本帰国にあたって思うことその3。教育に携わるものとして成し遂げたかったこと。

8年間の米大学での教育者生活を振り返ってみて、つくづく自分には向いてなかったなぁと思います。私は献身的ではないし、他人にserveすることに人生の喜びを見出すタイプではないからです。やっぱり自分で自分の興味の赴くままに勉強しているときに勝る喜びはないです。自分勝手な先生でごめんなさい。色々と至らず、学生に申し訳ない思いをさせることも多かったかも知れません。

でも、ひとつだけこの大学で8年間勤務して、私が影響力となって変えることができたこと、誇りに思うことがひとつだけあります。それは「人生とは一生学び続けることである」ということを態度で示せたことです。
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私がこの大学に来た8年前は、スタッフも教員も数が今よりも少なく、空気が滞っていた感じがしました。それぞれが日々の仕事をこなすのに精いっぱいで(そしてそれは当時の環境を考慮したら仕方がなかったのだとも感じています)、スタッフや教員たちが自ら全米を飛び回って新しい技術や知識を手に入れようとしたり、論文を読んでその内容を共有し合ったりという文化や習慣がなかったのです。10年前のままのコンセプトの治療アプローチを繰り返すスタッフたちに私も驚きましたし(あまり喜ばしい驚きでなかったことは言うまでもありません)、休みを見つけてはいそいそと講習に出かけていく私に「よくやるわね」と呆れた顔をする同僚もいました。

そしてそういった空気は学生にも伝染るものです。私がここで教え始めたころの学生の学習態度はお世辞にも積極的とは言えず、実技中心のクラスでは最低限のことだけをパパパッと終わらせ、「もう帰ってもいいですか?」と言う学生が多くいたりもしました。真面目に取り組む少数の学生が周りに「何頑張っちゃってるの」と笑われ、バカにされている風景を目にしたのも一度や二度ではありません。

ワタクシゴトではありますが、私は中学校や大学でバカにされる側に立ったことがあります(不思議と、高校では一度も経験しませんでした。同じような思考の人間が同じ場所に集まりやすくなる「高校受験」という日本の学校システムに私はもっと感謝すべきなのかも知れません)。先生の話を黙って聞いていたり、期限内に宿題を出したり、テスト前にやるべき勉強をしていたりしただけなんですけど、「良い子ぶって」「ガリ勉」「Overachiever」「You are making us look bad」と言われ、なかなかに不愉快な思いをしました。別に貴方たちが頑張らないのは勝手だけれど、私は楽しいと思って好きでやっているの、自分でやらないと決めたなら一人でやらなきゃいいのよ、どうして他の誰かを一緒に引きずり落とさないと気が済まないの?と疑問に思ったりしたものです。

現代は、真面目な人がバカを見る社会だと言われます。正直者は損をするそうです。でも私は真摯に毎日努力を重ねる学生が褒められ、称えられ、応援されるような文化をここに作りたかった。学ぶ楽しみがイマイチまだ分かっていない子たちには「あれっ、勉強って楽しいんだ!」と気が付いてほしかったし、それに既に気が付いている子たちには「楽しいって声に出して言ってもいいんだ!」と安心してもらえたらいいなと思ったんです。

学びの場は、どんな子たちにも平等に安全であるべきです。楽しいことを楽しいと声に出して言っても誰にも攻撃されないし、ちょっと背伸びして挑戦し、結果失敗してしまっても誰にも責められない…そんな学びの土台となるSafe Learning Environment(安全な学習環境)を提供することが教育者としての最低限の責任じゃないかと思ったのです。

なので私は学生をとことん褒めました。普段あまり頑張らない子が頑張ったらその変わろうとする瞬発力を、毎日頑張り続ける子はその持続力を褒めました。人前で、こっそり私のオフィスで、とりあえず目を引いたことがあれば「なんと素晴らしくよくやっていることか!」「お前ら偉すぎるな!」と躊躇せず褒めました。そしたらあらあらびっくり。意外なことが起こり始めたんです。「Sy、あの子、こんなところをよく頑張っているよ!」と、私が気が付かなかった「良さ」をこっそり教えてくれたり、下級生が上級生を「ありがとう!こうしていつも教えてくれて、とても感謝している」と、上級生が下級生を「私が忘れかけてたことを質問してくれてありがとう!復習するいいきっかけになった」と、お互いがお互いを褒めるようになってきたんです。褒められることが「once in a blue moon (ごく稀にしか起こらないような希少な現象)」ではなく、「努力したら確実に起こる日常的な現象」に変わり、褒められる機会を奪い合わずともシェアしあえるということに学生らも自分たちで気づき始めたのかも知れませんね。うちの大学に来る学生は(お恥ずかしいのですけれど)決して頭が良いわけではないので、あまり勉強で褒められるという経験をせずに大学まで来た子も多かったのかも。褒めらえることでの楽しさを、学習して「分かるようになる」楽しさに結びつけてくれた子も多く、目の色を変えて勉強に励みだす子もこの大学で数多く見てきました。
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「うちの子全然読書をしないんです、どうしたらいいでしょう?」
「貴方は子供の前で楽しく読書をしていますか?」
「いいえ、していませんけど、どうしてですか?」
…という笑い話(?)がありますけど、学生さんに、そしてスタッフさんに学び続けてほしかったら、一番有効なのは「自分が楽しく学んでる姿を見せること」だと思ってきました。たまに学生やスタッフさんに「もう充分に知っているのに、どうしてそんなに勉強するの?」と聞かれることもありましたが、「君は教わるなら10年前の『正しい知識』を食いつぶしながら生きながらえている教授からがいいかい、それとも嬉々として常に『今の正解』を追い求めている教授からがいいかい」と返すとみんな「むぅ…」となってましたね。

ワクワクする論文を見つけたら独りオフィスで小躍りしたり、新しいPosition Statementが発表されたら「みなさーーん!でーまーしーたーよー!」と全員に共有したり、授業中に突然「あ、脱線するんだけど昨日読んだ論文の話してもいい?」と言い出したり、学生・スタッフさん対象の定期勉強会を開いて、学校内外からゲストを招いて「ガッコウでは習えないこと」を共有する機会を設けたり…。我ながら型破りの教授だったかも知れませんが、「人生分からないことだらけ」「When you finish learning, you are finished」「living is learning, learning is living」を地でいってた妙な自信だけはあります。

8年経って、ここを改めて見渡した時に、生き生きと勉学に励む学生の姿や、「今度はこんな勉強会に参加してみようと思っている」と話してくれるスタッフの顔を見て、いやー頼もしい、ここでやるべき仕事は一通り終わったかなという気がしています。滞っていた空気はすっかり流れるようになり、色々な情報が風に乗って流れ込んでくるようになりました。いいですね。気持ちがいいです。

