アスレティックトレーナーの勤務中の怪我: その実態は?

これも一種の「職業病」、なんでしょうかね。アスレティックトレーナー(AT)はその身体をそれなりに酷使する仕事ではありますから、当然勤務中に「怪我」を負う可能性もゼロではないわけです。

で、気になるのが、どんな怪我が多いのか?どれくらいの頻度で起こるのか?なんですが、こう言った分野の研究やデータは看護師や理学療法士の間ではそれなりに報告としてまとめられているものの、ATのそれは皆無。台湾のAT103人を対象にした論文がひとつある1 程度で、意外にも大人数を対象にした大規模な調査はここまでに一度も行われていないんだそうです。

下の論文2(↓)では「しかもATは例え怪我をしても他人に『報告』を粉うことはせず、自分で何とかしてしまおうという傾向が強い」「だからこそ労働局の統計はこれに限っては当てにならない(=独自の調査をする必要がある)」と書かれていますが、これは確かに自分にも当てはまるので頷いてしまいます。私も恥ずかしいことに仕事をしていて数回身体を傷めました経験がありますが(学生の頃の話です、と言い訳をさせていただきます)、まぁこの怪我だろうな、と自己診断ができてしまうので、医者にかかろうとは(よっぽどのことでなければ)思わないのです。
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データがないなら取りましょう!ということで、BOC-certifiedで現役で働いている10000人のATを対象にアンケートを取った結果をまとめたのがこの論文。2 18.3%にあたる1826人から有効回答があったそうです。18.3%って低いな、と思うかもしれませんが、10000人に回答権を得ていないATが含まれていた可能性はありますし(i.e. 既に引退していた、とか、休職中・転職などで「現役AT」ではなかったなど)、この手の大規模なアンケート調査は一般的に2割強から3割の回答があれば上出来とも言われます。しかもこのアンケートは130問の質問項目があった(=非常に長い、つまり嫌がって回答しない人が多くなる)、とありますから、個人的には1826人というこの数字は決してものすごく悪いものではなかったと感じています。しかし、その分sample biasの可能性は高まります。回答者に回答したいという何らかの強いモチベーションがあった→それは何故か?と考えを巡らせれば…例えば最近大きな怪我をしたことがある人や現在職場環境に不満があってそれを世間に知ってもらいたいと思っている人が積極的に回答を行った可能性、つまり、このアンケートの回答は職業全体のそれをrepresentしきれていない可能性が残ります。実際に、回答をしたATはしなかったATに比べて性別、職歴、居住地域分布は統計的に有意な差はなかったそうですが、年齢が著しく高い(50歳以上が11.4% vs 9.5%, p = 0.02) 兼 大学・高校勤務者が著しく多い(大学勤務 25.6% vs 18.9%; 高校勤務 31.6% vs 26.7%, p < 0.0001)という違いがあったそうです。
今回の論文のデータはAT業界全体を代表するようなデータではない。この点は考慮して結果を解釈しなければいけませんね。

で。カギとなった質問は1) 過去一年以内に勤務中怪我をしたか? 2) もしあった場合、それをどう報告し、 3) どう処置・処理したか?ということだったんですが、結果へ飛びます。
*この研究では1) ちょっとした救急処置以上の処置が必要だった; 2) 通常勤務の妨げになった; もしくは3) 1日以上勤務ができなかったものを「怪我」として報告するよう指示されていたのこと

● 過去一年以内に勤務中の怪我があったか
これには全体の13.5%(95%CI 12.0-15.1%)である247人がyesと回答。怪我をしたAT(n = 247)としなかったAT(n = 1579)を比べると、これらの2グループ間には年齢、職歴、平均勤務時間等に大差はなかったものの、怪我をしたATはより 女性であり(58.7% vs 48.1%, p = 0.002)、高校勤務者である可能性が高く(44.1% vs 34.5%, p = 0.01)、勤務時間にバラつきがある(=一年の間で勤務時間が最も多い月と少ない月の差が週10時間以上ある、77.7% vs 67.6%, p = 0.01)ことが報告されています。

● 受傷率
247人が報告した怪我は全部で419件(一人あたり1.7件)。これはIncident Rateに直すと200,000勤務時間あたり21.6件という数字になるようです…と言われてもなんだかピンときませんが、つまるところ9,259勤務時間あたり1件の怪我が起こる、とも言い換えられますね。…とすると、私が大学で勤務していた経験を元に週80時間勤務x52週とざっくり計算して、端数切捨てで一年間約4,000時間働いていたと仮定すれば、約2.3勤務年毎に一件の怪我が起こっていた、ということになります。ここまで私が現場で働くATとして勤務したのが7年ですから、3件の怪我を受傷していればこの仮説は少なくとも私には成り立ちます。あれ、腰2回、右親指…丁度3件やってるなぁ…。

