:10.1186/s13024-016-0071-x.
9. Alosco ML, Tripodis Y, Fritts NG, et al. Cerebrospinal fluid tau, Aβ, and sTREM2 in Former National Football League Players: Modeling the relationship between repetitive head impacts, microglial activation, and neurodegeneration. Alzheimers Dement. 2018;14(9):1159-1170. doi:10.1016/j.jalz.2018.05.004.
10. Ghidoni R, Squitti R, Siotto M, Benussi L. Innovative biomarkers for alzheimer's disease: focus on the hidden disease biomarkers. J Alzheimers Dis. 2018;62(4):1507-1518. doi:10.3233/JAD-170953.
11. McCrory P, Meeuwisse WH, Kutcher JS, et al. What is the evidence for chronic concussion-related changes in retired athletes: behavioural, pathological and clinical outcomes? Br J Sports Med. 2013;47:327-330.
12. Stern RA, Daneshvar DH, Baugh CM, et al. Clinical presentation of chronic traumatic encephalopathy. Neurology. 2013;81(13):1122-1129. doi:10.1212/WNL.0b013e3182a55f7f.
13. Banks SJ, Obuchowski N, Shin W, et al. The protective effect of education on cognition in professional fighters. Arch Clin Neuropsychol. 2014;29(1):54-59. doi:10.1093/arclin/act079.
14. Alosco ML, Mez J, Kowall NW, et al. Cognitive reserve as a modifier of clinical expression in chronic traumatic encephalopathy: a preliminary examination. J Neuropsychiatry Clin Neurosci. 2017;29(1):6-12. doi:10.1176/appi.neuropsych.16030043.
15. Stern Y. Cognitive reserve. Neuropsychologia. 2009;47(10):2015-2028. doi:10.1016/j.neuropsychologia.2009.03.004.
16. Mez J, Daneshvar DH, Kiernan PT, et al. Clinicopathological evaluation of chronic traumatic encephalopathy in players of american football. JAMA. 2017;318(4):360-370. doi: 10.1001/jama.2017.8334.
17. Jordan BD. The clinical spectrum of sport-related traumatic brain injury. Nat Rev Neurol. 2013;9(4):222-230. doi:10.1038/nrneurol.2013.33.
18. Victoroff J. Traumatic encephalopathy: review and provisional research diagnostic criteria. NeuroRehabilitation. 2013;32(2):211-224. doi:10.3233/NRE-130839.
19. Reams N, Eckner JT, Almeida AA, et al. A clinical approach to the diagnosis of traumatic encephalopathy syndrome: a review [published correction appears in JAMA Neurol. 2016 Nov 1;73(11):1376]. JAMA Neurol. 2016;73(6):743-749. doi:10.1001/jamaneurol.2015.5015.
20. Stein TD, Alvarez VE, McKee AC. Concussion in chronic traumatic encephalopathy. Curr Pain Headache Rep. 2015;19(10):47. doi:10.1007/s11916-015-0522-z.
21. Jordan BD, Relkin NR, Ravdin LD, Jacobs AR, Bennett A, Gandy S. Apolipoprotein E epsilon4 associated with chronic traumatic brain injury in boxing. JAMA. 1997;278(2):136-140.
22. Alosco ML, Kasimis AB, Stamm JM, et al. Age of first exposure to American football and long-term neuropsychiatric and cognitive outcomes. Transl Psychiatry. 2017;7(9):e1236. doi:10.1038/tp.2017.197.
23. Alosco ML, Koerte IK, Tripodis Y, et al. White matter signal abnormalities in former National Football League players. Alzheimers Dement (Amst). 2017;10:56-65. doi:10.1016/j.dadm.2017.10.003.

  # by supersy | 2020-08-15 21:30 | Athletic Training

Clinical Immersion (臨床没入)をAT教育に採用するということ。

2020年より有効となったCAATEのアスレティックトレーニング教育スタンダード1 の中には、

Standard 16: The clinical education component is planned to include at least one athletic training immersive
clinical experience.
Annotation: An athletic training immersive clinical experience is a practice-intensive experience that allows the student to experience the totality of care provided by athletic trainers. Students must participate in the day-to-day and week-to-week role of an athletic trainer for a period of time identified by the program (but minimally one continuous four-week period).