新しい文化を作り、それを根付かせるにはかなりの時間がかかりました。私は辞める時には基本的にはきれいさっぱり跡形もなく、「いたっけ?」と言われるくらいに残り香の「の」の字も残らぬよう、消えるようにいなくなりたいと目論んでいるのですけど、唯一願わくば、この文化だけは私がいなくなっても続いていってほしいと思います。

…とはいえ、いなくなる立場で「これだけは続いてほしい」なんて今の職場に願うのは傲慢ですかね。せめて次の職場でも私はこうあり続けたい、一緒に働く人たちと積極的に学ぶ姿勢を絶やさず楽しくワイワイやっていきたい、とは思っています。

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  # by supersy | 2018-04-19 20:30 | Just Thoughts | Comments(4)

スポーツは身体に良くない?NBA選手の「健康」な膝のMRIを撮ってみると…

異常と普通の境目: 画像診断の進歩による弊害、「Overdiagnosis」について考える

以前「SLAP損傷は健康な人にも確認されている。画像診断の発達によって過剰診断という現象が起きているんじゃないか」という話を書いたことがあるのですが、今回はその膝バージョンです。
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特に痛みを抱えていないプロバスケットボール選手の膝のMRIを撮ったら、どんな結果が出ると思います?全ての組織が教科書通りに「正常」、「健康」で、病理的な変化が一切見られない?それとも長期的に蓄積されたダメージが見え始めている?この疑問の答えを提供してくれているのがこの研究たちです。1,2
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一つ目の研究(2005年発表)1 は膝に痛みが全くない20人の健康なNBA選手(= 40 knees; 平均26.15歳、幅21~36歳)のMRIを撮って、膝の状態を見てみましたよ、というもの。ちなみにこの研究の「健康」の定義は、1) pain-free full ROM (可動域制限なし); 2) no effusion(腫脹なし); 3) no ligamentous laxity(靭帯の不安定症なし); 4) no joint line tenderness(関節裂隙圧痛なし)、だったそうで…それなりにしっかりした基準に見えますね。

で、結果がすごいっす。
19/40 (47.5%) 軟骨損傷…うち14/40(35%)が膝蓋軟骨面に、10/40(25%)が大腿骨滑車溝関節面に、4/40(10%)が大腿骨内側顆、1/40(2.5%)が大腿骨外側顆、そして2/40(5%)が外側脛骨高原軟骨面にそれぞれ損傷が認められたそう。
8/40 (20.0%) 半月板損傷…内側が7/40(17.5%)で外側が1/40(2.5%)だったとのこと。箇所はその75%がPosterior hornだったそうな。

二つ目の研究(2008年発表)2 では同じ要領、同じ条件でNBA選手14人(平均26.3歳、幅20~36歳)、28の膝を検証。なんと、28中の25(89.3%)の膝に異常が見られ、両膝とも健康だった選手は一人としていなかったというのだからびっくりです。軟骨損傷は14/28(50%)半月板損傷は可能性が高い画像も含めれば3/28(10.7%)という、ひとつ前の論文にそう引けを取らない数字です。個人的には膝蓋腱障害(11/28, 39.3%)、嚢胞性病変(4/28, 14.3%)も多い気がしますし、一人いたというOsteochonrdal fractureもびっくりですね(↓)。
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…というわけで、ここまで見た限りでは「NBA選手の膝って痛みの有無にかかわらずボロボロじゃん!」と言いたくなるような結果です。では、それより少し若い、大学バスケットボール選手ではどうなんでしょう?シーズン前と終わった直後の膝の状態を比較した興味深い検証(2016年発表)の結果がこちら(↓)3 です。
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対象となったのは12人の大学女子バスケ、12人の大学男子バスケ選手合計24人(年齢幅18-22歳)。この研究では、片方の膝に痛みや腫れなどある場合には「症状の全くない」側の膝を、両側ともに健康である場合には利き足の側の膝の画像を撮ったそうな(= 24 knees)。なぜに利き足だったんだろ?理由は書いてありませんけども。シーズン中に選手3人がドロップアウトしたようなので(理由不明)、シーズン終了直後の計測に参加したのは21人(= 21 knees)のみだったそうです。

で、結果なんですけど、かなり興味深いです。

膝蓋前滑液包炎  シーズン前15/24(62.4%) vs シーズン終了直後16/21(76.2%)
脂肪体浮腫    シーズン前18/24(75.0%) vs シーズン終了直後17/21(81.0%)
膝蓋腱障害    シーズン前20/24(83.3%) vs シーズン終了直後19/21(90.5%)
大腿腱障害    シーズン前18/24(75.0%) vs シーズン終了直後19/21(90.5%)
骨髄浮腫     シーズン前18/24(75.0%) vs シーズン終了直後18/21(85.7%)
関節面軟骨損傷  シーズン前17/24(70.8%) vs シーズン終了直後17/21(81.0%)
半月板損傷    シーズン前12/24(50.0%) vs シーズン終了直後13/21(61.9%)

総じてそれぞれの怪我がシーズン前と終了直後では有病率が少し上がっているのが確認できるんですけど、それにしたってシーズン前の有病率がそもそも高すぎません?シーズン前に検査をした24人のうち24人の全員の膝にどこかしら異常が認められたそうですよ。前の研究との数字の差がかなりあって、こっちの統計の方がかなり多い印象なのでなんでだろう?と勝手に考察してみると…考え得るのが「最近の大学の選手のほうが10年ほど前のNBA選手よりもより身体に負担のかかる練習の仕方をしている?若年層の膝への負担が増えている?それとも単純に、この研究で使われたより最新の3.0-T MRIの性能が以前の研究で使われた0.3- or 1.5-T MRIよりも性能が良く、細かい状態の変化までしっかりと可視化できる?」ってところなんですけど、はて、正解はどれなんでしょうね?もしかしたら複数当てはまっているのかも…。

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最後におまけというかなんというか、バレーボール選手の研究4 に関しても少しだけ書いておきます。こちらはさっきのPappas氏らの研究をワンシーズンでなく「2年間」に引き伸ばしてその膝の状態の変化を追った、みたいな感じの造りで、18人のadolescents(男8人、女10人、平均年齢16.0±0.8歳)と18人の成人(男9人、女9人、平均年齢46.8±5.1歳)国代表レベルのバレーボール選手を対象にMRIでその膝の状態を見る検証を行っています。

