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Hypohydration vs Hyperhydration。防ぐべきはどっち?

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sh氏とShun氏のコメントがきっかけで、EAH(Exercise Associated Hyponatremia)という言葉に初めて今回出会うことができたのですが、この名前自体unfamiliarだったのと、Hyponatremia(低ナトリウム血症)は
『行き過ぎたLow-sodium dietや摂食障害等で十分な食事を摂れていなかったり、
 病気・風邪等で嘔吐や下痢を起こしたことによって
 Sodium intakeが日常的・慢性的・もしくは一時的に不足している人に起こる現象』
としか私自身が認識できていなかったこともあり、
水分の過剰摂取がそこに加わるとどうなるのか、
ということをあまりつなげてみたことがありませんでした。
調べてみたら、どうやらこういった可能性を知っておくのはとっても重要なことらしい…
というわけでちょっとだけまとめてみます。

●そもそも、Hypomatremiaとは
Hyponatremiaとは、体中のSodium(ナトリウム)濃度が極端に低下することによって起こる現象で、基本的に以下の3つのメカニズムによって起こりえます。

1) Euvolemic hyponatremia
total body water increases, but the body's sodium content stays the same

2) Hypervolemic hyponatremia
both sodium and water content in the body increase, but the water gain is greater

3) Hypovolemic hyponatremia
water and sodium are both lost from the body, but the sodium loss is greater

アメリカで過去に起こった「水飲みコンテスト」での死亡例は1)のEuvolemic hyponatremiaにあたるわけですね。体内の水分が一気に増えたせいでナトリウム濃度が急激に減少し、死に至るまでになった、と。

で、今回のEAHというのは、分類するならば3)のcomplicationなのでしょうか。
運動をする→発汗してSodiumを失う(ここで既に3. Hypovolmic)→水分補給としてpure waterを飲む(←ここが悪化ポイント。1の要素も加わる)→結果、更に濃度が下がる、と。

●どんな症状が起こるのか?それは何故か?
よく見られる症状は、
  - Fatigue
  - Headache
  - Irritability, Restlessness
  - Loss of appetite
  - Muscle spasms or cramps
  - Convulsions
  - Muscle weakness
  - Nausea, Vomiting
といった初期症状から、深刻なものは
  - Abnormal mental status
   Confusion, Decreased consciousness, Hallucinations, Possible coma
まで。CNSに影響が出るのは、浸透圧が原因です。
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通常の状態では、細胞の中と外のナトリウム濃度が等しいため、細胞の通常の形状が保たれる(↑写真上)わけですが、Hyponatremiaになって細胞外のナトリウム濃度が極端に落ちた場合、細胞を取り囲む水分がそのバランスを保とうとして細胞内に移動するため、結果的に、細胞が膨張する(↑写真下)ことになります。

ここで特筆すべきは、体内のほとんどの細胞はこの膨張に耐えられるだけの耐久性があるのですが、Brain cellだけはそうではない、というところ。
脳の細胞は、固い固い頭蓋骨に囲まれていて、拡張には非常に弱いのです。それぞれの細胞が拡張を始めると、限られたスペースしかないのでお互いを圧迫し合い、細胞同士の損傷が起こり、encephalopathyになり、最悪の場合は死に至る、というわけですね。

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●EAHの症例
2000年以降8件の死亡例が確認されており、その中では『athletic eventの最中・後で起こったものよりも数日・連日に及ぶ軍隊の訓練の結果起こったものが多い』というのは事実です。
スポーツに関して起こった症例で、具体的な例を幾つか挙げると、
1) ロンドン・マラソンを終えた後、22才の男性ランナーが倒れて亡くなった
2) 39才の女性が、朝ごはんを食べずにテニスやweight lifting等の2時間の運動をした後、家に帰ってきて倒れ、救急車を呼んだ
いずれのケースも、患者は運動中に水分補給は特に気にしており、積極的に水分を飲んでいた、という記述があります。

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●EAHを理解する
EAHを正しく理解する上で大切なのが上のふたつ(↑)のArticle。
国際レベルで、EAHの共通理解を持とう、と開かれた第一回と第二回International EAH Consensus Development Conferenceで(第一回は2005年南アフリカ・ケープタウンで、第二回は2007年にニュージーランドで開催されました)決められた様々な項目についてまとめてある記事で、
どちらもfull textがavailableですので興味のある方は是非!(第一回第二回)

