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Sickle Cell Trait (鎌状赤血球形質)について学ぼう。

皆さん、Sickle Cell Trait(鎌状赤血球形質)という言葉をご存知でしょうか?
この言葉、アメリカの大学スポーツ界ではここ数年討論の中心になっています。
Sickle Cell Traitを持つアスリートがコンディショニング中に死亡するケースがあったことから、それに対応する規制を作るべきかどうかetcで数年にわたって話し合いが繰り広げられているのです。その結果として、今2011年7月現在、決定していることは以下のようになっています。

去年(2010-2011)のシーズンから、NCAAは新たに、
 “大学スポーツに参加するStudent-athleteは、事前に
  ① 過去に受けたSickle Cell Traitテストの結果を提出する
  ② 今Sickle Cell Traitのテストを受け、その結果を提出する
  ③ Sickle Cell Traitのテストを受けることを辞退し、waiver(権利放棄書)にサインする
 のいずれかのことをしなければならない” ということを義務付けるようになりました。
しかし、これはDivision Iのみの話で、Division IIとIIIにおいてはまだ“recommend(勧める)”という表現をするのみに留まっているようです。もちろんこちらもNCAAはmandate(義務付ける)しようとしている最中で、もうあと一歩というところまで来ているみたいだけど、Official Statementとしては出ていない…というのが現状かな?

●Sickle Cell Trait (SCT)の基本的なメカニズム
ざっくり言うと、血液中のヘモグロビンが遺伝子的突然変異を起こすことが原因です。
Sickle Cell Trait (鎌状赤血球形質)について学ぼう。_b0112009_650790.gif
ちなみにヘモグロビンというのは、赤血球の中にある、鉄分を含む、酸素を運ぶ媒体の役割を果たすこういう物質(↑)ですな。4つの鎖が絡まりあったような見た目をしています。
ちなみにこれが酸素と結びつくと、色が暗赤色から鮮赤色へと色を変えるのです。
だから動脈(酸素を多く含む)の血液は鮮やかな赤で、静脈(含まない)は黒っぽい赤なんですな。

あ、話が逸れた。

で、Red Blood Cell (RBC=赤血球)というのは、焼く前のハンバーグみたいな、
真ん中が少しへっこんだ、綺麗な丸い形をしているのですが、
ヘモグロビンに異常があると、鎌状という名前の通り、鎌のような形に変形してしまいます。
Sickle Cell Trait (鎌状赤血球形質)について学ぼう。_b0112009_791441.jpg
このとき、形が変形するだけで、別に酸素を運ぶという元々の機能が(多少低下するにしても)失われるというわけではありません。あれ、じゃあ、別に不具合はないんじゃないの?それでも十分機能できるんじゃないの?と思われる方もいるかも知れません。はい、実はそうです。そのとおり。

では何が問題なのか?それは、この鎌状になった赤血球が体中を循環するときに起こります。
Sickle Cell Trait (鎌状赤血球形質)について学ぼう。_b0112009_2402395.jpg
通常の丸い赤血球はスムーズに血管内を流れて行きますが、鎌状の赤血球は、血管の分かれ道や細い血管などでひっかかり、粘着性も通常より高いことからお互いにくっついてBlood clot(血栓)を作ります(ちなみに以前血栓についてまとめた記事はこちら)。この血栓により、血流が一部ブロックされて流れが遅くなる、もしくは完全にブロックされて流れが滞る、というのが結果的に問題になってくるわけです。

●Background/Prevalence
Sickle Cell Trait (SCT)とSickle Cell Anemiaは、関係はありますが異なるものです。
日本語では前者が鎌状赤血球形質、後者は鎌状赤血球貧血、と訳されます。
また、Sickle Cell Anemia (SCA)はSickle Cell Disease (SCD)と呼ばれることもあります。
どちらもGenetic(遺伝的) conditionに分類され、マラリアが流行った地域(アフリカを中心に、地中海周辺やサウジアラビア、インド等)に特によく見られることで知られています。Sickling of RBCというのが、マラリアの発症を抑えるために人体が選んだ進化形であるからです。Sickled RBCはNormal RBCよりも寿命が短く、短期間で溶血するため、マラリア原虫が増殖を抑えられる、という利点があるんだそうな。
問題は、マラリア感染の危険性がほとんど無くなった現在でもこのSCT、SCAが残ってしまっていること。Advantageが消えて、disadvantageのみが残ってしまった形になったわけです。
SCAのprevalenceは約5000人にひとりと非常に稀ですが、SCTのほうはそれよりも症例数が格段に多くなります。遺伝子的要素が大きいため、ひとつのアメリカという国の中でも人種間での格差があり、例えばCaucasian内では“rare”であるが、African-American Populationではその8-10%がSCT positiveである、という統計が出ています。つまり、African-americanの選手がチームに10人いれば、統計的に言ってそのうちの一人はSCTでもおかしくない、ということです。意外に身近な話題なのです。

●Sickle Cell TraitとSickle Cell Anemiaの違い
<原因の違い>
SCTとSCAの一番の違いはヘモグロビンβの遺伝子の対になっている遺伝子のひとつだけが突然変異を起こしているか、それとも両方か、ということのようです。
ひとつだけの場合(heterozygous=ヘテロ接合型)がSCTになり、
両方affectedされている場合(homozygous=ホモ接合型)はSCA、ということになります。

<生理学的違い>
それでは、一体症状にはどのような違いが出るのか?
通常、ヒトは正常な形のRBC(くどいですがハンバーグみたいなやつ)を持っていて、
これらを構成する正常なヘモグロビンには専門用語でヘモグロビンAAと名前がついています。

