小脳に関する論文まとめ・おまけ: 小脳と感情。

生きていると感情って合理的じゃないなぁ、という場面にも多々出くわしますが、そもそも感情とは我々の生存率を高めるものなんでしょうか、それとも低めるものなんでしょうか?例えば生きていく上で何が怪しい、嫌な予感がする、近づかないでおこう、という感情に耳を傾けて生存率が高まることもあれば、単純な欲求に駆られてリスクの高い行動を取り、結果死ぬこともあるんじゃないかと思うんです。もし前者が「真実」ならば生き残ってきた我々は合理主義の感情に流されず、論理だてて物事を考えるヒトたち、ということになるし、後者が当てはまれば感情的なニンゲンばかりが生き残った社会になる。まぁ、どちらもそれはそれでしんどそうな世の中ですが…。

さて、小脳がいかに正常な運動機能に重要な役割を果たしているかはもう200年以上も前から論じられてきましたが、今回お話したいもうひとつの小脳が持つと言われている機能に「感情」があります。様々な論文をまとめながら要点をさらっていきたいと思います。
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解剖学的に小脳は片葉小節葉(flocculonodular lobe)、虫部(vermis)と外側小脳半球(lateral cerebellar hemispheres)に分けることができ、片葉小節葉はバランスと平衡感覚に、外側小脳半球はモータープランニングとその実行にチカラを発揮すると言われているが、中でも小脳虫部はcoordinationと感情のつながりが研究によって示唆されており、Limbic Cerebellumという異名も持つ。1 小脳の特定部位に損傷が見られる場合、感情的引きこもり(emotional withdrawal)や感情コントロールの不具合、またそれに伴う行動異常が見られることが報告されているのである。1

●恐怖
恐怖(fear)とは生物にとって強烈な意味と力を持つ感情である。恐怖とそれに結びついた刺激を記憶することで生存率を高めてきたからだ。1 生物は恐怖という感情が沸き上がったとき、自律神経システム(i.e. 血圧や心拍の変化、瞳孔の拡張)と内分泌システム(i.e. 発汗)、そして行動(i.e. 震え、驚愕反射など)を用い、その全身を使って反応を示す。小脳はどうやらそのfear-conditioning(恐怖条件付け、これが怖いと以前は恐怖対象に感じなかったものを恐怖を覚えるべき対象であると再認識すること)に関わっているようなのである。特定の刺激(i.e. 音を聞かせる)を与えた後に電気刺激で痛みを与える、というfear-conditioningを繰り返した際、健常者は音を聞いただけで心拍の変化が見られたり、驚愕反射を見せたりしたが、小脳を損傷した患者はこれら変化が見られなかった。2,3

●情動処理(emotional processing)
より感情的な記憶を思い起こそうとすると小脳虫部の活性が起こることも報告されており、4 脳が感情をどう処理するかも小脳無くしては語れないようである。fMRIを使った研究等では被験者自身が痛みを感じると小脳虫前部が、痛みを思い出させるような刺激を見たり、他人が痛みを受けてる場面を目にすると(=痛みに共感を覚える)と小脳虫後部が一定のパターンで活性することが分かってきた。5-7 様々な感情を引き起こす刺激を与え、それに伴う脳活性を検証した実験では、「嫌悪感」を感じたときには小脳虫部と半球が、「幸福感」を感じたときには半球後部が活性したという結果も出ており、8,9 小脳の感情の特異性(the concept of regional localization of emotional processing within the cerebellum; emotion specificity; 特定部位が特定の感情に対して反応する)が存在する可能性も示唆している。

●他人の表情から感情を読み取る
ヒトは他人の表情からその意図を汲み取るものであり、これは小脳に損傷がある患者が思うようにできなくなることでもある。実際、ヒトが他人の表情を読んでいる時は小脳、皮質下領域、大脳辺縁領域、側頭頭頂野、前前頭野に視覚領域と様々な脳の部位の活性を必要とする。ちなみにこれには感情の特異性はなく、「他人の感情を読む」ことに関しては喜んでいる、怒っているなどに特異した脳の部位は存在しないようだ、という説もあれば、いやこの部位が感知する感情は喜びだ、恐怖だ、怒りだ云々と専門家の中でも意見が分かれるところである。1

●感情に関わる疾患患者など
精神分裂症の患者は小脳半球のサイズは健常者と変わらないが小脳虫部は委縮している、という報告や(これは確立されたものではないが)、これを逆手にとって精神病患者の小脳虫部を電極で刺激することで治療が行えないかを検証した研究なども存在する。10-12 同様に、鬱を患う患者にも小脳の委縮が見られたり、小脳の退化を伴う脊髄小脳失調症や多系統萎縮症の患者は精神経疾患を発症する可能性が2倍になるなど13 小脳と精神疾患の繋がりを説く研究は少なくない。
*小脳以上と自閉症についての記載も多くの論文に含まれていたが、これは以前触れたので割愛。

●意識的、無意識的な感情処理
小脳の情動処理を意識的(conscious processing; explicit)と無意識的(unconscious processing; implicit)に分ける見方もあり、意識的な処理にはfear-conditioningや相手の感情から表情を意図的に読む行為、自分が感じている感情の認知があり、無意識的な処理には自律神経反応の調整、自動的な感情学習や無意識に起こる表情の読み取りなどがある(Table 1参照)。無意識の処理は小脳虫部が、意識的な、higher-orderの処理は小脳半球で行われているのでは、という報告もあるそうだ。14
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Clausi et al., 201714より、Table 1

