異常と普通の境目: 画像診断の進歩による弊害、「Overdiagnosis」について考える。

風邪を連続で引いてあまり元気がなく、書こう書こうと思っているブログ記事もまだ終えていないんですが、そちらのアップはまた今度にすることにして、今日は久しく絶対に読んでおきたい論文を見つけたのでこの機会にまとめておきます。こういうのを目にすると途端に元気が湧き出てきますっ。
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もうタイトルからしてうほうほです!とにかく読んでみましょー。
画像診断の技術は年々目まぐるしく進歩していますが、だからといって見えるものをいちいち全て文字通りに取る必要もないのかもしれません。私、小学生の時に徐々に視力が落ちてきて、初めて眼鏡を作って「これでどうでしょう」とそれをかけてもらったときに、眼鏡屋さんのお兄さんの顔に無数のシミが見えてぎょっとしたんですよね。その時に、ああ、ニンゲン見えればいいってもんじゃないのね、と小学生ながらに思ったりしたんですけど…(お兄さんごめんなさい)、同じことが近年の画像診断でも言えるのではと思うんです。

さて、この論文の冒頭1では1) SLAP損傷と診断される患者の数が年々増えていること、2) そのうち、SLAP損傷手術を受ける患者の大半が「中年(40-65歳)」であることを挙げ、2-5 これらの手術が全て高い成果を上げているならばまだしも、現実はそうではない、3,6-9 であればこそ、患者の訴えている症状とSLAP損傷の存在との因果関係がどれほどあるのかをまず知る必要があるのでは、と訴えています。これは、尤もです。

で。この研究は53人(45-60歳、平均51±4歳、男性26人、女性25人)の、一度も肩を怪我した経験がなく、現在も肩の痛みが全くない(VAS=0)健康な被験者を対象に行われました。これらの被験者はまず「肩が健康である」ことを確認するために、3名の担当医師のうちひとりによるスタンダード化された肩の診察を受け(ROM, RC Strength, Palpation, Apprehension Test, Jerk Test, Anterior and Posterior Load and Shift, Sulcus Sign, Active Compression Test, and Crank Testなど)、それらのfindingが全て正常であることが実験の参加条件だったようです。SLAPを除外するのに選ばれたのがActive Compression TestとCrank Testなんですが、私はこれは実にいいセレクションだと思っています。Rationaleは具体的に書かれていませんが、除外するためには統計的にこのふたつが比較的優秀と言っていいと思うんですよね。確定って言われたらYeargason TestとAnterior Slide Test入れたくなるところですけど、今回の目的は除外っすからね。個人的には、(どうせAnterior Apprehensionをするなら)Biceps Load Test入れるのもアリかな?と思うけど。

さて。そんで「両肩共に健康である」条件を満たした被験者の肩を片方ランダムに選び、Non-contrast MRIを撮りましたよと。これはContrastじゃあかんかったのかな?その画像をこの研究の目的を知らず、患者のbackground(年齢や性別など)を知らない筋骨格専門のトレーニングを受けた2年目と4年目の2名のRadiologistさんにそれぞれ読んでもらって、その結果を検証しました、というのがこの研究の流れです。MRIの機械とviewは全く同じものを53人の被験者全員に使ったようです(私はこのあたりは良くわからないのですが、より高い画質でMRIが取れるとされる1.5-T scannerという機械だったそうです)。

で、結果へ飛びましょう。
Radiologist #1は53人中38人(71.7%)を、Radiologist #2は53人中29人(54.7%)を「Superior Labral Tear」ありと判断。k = 0.41(p = 0.001)というinterrater reliabilityはカテゴリーとしてはギリギリmoderateなんですけど、正直言って思ったより低いですね。同じMRI画を画像を見ても53人中9人(17.0%)の被験者でSuperior Labral Tearがあるかないかの判断が食い違うというのはなんとも…(文章中のTable 2は細かく見ると結構衝撃です)。自分が患者だったら、LabralとかRC損傷アリと言われてもsecond opinion聞きに行きたくなっちゃうなぁ…。

