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Sports Medicine Licensure Clarity Act of 2017の可決はどんな意味を持つのか?アメリカのATを取り巻く法律のお話。

アメリカ上院(Senate)で昨日、S.808 Sports Medicine Licensure Clarity Act of 2017という議案(billl)が可決されました。
この議案の背景にはアメリカ特有の問題が隠れています。

アメリカでアスレティックトレーナー(AT)という呼称を背負って活動するためには、テキサス州とカリフォルニア州を除く48州では以下のステップを踏む必要があります。1) CAATE認定プログラムを修了し、BOC試験を受けて合格して"Certified Athletic Trainer"になる(=ATC資格を取得する。これは厳密には国家資格とは違うのですが、所謂 "全米"レベルのAT認定になります); 2) その上で、各州の規則に基づき、ライセンス(License)、認定(Certification)、もしくは登録(Registration)を取得し、「州レベルで合法的に活動するAT」としての条件を満たす。このStep 1と2は独立しており、「全米レベルの試験に合格すれば自動的に州レベルのライセンスももらえる」なんて甘いことはありません(そうだったらどんなに楽か!)。ATとして活動を希望する個人が責任をもって個別に手続きを踏み、全米レベル(Step 1)と、州レベル(Step 2)でのそれぞれの活動条件を満たす必要があるわけです。

*ちなみに、アメリカ50州のうち、ライセンス制度を採用している州がほとんど(44/50州)で、4州(オレゴン、コロラド、ウェストバージニア、ハワイ)が登録制、1州(サウスカロライナ)が認定制度を取っています(↓)。カリフォルニア州には現在ATを規制する法律が存在せず、どんな教育を受けた人でもどんな資格を持った人でも(逆に言うとどんな教育を受けていなくても資格を持っていなくても)自らを「アスレティックトレーナー」と合法的に名乗って良い無法地帯になっています。
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Athletic Training State Regulatory Boardsウェブページを元に作成(2018年9月現在)

ちなみにちなみに。ほとんどの州では全米認定(前述のStep 1)さえあれば州レベルでの活動条件を満たす(Step 2)のは難しいことではありません。私はフロリダ州とテキサス州で活動経験がありますが、基本的にこれらの州のライセンス取得のプロセスは似通っており、1) 全米認定ATである証拠記録提出(大学の卒業証書なども含む場合あり); 2) CPR/AED認定の証拠記録提出; 3) 州独自の法律などを理解している確認のため、数時間分のオンライン講習を受講・修了する(別途受講料有り)…などをして、登録手数料(これも州によりますが大体$200くらいではないかと)を支払えば終了、晴れてLicensed Athletic Trainerになれます(=LAT取得)。先に述べたように決して難しいことではないのですが、役所の書類手続きには2週間から一か月以上かかることもあり、州をまたいで転職・引っ越しするとこの手間(と費用)がなかなかバカにならないのが現状です。

ちなみにちなみにちなみに。先ほど『テキサス州とカリフォルニア州を除く48州では』と書きましたが、カリフォルニア州にはAT規制の法律が全く存在しない…では、テキサス州では?と疑問に思う方もいるかもしれません。テキサスは、言ってしまえばカリフォルニアと真逆で「意識高すぎて全米レベルでいち早くATという仕事の必要性を感じ、職業として確立した」州。全米認定制度ができる前にテキサス州ライセンス試験というものがあったため、2018年現在でも「州レベルのライセンス試験に合格し、LATさえ取得していれば、ATC未取得でもATとして活動することを認める」という決まりがあるのです。州レベルのライセンスが全米レベルの認定よりも事実上チカラがある、とでも言いましょうか。