感情処理はBottom-upでもTop-downでも両方起こる、という文章が印象的。Clausi et al14は“sequence detection model”という説を推奨しており、小脳は運動、認知、感情に関わらず、繰り返し起こるイベントに対して法則性を見出し、解釈を内から作り出し、それに基づいて「次に何が起こるか」を予測する(*…もっと言うと、その「予測」が正解だったかどうかを見極め、次回の「予測」を修整するところまで関わっているんじゃないかと個人的には思いますが)ことが仕事なのではないか、と述べており、常に変化しつつある環境に行動・認知・感情の観点からチューニングを行ってくれているのではと締めくくっている。

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Cerebellumというジャーナルに掲載された合意声明(↑)15 では、まだこれからも様々な実験が行われなければいけないとしながらも、

- 小脳は様々な感情の処理に関わるが、特にネガティブな感情処理に関わりがあること(これは相手が怒っている場合、それを察知して守りに入る準備をしなければいけないなど、生存に直接影響を与えたと推測される)
- 最近の研究では小脳に損傷があっても恐怖から正しい結果を推測し、恐怖を避ける選択ができることが判明している一方で、自身の中にあるネガティブな感情を推し量る能力が低下していることが分かってきた。つまり、情動処理能力(emotional processing)は言われていたよりできるのかもしれないが、感情知覚能力(emotional perception)は大きな影響を受けているのでは、という説がある
- 言語で真意を伝える際、Emotional prosody(感情的韻律、発話のリズム、強弱、抑揚やピッチの変化)は非常に重要な役割を持つが、小脳に損傷を負った患者の発生はゆっくりになり、モノトーン、途切れ途切れや、ぼそぼそと聞き取りづらかったりなど、韻律に問題が出ることが多いと言う。話し相手の発するProsodyの読み取りには右小脳の後部の活性が必要とされるので、小脳障害はProsody production(韻律作成)のみでなく、Prosody recognition(韻律認知)にも問題が出るようである
- 小脳虫部は感情記憶(emotional memories)の全てのフェーズ…記憶獲得(acquisition)、整理(consolidation)、保管と取り出し(storage/retrieval)、消去(extinction)…に一役買っている
- 社会的環境の中で他人をどう理解し、どう関わっていくか、という能力「social cognition(社会認知)」…詳しくはMentalizing(他者の心理を行動から想像や理解する能力)やMirroring(相手の言動や仕草などを鏡のように真似、親近感や好感を抱かせる)にも小脳が関わっており、道徳心(morality)やそれに関わる決断を下す際にも活性するなど、小脳の機能は実に多岐にわたる

…など、これまた興味深いことが色々と書いてありました。小脳と感情の世界は、奥が深いっす…。

1. Snow WM, Stoesz BM, Anderson JE. The cerebellum in emotional processing: evidence from human and non-human animals. AIMS Neuroscience. 2014;1(1):96-119. doi: 10.3934/Neuroscience.2014.1.96.
2. Maschke M, Schugens M, Kindsvater K, et al. Fear conditioned changes of heart rate in patients with medial cerebellar lesions. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2002;72(1):116-118.
3. Maschke M, Drepper J, Kindsvater K, Kolb FP, Diener HC, Timmann D. Fear conditioned potentiation of the acoustic blink reflex in patients with cerebellar lesions. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2000;68(3):358-364.
4. Damasio AR, Grabowski TJ, Bechara A, et al. Subcortical and cortical brain activity during the feeling of self-generated emotions. Nat Neurosci. 2000;3(10):1049-1056.
5. Ploghaus A, Tracey I, Clare S, Gati JS, Rawlins JN, Matthews PM. Learning about pain: The neural substrate of the prediction error for aversive events. Proc Natl Acad Sci USA. 2000;97(16):9281-9286.
6. Ploghaus A, Tracey I, Gati JS, et al. Dissociating pain from its anticipation in the human brain. Science. 1999;284(5422):1979-1981.
7. Singer T, Seymour B, O'Doherty J, Kaube H, Dolan RJ, Frith CD. Empathy for pain involves the affective but not sensory components of pain. Science. 2004;303(5661):1157-1162.
8. Baumann O, Mattingley JB. Functional topography of primary emotion processing in the human cerebellum. Neuroimage. 2012;61(4):805-811.
9. Schienle A, Scharmuller W. (2013) Cerebellar activity and connectivity during the experience of disgust and happiness. Neuroscience. 2013;246:375-381.
10. Aylward EH, Reiss A, Barta PE, et al. Magnetic resonance imaging measurement of posterior fossa structures in schizophrenia. Am J Psychiatry. 1994;151(10):1448-1452.
11. Heath RG. Modulation of emotion with a brain pacemaker. Treatment for intractable psychiatric illness. J Nerv Ment Dis. 1977;165(5):300-317.
12. Demirtas-Tatlidede A, Freitas C, Cromer JR, et al. Safety and proof of principle study of cerebellar vermal theta burst stimulation in refractory schizophrenia. Schizophr Res. 2010;124(1-3):91-100.
13. Leroi I, O'Hearn E, Marsh L, Lyketsos CG, et al. Psychopathology in patients with degenerative cerebellar diseases: A comparison to huntington's disease. Am J Psychiatry. 2002;159(8):1306-1314.
14. Clausi S, Iacobacci C, Lupo M, Olivito G, Molinari M, Leggio M. The role of the cerebellum in unconscious and conscious processing of emotions: a review. Applied Sci. 2017;7(5):1-16.
15. Adamaszek M, D'Agata F, Ferrucci R, et al. Consensus paper: cerebellum and emotion. Cerebellum. 2017;16(2):552-576. doi: 10.1007/s12311-016-0815-8.

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  by supersy | 2018-08-27 22:00 | Athletic Training

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