脳震盪から復帰した選手は、下肢の怪我を起こしやすい?最新エビデンスまとめ。
さて、最近は怪我の影響が全身の筋肉のfiring patternや脳そのものに影響を及ぼすことをつらつらと考えていて、実に何をもって患者が怪我から「完全回復した」と見なすべきなのかは難しいものだなぁなんて考えています。…というか、何と表現すべきなんでしょうね、人の身体はイキモノなので、きっと刻一刻と変わり続けているのです。だからこそ、pre-injuryの状態に身体が「戻る」ことなどきっとないのでしょう。環境に一番辻褄が合うように変化・適応しつづけるものだから。我々はセラピストとして、正しいinputを身体に送り、我々の狙うoutputを紡ぎ出すことが私の考える『治療』の形にひょっとしたら近いのでは…という気もしています。って、よくわかんないですかね。
脳の影響を考えるなら、忘れてはならないのは「脳震盪からの回復、競技復帰」というトピックです。脳震盪そのものについてはこのブログでも何度も書いてきましたが、実はちゃんとまとめていなかった題材に、「脳震盪から競技完全復帰後の脳震盪以外の怪我のリスクの上昇」というものがあります。今回まとめる論文は2015年12月と2016年3月に発表されたものなのでどちらも最新といっていいかと思います。
だからこそ脳震盪を受傷した患者には、厳しいRTPプロトコルが設けられているのだろうって?その通りです。各協会からの声明に、各州で制定された法律…今やアメリカでは脳震盪の恐ろしさは一般の人も広く知るところとなっており、完全に症状が消失しないうちの競技復帰はもはや「世間が許さない」と言っても過言ではないでしょう(例外もまだもちろんありますが)。「早まった復帰」そのものが減少傾向にあると言っていいと思うんですよね。
しかし、先の話に戻りますが、症状の消失=脳震盪から完全に回復と言ってしまっていいものなのか?9割近い脳震盪患者が7~10日で症状が消える、という統計がありますが、その時点で彼らの身体は、脳は本当に競技復帰の準備ができているのか?例えば、一度脳震盪を起こした選手は、二度目の脳震盪を起こす確率が3倍に跳ね上がる、なんて統計もありますが、2我々が思う「満を持して」の復帰が実は「時期尚早」であり、目に見えにくいだけで「怪我リスクの上昇」の餌食になってしまっている患者はもしかしたら今でもいるのでは?ここらへんに一石を投じているのが上の論文なのです。
ざっくりと解説します。この研究は約3年間に渡る比較的長い時間スパンで行われており、脳震盪を受傷したNCAA Division-Iの大学生アスリート83人のうち44人をランダムに選択。これらの選手は1) 大学在学中に脳震盪歴は無し、2) 画像診断が行われた場合、異常は見られなかった、3) 大学のスポーツ医療スタッフにより「脳震盪」と診断された、という条件を満たしており、性別・スポーツ・試合におけるプレー時間・年齢・身長体重がマッチしたアスリートをコントロールとしてidentify、比較対象として分析しています。「脳震盪患者ひとりあたり2人のmatched controlを用意したくて頑張ったけど、条件が厳しくて2人見つからないケースもあって、最終的にはコントロールグループには58人集めたよ」だそうで、グループサイズとしては44人 vs 58人ですね。面白いデザイン…なかなかよく考えてあります (唯一疑問が残るのは、なぜinclusion criteriaを満たした83人全員を分析しなかったのかということ。「そこからランダムに44人」選んだjustificationは、はて?)。
で、1) 脳震盪の前後90日、2) 脳震盪の前後180日、3) 脳震盪の前後365日、という3つの異なる期間で下肢に起こったmusculoskeletal injuryを記録してそのリスクを分析。ちなみに筋骨格損傷(musculoskeletal injury)とは、この研究では選手の自己申請ではなく、certified AT、もしくはチームドクターによって正式に診断されたもののみを指します。
これをまとめると、「脳震盪受傷後、現存のプロトコルを用いて『異常なし』と協議復帰を認められた選手でも、そこから少なくとも一年間、下肢のmusculoskeletal injuryを起こす可能性は、脳震盪を起こす前に比べて約2倍に上がる(95%CI 1.19-3.28, p=0.01)」ということが言えます。考えるとゾッとするのが、「では、これらの選手を競技復帰させたのは果たして正解だったのか?」というところ。「患者の自覚と、我々の診断力では見つけがたい『異常』が患者の身体のどこかに残ってしまっている」と考えざるを得ません。更に、「もっと何か、下肢の怪我のリスクが下がるようなリハビリや治療も脳震盪からの競技復帰のプロトコルに入れなければならないのか?」 「だとしたらどんなものを?歩行トレーニング?バランストレーニング?それとも脳のneuroplasticityをターゲットにした治療法?」…などなど、疑問と将来の研究の可能性が無限に広がってきます。
もうひとつ、非常に似た研究ですが、こちらも。3
もしかしたら、「これは脳震盪の後遺症というよりは、脳震盪によって運動ができなくて、選手がdeconditionしちゃっただけなんじゃないの?」と分析する方もいるかもしれません。しかしBrooks氏らの研究3によれば、「脳震盪組もコントロール組も、下肢の怪我を受傷したのが90日間の観測を始めてからそれぞれ平均32日目、33日目と酷似しており、deconditioningの要素は極めて低い」と報告されております。むむむ…これも面白い。確かに、脳震盪組が復帰直後ばかりに怪我してるなら、筋力低下とか心肺力の低下とか、他の要因もありそうですけどね、30日以上も動いた後となると…。
1. Lynall RC, Mauntel TC, Padua DA, Mihalik JP. Acute lower extremity injury rates increase after concussion in college athletes. Med Sci Sports Exerc. 2015;47(12):2487-2492. doi: 10.1249/MSS.0000000000000716.
2. Cantu RC. Recurrent athletic head injury: risks and when to retire. Clin Sports Med. 2003;22:593-603.
3. Brooks MA, Peterson K, Biese K, Sanfilippo J, Heiderscheit BC, Bell DR. Concussion increases odds of sustaining a lower extremity musculoskeletal injury after return to play among collegiate athletes. Am J Sports Med. 2016;44(3):742-747. doi: 10.1177/0363546515622387.
by supersy | 2016-04-26 23:59 | Athletic Training