● 怪我をする職場環境・時期の傾向
怪我は「中・高校」の現場で最も多く起こっており、最も低いのが「クリニック・病院」。このふたつを比較すると、「クリニック・病院」に比べて「中・高校」勤務のATは怪我を約2.5倍起こしやすい(RR 2.45; 95%CI 1.76-3.41)んだそうです(ちなみに大学はRR 1.67; 95%CI 1.18-2.37)。勤務時間が長くなればなるほど、受傷率も上昇する(p = 0.02)そうで、なるほど下のテーブルを見る限りでは8、9、10月と4月の怪我が多く(棒グラフ)、これらの月は勤務時間も長い(折れ線グラフ)です。別の捉え方をすれば、アメリカの学校(中・高校や大学)に勤務をしていればこれらの月は年度初めと年度の終わりで、選手の出入りも激しくバタバタと忙しい時期でもあります。単なる勤労時間に反映されきらない、仕事の濃度というか密度というか、そこらへんも関係があるんでしょうか(「考察」では疲労やバーンアウトの影響があるのではと書かれています)。
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● 怪我の内訳と内容
怪我した部位で多かったトップ3が1) Trunk (30.8%)、2) Lower Extremity (25.9%)、3) Upper Extremity (18.2%)。もう少し細かく関節別に見ていくと、一番多いのは1) (25.9%)、次いで2) 手・指(8.9%)、3) (8.5%)となるようです。種類としてはTraumaticな筋肉・腱・靭帯・関節への怪我が最も多く(43.7%)、怪我のメカニズムは自発的な身体の動きが過半数を占め(63.2%)、次に物(i.e. ボール)や人との物理的な衝突(23.5%)、落下や転倒(3.6%)が挙げられています。自発的な身体の動きとは何ぞや?と思うところですが、これはこのうち23.1%はWater CoolerやIce Chestを持ったり運んだりしている最中のもの、そして12.2%は慢性的な動作の繰り返しで、そして7.0%は患者を動かす際に起きたものなんだそうです。ほうほう…。

● 怪我の処置
怪我をしたATの半数(125/247人、50.6%)が仕事に支障が出たと答えたにも関わらず、そのほとんど(111/125人、88.8%)が仕事を休まず、業務内容を修正(modify)する形で勤務を続行したとのこと。

で、こちらも同様にほぼ半数のAT(137/247人, 55.5%)が何らかの「医療ケア」を受けたそうなんですが、うち、自分で自分を診たのが最も多くて31.2%、自分のかかりつけの医師に診てみらったが30.8%、次いで同僚が23.9%、雇用主である医療従事者が9.7%、そして救急病院に行ったが4.0%だったそうな。

しかーし。実際に労災に報告をしたのはたったの22.7%(56/247人)というのだから驚き。報告を怠った理由としては「自分で何とかできる程度のものだから(71.2%)」、「報告基準を満たしていないと判断したから(20.4%)」、「仕事に悪影響が出ると思ったから(12.6%)」などなどなんだそうですが…すごいですね、実は私、どんな怪我なら報告するべきでどんなものなら報告しなくてもいい、というその基準すら知りません(そういったトレーニングや教育を受けた記憶がありません)。実際のコメントもいくつか紹介されていますが、「I wanted to select the physicians, not the WC coordinator」や「Paperwork sucks. I did not want to use industrial doctors to treat it」という内容のものもあってうむむむむなるほどなぁという感じです。労災が適応されると指定された医師のみしか受診できない。ローカルな医者について色々耳に入ってくる職業柄、あの人に診てもらいたくない・診てもらいたい、というのはどうしてもありますもんね。

この一年間の受傷率が13.5%というのは一般労働者(13.1%3)やPT/OTのそれ(13.5%4)と大差ないらしいんですが、医療のプロである我々が医療のシステムを活用していない(正規ルートで医者にかかっていない、労災にするべき報告していない)というのは見た目以上に多くの問題を含んでいる気がします。自分が使おうと思わないものをどうして人に勧めるのか、とか…。健康を推奨する立場の人間がどうして自分の身体のケアにしっかり時間を取らないのか、とか…。かくいう私もそのタイプの人間なんですけど。

いやいや、とにかくデータとして非常に興味深い論文でした!次はもう少し細かい分布も見てみたいです(中・高校のみ、大学のみ、プロでもNBA vs NFL vs MLBのATのデータ、などなど)。後続研究を待ちます!

1. Ju YY, Cheng HY, Hsieh YJ, Fu LL. Work-related musculoskeletal disorders in athletic trainer. J Occup Rehabil. 2011;21(2):190–198.
2. Kucera KL, Lipscomb HJ, Roos KG, Dement, JM, Hootman JM. Work-related injury and management strategies among certified athletic trainers [published online ahead of print June 13, 2018]. J Athl Train. 2018;53(6). doi: 10.4085/1062-6050-232-17.
3. Fan ZJ, Bonauto DK, Foley MP, Silverstein BA. Underreporting of work-related injury or illness to workers' compensation: individual and industry factors. J Occup Environ Med. 2006;48(9):914–922.
4. Darraugh AR, Huddleston W, King P. Work-related musculoskeletal injuries and disorders among occupational and physical therapists. Am J Occup Ther. 2009;63(3):351–362.

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  by supersy | 2018-07-12 19:21 | Athletic Training | Comments(0)

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