"EAH is the occurence of hyponatremia during or up to 24 hours after prolonged physical activity"
これは彼らは導き出した定義の一文ですが、キーワードはprolonged。
1-2時間の短い運動では起こった症例はごく少なく、ほとんどの場合、運動は4時間以上続く長いものであることがわかっています。マラソンとか、トライアスロンとかが、主なリスクスポーツにあたります。

具体的には、Serum(漿液)内のナトリウム濃度が、

 135-145mmol/L  Normal (通常)
 130-135mmol/L  Biomechanical hyponatremia (低度低ナトリウム血症)
            (relatively asymptomatic, resolve spontaneously)
 125-130mmol/L  Clinical hyponatremia (中度低ナトリウム血症)
            (started having signs & symptoms)
 <125mmol/L  Serious hyponatremia (重度低ナトリウム血症、生死に関わる)

これらの値であるときにHyponatremiaという診断がなされるそうです。
上にもある通り、患者が症状を感じ始めるのはナトリウム濃度が130を切ったあたりからです。
ここで面白いと思ったのは、『ほとんどのSymptomatic(Clinical) hyponatremiaは、運動前と運動後(症状をdevelopし始めた時点)で、体重が増加している』、という統計。つまり、汗で失った水分を補って余りある程の水分補給を行ったため、結果的に運動前と後では体重が増えてしまっている、と。水分の過剰摂取が非常に如実に見られるケースで確認されています。

EAHのRisk factorは、以下のとおり。
  ▶ Athlete-related
    - excessive drinking behavior
    - weight gain during exercise
    - low body weight
    - female sex
    - slow running or performance pace
    - event inexperience
    - nonsteroidal anti-inflammatory agents
  ▶ Event-related
    - high availability of drinking fluids
    - >4 hours exercise duration
    - unusually hot environmental conditions
    - extreme cold temperature
まとめると、競技経験の比較的少ない、小型の女性アスリート、と言ったところでしょうか。

EAHを予防するには、ということですが、このConsensusによれば、
『水分補給のuniversal guidelineは、一人ひとりsweat rateもrenal water excretory capacityも異なるので作るのは不可能だ』と述べています。

"The goal should be to expect to lose up to 2% of body weight & never to gain weight during exercise"
ここで具体的な予防法の代わりに彼らが打ち出したのは、非常にpassiveなstatement。上にあるように、「間違っても運動後に体重が増えているというような水分補給はしない。目標としては、運動前と運動後で体重の2%くらいの水分を失っているのが理想的」というのです。そのためには
  1. Drink ONLY according to thirst (喉が渇いた時のみに水分補給を行う)
  2. Monitor body weight so as to avoid weight gain during exercise

ではEAHになってしまったらどう対処すべきなのか?分かっている事項として、
  - Drinking hypo (<135mmol/L)/isotonic (=135) fluids worsens condition.
Commercial sports drinkはsodiumを20mmol/Lしか含まないので、Sodiumの補給源としては不十分どころか、それを飲んでしまうと、ナトリウム濃度がますます低下してしまうことになります。EAHの患者には、水やスポーツ飲料を飲ませるのは厳禁です。
  - Sodium tablet/drinkの効果は、今のところconflicting results。
じゃあ塩分がっつり入ったカプセルを飲んじゃうとか、塩分がっつり含む液体を飲めばいいのか?というと、理論上はそうなんだけど、現実はなかなかそうでもない。研究結果はまちまちで、効率の良いナトリウム濃度の上げ方はまだ見つかっていません。
  - 回復法として一番成果が出ているのは、hypertonic saline (3% NaCl)を注射すること。
病院でこの治療を受けた患者は今のところ全員回復しており、通常のsalineを注射された患者は死亡したことが確認されています。

Medical Staffとして、知っておくべきことは、
マラソンやトライアスロンのイベントを開催する立場になったら、医療テントでナトリウム濃度を計測できる環境を整えておくこと。そして、ランナー全員のレース前の体重を記録として持っておくこと、だそうです。水飲み場の数も限ったほうがいいそうで、例えばトライアスロンなら、
  - 自転車区間は20km毎に、走る区間は2.5km毎にaid stationを設置する。
マラソンなら、
  - 5km間隔でaid stationを設置する。
等、指針が書かれています。これは、なかなかusefulな目安かも知れませんね。

