SWATA Competency Workshop & PRI Postural-Vision Integration Course

色々とイベントフルな週末でした。

一つ目のイベントはSWATA Competency Workshop。毎年1月末の木~土曜の3日に渡ってDistrict 6 (Texas & Arkansas)に住む現役のAT学生3・4年生(もしくは大学院1・2年生)を対象に行われるBOC試験対策勉強会です。会場となったのは私の母校のTexas State University-San Marcos! 訪問したのは実に4年ぶりでした。
b0112009_12561752.jpg
卒業してもう11年と言う年月が経っているのですが、奇跡的(?)に当時の恩師やPreceptorがまだ大学に残っているので押しかけていって挨拶をしたり、元同級生が今、ここで教職をやっているのでcatch upしたり、思いがけず定年退職した教授が私がくることを聞きつけてわざわざ会いに来てくれたりと、さながら小さな同窓会のようでした。
学生のころ通った教室やAT Clinic、Endzone Complexに足を踏み入れると思い出がとめどなく流れてくるので驚きました。ここで皆でくだらない冗談言ってゲラゲラ笑ったなー、とか、選手がミーティングに行っている間、この部屋で皆で勉強して時間潰したっけ、とか、ここで熱中症になって倒れたっけ(笑えない)、とか…。キャンパスはどんどん大きく立派になっていくけど、変わらない「ホーム」がここにあります。学部生時代を過ごした場所はやはり自分にとって少し特別ですよね。初心に帰る思いでした。

そもそもなんで学生対象の勉強会に参加したかって、実は講師としてお呼ばれしていたからです。昨年も講師として来てくれないかと声をかけていただいていたのですが、「すみません、既に申し込みをしてしまった講習と重なっていて…」と泣く泣く断らざるを得ず。今年はスケジュールががっつり合ったので是非に!ということで、私は日程の2日目、3時間の講義・実技を担当させていただきました。「BOCの試験に合格することはもちろん重要だ。でも受かった後も色々勉強しなきゃいけないことはたくさんあるよね、例えばATとして最低限の知識・技術をブラッシュアップするためにPosition Statementを読むとか…」という話から、「それからね、ATCになったあとは自分の好きなことを選んでがっつりずっぷり勉強できるという楽しみがあるよ!例えばこんなものがあるんだけど…」という流れでPRIのイントロの授業をやらせていただきました。講義と実技(↓)、結構みっちりやりましたよ。こんな斬新ともいえる切り口の講習を依頼してくれたCarlaのオープンさが素直にありがたいです。楽しんでもらえたかなー。
b0112009_01415324.jpg




Workshopが終わった後はダラスに移動し、土・日を利用してPRI Visionの講習を履修してきました。こっちは教えるほうでなく、受講するほうです。PRI Visionのコースは一般のPRIのコースに比べてまだまだ米国内でも関心が低いというか、参加者が限られていて非常にもったいない気がします(受講者の数が足らずに講習がキャンセルになることも度々あると聞きます)。私がこの講習を取るのは二回目なんですが、講師のRonもHeidiも「どうしたら受講者にもっとclinically applicableなやり方でmaterialを教えられるか?」を常に試行錯誤しているため、毎回切り口が少し違って、取るたびに大きな発見があります。今回も非常に実りの多い時間が過ごせました。講習を受けながら考えていたことを忘れないうちにまとめておこうと思います。