スタンダード16: 臨床教育の中には、最低でも一度のアスレティックトレーニング臨床教育没入体験を含まなければならない。
注釈: アスレティックトレーニング教育に置ける没入的臨床体験というのは、学生がアスレティックトレーナーの提供するケアの全貌を経験できるような、実践に満ちた経験のことを指す。学生はプログラムが設定した期間(最低でも継続的に4週間)、アスレティックトレーナーが一日の始まりから終わりまで、週の始まりから終わりまで果たす仕事の役割に実際に参加する。

という項目があります。言い換えれば、座学要素をほぼゼロにして、臨床教育強度をMAXまで上げる - さながらプロのアスレティックトレーナーのように働く就労疑似体験をさせよう、ということなんですよね。看護師教育でよく用いられる手法です。

CAATE教育スタンダードの移り変わりを追っている方ならわかると思うのですが、教育項目にこういった要素が明記されたのは本改訂が初めてになります。全米規模でプログラムが修士に移行し、AT教育に費やせる時間が2年という短期間になったことによって懸念されたことのひとつに、「臨床教育の質をいかに保ち、資格取得後の就労に対する『準備』ができるか」という点がありました。わかりやすくいうと、教科書的知識だけはみっちり頭に詰められても、応用・実践ができないクリニシャンを世に出すようではまずいよねと誰もが思ったわけなんですよね。

個人的には、学生の間は学生に、「学生である」ことを謳歌してもらいたいと思っています。具体的には、学業の場では臨床の現場で無償の動労力として利用されることなく、学びたいことを学びたいだけ勉強していい環境を用意し、その他にやりたいことも(i.e. 好きなアーティストのコンサートにいったり、旅行をしたりなど。やるべきことやって、スジさえ通していれば。)迷わず挑戦して、ATである前にヒトとしても見聞を広めてくればと常々願っているわけです。でも、嘘偽りない「仕事の厳しさ」を体感してもらうのも同じくらい大事なわけで。社会に出てから、「この仕事、こんなにキツいは知らなかった」と言わせてしまったらやはり、教育者失格ですからね。

そんなわけで、このClinical Immersion (臨床没入)なのです。この漢字が適切な日本語訳なのかどうか実は私は分かっておらず、もしかしたら「クリニカル・イマーション」というカタカナ表記で十分通じるものなのかもしれませんが。個人的には「就労疑似体験」という日本語は思いのほかしっくりきます。

Clinical Immersion (臨床没入)をAT教育に採用するということ。_b0112009_12233684.png
んで。
この論文2 では全プログラムのProgram DirectorとClinical Education Coordinatorにメールで調査し、背景情報を取得。その中から、なるべく満遍のないサンプルが集まるよう人選をして、合計11名にClinical Immersionに関して抱いている様々な思いに対して電話インタビューをおこなっています。

回答をテーマ別にまとめると、こんな意見が見えてきたそうな。ちょっと意訳を挟みながらまとめますね。
1. Perceived Benefits (実施のメリット)
一人の患者を受傷から回復まで見たり、早朝5amの出勤や日付が変わっての退勤、週末の仕事など、決してセクシーでない部分も含めて「全て」体験できるところに何よりの価値があり、この仕事がどんなものであるという期待がより現実的になるだろう。Preceptorはもちろん、他学生、患者、コーチやその他医療従事者とプロとしての関係性を築く機会も得られ、しかもそれが授業や宿題、テスト勉強に制約を受けることがない(= 臨床にだけ没頭できる)というのがいい。遠征などにも気兼ねなく帯同できるようになる。さながらフルタイムの臨床家としての日々を楽しめるのだ。今までのTraditionalなやり方で学生が逃しがちだった"Patient Contact Opportunity (患者にダイレクトに接する機会)"もまとまって得られるチャンスにもなる。(授業との行ったり来たりがないぶん)より遠方の実習先にも躊躇い少なく学生を送れるようになるかもしれない - 他州大学やプロチームなど、臨床実習先の選択肢が増えるとしたらこれは学生にとっても嬉しいことだろう。
他の医療従事職では「Residency」という形状を取られるものが、我々ATにとってのClinical Immersionなのかもしれない。こういったスムーズなTransitionを促進する時期があり、先輩とのMentorshipが築ける時間を設けることこそが職業そのものの財産となる可能性は多いにある。