2年間という時間で膝の状態に統計的に有意な変化は認められず、性別差も特に確認できなかったそう…なんですが、adolescentsとadultとでははっきりと異なる点数がいくつかありました。関節軟骨面損傷(0% vs 56%, p<0.001)、骨棘形成(39% vs 94%, p=0.001)、外側半月板損傷(0% vs 33%, p=0.019)が成人のほうが圧倒的に有病率が高く、骨棘形成(p<0.001)と半月板損傷(p=0.021, p=0.015)の状態がより悪いのも成人であったとのことなんです(↓)。
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バスケットボールのようなコンタクトスポーツでなくても、ジャンプと着地を要するスポーツであるバレーボールでもこうしてはっきりと「高いレベルで競技をしている選手の膝は、例え本人に自覚症状がなくても『損傷』が進んでいる」という結果が出たことは非常に興味深いと思います。競技を長くしていればいるほど、加齢が進めば進むほど、これらの隠れた損傷は悪化しているというのも間違いなさそうです。健康と怪我って表裏一体だなぁ、と改めて思ったのと、前回も書いたかと思うんですけど、画像診断の技術が日々進歩しているからといって、目に見えるようになったもののひとつひとつにいちいち反応しなくてもいいんじゃないかと、いや、どれを見てどれを無視するか判断しなければいけない手間が増えたこと考えれば、正しい診断を下すことは以前よりも難しくなってきているのかも知れませんね。画像診断では「正常から逸脱した状態」は容易に確認できても、その「clinical relevance(主訴との臨床的関連性) 」までは推し測れませんから。難しい時代になったものです。見えるようになってしまったものを見なかったことにするのは、クチでいうよりもはるかに困難で、エネルギーを消費することだと思うんですよ。

1. Kaplan LD, Schurhoff MR, Selesnick H, Thorpe M, Uribe JW. Magnetic resonance imaging of the knee in asymptomatic professional basketball players. Arthroscopy. 2005;21(5):557-561.
2. Walczak BE, McCulloch PC, Kang RW, Zelazny A, Tedeschi F, Cole BJ. Abnormal findings on knee magnetic resonance imaging in asymptomatic NBA players. J Knee Surg. 2008;21(1):27-33.
3. Pappas GP, Vogelsong MA, Staroswiecki E, Gold GE, Safran MR. Magnetic resonance imaging of asymptomatic knees in collegiate basketball players: the effect of one season of play. Clin J Sport Med. 2016;26(6):483-489.
4. Boeth H, MacMahon A, Eckstein F, Diederichs G, Schlausch A, Wirth W, Duda GN. MRI findings of knee abnormalities in adolescent and adult volleyball players. J Exp Orthop. 2017;4(1):6. doi: 10.1186/s40634-017-0080-x.

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  # by supersy | 2018-04-13 23:59 | Athletic Training | Comments(0)

「肩の安定性」に必要不可欠な要素: 関節内陰圧

さて、前々回も少し書いたんですけど、肩についての文献を色々読んでいます。その中で、「肩(肩甲上腕関節)という関節は骨構造としてはそもそもが不安定な造りであって、様々な組織がその静的・動的安定性に補足的役割を果たしている」という点に関して、文献を複数見比べていたら、今までに聞いたことのない『要素』がふたつ出てきました。びっくり!なんじゃこら!というわけで、今日はそのうちのひとつについてまとめておきます。

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●陰圧
その正体とは、ずばり「関節内陰圧(negative intraarticular pressure)」なんです。関節包が関節の骨構造をずっぽり包み込み文字通りPlunger(トイレのすっぽん)のような役割を果たすことで、例えば腕が引っ張られたりして肩関節に牽引のチカラがかかった場合、関節包内の閉じられた空間での気圧が下がりnegative pressure(陰圧)が生まれて自然と上腕骨頭を関節窩に向かって引っ張り返してくれるというわけ。ほあー、言われてみればなるほどなんだけど、そんな風に考えたことなかった。よくできてる!
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で、実際に「関節内陰圧」はどの程度「肩関節の安定性」を生み出す要因になっているのか?上の論文(↑)1 では10体の肩複合体の献体(平均73歳、幅31-84歳、右5体、左5体、男性:女性=5:5)を使ってIntact Joint Capsule (無傷の関節包=関節内陰圧が保たれている状態)とVented Joint Capsule (関節包に穴を開け、空気の出入りが可能な状態=関節内陰圧が失われている状態)で前後、上下にどれだけ上腕骨・肩甲骨の間に動き(translation)が生まれるのか、肩の安定性の比較を行っています。冷凍された献体が生体と同じ反応を示すのかとか、献体の年齢はやっぱり総じて高いですねとか、突っ込むところはもちろん色々あるんですけど、お、面白い…!

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ちなみに関節包はジョキジョキ切ったりザックリ切ったりしたわけではなく、本当にぷすっと(直径4.5mmの)小さな穴を開けただけのようで、つまるところもしこれが原因で不安定性が生まれたとしてもそれは関節包が「損傷」したからではなく、あくまで「陰圧が失われた」から、と言える(言いたい)程度の穴だったようです。まぁ仮に不安定性がこの実験で確認できたとしても、それがどれだけ実際「陰圧が失われたから」で、どれほど「関節包そのものの損傷」の影響を受ける可能性が残っているのかはこの実験からは分かりませんけれども。

で。結果なんですけどグラフにして出したほうが分かりやすいかと思うので、論文中のTable I、II、IIIを元に作り直してみました。こちらー(↓)。
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*p < 0.05 **p < 0.005

関節包が無傷("Intact")な場合の関節が前⇔後方のtranslation(左)、上⇔下のtranslation(右)がどのくらい生まれたのかをグレーで、関節に穴が開いた状態("Vented")をブルーで示しています。グラフが長いってことは、それだけそれぞれの方向へ動いたってことで…ブルーのグラフのほうが総じてグレーよりも長いのは一目瞭然かと思います。外転角度が最もclosed-packに近い90°では上下のtranslationの差は無傷と穴あきで0.48mmしか違わなかった(唯一統計的に有意な差ではなかった)のですが、他の差は全て統計的に有意で、中でも外転30°時の前後のtranslationは最も大きく、12.58mm(1.5倍)もあったそうな。1cm以上も過度な動きが生まれるとはびっくりですね。これはかなりの数字じゃないかと思います。

…というわけで、結論としては、「関節包にぷすっと穴をあけると関節から陰圧が失われ、関節の全方向への安定性が失われる」というわけなんです。これを実際の障害に反映させて考えると、(脱臼などに伴う)関節包の損傷が原因で生まれる「肩関節の不安定症」は、関節包そのものの損傷に起因する部分はもちろんあるかもしれないが、副次的にそれによって失われる陰圧が原因ということも十分に考えられるのでは、ということになりますね。おもしろー。ちょっと肩関節の見方が変わりそう。


1. Alexander S, Southgate DF, Bull AM, Wallace AL. The role of negative intraarticular pressure and the long head of biceps tendon on passive stability of the glenohumeral joint. J Shoulder Elbow Surg. 2013;22(1):94-101. doi: 10.1016/j.jse.2012.01.007.