目は口ほどに物を言う、なんてことわざもありますが、目の外観以上に、各々がその二つの目をどう使ってどんな世界を見ているかもその人のヒトトナリを表しているのではという気もします。 
b0112009_10091521.png
その人がどんな風に世界を捉えているのか…というのは例えばその人の描く絵に大きく反映されますよね。「光の魔術師」と言われる有名画家のレンブラントの書き残した多くの自画像…それら見てみると、油絵もエッチングも(油絵は鏡を見て描いたものなので左右が反転し、エッチングは印刷の過程で再反転するので左右は結局元通りになるはずなのですが)関係なく、多くの絵の中の「自分(extension of self)」の左半身が陰に包まれているのが見て取れます。光の魔術師と言われるほどの光の使い手が、敢えて自らの左を影で塗りつぶしたその背景には、どんな意図があったのでしょうか?彼は自分自身の「左」をどういう風に見て、何を感じていたのでしょうか?色々と探求したくなる絵たちです。
b0112009_07182953.png
実は、これには参考になるかもしれない歴史的見解があるのです。それは、「レンブラントは目に異常があったのではないか」という説。論文も出ています。1,2 下のエッチングによる「自画像」では、左目が少し外に逸れており、目の焦点が定まりきっていないようにも見えます。一説には、レンブラントは外斜視(exotropia)があり、それによって物事を立体的に捉えることができなかったのではないか、つまり立体盲だったのではないかと推測されているのです。尤も、これは画家としては決して悪いことではないらしく(美術学校では生徒に「片目を瞑って対象物を見ろ」と指導したりすることもあるらしい)、寧ろ彼の強みになったのかもしれませんが…。1 どちらにしても、彼の世界の見方、捉え方は我々が一般的に考えるそれから少しばかり逸脱していたことは間違いなさそうです。
b0112009_07243925.png
「見ている世界」に影響を与えるのは、目の異常だけでなく、脳の異常も然りです。例えば脳卒中を経験した患者さんがUnilateral Spatial Neglect (半側空間無視、以下USN)をdevelopしてしまう、ということがあります。 空間無視とは文字通り、空間の存在に気が付かずそちらに注意を向けることができなくなってしまった状態を差し(= the inability to pay attention to people and things on one side)、その空間を見ることができなくなってしまった状態(= inability to see one side)とは異なります。見えてはいても、認識ができないのです。そちら側の世界に、意識が飛ばせないのです。

いまいちどういうことかよくわからない、という方もいるかもしれません。例えば、USNの患者さんに、「手本(↓左)を見てその通り絵をかいてみてください」と指示すると、こういった絵(↓右)を描くのが典型的なんだそうです。時計も家も花も、お手本の左半分が全く見えていないような、その存在を無視した絵になっているのが分かります。自分の左視野内に何があるのか、把握しきれていないのです。こういった患者さんは、日常生活の中でも、髭を剃るときは顔の右側だけを剃ったり、食事時も左側に置いてあるものに一切手を付けなかったり、車椅子を運転中も左側のものに何度もぶつかったりするそう。「左」という空間を把握する能力がぽっかりと欠如してしまう(そしてその本人は自らの『無視』に気が付いていない)というわけです。
b0112009_08403294.jpg
今「左の世界を」と言いましたが、これまた興味深いことに、USNの殆どは左に起こるのだそうです。これはwikipediaからの引用になりますが(信頼できるエビデンスではありませんけど 笑)

右半球障害による左側半側空間無視が一般的である。左半球障害による右側半側空間無視も存在するが、左半球障害が起こると通常失語症が前面に出てくる。左眼が失明している場合も多いが、見えていることもあり、半盲とは別の病気と捉えられる。
そうなんです、「左の空間無視が圧倒的に多い」のは、我々人間がそもそもどういうわけか右視野を把握する能力に長けていることに起因します。脳には頭頂葉(parietal lobe)と呼ばれる部位があり、これが空間把握を司どっている…というのは皆さんもご存知でしょうけれども、「右の頭頂葉は右と左の空間把握を司り、左の頭頂葉は右の空間把握のみを司っている」という左右の違いは知っていましたか("The right parietal lobe contains a spatial map for the both right and left visual field, while the left parietal lobe contains the right visual field only.")?私は恥ずかしながら一年前にPRI Visionの講習を初受講するまで知りませんでした。…ということは、そう、左脳で脳卒中が起きて頭頂葉が壊死しても左右の空間把握能力はそれほど影響されない一方で、右脳で脳卒中が起こって頭頂葉が影響を受けると、ヒトは左の空間把握能力のみを失ってしまうというわけなのです。

