真面目なエビデンスの話。

この業界の「中堅」と呼ばれる年齢になり、辺りを見回してみて、現在私が真剣に懸念していることがあります。

笑われるかもしれません。偉そうにと怒られるかもしれません。しかし、いつか誰かが言わなければいけないことだと思うので(もう私より大きな声で叫ばれている方がいても不思議じゃありませんし、既にいらっしゃるのかもしれません)、ここに書いておきます。


それは「業界内の知識格差が年々広がっている」ということです。

そして、この知識格差は「情報を探す能力の格差」から来ているのでは、と私は推測します。

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こういう時はどうしたらいいんだろう?これはどうしてこうなんだろう?と臨床で感じる疑問の答えを素早く的確に見つける能力が高ければ、じゃあこれは?あれは?と疑問が出てくるスピードも増し、それに比例して「回答された疑問」の数も増えていく。つまり、臨床経験年数を重ねれば重ねるほど知識量が爆発的に増えていくわけです。一方で、疑問が出てきても調べる習慣が欠如していたり、そのやりかたが分からなければ、学校で習った方法しか知らないままできないまま、それ以上知識が増えていくことはありません。学校を卒業したころのままで知識がほぼ止まってしまうことになります。

これが格差の生まれるメカニズムだと思います。


知識は現場で積んでなんぼだと仰る方もいるかもしれません。実践してこそ臨床であると。しかし、私が今回言及しているのは絶対的知識量の差。実践に繋がらない知識は意味がないというのは私も賛同しますが、知っているべき最低ラインの知識すらも持っていない臨床家は思いのほか多いではと感じているのです。私が責任を持ってお話できるのはAT界のことのみですが、私の見立てが正しければ理学療法士、作業療法士、柔道整復師やあん摩マッサージ指圧師、はり師・きゅう師でも同様の現象が起こっているのではないでしょうか。


この業界の「正解」は刻一刻と変わるものですし、「10年前」の正解を知っていて、それを「今」実践できることは全く大事ではありません。「今」の正解を「今」実践できることこそに意味があります。情報があふれる現代だからこそ特に、各臨床家が「今」の答えをいち早く選別し、掴む個々の能力の差が今如実に出始めているのかもしれません。

若い世代が賢くてベテランの知識が足りないとか、年齢のことを言っているわけではありません。確かに卒業したばかりの若い子の知識は皆似たり寄ったりで、差がつきにくい分、目立ちにくいことはあるかも知れませんが、医療界の「正解」は毎日ものすごいスピードでアップデートされています。年齢に関係なく、「情報を探す能力」が欠如している臨床家はあっという間には取り残されてしまうというのが現状です。現に、つい先月発表された「National Athletic Trainers’Association Position Statement: Evaluation, Management, and Outcomes of and Return-to-Play Criteria for Overhead Athletes With Superior Labral Anterior-Posterior Injuries」を読まずにO'Brien's Testの陽性を未だに「SLAP損傷あり」と解釈している卒業後一年目ATも全米にかなりの数いることでしょう。逆に情報にハングリーで、誰よりも真摯に学び続けているベテランの大先輩を私は何人も知っています。強調しますが、これは年齢の差によるものではなく、学びに対する姿勢と、その手段の有無の違いではないかと思います。



様々な意見があるでしょうけれど、私はこの業界で最低ラインとして業界全員が持つべき共通理解事項に、真っ先に『正しく「Evidence-Based Practice (EBP、エビデンスに基づく実践)」のコンセプトを理解し、そのやり方を知る』ことを挙げます。正しく遂行されたEBPは患者と臨床家の選択肢を増やし、最善の医療の選択をする上での基礎となる思考システムを構築・提供してくれます。EBPは、我々の臨床と患者の生活を豊かにしてくれるツールであるはずです。

「エビデンスの言いなりになるのはまっぴらだ」とか「エビデンスがあるものは逆に実践する気がしない」という意見を稀に見かけることがありますが、一般の方はともかく、医療を専門とする我々がそんな軽率な発言をしていてはいけません。そういう方は、まず心を一度オープンにして、EBPの本質を学ぶことを強くお勧めします。EBPは貴方に噛みつくようなものでもなければ、貴方の立場を脅かすようなものでも、貴方の選択肢を狭めるものでもない。くどいですが、貴方の思考の幅を広げてくれる道具のひとつなのです。使い方が分かってさえしまえば、実践していて非常に楽しいものであるというのは、私が個人的に大きな大きな太鼓判を押せます。


しかし、気持ちもわかるのです。同情心もあるのです。EBPという概念に全く触れる機会なく学校を卒業した方にとって(そしてそれは本人の努力や実力が反映されたものではなく、完全に「時代」という運による要素によるものでしかないのですから、皆さんのせいではありません。「不運」だったとしか言いようがありません)、EBPは独自で学ぶにはハードルが高く、とっつきにくいコンセプトです。さぁ学びやがれと言われても、どこから始めれば、という気持ちの方もいるでしょう。

教育者の端くれとして、学校を既に卒業をされ、学びの機会に限りがある方にもきちんとEBPとはなんぞやということを学ぶ機会を提供したい、と考えて私が私なりに構成し、何年もかけて作ったのが現在のEBP講習シリーズです。別に私はエビデンスのスペシャリストではないので、講師は別に私でなくても良かったのでしょうけど、それなりに本腰を入れて、EBPをきちんと学んでみたいと思う方を継続的に支援する教育システムが日本にもあってはいいのではないかと思って、こういうシリーズを作るに至りました。