2. Challenges or Concerns (実施にあたり、障壁や心配の種になりそうなこと)
座学カリキュラムをその分詰めなければいけなくなってしまうが、それは可能且つ健全なのか?今以上に「詰め込み教育」になってしまうのではないか?Preceptorの負担が重くなりすぎやしないだろうか?例えば「4週間、一日10時間、うちの生徒を2人見てほしいのだけど」と頼んで、結果PreceptorもClinical Siteもプログラムから離れてしまうようなことはないだろうか?(これらの「心配」は「まだClinical Immersionを実践していない」プログラム関係者から多く聞かれた半面、「私もそういう心配をしていたんだけど、いざ蓋を開けてみたら『ぜひ仲間に入れて!』というClinical Siteの数に驚いた!」という既に実装済みのプログラム関係者からの声もあったそうではあるが)
授業と実習同時進行しているときにあった「これ今日授業でやったやつ!」というスピード感は喪失される。費用や法的書類の多さなど、プログラムの負担になる要素は多く、一方で「これやったからって学習成果がより大きくなるという根拠はあるの?」という疑問は残る。
Clinical Immersion (臨床没入)をAT教育に採用するということ。_b0112009_22172164.png
障壁・心配の種に関してはもうひとつの論文3 でより詳しく言及されているのでこちらも合わせながらまとめてみます。
24の大学(学士レベル1校、修士レベル12校、学士&修士両方4校)からの24名のオンラインアンケートと、うち17名とのインタビューによると…
学生にとっての障壁
Isolation: オフキャンパスにて実習漬けの生活になると学生同士のつながりやプログラムとのつながりが薄れ、学生が孤立しているように感じるのでは?グループ学習の良さが薄れてしまう?確かに、オフキャンパス実習の比重が増えると私の前任校を考えた時、先輩⇔後輩の仲がとてもよくお互い刺激を受け合っていたのを見ると、それが減ってしまうんだろうかとも…。オンキャンパスに十分実習先が確保されていてばいいんでしょうけどね。
Financial Burden: 実習先までの交通費、住み込みの場合ならば宿泊費、バイトとの掛け持ち不可…。それらの経済的負担を学生が「投資」と割り切れるか?「現実味に欠ける夢物語」になってしまうのか?
Time Engaged in Learning: 今やCAATE教育は学生の実習経験を定量化する際、〇〇時間ではなく〇〇Patient Contactでカウントされるようになってきていると思うが、Clinical Immersionになれば選手が活動していようがいなかろうが「一日中」の実習が当たり前になる。質より量の実習に逆戻りしないか?学生がBurnoutを起こさないか?という声もあるよう。まぁ、選手がいないときに私たちが何しているのかは学生も学ぶ機会があってもいいとは個人的に思うんですけどね。ただ、「一日中」ダラダラと仕事しているのは別に美学ではないので、そもそもそういう勤務形態そのものを見直してもいいような気はするのですが…。
プログラムにとっての障壁
Lack of a Definition: Clinical Immersionの明確な定義がなく、不安やフラストレーションを抱えるプログラム関係者は多い。彼らが大学のもっと大きな立場の人たち(学科長、学部長、理事長など)にこれによってかかる費用や手間を説明・必要性を説得しなければいけない立場なので、もう少しはっきりとしたガイドラインのようなものを示してもらえると動きやすいのに…という気持ちはあるだろう。
これは確かに、個人的にも「例」をいくつか示してもらえるとありがたいかなという気はしています。
Scheduling: 座学をどう組みなおす必要があり、それに対して教師陣の理解は得られるか?完成されていたはずのカリキュラムを取り壊すことに抵抗を感じる人もいるとのこと。個人的に気持ちはわかるような気がする一方で、文中の「もう10年もやってきている、完成されたカリキュラムなのに…」という文面から読み取れる凝り固まった価値観は、あまりよくないかもと思ったり。いいんじゃないですか、こういうきっかけで「より良いもの」を目指して10年使ってきたものを建設的に壊すのも。
Preceptor Involvement: Preceptorだって一人になりたいときがあるのでは?学生をふとしたダウンタイムにEntertainしなきゃ、Babysitしなきゃ、とばかり思っていると疲弊させてしまうので?…というのはごもっともな指摘かも。特に1 on 1の場合は。