では実際に、脳卒中によって左の空間を感知できなくなってしまったUSNの患者さんたちは、一体どのように視野を「感知」、「処理」、そしてもしかしたら「修正」するのでしょうか?それについて書いてあるのがこの論文(↓)3 です。
b0112009_05255807.png
この論文の冒頭によれば、USNの患者は、回復早期の段階で、「右側のものに意識が向くようになる」というバイアスのため、自然と(無意識化で)gaze (注視点)が右にずれてくるんだそうですが、ひとたび自分自身の「neglect behavior (無視行動)」に気が付いて「あっ、私、左がちゃんと認識できていない」と自覚してからはgazeを意識的に左にずらすようになる人もいるんだそう。これをこの論文では「Compensatory Behavior」と呼んでいます(必ずしも悪い意味で使っているんではないと私は受け取っていますが)。

この実験では右脳・脳卒中患者(平均65.64±13.70歳)を対象にUSNに対する代償(= intentional left gaze shift)がどのように行われているか、行われている場合、脳の活性にどういった違いが見られるのかを検証。全49人の脳卒中患者さんのうち、(脳卒中こそ起こしたけれども)USNそのものがない患者は24人(脳の他の部位に損傷が認められたのか、USNを既に克服していたのかは不明)、USNが認められるが代償をしていない人が15人、USNがあり代償もしている人は10人いたそう。で、以下のタスクをこなしてもらい、その間の目の動きを観察・脳活動を計測したそうな。
b0112009_12023613.png
1. 5つの黒点が表示されたスクリーンを見るよう指示。
2. ビープ音の0.5秒後に、5つの点のひとつがランダムにフラッシュ(2秒間黒と赤の色の変化を交互に繰り返す)する。
3. 被験者はフラッシュしている点にできる限り速く目線を合わせ、見つめる。
4. 0.5秒の休憩を挟んでまたビープ音が鳴り、0.5秒後にまたひとつの点がフラッシュ…を合計25回繰り返す。

文章中に「4秒のインターバルで…」と書いてあるんですが、その下のFigure 1には「3秒のインターバル」とも表記してあり、図を見る限りではビープ音からフラッシュまでが0.5秒、2秒間フラッシュ、0.5秒の休憩を経てビープ音、0.5秒空いてまた2秒フラッシュ…という説明がありますから、足し算をすると一度目のフラッシュ開始から次のフラッシュ開始までは丁度3秒間。「3秒インターバル」という表現のほうが正しそうですね。

これらのタスクは2セット繰り返され、1セット目は特に指示を受けずに自然な状態で(= gaze shiftする人はするし、しない人はしない)行い、2セット目はフラッシュとフラッシュの間に画面の中央を見つめるように指示されて行った(= gaze shiftの要素を排除)そうな。
b0112009_13015685.png
結果は見たほうが早いですかね。こちらです。Experiment 1 (指示なし)の場合(↑図右)では、USNがない患者群(RHD、黒線)とUSNがあったけれども代償もしている患者群(USN+、青線)は全てのフラッシュに即時に対応できたのに対して、USNがあり且つ代償をしていない患者群(USN++、赤線)は左の点ふたつに反応しないこともあったり、反応に著しく時間がかかったりしたそう(p < 0.01)。目の移動線がそれを如実に表していますよね、3つの患者群で目の開始位置が全く違う。Experiment 1 (指示なし)の際に、USN+はそもそも目線が左に寄っているところから開始し、左から舐めるように右に移動することで左の見落としを防いでいるのに対して、USN++組は右寄りから開始し、そのまま中心線を割って左に行くことなく、右側にとどまり続けている(左半側空間無視)様子がよく分かります。Experiment 2ではどの組もそれほど差がなく、特にUSN+もUSN++も同様に左への反応が遅れているのが興味深いです。つまり、この両実験を比較することで「USN+の患者はleft gaze shiftという代償行動で見落としを防ぐ努力をしている」ということが言えます。