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  # by supersy | 2018-04-12 23:59 | Athletic Training | Comments(0)

NATAの最新Position Statement、SLAP損傷の評価、マネジメント、RTPについて読み解く。

あっっっかーーーーん。
これについて書こう!と思っていたトピックがあったのに、こんな論文が出てしまったのだから仕方ありません。NATAの最新ポジション・ステイトメントがまさに今日、発表になりましたのでこれをまとめます。1 お題は「Evaluation, Management, and Outcomes of RTP Criteria for Overhead Athletes with Superior Labral Anterior-Posterior Injuries」、つまりSLAP損傷を負ったオーバーヘッド選手の評価、マネジメントとRTPの指標です。
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相変わらず美しいまとめです。138もの文献を引用しながら、簡潔に26項目の推薦事項にそれらのエビデンスをまとめています。いつも通り、私が個人的に興味深い、面白い、新しい、重要だと思うものを抜き取っていきます。推奨度の強い順に、A (= what we must do)、B (what we should do)、C (what we can do)もつけておきまーす。

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●診断
1. 投球動作を繰り返す選手で、水平内転制限(15°より大きい関節可動域の欠如)や内旋制限(非投球側の肩と比較して、外旋の増加を伴わない13-15°の内旋欠如がある)などによって確認できる後方関節包の拘縮がある場合は「SLAP損傷のリスクが高まっている」と考えられる(推奨度・B)。

2. 受傷メカニズムとしては肩甲上腕関節の外転と外旋を合わせたオーバーヘッド動作の繰り返しが一般的(推奨度・B)で、痛みは明確な境界なく("vague")、関節上方の「深い」ところに位置し、前方に向かう場合も後方に広がっている場合もあり得る(推奨度・C、イメージ図↑)。Type I SLAP損傷の場合は大概は痛みは伴わない(推奨度・B)。肩のpopping, clicking, catchingがあるだけ(推奨度・A)、もしくは上腕骨結節間溝や上腕二頭筋長頭腱に沿った圧痛があるというだけ(推奨度・B)ではSLAP損傷の診断は下すべきではない。

3 Selective Tissue Tests: Active CompressionもしくはO'Brien TestはSLAP損傷診断には有効ではない(推奨度・A)。Type II-IV SLAP損傷の確定に有効なのはメタ分析論文によってAnterior Slide Test, Yergason TestとCompression Rotation Test(↓下動画)と報告されており、他に複数の研究からPain Provocation Test(↓下動画), Anterior Apprehension Test, Biceps Load II Testもその解釈に気を付ける必要はあるもの、有効なテストとして名前が挙げられている(推奨度・B)。除外に有効なテストはメタ分析論文では確認されておらず(推奨度・A)、複数の研究によって推奨されているのは今のところProvocation Testのみである(推奨度・B)。




3. Cluster Testとしては「Anterior Slide TestとPopping, clicking, catchingの既往歴」、「Compression Rotation, Apprehension, Yergason Tests」、もしくは「Compression Rotation, Apprehension, Biceps Load II Tests」の組み合わせが確定に推奨されているが、これらの推奨は単独研究に基づいたものなので注意が必要である。除外に有効な組み合わせは現時点では存在しない(推奨度・C)。

4. 鑑別診断としてはRotator Cuffの部分・完全断裂、肩鎖関節損傷、上腕骨頭骨折、バンカート損傷などが挙げられる(推奨度・B)。保存療法の予後が芳しくない場合は画像診断を撮ってこれらの鑑別診断の可能性を探る必要があるが、Type I SLAP損傷は健康な肩にもよく見られる「一般的な変化」の一部であり、MRI陽性=SLAP損傷が諸悪の根源とは必ずしも断定できないことから、こういった画像診断の結果は慎重に解釈されるべきである(推奨度・B)。

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**本文のTable 1と2を元に私が必要と思う情報を抜き出してみました(↑)。うーん、Meta-analysisといってもそんなに決定的じゃないんだな(+LRが低い)という印象。恥ずかしながらCompression Rotation TestとPain Provocation Testというテストを知らなかったのでこれを機に調べました。そして動画をあげておきました。めっちゃ簡単!これならすぐに使えそう。でもPain Provocation Testが除外に有効かも、というのはどうかなぁ。私は個人的に同意しかねるかも。それから、個々の確定力はともかく、Clusterの使い道はイマイチですね。そりゃーそこそこ確定力のあるテストを合わせれば特異度は上がるでしょう、でも感度を伴わないなら…という感じです。とにかくSLAPは除外が難しいんですね。**

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**ついでにOh et el5の論文が気になったんでこっちも全文読んでみました。そうすると、あれ?Position Statementでは言及されていない他のコンビネーションも検証されているじゃありませんか。しかも数字は遜色ない。なんでこれはPosition Statementで全く触れられていないんだ?結局のところ、Yergason, Biceps Load II, Speed, Compression Rotation, Anterior Apprehension, O'Brienのうちの多くの組み合わせで3つが陽性なら確定できそう(Sp ≧ 88%)に見えるんですけど…。で、SpeedとCompression RotationとAnterior Apprehensionが全て陰性なら最も除外にいい…かな?どちらにしてもone way or anotherの二択なので、実用性は限られていると思うけど。**


●マネジメント
5. SLAP損傷の診断がついた患者はまず痛みの軽減、肩機能の向上と競技復帰を目標とした3-6か月の保存療法を試すべきである(推奨度・B)。保存療法はNSAID's処方、Corticosteroid注射などを含み、リハビリは内旋可動域、総合内外旋可動域(Total Arc)と水平内転可動域の回復、肩甲骨周辺と肩甲上腕関節周辺の筋力、持久力と筋神経制御に重点を置くべきである(推奨度・C)。

