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姿勢はインプットの反映であり、次の姿勢をフィードする。

古くて有名な論文1だとは思うんですけど、忘れないように一度ちゃんと読んでまとめておこうと思います。
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トレンデレンブルグ徴候に見られるような股関節外転筋の出力低下が膝や足関節の傷害発生に影響を及ぼすことはあまりに有名2-5ですが、これを神経ブロック注射(上殿神経)で人工的に作り出したら歩行メカニクスにどんな変化が出るだろうか?ということを検証したこの研究。まぁそら対側の骨盤ドロップが起こるでしょ、とか、立脚側の膝外反が出るでしょ、とかそんな仮説があったわけですが…。

結果はなんと、意外にも「歩行に変化は出ない」だったのです。

8名の健康な男性被験者(平均27±6歳)に神経ブロックをする前と後では、確かに股関節外転筋の筋出力は著しく低下したのですが(1.51±0.38 Nm/kg → 0.81±0.30 Nm/kg, p = 0.001, 46%の筋出力低下)、歩行中の股関節、膝関節のモーメントや活動電位、床反力、骨盤のドロップ、股関節や膝関節角度には一切統計的に有意な変化は見られなかったとのこと。

トレンデレンブルグ歩行や動的膝外反が見られる患者には、股関節外転筋の出力低下が起こっている。
しかし、股関節外転筋の出力低下を人工的に誘発させた被験者では、トレンデレンブルグ歩行や動的膝外反は起こらない。

この一件矛盾する二つの現象を、どう解釈すべきか?

私の個人的な意見ですけれど、ヒトがどう動くか…この場合はどう「歩く」か、というのは、単純に自己身体操作性という単一要素によってのみ構成されるわけではないと思います(そうだったとしたら、自分の身体の一部が急に言うことを聞かなくなったら、歩行はガラッと分かりやすく変化するはず - 少なくとも今回の実験結果ではそうは示されていませんからね)。

私たちを取り巻く環境は一秒一秒変化しており、すぐ右側を肩にぶつかりそうな近さで通り過ぎていくヒトがいるとか、左足で踏んだ地面の石が一瞬グラついたとか、右から強い風が吹いてきたとか、左上の空に鳥が飛んだとか、そういったものを私たちは五感を通じて感じ(Sensory Input)ながら、その環境に置いて最も有意義な動きを生み出している(Motor Output)いるはずです (実際に私が例で挙げたような状況が起これば、貴方は無意識下で自然と歩行の仕方を変えるでしょう?)。

そういった「日常の動き」の中で、「これが効率が良い」と最も頻繁に使われる動作パターンは「動きの癖」として、身体に染み付き、沁み込んでいくのです。もしその「癖」の中でたまたま使われる頻度の低い筋肉があったとしたら、その筋肉は徐々に委縮、筋力を低下させていくこともあるのかもしれません。こうして徐々に色濃くなっていく「動作パターン」の偏りは、今日より明日の、明日より明後日の姿勢をより特徴づけるものとなり、終いにはそこから脱するのが難しいほど溝を深くしてしまうのではないでしょうか。Sensory InputがMotor Outputをより強固でフレキシビリティに欠ける箱の中に閉じ込めてしまうようなイメージですよね。

*つまり、このChicken or Egg論争で私は、中殿筋の出力低下がトレンデレンブルグ歩行を生む、というよりは、トレンデレンブルグ歩行を繰り返すことが中殿筋出力低下につながる、という因果関係のほうがより支配的だと思っているわけです。そして中殿筋の発火がもういよいよ動作構想から消えていくことにより、トレンデレンブルグがより顕著になってしまう、という負のループが完成します。

今回の研究結果はその逆を示している、と言えると思います。特に歩行に代償が生じておらず、乱暴に言うと「様々な感覚入力があっても正常な歩行を完遂できる」ことが当たり前になっていた今回の被験者にとって、人工的な筋力の低下は文字通り大したことではなかったのです。意図的に上殿神経を麻痺させ、中殿筋・小殿筋の機能を一時的に奪ったとしても、「いつもの歩行」の溝がしっかりくっきりそのヒトの中に残っていれば、それは今この瞬間の歩行を変化させるほど大きな要素には成り得ない。Sensory Inputの豊かさがMotor Outputに多様性を保たせていた結果、多少カラダの中のMotorを乱されても、それが歩行そのものの変化を許さなかった、という風に言いかえることもできます。