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●NATAの推奨する水分補給法
一方で、私達ATCが従うべきは、母体であるNATAが打ち出しているPosition Statements。Fluid replacementについてのもの(↑ 全文リンクはこちらから)もあるので、International EAH consensusとどれだけ違う・同じなのか水分補給の指針を比較してみました。

NATAは、水分補給の指針を19項目にまとめています。ざっと書き並べてみると、
1. Athlete's sweat rate, sport dynamics, environmental factors, acclimatization state, exercise duration/intensity, individual preferenceを考慮した上で、それぞれのアスリートに合ったHydration protocolを作るべき。
(これは、個人的にはInternational EAH Consensusの「universalなものは作れない」をひとつ進めた次元の話で、それならindividualizedしたものを作るしか無い、というもの)
3. 水分は、透明な容器に入れて、100mlごとにマーカーなんかで印をつけておくと
どれだけ飲んだかが分かりやすい。味付けはお好みで(これで、選手自身がどれだけ積極的に水分を取るかが変わってくるので)。水分補給量の目安としては、Drink beyond thirst satiation or the typical few gulpsと選手にremindすべし。
6. 脱水量は、体重の2%以下に抑えること。水分補給で言うと、200-300ml every 10-20minに等しい量をコンスタントに補給するのが理想的。
12. 以下の状況の時には、水分にSodium chloride (NaCl)を足すのが好ましい。
   - 食事が不十分・または食べていない
   - 運動が4時間以上
   - 気温が高い中での運動、最初の1~5日目くらいまで
Modest amount of salt (0.3~0.7g/l)はcramp、hyponatremiaの予防に有効であるし、stimulate thirst, increase voluntary fluid intake, enhance palatability & retentionという利点があり、害はないハズ。
…といったモノたちがあります。International Consensusとはだいぶ異なる内容です。

というのも、NATAの水分補給指針の目的は、EAHを予防すること、ではなく、
  1. Hyperthermia(高体温症)を防ぐため
  2. Athletic performanceを最善に保つため
ということを目標に書かれているからです。International Consensusは、言い方がちょっと悪いかも知れませんが、EAHさえ防げれば他は何が起こっても気にしない、みたいなスタンスで書かれている印象を受けました。ATCとしては、そういった心構えでアスリートを送り出すわけにはいきません。目標はあくまで、健康を保った上で、より高いパフォーマンスでないと。
この時大切になってくるのが、『体重の1-2%分の水分を失うと、パフォーマンスは低下する』という運動生理学界のゆるぎない事実なのです。International Consensusはむしろ『2%までの体重低下は理想的である。これを目指すように』と書いていましたが、これではパフォーマンスはcompromiseされてしまうのです。NATAは、『水の飲み過ぎによって起こるHyponatremiaという現象もあるが、それは非常に稀であるし』、と認めた上で、"Every athlete will benefit from attempting to match intake with sweating rate and urine loss"と断言しています。飲み過ぎを肯定しているわけでは一切ありませんが、2%低下をよしとする水分補給ではいけない。失った分はきっちり補給すべきだ、というわけですね。

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●NATA vs International EAH Consensus、Hypohydration vs Hyperhydration
…というわけで、両者の言い分は大いに食い違っているように思います。特に、水分補給量の目安に関して、です。喉の渇きのみに従うべきなのか?喉が潤されてももうちょっと余分に水分を摂るべきなのか?で、前述したようにこれはお互いの目標が異なるからなわけで(NATAは体温の維持と、パフォーマンスの維持。International Consensusは、EAHの予防)、あなた自身の目標によって、どちらに耳を傾けるべきかが変わってくるのではないでしょうか。

しかし、現実的に考えてですよ。
EAHは予防したいけど、脱水してしわしわになって死んじゃってもいいですよ、なんて、そんなはちゃめちゃな論理が通るわけがない。私にとってはInternational Consensusは少しばかり偏り過ぎの指針に見えるのです。中庸の徳、という言葉がありますが、上手く両者の良いところを取って、これからの私たちのpracticeに反映できないものでしょうか。