SCAの患者が持っているヘモグロビンは、これと異なり、ヘモグロビンSSと呼ばれています。
ヘモグロビンSSを含むRBCは、前述の通り鎌状に形を変えるわけです。

それではSCTの患者は?というと、彼らのヘモグロビンはこれらの中間で、Gene typeはヘモグロビンAS。特徴としては、普段は正常なRBCの形をしているが、high-stress/low-oxygenの状況下ではそれが鎌状に変化する、という、限定的なPhysiological changesを引き起こすのです。

<症状の違い>
SCAのそれは非常に深刻です。常時発症しているため、幼少の頃に症状が確認され、SCAと診断されるケースがほとんど。発作を予防するための様々な薬による治療や、Bone marrow transplantや遺伝子治療も行うケースがあるようですが、患者の多くは成人前に亡くなることが多いんだそう。

一方で、SCTはhigh-stress/low-oxygenの環境にさえいなければ症状は何も出ませんし、本人もcarrierであるという自覚がないことが多くあります。TraitがAnemiaに進行することはなく、普通に生活している分には全く問題無し。それ故、今まで、SCTは“generally benign(ほぼ無害である)”と考えられてきましたが、実は言うほど“benign”ではないのではないか、特にアスリートにおいては、適切な予防策無しでは最悪の状況 (=sudden death)が起こりうるのではないか、という考えが近年広まりつつあります。

●Complications with SCT in athletes
アメリカ大学スポーツ界において、ここ数十年で、15件のSCT-related sudden deathが確認されています。その多くがFootball選手ですが、陸上選手やバスケットボール選手も含まれています。Footballの黒人選手だけ気をつけていればいいんでしょ、という理解だと最悪の事態を招くことになる、ということを踏まえた上で…

SCTの症状は極限のhigh-stress, low-oxygenという状況下で出やすいというのは前述の通りですが、初期症状はこんなものがあります:

  - Fever
  - Fatigue, dizziness, nausea
  - Chest pain, abdominal pain 
  - Excessive thirst, frequent urination
  - Rapid heart beat, difficulty breathing
  - Soft, flaccid muscle tone
  - Leg or low back pain, weakness, or muscle cramping
  - Collapse early in practice (serious attackは通常練習の始めのほうで)

これらの初期症状を無視して運動し続けると、3つのMajor Complicationが起こりえます。NCAAが明記している危険性はこちら:
- Gross hematuria…肉眼で確認できるほどの血が入った血尿。
    ほとんどの場合、Left Kidney(左腎臓)の腎不全による無痛性の血尿が多いのだとか。
- Splenic infarction(脾臓梗塞)…5000ft以上の高い標高にいるときに起こりやすい。
    鎌状赤血球のclottingにより、脾臓への血流が断たれることから脾臓が虚血性壊死する。
- Exertional rhabdomyolysis…これが最も深刻。
    血流が制限され、十分な酸素供給を受けられなくなった筋肉たちはrhabdomyolysis
    (=横紋筋変性、つまるところMuscle breakdown)を起こします。
    簡単に説明すると、筋繊維たちが次々に破壊され、そのmuscle fiberたちまでもが
    血流に流れ込む、という現象のことです。筋肉に含まれる成分が外の臓器に
    有害なこともあり(ex. Myoglobinが肝臓を損傷させ、急性腎不全を起こすetc)、
    迅速に対応をとらないと命に関わることになります。

あと、これはNCAAは触れていないのですが、SCT complicationとしてのLower leg compartment syndromeの確認例もあるんだそう。Metabolic wasteが増えるんだし、venous/lymphatic returnがcompromiseされるんだから、make senseといえばmake senseですね。

●予防が大事
そんなわけで、早期発見・早期予防が本当にcriticalなのです。
だからこそ、この度NCAAがSCT Screeningをmandateした、というわけ。
誰がSCT carrierなのか分かっていなければ、予防のしようがありませんからね。

予防法にも色々あるんですが、書いていてもキリがないので、
短くまとめると、Acclimatizeと水分補給をしっかりすること、
ドリルやrepsの間に休憩をしっかりと入れること、
そして症状が出始めたらすぐにATCやコーチに知らせること、ってとこでしょうか。
私は一番大事なのは、本人とATCはもちろん、CoachとS&C CoachがSCTに対して正しい理解を持ち、SCT positiveの選手をrecognizeすることだと思います。今までの死亡例は、まずそもそも選手自身も周りのコーチもSCT carrierであると知らなかった。そして、気分が悪くなったり発作が出始めても、ただの“being soft/sissy”と判断され、workoutを続けざるを得なかった、というケースがほとんどなので。

アメリカの大学に関わるATCの皆さん、選手に適切な指導ができるように、
この機会にSCTについてじっくり学んでみてはいかがでしょう?
NCAAが提供しているEducational Materials/Resourcesはこちら
中でも、一番上にあるビデオはSCT positiveの選手に見せるのにとても良いものと思います。
10分くらいのごく短いものですので。
あと、NCAA Sports Medicine Handbookは、ATCならば一度は読んでおくべき、と思います。
2011-2012版はまだ出ていないので、現時点での最新版はこちら
無料でダウンロードできます。SCTについては、ページ86から記載されています。

そんなつもりはなかったのに、すっかり長くなってしまいました。
SCTについて、Twitter上でATCの方達とちょっと話し合う機会もあり、また、資料提供をしていただいたりもして、関わって下さった方々に非常に感謝しております。
うちの大学も、SCTについての正しいポリシーを取り入れようと、連日Sports Medicineスタッフでの話し合いが続いております。色々と難しいけど、良いものができるといいな。ふぬ。

  by supersy | 2011-07-03 20:30 | Athletic Training

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