スポーツ中の熱中症対策、できてますか?Exertional Heat Strokeについて考える。

昨年10月に思う所あって夏の甲子園と暑さ対策についてまとめたり(その12)しましたが、今回はちょっと違う角度から…。
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日本救急医学会がつい先日発表したという熱中症診療ガイドラインを読んでみました。
過小評価を防ぐためにスペクトラム形式(↑)を採用したそうで熱中症を症状別に3段階の重症度にカテゴリー別けしており、英語で言えば
  I: Heat Syncope, Heat Cramps
  II: Heat Exhaustion
  III: Heat Stroke
…という分類になっているみたいです。

数多くの専門家が膨大な時間と知識をかけて練り上げたこのガイドラインを否定するつもりは毛頭ありませんし、高齢者の屋内での非労作性熱中症(passive heat stroke)の症例が多いという独自の文化のある日本に於いてはこのガイドラインはしっかりまとめられたものであると感じていますが、スポーツの現場で働く医療従事者にはこのガイドラインをそのまま解釈してしまうと怖いところもあるかなと思います。補足…というのもおこがましいですが、スポーツというユニークなsettingだからこそ、そこで働くプロが知っておくべきと私が思うこと、簡単にまとめたいと思います。
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●必ずしも順番通りには起こらない
今回ガイドラインにまとめられているHeat Illnessの分類ですが、
必ずしも全ての患者がIの状態から始まり、IIに進行していって最終的にIIIに至る、という順番で悪化していくわけではないことは強調しておきたいです。過小評価をしないようにスペクトラム形式にしたのは分かりますが、特にスポーツ中の熱中症は短時間でガツンといきなり前兆無くHeat stroke(III)になったりもするので、「スペクトラム」という言葉の持つ「流動的進行」と言うコンセプトには捕らわれすぎず、患者の症状を冷静且つ客観的に診ることを心がけるべきかと思います。

●労作性(exertional) vs 非労作性(passive)
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前述したように、Exertional Heat Stroke(EHS)はPassive Heat Strokeと異なる点が幾つかあります。今回日本救急医学会がまとめたのはどちらかと言うとPassive寄りなのかなと。スポーツで起こる熱中症は、基本的に「Exertional」であることを前提として、我々が認識すべきと思うのは…。

●運動中の深部体温を正しく計測するには
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皆さんご存知のように熱中症重度II(Heat Exhaustion: 37-40℃)やIII(Heat Stroke: >40℃)の正確な診断には深部体温(Core Temperature)の計測が必要不可欠。
では、運動中のニンゲンの深部体温はどう効果的に計れるものなのか?このふたつの研究(↑)1,2は、15人の男性・10人の女性被験者のランニング前、ランニング中、ランニング後の体温の変化をそれぞれ屋外・内で計測・記録したもので、深部体温のGold Standardと言われている直腸温(Rectal)と、口腔(Oral)、腋窩(Axillary)、腸(Intestinal)、耳(Aural)、側頭(Temporal)、そして額(Forehead)の体温を、比較しまとめた結果が下のグラフになります。
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*6つのグラフは、それぞれと直腸温を比較したもの。
   Oral           Axillary
   Gatrointestinal      Aural
   Temporal         Forehead

このふたつの研究の結論としては、

- 安静時と異なり、運動中は外気温や湿度はもちろん、筋収縮による体内からの発熱の影響を多く受ける。更に、運動に伴い身体の血管も部分的に収縮・膨張をしているのでひとつのカラダでもその部位ごとに体温が大きく異なる。『深部体温』を測るのに、直腸温と等しく正確と言えるのはGI (Ingestible) tempのみ。
*Ingestibleに関してはものすっごく前にちょっとだけまとめたことがあったみたいです。今でも、「コストが高い」や「運動6-8時間前にpillを飲まなければいけない」、そして、「飲み込んだpillがどれだけの早さで体内を通過するかは個人差があり、タイミングがずれれば計測自体が不可能になる」というデメリットがつきまといます。

- 屋内屋外の運動に関わらず、口腔、腋窩、腸、耳、側頭、そして額で計る温度は深部体温との関連性が確認できなかった。つまり、「口腔体温に+2℃すれば大体深部体温と同じくらいになるでしょ」というような甘い考えは通用しない、ということ。片方が上昇している時にもう片方が下降している場合もあり、No correlation exists。RectalとGI temp以外の方法で深部体温を『予測』するような方法は存在しないのです。

●Rectal Temp or No Temp at All
Ingestible Tempを使えるようなsettingは非常に限定的で、殆どの人にはまだ実用性に欠ける手段であるとして話を続けると、スポーツの現場で、ATがhyperthermiaをsuspectした時に体温を計るならば、直腸温という選択肢しか無いのです。他のもの(i.e. Oral, Axillary etc)を使って体温を「計った気になる」よりは、全く計らないほうがいいくらいです。