しかーし!驚くべきは、低く見積もっても、肩の怪我の既往歴も痛みもなく、診察の所見でも全く異常が見られない健康なヒトでも、その半数以上(≧54.7%)にSuperior Labral Tearが認められたという事実です。その他にも、Anterior Labral Tearは53人中3人(5.7%)、Posterior Labral Tearは少なくとも53人中8人(≧15.5%)で確認できたというのだから、これもびっくりです。つまるところ、「歳を取れば関節唇は自然と衰えていくものである (= A superior labral tear confirmed by MRI may need to be considered as one of the normal variants associated with aging」、言い換えれば、「肩の痛みを訴えてきた中年患者のMRIでSuperior Labral Tearが確認できたとしても、それが患者の主訴と直接因果関係があるとは限らない (= The presence of a superior labral tear in MRI may or may not be relevant to the patient's chief complaint」ということになります。関係が無いかもしれないものに対してメスを入れるというのは、他に疑わしきものがなければ確かに理解できない思考ではないのですが、しかし少しばかりぞっとする、怖いアイデアのような気もします。他の選択肢をexhaustする前に「SLAPが認められますね、手術しましょう」と医師に言われたら…私は「ちょっと待ってください、このSLAP損傷と私の肩の痛みが直接関係しているという根拠はどこにあるのですか?(How do you know it's clinically relevant to my pain?)」と聞きたくなってしまうかもしれません。医者にしたら嫌な患者でしょうけれど、それでも患者として医師に説明を求める権利はありますよね。喧嘩腰にオラオラと質問したいのではなくて、純粋に医師の考える根拠を聞いて、自分でも納得した上で手術を受けたいのです。「だってたぶん関係あると思うから」では、目をつぶって銃を打っているようなもんじゃーありませんか。当たればいいけど、当たらなかったら…?

うーん、冒頭に戻ってしまうんですけど、科学が進歩したが故に、見えなくていいものが見えるようになってしまった、過剰診断 (overdiagnosis)という現象が起こるようになってしまった、というのはあると思うんですよね。私は肩のSLAP、腰椎の椎間板ヘルニア、股関節の関節唇損傷、膝のChondromalaciaなんかは、「知らないほうがいい、見えないほうがいい『損傷』トップ4」だと勝手に認識しています。特に中年患者の場合、『異常』が見られても、それが『正常 (normal variant)』であるケースは、かなりあるんじゃないかと…。私みたいに「なんでなんで」とズカズカ図々しく聞いちゃうニンゲンが患者ならそれもまだいいんでしょうけど、逆に例えば医療従事者側が「これは画像診断では認められたけど、今回の患者の主訴とは関係ないだろう」と判断しても、患者が「えっでもこれなんですか、やばいですよね、これやばいやつですよね!」と過剰反応してしまったら、事態はさらに悪化するかもしれません。例えば、今回の被験者全員に、「実はMRIで貴方の肩には関節唇損傷が認められましてね…」と素直に結果を伝えたら(実際伝えたかどうかは分からないですが)、彼らはどう思うのでしょう?全く痛みも異常も見られない、「健康」だったはずの肩が、彼らの中で「損傷のある肩」に変わってしまうかもしれません。病は気からと言いますが、損傷があると分かって送るこれからの生活の中で、「あれ?なんか肩が痛い…気もする?」「なんかパキって言った?これも損傷のせい?」と「病」を作り出してしまう可能性だってあるのです。そうなったら、治療すべきは関節唇損傷なのか、「被害者意識」なのか、「損傷がある」という認識なのか?うーむ?どんどんややこしくなってきますね…。

次は同じ研究を大学スポーツ選手やプロスポーツ選手でやってほしいですね。年齢が若い分、もしかしたら「損傷」が認められる頻度は落ちるのかもしれませんが、それ以上に肩を使い込んでいるのも事実ですから…。Overheadスポーツとそうでないスポーツにわけて…、いや、各スポーツとレベルごとに細かく分けて、massive MRI studyしてほしいですね。お金めっちゃかかりそうですけど、かなり興味深い結果になるはず!

1. Schwartzberg R, Reuss BL, Burkhart BG, Butterfield M, Wu JY, McLean KW. High prevalence of superior labral tears diagnosed by MRI in middle-aged patients with asymptomatic shoulders. Orthop J Sports Med. 2016;4(1):2325967115623212. doi: 10.1177/2325967115623212.
2. Onyekwelu I, Khatib O, Zuckerman JD, Rokito AS, Kwon YW. The rising incidence of arthroscopic superior labrum anterior and posterior (SLAP) repairs. J Shoulder Elbow Surg. 2012;21:728–731.
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9. Stetson WB, Snyder SJ. Clinical presentation and follow-up of isolated SLAP lesions of the shoulder. Arthroscopy. 2011;27:e30–e31.

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  by supersy | 2017-11-14 21:00 | Athletic Training

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