6. 3-6か月の保存療法で改善が見られなかった場合、1) Type II損傷で不安定性があったりオーバーヘッドの運動で慢性的痛みがある場合Bicepsのアンカー部分でのrepairを(推奨度・B)、2) Type IやIIIの場合は壊死組織除去術(debridement)を、上腕二頭筋腱に病変が見られたり、アンカー部分が不安定の場合はtenodesisやtenotomyをすることが適切であるかもしれないが、この手術は基本、18歳未満の野球選手には推奨されないものである(推奨度・C)。関節包後方の拘縮が激しければ肩甲上腕靱帯後方及び関節包後方をリリースするという手段もある(推奨度・C)。術後によく見られるcomplicationとして外旋可動域の制限が挙げらるので、repairの際には外旋制限をしないよう、気を付けてアンカー設置の場所を決めるべきである(推奨度・B)。
これは正直AT向けのNATAのPosition Statementに入れなきゃいけない内容かな?とは思うのですが、いい情報には変わりないので一応。

**詳しい本文の解説にはSLAP患者の半分(49%)は手術を必要としないと書いてありますね。GH joint mobとsleeper/cross-body adductionによるストレッチ、rotator cuffと肩甲骨周りの安定筋を中心としたリハビリが推奨される…らしいです。これは個人的には部分的に、しかし大いに反対です。欠如した内旋、拘縮したと思われる関節包後方を、原因も確認せずに引っ張り伸ばすのは、場合によっては新たな病理を生み出すと私は考えます。**

●RTP
7. SLAP損傷を受傷した患者は、保存療法をしようが手術をしようが、平均2-3年後に約85%の機能が戻ると言われ、平均75%の患者が何らかのスポーツに参加できるまで回復する(推奨度・C)。手術をしない場合の競技復帰率は40~95%だが、これは2つの研究に基づいた数字なので確立されたものではない(推奨度・C)。手術をした場合の2-3年後の満足度は80%程度だが、オーバーヘッド選手の満足度は67%が「素晴らしい(excellent)」と答える程度と総じて低めである(推奨度・C)。競技復帰もオーバーヘッド選手の競技復帰率は非オーバーヘッド選手のそれより低く、アスリート全般の55%が「完全復帰」、31%が「制限付き、もしくは少し競技レベルを落としての復帰」できたのに対して、オーバーヘッド選手の「完全復帰」は45%、「制限付き、レベルを落としての復帰」は34%に留まっており、競技復帰できなかった患者は24%いる(推奨度・C)。

8. 競技完全復帰には可動域が90%回復しているのが望ましいが、受傷後2年ほど経っても15°ほどの可動域欠如があるのは決して珍しくはない(推奨度・C)。筋力は最低でも健側と比較して70%回復するまでスポーツに特化したアクティビティを再開するのは待つべきである(推奨度・C)。競技復帰を目指す患者は、従うべき時間軸があり、おもに術後4か月後から徐々にスポーツに特化したアクティビティを再開し、その後2-3か月かけてフル・アクティビティにプログレスしていくということを理解しておく必要がある(推奨度・C)。

**個人的には診断の部分はとても勉強になりました!もう上肢の評価の授業は教える機会がないけど、教えるんだったらあれも話そう、これも入れたいという新しい内容がいっぱい!エビデンスも推奨度Aのものが結構ありますね。マネジメントは全体的にエビデンスの質が下がり、推奨度はBかCのみ。手術をしないでまず3-6か月保存療法をというのがNATAによって推奨されるというのは結構今後のpracticeを変える提言なんじゃないですかね。期待が持てます。RTPに関してはエビデンスの質が思った以上に低くてびっくりしました。Scapular Dyskinesisやそれに関するリハビリなどはほとんど推奨事項の部分で触れられていないのですが、本文の部分にはぽつぽつと少しだけ。つい昨日まとめたKibler氏の語調との違いが気になりますね…。っていうか、Kibler氏が著者グループにそもそも入っていないこと、Kibler氏がfirst authorの文献が2つしか引用されていないこと(昨日紹介したConsensus Statementもスルー)にはこう…少し違和感というか…派閥?を感じてしまうのは私だけですかね?考えすぎかなー?**

1. Michener LA, Abrams JS, Huxel Bliven KC, et al. National athletic trainers' association position statement: evaluation, management, and outcomes of and return-to-play criteria for overhead athletes with superior labral anterior-posterior injuries. J Athl Train. 2018;53(3):209-229. doi: 10.4085/1062-6050-59-16.
2. Hegedus EJ, Goode AP, Cook CE, et al. Which physical examination tests provide clinicians with the most value when examining the shoulder? Update of a systematic review with meta-analysis of individual tests. Br J Sports Med. 2012;46(14):964–978.
3. Mimori K, Muneta T, Nakagawa T, Shinomiya K. A new pain provocation test for superior labral tears of the shoulder. Am J Sports Med. 1999;27(2):137–142.
4. Parentis MA, Glousman RE, Mohr KS, Yocum LA. An evaluation of the provocative tests for superior labral anterior posterior lesions. Am J Sports Med. 2006;34(2):265–268.
5. Oh JH, Kim JY, Kim WS, Gong HS, Lee JH. The evaluation of various physical examinations for the diagnosis of type II superior labrum anterior and posterior lesion. Am J Sports Med. 2008;36(2):353–359.
6. Nakagawa S, Yoneda M, Hayashida K, Obata M, Fukushima S, Miyazaki Y. Forced shoulder abduction and elbow flexion test: a new simple clinical test to detect superior labral injury in the throwing shoulder. Arthroscopy. 2005;21(11):1290–1295.
7. Guanche CA, Jones DC. Clinical testing for tears of the glenoid labrum. Arthroscopy. 2003;19(5):517–523.
8. Fowler EM, Horsley IG, Rolf CG. Clinical and arthroscopic findings in recreationally active patients. Sports Med Arthrosc Rehabil Ther Technol. 2010;2:2.
9. Cook C, Beaty S, Kissenberth MJ, Siffri P, Pill SG, Hawkins RJ. Diagnostic accuracy of five orthopedic clinical tests for diagnosis of superior labrum anterior posterior (SLAP) lesions. J Shoulder Elbow Surg. 2012;21(1):13–22.
10. Kim SH, Ha KI, Ahn JH, Kim SH, Choi HJ. Biceps load test II: a clinical test for SLAP lesions of the shoulder. Arthroscopy. 2001;17(2):160–164.
11. Michener LA, Doukas WC, Murphy KP, Walsworth MK. Diagnostic accuracy of history and physical examination of superior labrum anterior-posterior lesions. J Athl Train. 2011;46(4):343–348.