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●Every Minute Matters
The key determinant for an exertional heat stroke outcome is the time above a critical temperature, not the maximum temperature obtained.” ―a quote from May 29, 2003, ACSM Annual Meeting in San Francisco, CA
患者がHeat Strokeを起こした場合、生存率に直結するのは「患者の最高体温がどれだけ上昇したか」ではなく、「患者の体温がどれだけの時間、Critical Temp (40-41℃)以上であったか」なのです(↑上グラフ参照3)。つまり、患者の命を救うには、一刻も早く患者の体温を40℃未満に下げなければならない。理想としては、1) 患者が倒れてから5分位内にaggressive coolingを開始2) そして15分位内にCritical値である40-41℃以下に下げ3) 39℃になり次第、患者を病院に搬送開始、と言われています。4

●Cool First, Transport Second
だからこそ、EHSの救急対応のモットーに「病院は二の次、現場で一刻も早く体温を下げよ」と謳われるのです。悠長に患者を病院へ運んでいる時間はありません。まずは現場で一刻も早く体温を下げることです。それだけではありません。患者の体温を下げる方法は多くありますが、中でも現場の我々ATは、「最も効果的に体温を下げられる」cooling modalityを選ぶ必要があるわけです。

●Effective Whole-Body Cooling?
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さて、このSystematic review5もまたATならば一度目を通して置くべき論文。これによれば、過去に記録された『体温を下げる物理療法』として効果的だったのは…
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上のグラフは、様々なModalitiesをcooling rateの高い順に右から並べたもの。中でも理想的(Ideal)と分類されたmodalitiesは、Heat Stroke患者の体温を10分位内に39℃まで下げられる、aggressiveなcoolingが出来るものたち。Acceptableは所要時間約17分、そしてUnacceptableは我々が使うべきでない、cooling modalitiesとしては機能しないものたち。通常体温に下がるまでに一時間以上かかるものも多く、生存率はその場合限りなくゼロに近くなると考えて良い。
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ダメなものは「Ice packを動脈の上に当てる」や、「ミストファンを使う」(↑)。
有効なのはただひとつ、Cold/Ice-Water Immersion
冷たい水/氷水に患者の全身を浸からせる、という方法です(↓)。
この時、患者のカラダを冷やし過ぎないように、Rectal tempを計測しながら、39℃まで体温が下がったら患者をタブから出して病院への搬送を開始するのが理想です。39℃って、まだ体温としては高いのでは…と思う方もいるかもしれませんが、タブから出ても体温の低下はまだ続くので、39℃という数字が実は丁度良い搬送の目安なのです。39℃以下まで冷やし続けてしまうと、逆に低体温症の状態を作ってしまう危険性もありますので、ご注意を!
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●Falmouth Modelに見習う
…じゃーお前さんはあれかい、
夏にチームが練習するってときは、直腸温度計とcold tubを常に用意しておいて、いざという時にはこれを全部やれっていうのかい?とお思いのATの方もいるでしょう。答えは、『もちろん!』です。少なくとも、アメリカではATCという資格を保持している以上、ここまでの知識を持ち、実行するのが最低限のexpectationってもんです。b0112009_8521975.pngそんなEquipment買うお金がない!手間かかりすぎ!直腸温を肛門で計るのは、リスキーすぎる!…というのは悲しいかな、怠慢でしかありません。

直腸温度計は$200-300位なもんです(→)。人を一人救うのに、これが高い値段でしょうか。(ちなみに、EHS用に理想的なのはDataTherm®のような、probeが曲がるタイプです。患者を水に入れたまま、リアルタイムの体温変化がモニターできるので)

未だによく聞くのが、「肛門に入れるなんて…too invasiveだよ!それが原因で訴えられたりしたらヤダよ!」という声。これね、AEDが出来たばっかりの時もこういう声があったんですよ。「胸をさらけ出すなんて…女性患者に後で訴えられたらヤダよ!」ってね。でも、AEDがいかに救命に重要な道具で、その為にはパッドを肌に直接取り付けなきゃいけないか、すっかり世の中に浸透したでしょ?今ではAEDの使用を「破廉恥な!」なんて言う常識人はまずいないはずです。Rectal tempにも同じことが言えます。もちろん、患者のプライバシーは守って、患部はタオルやブランケットで出来る限り隠す等の気配りは可能な限りする。それ以上のところは、我々は誰かを辱めようとしているわけじゃない、救命活動をしてるのだから、毅然としていればいい。そして、恐らく一番重要なのは、患者に前もって「熱中症になった場合、こういう治療をします。それは、こういう理由だからです」と説明し、同意書にサインをもらっておく。先回りすれば、手の打ちようなどいくらでもあるのです。