ここからは私個人の意見になりますが、
全く喉の渇きを感じずにHeat exhautionになった自身の経験も踏まえて、「喉の渇きのみに従って水分補給」という大いに誤解を招くようなstatementを医療従事者として選手に言うわけにはいきません。ぶっ倒れて、全身が痙攣を始めても、私、全く喉の渇きは感じませんでしたからね。そんなsubjectiveな指針はちょっと頼るには怖すぎます。加えて、喉の渇きを感じた時点で体重の1-2%の水分は既に失われており、『軽く脱水している状態』ですしね。前述のとおり、1-2%の脱水は、パフォーマンスにも影響がでることは研究によって十分に証明されています。我々の目標は、もっと高いところにあるはず。

なので、一般の水分補給の目安としては、
個人のsweat rateとニーズに基づいたものを、という、NATAのPosition statement通りのものをこれからも実践し続けていきたいと思います。飲みたい、と思う量よりちょっと多めに飲むくらいがいいんだよ、と、ATCとして私はこれからも言い続けます。練習中、あまり水を飲まない子は、「もうちょっと飲むくらいがカラダにはいいのよ、ちょっと意識して飲んでみ?」と今まで通り勧めます。

現実と向き合ってくると自ずと答えが見えてくる気もするのです。
ここ12年で8件の死亡例、しかもその多くが連日に渡る軍隊のトレーニングや、マラソン・トライアスロンと言ったultra-distanceの4時間以上動き続けるようなイベントで起こるEAHの心配をするよりも、肌を刺すような日差しの真夏のテキサスで、毎日ばったばった多数の死人が出る脱水の方を気にするべきは、土地柄、統計的にも当たり前のように思います。しかも、私の担当スポーツは、比較的室温のコントロールされた室内で行うバスケットボールですもん。練習も、長くて2時間半。EAHのリスクは恐らくとんでもなく低いはず。

選手が例えば摂食障害(i.e. Anorexia)等があってまともに食事を摂っていない、もしくは、一時的な風邪で嘔吐・下痢が続いて体内のナトリウム濃度がそもそも低下している場合は、EAHの可能性を頭に留めておいて、選手の体調と相談しながら運動を許可、ということにはなるでしょうけれども。個人的にはこれを怖がりすぎて、aggressiveな水分補給をしなくなることのほうが怖いのではと思います。
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だって、アメリカの典型的な食事(↑)を毎日摂っていて、塩分が足らない、なんてこと、そうそうないと思うんです。

ただ。万が一EAHだった場合、今回初めて知ったのが、
EAHの症状は何ら特別なものではなく、言ってしまうと脱水の症状にも酷似している。だからこそ、ひとつ怖いのが、脱水と勘違いして、EAHの患者に水やスポーツドリンクを飲ませると、ナトリウム濃度はますます下がり、悪化してしまうので絶対にしてはいけない。というところ。
食事をちゃんと摂っていない、4時間以上の運動をしていて、水分はごくごく率先して十分に補給していた、等の印象があれば、それは重要なred flag。焦って更に水分を飲ませるよりも、まずはSodium levelを確認することが先。…というのは、これからも頭の片隅に留めながら仕事していきたいな。

いやーー、勉強になった。しかし。思いがけず時間を使ってしまったな(苦笑)。

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ちなみに。
NATAのPosition Statementはこちらから一覧することができ、PowerPointもArticleも原本を誰もが無料で閲覧することが可能です。(NATAのMembershipを持っていない方も含めて、です)日本のスポーツ医学界で活躍されている方、興味のあるトピックがありましたら、是非お時間を使って読んでみることをオススメします!

さらにちなみにちなみに。
Fluid ReplacementのPosition Statementは2000年に発表された比較的古いものであり、現在最新のPosition Statementの準備が着々と進められています。また、変わる内容も多々あるかもしれません。EAHについての記述も増えたりして?
新しいFluid Replacement Position Statementの傾向に関しては、去年のNOLAのコンベンションで触れられた点について、過去にまとめたものがあります。こちらも宜しければ是非!

  by supersy | 2012-06-13 20:00 | Athletic Training

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