小脳に関する論文まとめ2: 小脳の二重隔離性と動作記憶能力。

今回は短めの論文をふたつ。
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2. Allen et al., 19971
こちらは有名なサイエンス誌に掲載された古い小脳に関する記事。冒頭に小脳は脳内で最も神経学的に忙しい交差点である("one of the busiest intersections in the human brain")と表現しており、なるほどええ表現やー、と唸りたくなります。
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小脳は動作をcoordinateすることが主だたる機能である、ということはよく知られているが、それ以外の非動作的機能、例えば1) 感覚識別(sensory discrimination), 2) 注意(attention), 3) 作業記憶・作動記憶(短い時間に心の中で情報を保持し,同時に処理する能力のこと、working memory), 4) 意味的連想(semantic association), 5) 言語学習と記憶(verbal learning and memory), 6) 複雑な問題解決能力(complex problem solving)にもその力を発揮しているのではないか、という説が議論を呼んでいる。…とはいえ、これらのタスクが動作レスポンスのプランニングを要することも事実なので、結局小脳が関わっているのはそのタスク完遂における「動作」要素なのか、「非動作」要素なのかで専門家でも意見が分かれるところだ。

なので、今の段階で行われるべき研究は1) 動作を全く必要としない認知タスクを課し、それでも小脳の活性が見られるか?; 2) もし小脳が認知能力に関わっているとしたら、その機能は動作制御と全く同じ箇所に位置するのか、それとも小脳内の別部位にあるのか?という2つの疑問を解決するようなものでなくてはならない。

これを検証するため、私たちはfMRIと6人の健康な被験者(全員右利き)を用いて1) 動作要素のない認知タスク(visual attention task、色と形の異なる物体を見て、ターゲットとなる視覚刺激…例えば赤の四角などが何回出てきたか数える)、2) 認知要素のない動作タスク(自分のペースで右手を一定のパターンで動かす)、3) 認知+動作タスク(特定の視覚刺激を見たら右手を動かす)を行わせ、被験者の脳活性を画像化するという実験を試みた。すると、面白いことに同じ小脳内でも認知タスクを行う際に活性される場所(↓Attention region of interest, ROI)と動作タスクを行う際に活性される箇所(↓Motor ROI)は異なることが見えてきたのである。この小脳の「認知」部位は、「動作」部位の活性とは独立して活動するようである。
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もう少し詳しく分析してみると、動作タスク時にはほんの一瞬「認知」部位の活性が起こっていることから(↓赤矢印)、仮にシンプルな動作タスクでもその開始(initiation)時には少しばかり「attention = 注意」を払う必要があることを示している(が、タスクを続けるにはこの「注意」は必要ない)。逆に認知タスクの際はというと、「運動」部位の活性は全く見られなかった。
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これらの結果によって見えてくるものに、小脳活性の機能的独立性がある。「運動」による活性は「認知」を必要とするが、「認知」のみの活性は「運動」がなくても行える。これはこの二つの部位の二重乖離性(double dissociation)を反映しており、小脳が一つの仕事をするだけの部位ではないことも示している。感覚、認知、注意…我々が思っていたより、小脳とはもっと複雑な造りをしており、新たな物事を学習したり、スムーズな動作を達成するときにカギとなる役目を果たすようである。

*2018年現在、脳の「可塑性」についてもよく知られるようになった今、「二重乖離」はどれだけ独立したものなのか新たな興味はでてきますが、それでも言わんとしていることは分かります。
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3. Wickelgren, 19982
こちらもサイエンス誌掲載の、興味深い記事。…とはいえ、先ほどと違いあんまりpeer-reviewedっぽくありませんが。(現在有効な形式の)文献引用もなく、「イチ専門家の意見」色が強いです。まとめます。

1990年以前は小脳が単関節にもたらす単独の動作(i.e. 肘の屈曲など)の研究ばかりが盛んであったが、技術の進歩もあり、多関節で起こるcoordinationという機能が近年推し量れるようになってきた。小脳は、複雑な動きの中で肢にかかる複数のチカラを予測し、目的を成し遂げるために出力をアジャストするという大事な役割を果たしていることが分かってきたのである。

小脳のカギとなる機能は、筋発火のタイミング出力微調整。具体的な研究例としては、初期に人間やサルを対象にした実験で、小脳に損傷があると単関節動作反応が0.025秒遅れること、出力の調整が下手になることなどの結果が報告されていた。0.025秒なんで僅かな出力エラーだと思えるかもしれないが、この微妙な発火タイミング・出力のズレが歩行のような多関節に及ぶ複雑な動作(i.e. 歩行や投球など)をする上でより大きな影響を及ぼすことは想像にたやすい。他にも興味深い実験に、健康な被験者 vs 小脳に損傷がある被験者に、目の前に吊るされたボールに手を伸ばしてもらい、その際にかかった各関節へのチカラを分析する、というものがあったのだが、1) 健康な被験者の手は真っ直ぐボールに伸びたのに対して、小脳に損傷のある被験者の手はボールを通り越し(overshoot)、回るようにボールに戻ってきた。2) 小脳に損傷がある被験者は「interaction torque」と呼ばれるそれぞれの関節がお互いに対して回旋し合って生まれる捻じれ(回旋)ストレスが身体を支配しており、複数の関節が効率よく連動していないことが浮き彫りになった。

よく動作記憶(motor memories)という表現が使われるが、これが貯蔵されているのも小脳なのかもしれない。小脳を損傷すると、今までに学習した条件反射(conditioned reflexes)や適応行動(adaptive behaviors)が失われるという報告もある。しかしこれらの記憶は比較的シンプルな動作が対象のようで、例えば絵を描くなどの複雑な動作にはこの「記憶貯蔵」機能は当てはまらない。

小脳はシンプルな動作は記憶し、その記憶を貯蔵する。しかし、複雑な動作スキルに対してはあくまでチューニングを合わせる役目を果たすのであって、それを記憶として留めておくわけではない…というタスクの複雑性に合わせた機能の違いはなかなかに興味深い。

*最後の神経細胞の活動メカニズムの説考察は前に書いたものも含むので割愛。

1. Allen G, Buxton RB, Wong EC, Courchesne E. Attentional activation of the cerebellum independent of motor involvement. Science. 1997;275(5308):1940-1943.
2. Wickelgren I. The cerebellum: the brain's engine of agility. Science. 1998;281(5383):1588-1590.

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  by supersy | 2018-08-22 22:30 | Athletic Training

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