こんな大掛かりなことをやるのは、非現実的だよ!…と思う方もいますか?
そういう方には、Falmouth Road Raceのお話をしたいと思います。
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Falmouth Road Raceというのは、毎年8月半ばにマサチューセッツ州で行われる7マイルのロードレースです。7マイルというとそこまで長い耐久レースには思えないかも知れませんが、かなりアップダウンが激しいこと、時期的に気温が高いこと、あと、逆に距離が短いがゆえに走者が速いスピードを保ったまままレースを走る傾向にあることから、かなり過酷なレースと一般的に認識されています。実際、EHSの症例数も、他のマラソンイベントに比べてなんと10倍なのです。

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死人が出てもおかしくないこのレース、実は毎年Korey Stinger Institute (KSI)のメンバーが中心となり、完全EHS対策を行っています。外から見えないような造りテントの中に、かなりの数のcold tabと氷の山。もちろん、その数だけ直腸温度計も用意されています。意識混濁で運ばれてくる患者には即座に直腸温を計測。EHSが認められればすぐにwhole body coolingを開始します。
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このFalmouth Modelと呼ばれる徹底された診断・治療システム、恐るべし、です。本当にすごいです。過去18年間、レース中に総計274件のEHSが確認されましたが(一年平均15.2±13.0件という怖い数字です)、そのうち死者は一人も出なかった、という、100% survival rateを誇っています。6,7

生存率100%。予防医学を勉強されている方ならいかにこの数字が驚異的か分かるでしょう。『予防』の世界で100%という数字は理想であり決して届かぬものでもあります。それを実現させたKSIの努力を我々は無駄にしてはいけない。このFalmouth ModelはEHS対策のGold Standardと呼んでも過言ではないのです。こんなに素晴らしいシステムを「気が進まない…」「面倒くさい…」という理由で採用しないなんて怠慢以外の何者でもないと私は思います。我々ATは命の最前線で仕事する立場なのですから。
ATC保有者の皆様には是非下のどちらかの論文に是非一度目を通して頂きたいなーと勝手に願っています。
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もう一度言います。
直腸温とCold Water ImmersionはEHSの診断・治療スタンダードであるべきです。
これだけの決定的なエビデンスを私は他の分野で未だかつて見たことがありません。

実際、2015年の段階で、Rectal tempを使ってATが訴えられた判例は一件も報告されていません。逆に、熱中症患者にこれらのプロトコルを使わず、訴訟沙汰になってライセンスを失ったATは既に複数居るとのことです。プロの医療従事者として「気が進まないから」という理由で、患者をみすみす死なせるなんてことがあってはいけない。直腸温の検査なんて、看護師は普段から普通にしていることです。うちの学生も、一年生でこの教育を受け(Falmouth Road Raceの話も授業でしました)、文句も冗談も言わずに真面目に直腸温検査を練習しています。このプロ意識が将来のATのスタンダードになるよう、私は私のできることをやっていくしかありません。

1. Ganio MS, Brown CM, Casa DJ, Becker SM, Yeargin SW, McDermott BP, Boots LM, Boyd PW, Armstrong LE, Maresh CM. Validity and reliability of devices that assess body temperature during indoor exercise in the heat. J Athl Train. 2009;44(2):124-135. doi: 10.4085/1062-6050-44.2.124.
2. Casa DJ, Becker SM, Ganio MS, Brown CM, Yeargin SW, Roti MW, Siegler J, Blowers JA, Glaviano NR, Huggins RA, Armstrong LE, Maresh CM. Validity of devices that assess body temperature during outdoor exercise in the heat. J Athl Train. 2007;42(3):333-342.
3. Casa DJ, Kenny GP, Taylor NA. Immersion treatment for exertional hyperthermia: cold or temperate water? Med Sci Sports Exerc. 2010;42(7):1246-1252. doi: 10.1249/MSS.0b013e3181e26cbb.
4. Lopez RM, Casa DJ, McDermott BP, Steams RL, Armstrong LE, Maresh C. Athl Train Sports Health Care. 2011;3(4):189-200. doi: 10.3928/19425864-20101230-06.
5. McDermott BP, Casa DJ, Ganio MS, Lopez RM, Yeargin SW, Armstrong LE, Maresh CM. Acute whole-body cooling for exercise-induced hyperthermia: a systematic review. J Athl Train. 2009;44(1):84-93. doi: 10.4085/1062-6050-44.1.84.
6. DeMartini JK, Casa DJ, Belval LN, Crago A, Davis RJ, Jardine JJ, Stearns RL. Environmental conditions and the occurrence of exertional heat illnesses and exertional heat stroke at the Falmouth Road Race. J Athl Train. 2014;49(4):478-485. doi: 10.4085/1062-6050-49.3.26.
7. Demartini JK, Casa DJ, Stearns R, Belval L, Crago A, Davis R, Jardine J. Effectiveness of cold water immersion in the treatment of exertional heat stroke at the falmouth road race. Med Sci Sports Exerc. 2015;47(2):240-245. doi: 10.1249/MSS.0000000000000409.

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  by supersy | 2015-05-03 20:30 | Athletic Training

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