Jimmy Butler選手の受傷シーンを振り返る。

わざわざまとめるほどのことでもないかなぁと思ったのですが、複数名から質問をいただきましたし、個別に返答するよりまとめて回答したほうが早いので、ちょっと迷いましたがこっちにあげちゃいますね。ツイッターを見てない人にはなんのこっちゃって感じかと思うんで、少し解説します。

アメリカ時間の2月23日に、ミネソタ・ティンバーウルブスのJimmy Butlerという選手が試合中に右ひざをケガしました。そんなに怖い動画ではないので、興味のある方はまずこちら(↓)を是非見てみてください。

この受傷動画がツイッターの私のTLに流れてきたので、職業病発動してついつい見てしまいました。このツイートに反応する形で多くのアメリカ人(一般人)が「前十字靭帯(ACL)やった!」「間違いない!」とわいわい騒いでいたのですが、私にはそうは見えなかったのでこんなことをぽつっと呟いたんです。
それから20時間後くらいですかね、MRI検査の結果「半月板損傷でした」というメディアリリースが流れて、スポーツライターの宮地陽子さんがこんなQTをしてくださいました。

お陰様でより多くの方がこのツイートを目にする機会があったのか、「何を根拠に半月板だと思ったんですか?」という質問を学生さんや現役のクリニシャンさんらからいくつか頂いたのでこの場を借りて回答します。ちょっと最近忙しくてですね、個別に対応できなくてごめんなさい。

率直に言うと、そう見えたから、です。ACLがぱちんと切れる音より、半月板のガリっていく音が聞こえたんです。ACLが切れるときって高い金切り声みたいな音が頭の中でするんですけど、今回の動画を何度見てもやっぱり聞こえてくるのは半月板の野太い雄叫びのほうでした。こんなこというと怪しく聞こえてしまうかもしれませんが、恐らくヒトの身体を毎日触ったり診たりしてると、肌より先のナカの組織が視えてくるようになって、色んな音とか声とかが聞こえるようになるんだと思います。これは私だけが持つ別に特別なスキルじゃなくて、経験さえ積めば誰でも見えたり聞こえたりしてくるようになるものなんでしょう。ショコラティエさんが温度計を使わなくても、テンパリングの微妙な温度調整をチョコレートのテクスチャーのみで完璧にこなせたり、お弁当の量り売りをしているスタッフさんが1g単位の重さの違いを手で感じられたりするみたいに(私にしたらこういう能力のほうがよっぽど神がかってるんですけど)するのと一緒です。

ただ、こんな回答では参考にはならないでしょうから、少し自分でも「挙げるとしたらこういう理由だったのかなぁ」と思うところを書いてみますね。

1) 受傷の瞬間の膝の屈曲角度は深めで、体重が膝にはきちんと乗っているように見えた
Lachman Testを思い出してほしいのですが、あのポジションであのテストが行われるのは、「膝20-30°屈曲位のいわゆるopen-packed positionでは、前十字靭帯が唯一の関節前方安定性をもたらす組織になる」から、つまり、膝屈曲20-30°という角度では前十字靭帯は他の組織の干渉を最も受けにくく「守り」が手薄になった(ACL becomes vulnerable)状態である、ということなんですね。しかし今回の動画では、受傷時の膝の屈曲角度はそれよりも深い約90°。…であれば、膝にかかったチカラはACLに行く前に大腿顆軟骨(femoral condyle)、脛骨プラトー(tibial plateau)、半月板(menisci)や関節包などの他の組織にまずぶつかったのであろうと予測が立てられます。あの膝の屈曲角度で前十字靭帯の単独断裂はまず考えにくいんです(不可能だとは思いませんが、可能性は低いです)。

加えて、今回の動画ではチカラは脛骨に沿って、ぐん、と軸圧(axial load)がかかったように私には見えました。これが体重が内側へ膝から逃げるよう、スコンと抜けるようにかかっていたら(i.e. valgus, tibial ER and femoral IR。↓下の動画のような受傷の仕方)、膝に捻じれが生まれ、もっと前十字靭帯断裂の疑いが色濃くなったかと思います。ACL、MCL、半月板のコンビネーション損傷(= unhappy triad)なんかもありえたでしょう。

この動画はザ・ACL断裂って感じですよね。膝の屈曲は甘く、膝が明らかに内反、大腿骨内旋、脛骨外旋している。

2) 受傷のタイミングが早かった
Jimmy選手が痛みを感じた(っぽく見えた)、「受傷の瞬間」は膝に着地をして荷重したまさにその瞬間で、かかったチカラとしては「圧!」という印象でした。90°くらい膝が屈曲してるとこれらの圧力がposterior hornにかなり集中するはずだったかと思うんです、何かで読んだ記憶が。だからタイミング的にはこの瞬間に損傷するとしたら半月板、もしくはくどいですけどそこに直に接触する組織である大腿顆軟骨か脛骨プラトーなんじゃないかなと。もしこれが前十字靭帯断裂だったら、「受傷の瞬間」はもう少し後…コンマ数秒くらい後に、膝が内側目いっぱいに崩れて組織が「伸び」た瞬間に「痛み」が走ったんじゃないかなと思うんです。でも「伸び」を感じる前に「圧」でケガが起こった。前十字にしては受傷のタイミングが早すぎだろうと感じました。