Millennial世代はチーム・ワークを好む傾向にあるので、Peerやプログラムとの繋がりを保つためにClinical Immersionの間にもオンラインなどで交流の場を設けたり、Patient volumeを考慮しダウンタイムを最小限に抑える工夫をすることでただただ長時間その場にいる、という状況を避けたり、工夫できることは多そうです。しかし、質の高いPreceptor Trainingをすること、そして元Clinical Education Coordinatorの立場からいうと、CECが各Preceptorと近い距離を保つことは難しそうだなぁと思います。

さて、メインの論文2 のほうに戻ります。最後は…
3. Strategies for Implementation (実施策)
Building Blocks - 座学同様、実習も「以前習った臨床スキルに今回はこういう側面を積み重ねる」という階段的構成を練ると良いのかもしれない。PT, OTや看護、医学部などお手本にできるモデルは多くある。比較的動きやすい夏学期にClinical Immersionをおこなう、既存のアカデミックカレンダーにとらわれない学期構成をする、Undergradのプログラムをつぎはぎで大学院に持ってくるのではなく、根本的な構造から見直す改革的姿勢を持つなど、クリエーティビティを促進するような思考の柔軟さがカギになる。

ただの個人の感想ではありますが。私はもうこのClinical Immersionについて頭を痛めなくてもいいポジションについていることが、悲しくてなりません。学生にとって理想的なDidactic EducationとClinical Educationのフローは?一般的に思われるような「座学ありきの臨床」にとらわれず、一年の初っ端にまず短めのImmersionをガツンと挟んでみてもよいのでは?2年生終盤の「メイン」となるClinical Immersionは、4週間ではなく8週間程度が理想的?高校のFreshmen, JV, Varsityが入り乱れるFootball Two-a-Daysのような混とんとした現場は絶対に経験すべきだし、大学でのがっつりRehabilitationに専念できるような現場も捨てがたい。学生に選べるように設定したいけれど、「絶対大学で働きたい、高校は興味ない」と言っていたような学生が、実際に現場に出ると「高校が!!!!いい!!!!」って言いだすことも多いしな…。時間があまりない中で、学生にどれだけの多様性のある経験をさせてあげられるだろう…。色々妄想は膨らむのですが、これを実践に移せるような立場にいないことが、やっぱり少し悲しいです。
Clinical Immersion (臨床没入)をAT教育に採用するということ。_b0112009_16542545.jpg
まぁそれでも今アメリカでばりばり教育やってる人たちの見解を聞いてみたいですね!あとは実際やってみての学生さんの感想も!CAATE ConferenceとかATECとか久しく行けてませんが(そしてしばらくは行けない状態が続きそうですが)、色々な教育者さんと意見交換してみたいです。

1. Commission on Accreditation of Athletic Training Education. 2020 Standards for Professional Masters Programs. CAATE website. https://caate.net/wp-content/uploads/2019/08/2020-Standards-Final-7-15-2019.pdf. Published July 15, 2019. Accessed July 6, 2020.
2. Harris AM, Volberding JL, Walker SE. Stakeholder perceptions of clinical immersion in athletic training programs. Athl Train Edu J. 2020;15(1):75-84. doi: 10.4085/1947-380X-19-055.
3. Mazerolle Singe S, Myers SL, Campbell M, Clements C, Eberman LE. Perceived challenges of clinical immersion in professional master's programs: a report from the athletic training clinical education network. Athl Train Edu J. 2020;15(1):18-25. doi: 10.4085/150118118.