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  # by supersy | 2018-04-09 20:30 | Athletic Training | Comments(0)

2013年発表のScapular Dyskinesisに関するConsensus Statementを読み解く。

諸事情あって肩関連の文献をさらっています。色々見てたんですけど、なんと!こんな面白い論文1 を見逃していました。4年半も前に出てたとは(ちなみにこの論文はfree full-textなので興味のある方はぜひ)!いやーでも、これ、カキモノとしては結構不親切で読みにくいですね。こういうの読むとNATA Position Statementがいかに読みやすさ重視でまとめられているか分かるわー…。
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さて。私が面白いと思う内容を独断と偏見に基づき積極的にまとめていきたいと思います。今回はぶつ切りのbullet points形式になってしまうかもですがお許しを。

●冒頭
Scapular Dyskinesis: The alteration of normal scapular kinematicsの意味で、Dys (alteration of)とKinesis (motion)を合わせた、シンプルに言えば「肩甲骨が正常に動いていない状態」を指します。しかし同時にScapular Dyskinesisは「怪我(injury)でも筋骨格診断名(musculoskeletal diagnosis)でもない」という一文はもっと強調されるべきかもしれません。つまり、自覚症状を伴わない、痛みや明らかな機能制限のないScapular Dyskinesisも当然存在するということになります。

*ちなみに2016年発表のシステマティックレビュー2 ではScapular Dyskinesisの有病率が非オーバーヘッド選手(i.e. サッカーやバスケットボールなど)とオーバーヘッド選手(i.e. 野球やソフトボールなど)でそれぞれ33.3%と54.5%と、20%以上の差があることが報告されています。自覚症状がない有病者も多いことから、Scapular Dyskinesisは「normal variance (通常の変化の範囲内)」で怪我とは関係ないと断定している研究者も3 いるんですけど、最新のメタ分析論文4 では仮に自覚症状がなくても、Scapular Dyskinesisがある選手は9-24か月以内に怪我をする確率が(ない選手と比較して)43%上昇すると報告されていますね(Scapular Dyskinesisあり: 56/160, 35.0% vs なし: 65/259, 25.1%; RR 1.43, 95% CI 1.05-1.93)。私は意見としてはこちら派で、異常運動をしているものを今症状がないからいいでしょ、と放っておくというのはあまりに短絡的じゃないかと思ってます。症状が出ていないならばむしろラッキー。今のうちに介入を初めて怪我の予防をしないと!と。

一時期"Scapular Dyskinesia"という言葉が同意語として使われたこともありましたが、このConsensus Statementによれば「Dyskinesiaは神経起因性の自動運動異常を示す言葉であり、Scapular Dyskinesisは(神経障害でない)鎖骨骨折や肩鎖関節捻挫が原因で起こることもある、ということを考慮すればより包括的な用語であるScapular Dyskinesisの方が適切である」ということなんだそうです。初めてここんとこの説明ちゃんと聞いた!だから最近見なかったのか!なるほど。

●Scapular Dyskinesisの原因
骨性の原因:Thoracic kyphosis, clavicle fracture (non-union, malunion)
関節性の原因: High grade AC instability, AC arthrosis, GH internal derangement
神経性の原因: Cervical radiculopathy, long thoracic nerve palsy, spinal accessory nerve palsy
軟部組織の原因: Muscular inflexibility or tightness (中でもpectoralis minor or biceps short headの柔軟性の欠如は烏口突起を前下方に引っ張るので肩甲骨の前傾・前方突出の原因になる), posterior shoulder inflexibility, intrinsic muscle problems, serratus anterior strength/activation deficiency (肩甲骨の後傾、上方回旋), altered upper/lower trap force couple (low trapの発火が遅れ、肩甲骨上方回旋、後傾が十分に起こらない)
…などが考えられ、こうして動きとポジションが変化してしまった肩甲骨は、そこから副次的に1) 肩峰下空間の制限、2) 軟部組織のインピンジ (衝突、挟まること)とそれに伴う腱細胞のapoptotic changes、3) Rotator cuffの出力低下、4) 前肩甲上腕靱帯の伸張、などの変化を引き起こすのだとまとめられています。
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●評価方法
Lateral Scapular Slide Test, Scapular Assistance Test, Scapular Retraction/Reposition Testなど色々ありますが、現段階で推薦するテストは「前回のConsensusと同様Scapular Dyskinesis Test」なんだそうです("The current recommendation for clinical assessment based on a prior consensus meeting is the use of dynamic scapular dyskinesis tests (p.878).")。で、以前はこのテスト、肩甲骨の動きによってType IとかIIとかIIIとかに患者を分類したもんですが、こういった分類法はReliabilityを下げるという過去の研究が受け、現在では「異常がある(陽性)かない(陰性)か」シンプルな二択システムが一般的になっています。こちらの二択形式の方がReliabilityも高く、今回のConsensus Statementでお薦めされているのもやはりこちらです。

Scapular Dyskinesis Test時に特に心がけて見るべきこととしては1) medial borderもしくはinferior borderがどれほど浮き出てくるか(↑)、2) スムーズに肩甲骨が動いているか(腕を上げる際に早期挙上やshrugging動作が起こっていないか、腕を下げる際に急な下方回旋が起こっていないかなど)どうかを観察しましょうと。試しに下の動画の患者さんを見て、「右かな?左かな?」「正常かな?異常かな?」と判断してみてください。


●他の怪我とのつながり
Impingement SyndromeとScapular Dyskinesisのつながりは多く報告されている…が、ただ、Impingement患者=Scapular Dyskinesis患者、というわけでは必ずしもないみたい。Impingement患者のScapular Dyskinesisの異常動作の方向はまちまち、程度もバラバラ。例えばImpingement患者は上方回旋が欠如気味、という報告もあれば、いやいやうちの研究ではむしろ過度な上方回旋が見られたけど、という具合。Rotator Cuff Tearの患者さんは肩甲骨が上方回旋気味という共通傾向はあるみたい。他にも、Superior Labral TearsAC Separations, Multidirectional GH Instabilityの繋がりも報告されている (ACに関してはScapualar Dyskinesis → AC Separationという順序で起こるというよりはその逆の話が中心にされていますね)、と。

*まぁそもそもImpingement Syndromeっていう概念も広義だからね、診断じゃないからね、というハナシも少しされています。あくまで「症候群」であり、理由や原因は色々考えられるから、と。Acromialhumeral distanceが小さくなる→Impingementが起こる、というわけでは必ずしもない、という表記は少しびっくり。なるほど、肩関節複合体はそんな単純じゃない、バイオメカニックスはもっと複雑であるということなんでしょうか。Secondary Impingement (= functional impingement)のほうがPrimary (= structural imingement)起因のものより頻度としては多いということかな?一応セオリーでは腕の挙上角度が70°くらいになるとRotator cuffの腱がimpingeできる位置まで来る ("The rotator cuff is 'available' for impingement under the acromion below approximately 70 of arm elevation (p.878)." )、そして90°に達するとacromialhumeral distanceは最小になる…ということになっているんだそうですが、意外や意外、画像研究による確認はまだ行われていないんだろうな。へー。だから、多分感覚としては「Impingement Syndrome」は「MTSS」とか「PFPS」とかと一緒で、直接治療につながるような診断ではない、というのは確かにもっと叫ばれるべきなのかもしれません。「Impingement Syndromeはreferred pain、癒着性関節包炎ではないという多少のexclusionの指標にはなるけど、まだまだ考えられる可能性は多々ある」ので、inclusionというか、確定力のある言葉ではないということなんですね。Internal Impingementの危険因子としては献体を使って「上方回旋が減少・過度な内旋(=前方突出)」が起きており、その状態で組織の挟まりが起こるというところは実証されているんだそうなんですが、表現からしてまだまだここ止まりなのかな。

