「肩の安定性」に必要不可欠な要素: 関節内陰圧

さて、前々回も少し書いたんですけど、肩についての文献を色々読んでいます。その中で、「肩(肩甲上腕関節)という関節は骨構造としてはそもそもが不安定な造りであって、様々な組織がその静的・動的安定性に補足的役割を果たしている」という点に関して、文献を複数見比べていたら、今までに聞いたことのない『要素』がふたつ出てきました。びっくり!なんじゃこら!というわけで、今日はそのうちのひとつについてまとめておきます。

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●陰圧
その正体とは、ずばり「関節内陰圧(negative intraarticular pressure)」なんです。関節包が関節の骨構造をずっぽり包み込み文字通りPlunger(トイレのすっぽん)のような役割を果たすことで、例えば腕が引っ張られたりして肩関節に牽引のチカラがかかった場合、関節包内の閉じられた空間での気圧が下がりnegative pressure(陰圧)が生まれて自然と上腕骨頭を関節窩に向かって引っ張り返してくれるというわけ。ほあー、言われてみればなるほどなんだけど、そんな風に考えたことなかった。よくできてる!
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で、実際に「関節内陰圧」はどの程度「肩関節の安定性」を生み出す要因になっているのか?上の論文(↑)1 では10体の肩複合体の献体(平均73歳、幅31-84歳、右5体、左5体、男性:女性=5:5)を使ってIntact Joint Capsule (無傷の関節包=関節内陰圧が保たれている状態)とVented Joint Capsule (関節包に穴を開け、空気の出入りが可能な状態=関節内陰圧が失われている状態)で前後、上下にどれだけ上腕骨・肩甲骨の間に動き(translation)が生まれるのか、肩の安定性の比較を行っています。冷凍された献体が生体と同じ反応を示すのかとか、献体の年齢はやっぱり総じて高いですねとか、突っ込むところはもちろん色々あるんですけど、お、面白い…!

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ちなみに関節包はジョキジョキ切ったりザックリ切ったりしたわけではなく、本当にぷすっと(直径4.5mmの)小さな穴を開けただけのようで、つまるところもしこれが原因で不安定性が生まれたとしてもそれは関節包が「損傷」したからではなく、あくまで「陰圧が失われた」から、と言える(言いたい)程度の穴だったようです。まぁ仮に不安定性がこの実験で確認できたとしても、それがどれだけ実際「陰圧が失われたから」で、どれほど「関節包そのものの損傷」の影響を受ける可能性が残っているのかはこの実験からは分かりませんけれども。

で。結果なんですけどグラフにして出したほうが分かりやすいかと思うので、論文中のTable I、II、IIIを元に作り直してみました。こちらー(↓)。
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*p < 0.05 **p < 0.005

関節包が無傷("Intact")な場合の関節が前⇔後方のtranslation(左)、上⇔下のtranslation(右)がどのくらい生まれたのかをグレーで、関節に穴が開いた状態("Vented")をブルーで示しています。グラフが長いってことは、それだけそれぞれの方向へ動いたってことで…ブルーのグラフのほうが総じてグレーよりも長いのは一目瞭然かと思います。外転角度が最もclosed-packに近い90°では上下のtranslationの差は無傷と穴あきで0.48mmしか違わなかった(唯一統計的に有意な差ではなかった)のですが、他の差は全て統計的に有意で、中でも外転30°時の前後のtranslationは最も大きく、12.58mm(1.5倍)もあったそうな。1cm以上も過度な動きが生まれるとはびっくりですね。これはかなりの数字じゃないかと思います。

…というわけで、結論としては、「関節包にぷすっと穴をあけると関節から陰圧が失われ、関節の全方向への安定性が失われる」というわけなんです。これを実際の障害に反映させて考えると、(脱臼などに伴う)関節包の損傷が原因で生まれる「肩関節の不安定症」は、関節包そのものの損傷に起因する部分はもちろんあるかもしれないが、副次的にそれによって失われる陰圧が原因ということも十分に考えられるのでは、ということになりますね。おもしろー。ちょっと肩関節の見方が変わりそう。


1. Alexander S, Southgate DF, Bull AM, Wallace AL. The role of negative intraarticular pressure and the long head of biceps tendon on passive stability of the glenohumeral joint. J Shoulder Elbow Surg. 2013;22(1):94-101. doi: 10.1016/j.jse.2012.01.007.

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  by supersy | 2018-04-12 23:59 | Athletic Training

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