  # by supersy | 2020-07-07 17:00 | Athletic Training

2017年記事再掲: 歯のケガの対応、知っていますか?

こちらも、前回同様、某ウェブ媒体に以前掲載されていた記事を再掲したものです。

こちらは2017年にスポーツ指導者、アスリートや保護者さん向けに書いた歯牙外傷 - つまり、歯のケガに関する文章です。一生付き合っていきたい大切な歯だからこそ、スポーツの現場に出る人たちに知っておいてもらいたいこと、私個人の意見が多く反映されているかもですがさっくりとまとめてあります。ご活用いただけたら幸いです。

ちなみにこのトピックに関しては、スポーツ現場で働くアスレティックトレーナーさん向けに個人の動画配信サービス(#18 歯牙外傷の救急対応と予防、前後半)、またはAZCARE ACADEMY内の講習(Lesson 5, 頭部・顔面)でもっと詳細に専門用語連発でまとめてあります。興味のある方はこれらも合わせてチェックしてみてください。



歯のケガの対応、知っていますか?

スポーツでは、「命に関わる」というまではいかないけれど、それでも充分に緊急を要するケガが起こりえます。今回はその中でも歯に関するケガについてお話したいと思います。
2017年記事再掲: 歯のケガの対応、知っていますか?_b0112009_14505363.jpg
意外と深刻な歯のケガ
虫歯治療などからもわかるように、歯は一度損傷してしまうと残念ながら自然治癒することはありません。歯は一生もの、なんてよくいいますが、年齢を重ねても美味しいものを遠慮気兼ねなくもぐもぐ食べるためにも、自分の歯とは末永く良いお付き合いをしたいものですよね。
スポーツで顔や口周りに起こるケガはスポーツ傷害全体の3-38%と言われています。1-3 例えば、皆さんは、口周辺にボールや他選手の肘がぶつかるなどして衝撃がかかり、歯が刃物代わりになって自分の頬や唇、舌を切ってしまったことなどありませんか?こういった口腔(こうくう: 口の中)のケガのマシなところは特に何もしなくても「治りが比較的早い」ことなのですが、例え短期間とはいえ、物を食べたり飲んだり、喋るたびに痛い思いをするのはなかなかにしんどいものです。
それから、もっと重症だと歯が欠けたり(破折)、グラついたり(不完全脱臼)、抜けたり(完全脱臼・脱落)してしまう場合もあります。これらのケガは放っておいても治らないばかりか、実は適切な対応をすぐにしないと手遅れになってしまうかもしれない、「緊急」と称されるような一分一秒を争うケガなんです。4 これらのケガが起きた場合の対処法、皆さんはご存知ですか?

歯が抜けてしまった!
では、歯がぼろっと抜けてしまった場合はどうするか?一番にすべきは抜けてしまった歯を拾うことなのですが、この際、歯の根の部分をなるべく触らないように気を付けてください。根の部分には歯茎に固定する靭帯や膜が付着していて、この部位の治癒が再植の際のカギになります。4
抜け落ちてしまったこの歯は、さながら陸に揚げられた魚のようなものです。呼吸ができず、息も絶え絶え。このまま外気に触れ、乾燥すればどんどん細胞が死んでいってしまいます。ですから、彼らが呼吸できる環境に一刻も早く戻してあげることが大事なのです。