3) 受傷後の可動域が結構あった
これはね、一概に言えないことではありますけど。受傷直後に、Jimmy選手は膝を+90°曲げているんですよね。立ち上がろうとしてCPに止められてますけど、その気になれば立ち上がって、荷重も可能だったんじゃないかと勝手に思ってます。痛みの感じ方、受傷した際の反応は人それぞれで、私はJimmy Butler選手の性格を知らないのでここらへんはなんとも言えませんが、前十字靭帯断裂だったらもう少し可動域や機能に制限がある可能性が高いかなと…。まぁ前十字靭帯断裂して歩行可能の患者さん、何なら走ったり飛んだりできた選手も過去に見たことありますし、今回の怪我がそういった非典型的ケースだった可能性は否定できません。故に重ねて書くとこれは全くもって絶対的ではありませんが、受傷後の可動域が比較的あったというのは、半月板あたりが妥当かなと総合的に思わせてくれる要因のひとつではありました。

個人的に、動画を見た印象では1) 半月板損傷、2) 大腿顆軟骨欠損、3) 脛骨プラトー骨折あたりが可能性が高いトップ3かなと思ってました。疑わしさ順位としては前十字靭帯断裂はその次の4位くらいで、内側側副靭帯損傷はたぶんないだろうなーと。

まぁ偉そうに書いてますけど、所詮後出しじゃんけんですからね。もうMRIの結果出てますからね。なんとでも言えます。あんまり信用しないでください。

それから、勘違いはしないでいただきたいのですが、医療従事者に動画だけを見て正確な診断が下せる力が必要だとは全く思いませんし、私以外にも「半月板だ」と思った方はいっぱいいると思います。別に特別でもない、誰の役にも立たないトリビア能力です。ツイッターでも書いたんですけど、急性のスポーツ外傷の診断って、現場で下す臨床診断と画像による最終診断が一致したかどうかで「当たった」「外れた」と白黒で判断されがちですが、それは実はそこまで重要ではないんです。というか、それよりももっとずっと大事なのが、患者さんとの問診、観察、触診と身体テストの結果を照らし合わせながら可能性としてあり得る怪我を一通り全て網羅し考慮し、最も緊急・深刻度の高い怪我を的確に除外し(この場合は脛骨プラトー骨折と前十字靭帯断裂)、可能性の高い怪我(半月板、大腿顆軟骨欠損など)をいかに効率よく絞り込んでいけるかという能力。灰色の様々な可能性を踏み込んで吟味して薄めの灰色と濃い目の灰色を見分け、それを白と黒にいかに効率よくグループ分けできるかって能力…とでも言うんですかね。同じ動画を見て「前十字靭帯断裂だ」と仰ってるスポーツ整形外科医さんもツイッターで数多く見かけましたし、それらの人が間違っていたわけでは全くありません。だって、この受傷メカニズムで前十字靭帯断裂はあり得ないわけではなかったし、もしそうだとしたらJimmy選手の今後のプロとしてのキャリアに影響を与えかねない非常に大きな怪我になっていたでしょう?どっちかって言われればこの怪我はやっぱり「黒」組でしょう?名前を挙げるのはむしろ正解なんです。除外の必要性・緊急性が(私の見立てでは脛骨プラトー骨折の次に)2番目に高いこの怪我を「ありえるのでは?」と疑うことは非常に大切な能力なんですよ。

あれっ、端的に説明しようと思ったのに長くなっちゃったな、まぁいいや。他にも前十字靭帯と半月板のMOIの違いを教えてくださいとか、この動画はどうですかなどの質問もいただいたのですけど、すみません、ちょっとそこまでは丁寧にお返事を返せる時間的余裕がありません。ここらへんでご勘弁くださいませ。疑問に思ったことはご自分で教科書を読んでみたり、論文で調べてみたり、それから誰かとお話するなら、現場で一緒に働く同僚さんとか、学生さんなら診断の授業を担当している先生とか現場で実習を共にしているプリセプターさんとかとディスカッションするととても有意義で学びの多いものになると思いますよ。


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追記: あっ文献1 見つけた(↑)。ありました。
"The menisci transmit 50% of compressive load through the posterior horns in extension, with 85% transmission at 90° flexion (p.346)."
やっぱり結構負担大きいんですね、posterior horn...

1. Fox AJS, Bedi A, Rodeo SA. The basic science of human knee menisci: structure, composition, and function. Sports Health. 2012;4(4):340-351. doi:10.1177/1941738111429419.

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  by supersy | 2018-03-06 21:30 | Athletic Training | Comments(0)

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