…で、ここが少し矛盾するかなーと思うのですが、Impingement SyndromeとScapular Dyskinesisの患者は

- 小胸筋と上腕二頭筋短頭が筋緊張を起こしていると烏口突起を牽引する → 過度な挙上と前傾
- 僧帽筋上部と下部のforce coupleが乱れる(僧帽筋下部の発火が遅れる) → 過度な挙上、後傾の遅れと不十分な上方回旋
- 前鋸筋の不活性は後傾と上方回旋を失わせる → 不十分な後傾と上方回旋、内側縁の突出

…などの変化が起こり、結果的には下角や内側縁の突出、翼状肩甲骨、つっかえたようなスムーズでない動きとして目に見える…と書かれているのですが、Impingement ≠ Scapular Dyskinesisではないし、報告されてる動的パターンはまちまちなんですよね?さっきまで「多様性がある」「一貫性がない」みたいな書き方をしていたのにどうしてここで断言してしまえるのか?ちょっと疑問です。ここらへんはKibler氏の個人的な意見の色が強いのではと私は解釈しています(一般的な傾向として間違っているとは思いませんが、断言できるほどの一貫性のエビデンスがあるとは思えないのです)。

●治療法
筋活動が起因している可能性が高いことを考慮すれば、(物理療法や徒手療法よりは)運動療法が使われることが一般的であるのも頷けるが、場合によっては手術が適切な場合もある。まずはScapular Dyskinesisの原因になっているものを特定し、そこからアプローチせよと。なるほど、鎖骨骨折の治癒不良が原因だったら確かに手術などがまず必要な場合は十分考えられますもんね。

リハビリの順番としては

1. Low-load/Low-activationの、非オーバーヘッドのScapular Retractorを活性させるような立位運動
2. 伏臥位 (prone)もしくは側臥位 (side-lying)の僧帽筋下部、前鋸筋に重きを置いた運動
3. 徐々に遠位に負荷を増やし、Kinetic Chainの統合を図る
4. (高負荷の)ウェイトトレーニングへ

というのがいいんではないか、と提案していますが、実際にこういったProgressionを使ってRCTを複数回行ってこのプログラム、プログレッションが最善であると実証されたわけではないようです。「僧帽筋上部、小胸筋、広背筋の過活動が時にこのプログレッションの妨げになり得る」とも言及されており、しかしこれらの筋抑制の手段については一切触れられていないのが不自然に感じます。抑制目的の治療アプローチって、今は結構世に出回っていると思うんですけどね…。

そんなわけで、興味深い議論も数多くあり、しかしふわふわとした「まだまだ断定できない」部分も多々あるようなConsensus Statementでした。これからも第3回、4回と成長していくのでしょうけれど、これからどんな新しい説が確立されていくのか非常に楽しみです。個人的には、Kibler氏は「GHの話をするならもっと近位の肩甲骨の話をせぇよ」というところまでは言っているのに一度も「でももっと近位には胸郭や胸椎があるよな、そこんとこはどうなんだろ」という話を一度もしたことがない(少なくとも私が彼の論文を今まで読んだ限りでは。どこかでしていたらごめんなさい)というのがつくづく意外です。いつかここまで辿り着くのでしょうか、それとも彼はあくまで「肩」の専門家に留まるのでしょうか。

次は肩の文献を読んでいて見つけた、全く知らなかった「肩の安定性を出す要因」をふたつ紹介しまーす。

1. Kibler WB, Ludewig PM, McClure PW, Michener LA, Bak K, Sciascia AD. Clinical implications of scapular dyskinesis in shoulder injury: the 2013 consensus statement from the 'Scapular Summit.' Br J Sports Med. 2013;47(14):877-885. doi: 10.1136/bjsports-2013-092425.
2. Burn MB, McCulloch PC, Lintner DM, Liberman SR, Harris JD. Prevalence of scapular dyskinesis in overhead and nonoverhead athletes: a systematic review. Orthop J Sports Med. 2016;4(2):2325967115627608. doi: 10.1177/2325967115627608.
3. Ozunlu N, Tekeli H, Baltaci G. Lateral scapular slide test and scapular mobility in volleyball players. J Athl Train. 2011;46(4):438-444.
4. Hickey D, Solvig V, Cavalheri V, Harrold M, Mckenna L. Scapular dyskinesis increases the risk of future shoulder pain by 43% in asymptomatic athletes: a systematic review and meta-analysis. Br J Sports Med. 2018;52(2):102-110. doi: 10.1136/bjsports-2017-097559.

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  # by supersy | 2018-04-08 22:00 | Athletic Training | Comments(0)

Nothing will ever be "scientifically proven": 一流の人間が「科学的に証明された」という表現を嫌う理由。

SNSをやっていると変な人もいっぱい見かけますが(笑)、おっ、この人は良質な情報を、丁寧に言葉を選んで発信しているなぁ、プロとして見習いたいなぁ、と感じる嬉しい出会いがあることも多々あります(そういう方を私が一方的に知って喜んでいるだけなので、「出会い」という表現は大げさかもしれませんが)。

以前『女性医師 vs 男性医師?「死にたくなければ女医を選べ」は本当なのか』という記事でその論文について書かせてもらった津川友介さんという現UCLA大学助教授さんがいらっしゃるのですが、その方が4月に「世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事」というタイトルの本を出版する、という情報をツイッターで目にしました。津川先生は(前述のとおり一方的にですが)「良質な情報を丁寧に発信される方」だと見知っていたので、あらあら是非この本を手に取ってみたいわ、と思った反面、そのタイトルには少し引っ掛かるものを感じたのも事実です。率直に言ってしまうと「世界一シンプル」や「究極」はともかく、「科学的に証明された」という部分が、良識のある方が選んだにしてはあまりにキャッチーな誇張を含む表現じゃないかと感じたのです。しかし、先生の一連のツイートを見てなるほどねーと納得しました。