しかし、これはあくまで代償行為による見落とし防止が成功しているのであって、USN+の患者たちの脳の活性パターンは、RHDのそれとはハッキリ異なっていたそう(p < 0.05)。USN+の患者はタスク中前頭葉を過剰活性させ、頭頂葉の活動を補っているのであって(↓)、空間無視そのものを克服したわけではないのです。この論文の考察では、「USN発症」→「USNがあるという自覚が欠如しており、right gaze shiftが起こる」→「USNがあるという自覚が芽生え、前頭葉の活動を増やし、left gaze shiftをすることで左視野の把握に成功」→「左視野把握能力が徐々に脳の可塑性によって回復し、gaze shiftが消える」という流れでヒトがUSNを克服するのではないかと推測されています。なるほど、理には適っているように思います。
b0112009_13235658.png
左にgazeをshiftすることが、左の主視野(central vision)の再発見につながり、それがさらに広がって左の副視野(peripheral vision)の再習得につながるということなのかなー。副視野の取得がその後に起こるのであれば、gazeのshift(frontal plane movement)があくまで短期的なcompensatory strategyとして使われること事態はきっと何も問題ないはずだし、それはいわゆるプリズムを使った介入の目的(= 視界を一方向にズラす)とも非常に近いような気がする。というか、gazeが長期間経ってもshiftしない人たち(今回の研究でいうUSN++の人たち)は、そもそも左の副視野を有効活用できていなかった人たちなんじゃないかなー。認識できていない、その人にとって『存在』すらしていない世界にヒトが足を踏み込むことはないから、半側空間無視の患者さんは必然的にgaitの半分を失うことになる(左足のヒールストライク時には左の副視野からの感覚入力が必要不可欠。そこから左の立脚中期にかけて左副視野のoptic flowが生まれ、『前進している』感覚が生み出されるから)。…ん?そもそも左の世界を無視している人間が歩行をしたら、左荷重、左腕の前方スイングは生まれるのか?自分の目の前にスイングされた左腕すらも認識できないのに?認識できていない左地面に全ての体重をかけられるほど、その空間を信頼できるのか?もしかしてgaitのバイオメカニックスそのものが恐ろしいほど変化する?全てが右に偏った、lateralizeした世界で生きるのは窮屈だろうけれど、そんな狭まった選択肢で生きていることにも気が付かないなんてぞっとするし、もしかしたらその気が付かない理由が「そもそも脳卒中前から左が無かった」だったとしたら…。うーむ。色々考えてしまいます。

PRI Visionのコースを取ってから、歩行時に目の端でreferenceとなる背景を掴んでそれをさながら「視覚的足がかり」にしてぐいっと自分を引っ張るように進んでいる感覚が楽しくなっています。こうして人間は前進するのだと。歩行がいかに感覚統合の賜物かってこと、考えれば考えるほど圧倒されてしまいますね…。近視も乱視もがっつりある私ですが、PRI的に目の問題はどうやらそんなになさそうです。

空間無視…見えているのに把握できない…。実際に脳の中でどんな混乱が起きているのか、それとも私が思う以上に波一つない海のように静かで穏やかな世界なのか。脳卒中患者の頭の中、心の中をこっそり覗かせてもらいたい気持ちでいっぱいです。レンブラントがもしかしたら見えていなかったように、左にも光と色があり、空間が広がっているのだと実感しながら生きていきたいですね。PRI Visionを受講してのreflectionと絡めてのまとめになってしまいましたが、いやー、つまるところ、とても面白い論文でした!もうちょっとこの分野も読み込んでみるかなー。

1. Livingstone MS, Conway BR. Was Rembrandt stereoblind? N Engl J Med. 2004;351(12):1264-1265.
2. Mondero NE, Crotty RJ, West RW. Was Rembrandt strabismic? Optom Vis Sci. 2013;90(9):970-979. doi: 10.1097/OPX.0b013e31829d8d48.
3. Takamura Y, Imanishi M, Osaka M, et al. Intentional gaze shift to neglected space: a compensatory strategy during recovery after unilateral spatial neglect. Brain. 2016;139(11):2970-2982. doi: 10.1093/brain/aww226.

[PR]

  by supersy | 2018-01-30 23:30 | PRI

<< 日本に帰ることにしました。と、... Lelli Test、改め『L... >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE

AX