歯の脱落に対する適切な対応
歯が比較的キレイな状態ならば、そのままえいやっと元の場所に歯を差し込んでみてください。向きだけ間違えないように、慎重に。これ、乱暴に聞こえるかもしれませんが、実は一番有効な対処法なのです。元の場所に差し込むことで、歯は息を吹きかえします。そして千切れた靭帯や膜たちが再生を始められるのです。「5分以内に再植できるか」がその後の治癒の成功を左右する最も大きな要素になる、と私たちアスレティックトレーナーも学校で習うんですよ。4多少ぐらついていても、とりあえずその場に落ち着けばオッケー。そのままガーゼを患部に軽く噛ませた状態で、歯医者さんへ向かいましょう。
歯に土やほこりなどが付着して、そのまま差し込むのがためらわれる場合は水を使ってさっと洗い流しましょう。この際、歯をごしごしこすり洗いしたり、石鹸や消毒液を使って洗ってしまっては絶対にダメです。これらは息も絶え絶えの歯に「トドメをさす」行為になってしまいますので、「すすぎ洗い」で十分。4 日本では水洗いは30秒以内5 というようですが、アメリカではもっと厳しく10秒以内と指導されます。4 水道水も歯にとっては外気とそう変わらない、「呼吸できない」厳しい環境なのには変わりないからです。流し終えたら、先ほど同様、一刻も早く歯を差し込みなおして、歯医者さんへ直行してください。
歯を差し込みなおしてみても、あまりにグラグラして歯が全く安定せず、歯がぽろりと抜けてしまう場合は?こうなったら、歯医者さんにワイヤなどの装具を使って固定してもらうよりほかありません。一刻も早く最寄りの歯医者さんへ向かいながら、その間、歯を「なるべく呼吸できる環境」へ置いておいてあげる必要があります。
先ほども言いましたが、外気に曝すのはもちろん、水道水に浸すのも決して歯にとって好ましい環境ではありません。乾いたガーゼや紙ナプキンで包むのもダメ、とにかく乾燥は避けなければなりません。4 うーん、ではどうすれば?
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歯の保存のために
最も好ましいのは歯保存目的で作られた専用液体の中に歯を浸すことです。4 例えば、アメリカにはsave-a-toothという製品が存在します。スポーツの現場で働くアスレティックトレーナーならば救急キットに必ず用意しているおなじみの道具です。手のひらにすっぽり収まるほどの小さな容器に保存液が入っており、抜けた歯もこの液体に入れておけば「呼吸」し続けることができるというわけ。日本には「ティースキーパー『ネオ』」という同等の製品があり、学校などでは常備されている場合が多いほか、処方箋なしでも個人で一般的な薬局(もしくはオンライン)で購入することができますよ。お値段はひとつ約1600-1800円。永久歯が一本守れると思えば、ずいぶん安い投資なのではないでしょうか(ちなみにこの保存液、室温保存が条件で、約2年ほどで使用期限が来てしまいます。直射日光の当たる場所に置いておかないこと、液体の色を確認し使用期限及び品質が悪くなっていないことを定期的に確認するようにしましょう)。
専用の保存液が手元にない場合は、冷たい牛乳(できれば低脂肪のもの)が次に理想的です。4 それもなければ、「患者の口(唾液)の中に入れてしまう」という荒手もあります。誤飲を防ぐために抜けた歯を歯茎と下唇の間に含み、そのまま歯医者へ向かいましょう。4 しかし、歯が抜けた部位からの出血が激しい、患者が脳震盪も併発しており意識が朦朧としている、または患者が泣きじゃくっていてうっかり歯を飲み込んでしまう恐れがある場合などは、口の中に入れないほうが良さそうです。その場合、生理食塩水(コンタクト液など)に浸しておけば、専用保存液や牛乳ほどではありませんが、水道水よりは体内に近い浸透圧のある環境が保てます。

歯が欠けた!
かけらがあまりに小さく、痛みもない場合は「何もしない」という選択肢もありますが、もう少し深いところで折れた場合は痛みがあったり、冷たい・熱いものがしみたりすることもあります。見た目が気になる方もいるでしょう。やっぱり、できることならくっつけたいですよね。この場合も脱落と同様、欠けた歯を1) 専用保存液、2) 牛乳、3) 口腔か生理食塩水に入れ (好ましい順に)、すぐに歯医者へ向かいましょう。4