現在定期的にオファーしているのが、
EBP基礎編: スポーツ傷害評価編
EBP基礎編: 治療介入編
EBP基礎編: 予防医学編

の、「基礎から応用まで一気に齧ってみよう」という基礎編3講習と、

EBP臨床応用編: 治療介入 - AMIと抑制解除療法
EBP臨床応用編: 治療介入 - 腱障害とリハビリ

の、「テーマを定めてそのエビデンスを掘り下げ、論議する」という臨床応用編の2講習です。

現在、年内を目途に以下の講習も鋭意作成中です。
EBP臨床応用編: 評価 - ACL損傷評価法
EBP臨床応用編: 評価 - 手首の痛み評価法

いずれは「予防」の臨床応用編も用意できればと思っています。

近日開催予定は以前にもお伝えした通り、

2018年7月14日(土)
9:30am-12:45pm  EBP基礎編 - エビデンスに基づく治療介入: 基本から応用まで
            *途中休憩15分含む3時間講習
12:45pm-14:00pm 昼食(各自)
14:00pm-16:00pm EBP臨床応用編 - エビデンスに基づく治療介入: AMIと抑制解除療法
16:15pm-18:15pm EBP臨床応用編 - エビデンスに基づく治療介入: 腱障害リハビリ

のみですが、希望があってそれなりの参加人数が見込めれば他講習も随時オファーできますし、依頼があれば東京外にも伺います。全てのご要望にお応えすることはできないかもしれませんが、興味のある方はとりあえずためらわずに一声おかけください。

結局私の講習の宣伝のようになってしまって申し訳ないのですが、これらは「この場合の正解はこれです、これしかないんです!」と指し示すような講習ではなく、「こういう時に、こういうデータがあるとして、どういう風に考えたらいいと思います?」とエビデンスを発信源として「思考する」練習をする、「情報の吟味をする」練習の講習なのです。私がEBPという概念を学ぶとしたらどういう構成が最適か、自分なりに推敲を重ねて作った内容です。私が知る限り、これだけEBPの基礎理念に重きを置いてデザインされた講習シリーズは他にないのではと思っています。私の知識が足りないだけで、実はそういった講習に溢れていたらズケズケと失礼なことをすみません(その場合はこんなのもあるよーと是非教えて頂けたら嬉しいです、EBPを学びたいんだという方にそういう情報を今後もシェアしていきたいと思っていますので)。EBPが臨床の全てだとは思いませんし、EBPを知っていれば皆一流の臨床家なのかと言われたらそんなことは当然ありません。しかし、最低限の統計学の知識や、エビデンス用語の理解なしにいっぱしの臨床家にはなれないとも思います。こういった講習を通じて少しでもEBPを楽しく実践する方が増えてくれればと思っています…。

*以前にも書きましたが、これらの講習は参加資格は一切設定しておらず、学生さんも大歓迎です。こういった内容を今通っている学校で直接学べるのが一番だとは思いますが、そうでない場合もあるかとは思いますので。EBPを学ぶのに、早すぎるということはないと思います(そして私も長年大学生相手にこれらを教えていたのですから、難しすぎるということもまたありません)。

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  by supersy | 2018-05-19 18:30 | Just Thoughts | Comments(3)

Commented by Tsune at 2018-05-24 09:02 x
いつもいろいろ勉強させて頂いております。以前、先生のEBPの講習会にも参加させて頂きました理学療法士です。
この回のテーマは自分も痛切に感じる部分です。積極的に学ぶ機会を自分から避けている者が多いと感じています。で、ちょっと分からないことが出て来て壁にぶつかるとすぐに諦めてしまう。そういった子たちにいくら勉強が大事と伝えても(自分の伝え方も悪いのだと思いますが…)伝わりませんし、持続しません。先生はどんな工夫をしてそれを伝え、ガイドしていますか?ヒントでも頂けると幸いです。
Commented by さゆり at 2018-05-24 11:45 x
周りの人たちが勉強は辛いもしくはつまらないものであると思っているなら、まずはその概念をひっくり返すことだと思います。うちの学生たちは私がオフィスで最新の面白い論文を見つけて小躍りしてると、「今度は何をみつけたの?」と一緒に踊りに来てくれたり、授業中に「突然ですがここで昨晩読んだ論文が面白かったのでその話をするのはアリですか」というと「してして!」と付き合ってくれたり、「これはSy読んだかなと思って」と自分で発見した論文を私と共有してくれたりします。彼らにとって目上の存在や、より知識がある立場の人たちが喜々として日々学んでいる姿を見て肌で感じてもらうことが第一歩で、次のステップはそこに上手く彼らを巻き込んでいくことかなと思います。ご参考になればいいのですが。
Commented by Tsune at 2018-05-31 09:43 x
コメント頂きありがとうございます。
確かに巻き込むというのは大事ですね。いつまでも背中を見せてるだけでは通用しませんね。あとはその背中に魅力がなさすぎるのか…。
とにかくいろいろ動いてみたいと思います。

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