これには非常に大きな問題が付随しています。2018年現在アメリカで全米AT認定試験の受験資格を得ようと思ったら、CAATE認定教育プログラムの修了が絶対条件。高い教育水準を満たしたプログラムに選ばれて入り(もちろん競争率は低くありません)、それを卒業するということは並々ならぬ努力を要します。一方で、テキサス州ライセンス教育プログラムはそれを管理・管轄する教育団体が存在しないので、教育水準は驚くほど低く、「この程度の学習しかしていなくてATライセンス取れちゃうの?」と驚くくらいCAATE認定のそれと大きくギャップがあります。CAATEの教育水準は改定の度に高くなってきていますから、当然ギャップもそれに比例して広がる一方です。テキサスで活動するATC/LAT取得者と、LATのみ取得者のプロ意識、知識、技術の違いは…ここで表現するのは難しいです。実際に臨床の現場で実感する場面が多々、ありました、とだけ書いておきます。


さて、話がものすごく逸れました。本題に戻ります。


今回の議案Sports Medicine Licensure Clarity Act of 2017は、ざっくり言うと「自分の住む州でライセンス取得をきちんと済ませているATは、州をまたいだ遠征などで他州で活動する際にも法的に守られていることにしましょうよ」という内容です。

そうなんです、例えば私がテキサス在住・勤務でLAT, ATCの資格を有し、合法的に活動を行って、その活動の全てがLiability Insurance(損害賠償保険)によって守られているとして、お隣のルイジアナ州の大学との試合のために遠征して活動する場合、そのLiability Insuranceはルイジアナでの活動は適応外…つまり万が一ルイジアナ州で私が下した診断や施した治療が元で訴えらえるようなことがあれば、保険が効かないよ、というのが実態でした。「州外の活動は訴えられたら終わり」…事実上、アメリカで働くNCAA Division Iの全アスレティックトレーナーと、プロチームで働くアスレティックトレーナーは個人としてプロとして大きなリスクを抱えながら仕事をこなしていたわけです。とはいえ、遠征前にそれら全ての州のライセンス取得を義務付けるのも現実味に欠けます。だからこその、この議案なんです。

この議案では、「自州(primary state)と他州(secondary state)のライセンス規制が似通っているならば、州外の活動は全て法律上は自州で起こったものとみなす」としており、これが認められれば、アスレティックトレーナーが州外でもライセンス剥奪や多額の訴訟負債を恐れることなく、選手のケアに集中して仕事にのびのびと臨めるような環境作りへの大きな一歩になります。革新的、革命的といっても過言ではないと思います。

一つ気になるのが「ライセンス」「ライセンス」と議案内で繰り返されているところですかね…。例えばライセンス制度を採用している44州に関しては「法的交換性」というのが生まれるのかなと推測するんですが(テキサスは前述した理由でここで引っ掛かる可能性がゼロではありません。でも、43州間ではまず問題ないでしょう)、登録制の4州、認定制の1州で現在活動しているATはライセンス制度の州に遠征帯同する場合、法的に守られるんでしょうか…?その逆は…?カリフォルニア州「に」遠征帯同する場合は実質どんな人でも合法的に活動できてしまうわけですが、これが可決されればカリフォルニア州「の」ATはどの州でも合法的に活動することがより難しくなるのでは?どなたかご存知の方います?

これらが抑止力となって該当する6州のライセンス化が進むのがベストシナリオなのかなという気もするんですが…。某州など時代を逆行して規制を取っ払おうとしてるとも聞きますし、どうなるやら。とにかく大注目です!この議案は上院可決され、現在衆議院にちょっとした用語の修正のために戻されていて、それが済めばいよいよ大統領のサインを待つだけになります。続報を待ちたいと思います。

アメリカから日本に帰ってきてアメリカへのアクティブな興味が急激に薄れている自覚があるというか、ATの周りに複雑に絡む世論やプロ間の意見の動きにものすごい勢いで鈍くなっているので、こういうのもちゃんと知っておかなきゃなぁという戒めも込めての今回のブログ記事でした。政治情勢なんかも常に把握しておかにゃいかんなぁ。ちゃんとしよ。

  by supersy | 2018-09-08 11:30 | Athletic Training

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