歯が曲がった、グラグラする!
歯が少しだけグラグラする、くらいだったらそのままプレーを続け、終わり次第歯科医へ向かうのでも構わないのですが、例えばミシッと口の中で動いて明後日の方向を向いてしまっている場合は、まず方向を正したうえで、歯科医へ駆け込みましょう。4 こちらもワイヤなどで固定し、靭帯と膜の再生を促すことで充分な回復が見込めます。
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歯のケガの予防のために
さて、おさらいすると、歯が抜けた場合、1) 歯を(必要があればさっとすすいで)元の場所に差し込み、すぐ歯医者へ。もしくは、2) 差し込んでも安定しなければ専用保存液(なければ牛乳、それもなければ口腔か生理食塩水)に浸して、すぐに歯医者へ、というのが正しい対処法です。とはいえ、歯の心配なんてしないにこしたことはないですよね。歯のケガを予防するのに、はっきりと有効と言われている方法がひとつあります。それは、マウスガードを使うことです。4
日本でボクシング、テコンドーなどの格闘技とアメリカンフットボールではマウスガードの使用が完全義務化、加えてラグビー、アイスホッケー、ラクロスなどでは一部義務化されているそうですが、6 やはり指定の無いスポーツのほうが圧倒的に多いのが現状です。しかし、マウスガードをしていないほうが、している場合に比べて歯のケガのリスクが1.6-1.9倍になるといわれていることを考えれば、7 義務化されていないスポーツでも率先して選手がマウスガードを使ったほうが賢明と言えるでしょう。強制こそしていないものの、各協会もマウスガードの使用をスポーツ全般で推奨しています。4,8
マウスガードって呼吸がしづらくなるのでは?と不安に思う方もいるかもしれませんが、専門家が貴方にぴったり適切に合うよう作ったマウスガードは呼吸の妨げにならないはずですよ。9 マウスガード作成について興味のある方は、餅は餅屋!ぜひお近くの歯科医へ相談なさってみてください。この記事が、一人でも多くの方が大切な歯を守るために何ができるか考えるきっかけになってくれれば幸いです。

1. US Department of Health and Human Services. Oral Health in America: A Report of the Surgeon General. Rockville, MD: National Institute of Dental and Craniofacial Research, National Institutes of Health; 2000.
2. Kvittem B, Hardie NA, Roettger M, Conry J. Incidence of orofacial injuries in high school sports. J Public Health Dent. 1998;58(4):288–293.
3. Kumamoto DP, Maeda Y. A literature review of sports-related orofacial trauma. Gen Dent. 2004;52(3):270–280.
4. Gould TE, Piland SG, Caswell SV, Ranalli D, Mills S, Ferrara MS, Courson R. National athletic trainers' association position statement: preventing and managing sport-related dental and oral injuries. J Athl Train. 2016;51(10):821-839. doi: 10.4085/1062-6050-51.8.01.
5. 埼玉北足立歯科医師会. 歯の脱臼についてwebsite. http://www.kitaadachi-dent.or.jp/QA/QA_A23.html. 2002. Accessed March 2017.
6. 潮見台歯科クリニック. マウスガード装着義務のスポーツ website. http://www.shiomidai-shika.com/mouseguard/674.html. Accessed March 26, 2017.
7. Knapik JJ, Marshall SW, Lee RB, et al. Mouthguards in sport activities: history, physical properties, and injury prevention effectiveness. Sports Med. 2007;37(2):117–144.
8. The dental trauma guide. The International Association of Dental Traumatology website. http://www.dentaltraumaguide.org. Accessed March 26, 2017.
9. Kececi AD, Cetin C, Eroglu E, Baydar ML. Do custom-made mouth guards have negative effects on aerobic performance capacity of athletes? Dent Traumatol. 2005;21(5):276–280.

  # by supersy | 2020-07-05 18:00 | Athletic Training

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