多少体内の動的能力を奪われても、それをMotor Outputに影響させない術があるって、素晴らしいと思いませんか?少なくとも私はアスリートを対象に仕事をする身ですから、こういった要素を大いに活用しなければいけないと常に考えています(46%の股関節外転筋力低下が『多少』なのかは疑問が残るところではありますが)。左カカトが地面に打ち付けられたその感覚入力で左の腹壁、ハムストリング、内転筋と中殿筋の発火が自動誘発されればそれは見事なSensory Input→Motor Outputのシークエンシングだと思いますが、左カカトが奪われたらそれが途端にできなくなります(例: 某シューズメーカーの踵を浮かせるような靴を履いて歩行・走行しているなど)というのであれば、そこに在るのは限定性であって、多様性ではありません。左のカカトが地面に触れられなくても、左の周辺視野にオプティックフローがあれば、頚椎が右に側屈すれば、右の肺尖に空気が入れば、左のアームスイングが前方に起きれば、左の中殿筋が発火します、というくらい感覚入力に選択肢があり、そのどれかひとつの回路に刺激が入れば「いつもの歩行」が完遂できるとしたら、そのヒトは「ちょっとやそっとじゃ乱れない」動的能力を兼ね備えているということになるのではないでしょうか。「いつもの歩行」を「いつもの走り」「いつものシュート」「いつものスイング」などに書き換えてもらえば様々な競技にこの考えを応用させやすいでしょうか。

ではここで発想の転換をしてみましょう。
目の前にACL再建手術の患者がいるとして、または足関節捻挫から競技復帰を目指すアスリートがいるとして、その患者の動的姿勢を「正常化」するために、またはケガの再発を防ぐために、クラムシェルやモンスターウォークをして中殿筋を鍛えさえすれば、それで本当にいいのでしょうか?そのトレーニングがその患者の歩行から代償を取り除き、最適化させると、貴方はどれほどの自信を持って言い切れますか?

この患者は、この関節のこの筋肉を鍛える必要がある、と嗅ぎ分けること自体は臨床家に必要な能力です。しかし、私はそれに「どういった感覚入力がある状態で」「どの筋肉と発火するというパターニングを」「どうその患者の脳にリズムとして刻み、既存のモーターパターンを書き換えていくか」という要素まで細かく調整し、エクササイズを処方するべきではないだろうか、と考えています。

筋肉がさながらオーディオ器具のようなもので、ボリュームを左右に捻じりさえすれば身体が自在動かせる、というならアスリートは全員優秀なDJになりさえすればいいんですけどね。それよりはもうちょっと人体は複雑な造りをしているから、そこに介入する我々ももう少しその複雑さを楽しむ覚悟がないといけない。そんなことを改めて認識させてくれるような、興味深い論文でしたー。

1. Pohl MB, Kendall KD, Patel C, Wiley JP, Emery C, Ferber R. Experimentally reduced hip-abductor muscle strength and frontal-plane biomechanics during walking. J Athl Train. 2015;50(4):385-391. doi: 10.4085/1062-6050-49.5.07.
2. Crowell KR, Nokes RD, Cosby NL. Weak hip strength increases dynamic knee valgus in single-leg tasks of collegiate female athletes [published online June 20, 2021]. J Sport Rehabil. 2021:1-4. doi: 10.1123/jsr.2021-0043.
3. Zipser MC, Plummer HA, Kindstrand N, Sum JC, Li B, Michener LA. Hip abduction strength: relationship to trunk and lower extremity motion during a single-leg step-down task in professional baseball players. Int J Sports Phys Ther. 2021;16(2):342-349. doi: 10.26603/001c.21415.
4. Powers CM, Ghoddosi N, Straub RK, Khayambashi K. Hip Strength as a predictor of ankle sprains in male soccer players: a prospective study. J Athl Train. 2017;52(11):1048-1055. doi: 10.4085/1062-6050-52.11.18.
5. Khayambashi K, Ghoddosi N, Straub RK, Powers CM. Hip muscle strength predicts noncontact anterior cruciate ligament injury in male and female athletes: a prospective study. Am J Sports Med. 2016;44(2):355-361. doi: 10.1177/0363546515616237.

  by supersy | 2021-08-03 23:15 | Athletic Training

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