ちょっとつらつらと思ったことを書きますね。

「科学的に証明された事実」というのは「AはBである(A equals B)」とか、「AをすればBが起こる(A causes B)」とか、ちょっとやそっとのvariable(環境、状況付随する不確定要素)をいじってもびくともしない、絶対的に普遍な事柄(= The Reality)のことを指します。つまり、「AをすればBが起こる」という文章には「Aをすれば(いつなんどきも、誰が対象でも、どんな状況でも例外なく絶対に)Bが起こる」という隠された言葉たちが潜んでいるんです。見ていただければわかる通り、これらは非常に強い表現で、一切の限定性を許容しません。

はっきり言って、ここまで強い口調で断定できる事実なんてそうそうないんですよ。

もちろんこの多少のことではビクともしない「普遍的事実」を追いかけて、それをなんとか「証明」しようと研究者たちは日々努力を重ねているわけですが、研究で導き出せるのは限定的な関係性でしかありません。どんなに丁寧に研究をデザイン・実行しても、ひとつの研究で得られるのは「この環境、こういう被験者でこういう条件で実験を行ってみたらAがBを起こしました」という部分的な結論のみなんです。

例えば「平均年齢30.3歳の男性被験者200人を集めてAをやってみたらBになりました」という研究を受けて「へー、AをしたらBになるということが証明されたのか」という結論を出してしまうのは飛躍がすぎる考えで、これはOvergeneralization (過剰一般化)と呼ばれます。だってこの研究は被験者を女性に変えても同じ結果が得られるか、とか、被験者の年齢が50歳の場合はどうなんだ、とか、そんな多角的な検証を含んでいないからです。この研究が提供してくれるのはあくまで「snap shop(その一瞬、その場にいるメンツでぱちりと撮っただけの一枚の写真)」で、いつなんどき誰にでも当てはまる「普遍的な事実」は証明されきれていないのです。この非普遍性をより正確に表現しようと思ったら「AをしたらBになるということが報告(reported/documented)された」「可能性が示された(indicated)/示唆された(suggested)」という言い回しがより適切ですし、実際に論文などを読んでいて先行研究を振り返るような描写がある際にはこういう動詞しか使われません。

もうひとつ例を挙げます。例えば例えば、「ゴハンを食べたらウンチが出る」というのは極めて普遍的な事実で、科学的証明はきっと簡単だろうと思うでしょう?いえいえ、そんなことはないんです。実際にこの仮説を検証しようと思ったら、ありとあらゆる年齢層、性別、文化的背景の被験者を世界中から集めてゴハンを食べてもらって、実際にウンチが出るかどうかデータを取らなければいけません。中には深刻な腸梗塞を患っていて食べても食べてもウンチが出ません、という患者さんもいるでしょうし、逆に「私はゴハン食べなかったけどスムージー飲んだだけでウンチ出たわよ」って被験者さんもいるでしょう。そうなるともう「ゴハンを食べたらウンチが出る」という「絶対普遍的(であるはずの)事実」はアッという間に崩れてしまいますし、そもそも検証を行う前に何を「ゴハン」と定義すべきか(固形物限定なのか、飲み物の形態でもいいのか…)という用語の定義、コンセプトの共通理解も必要になってきますし、便秘気味かもしれない人も考慮して、「ゴハンを食べてからウンチが出るか確認するまでの期間は2日間と定義する」とか、色々と作らなければいけない約束事もあります。その場合、2.1日後に出たウンチはウンチと認められないわけ?と憤慨する人もいるでしょう。…ね、「事実」を科学的に検証、証明するって思った以上に骨の折れる、厄介なことでしょう?
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ドットアートっていうのがありますよね。ひとつひとつの「点」をキャンバスに落とすことで大きな像を作るという。研究者が追いかける「普遍的事実」が全体像だとしたら、一つの研究はそれに貢献するかもしれない(しないかもしれない)一つの点に過ぎません。「像」を完成させるのは、何千、何万人の研究者が何百年という時間をかけてポチポチポチと点を描き足していく必要があり、まぁそれはそれは気の遠くなるような作業なんです。研究者さんたちの気の長さには心から感服します…(ここらへんが私が研究者に向かない理由のひとつです)。

良識のある専門家は、「AをしさえすればBになる」と「事実」として何かを断言することがどれだけ難しいか知っています。今まで研究者が丁寧に積み重ねてきてくれた「点」に最大限の敬意を払うためにも、誇張を含む言葉を使わず「AがBということは有り得ますが場合によってはCという可能性もありまして…ここまでは報告されているのですが、ここから先はこういった検証をしてみないことには…」と言葉を選びながら丁寧に丁寧に表現するのが普通です。しかし世間一般の多くの人が知りたがるのはやはり「断定された事実」…つまり、結局全体像はなんなのよってところなのです。ウン時間寝れば長生きできる!とか、これさえ食べれば痩せる!とか、そういう無責任でテキトーで、解釈に難しくなくインパクトのある文句に目と興味を惹かれてしまうのです。ここにギャップが生まれるわけです。

普通に発信していては、この情報が一番届いて欲しいPopulationに情報が辿りつかない。ここで敢えて今回のキャッチーなタイトルを被せてきたのが編集さんのプロのマーケティング力ってやつなのかもしれません。津川先生自身もこの試みを「社会実験」と呼び、「正しい内容の本が軽いタイトルで売れるようになれは、それはそれで良いのかな」と仰っています。確かに、手に取らせたらあとはこっちのもん、ってところはありますよね。そこで初めて内容で勝負できる。逆に、手に取ってもらえなければ何もできない。私も今回のこの「社会実験」の結果に非常に興味があるので、果たしてこの本がどれだけ世間の心を掴むこととができるのか?わくわくしながら動向を見守りたいと思っています。

(あ、もちろん本のほうも帰国したら是非実際に読んでみたいと思ってます!)

ちなみに非医療従事者の方向けの「医療情報の読み方」で私が何かささやかでもアドバイスできることがあるとしたら、「文献引用表記の無い情報はまず読む価値がない」ということです。引用がある=信頼に足る情報であるとは限りませんが、引用がない=信頼に足らない、という公式はほぼ間違いなく全ての医療情報に当てはまることだと思います。専門家が書く文章はどんな対象に書かれたものであっても(専門家相手のカクカクの文章でも、一般の人相手のカジュアルな文章でも)必ず文献引用を伴わないといけません。それが丁寧に一つの点を置いてくれた研究者への最低限の礼儀ってものです。その礼儀の心もない方がまともなリソースを使ってまともな文章を書くとは思えないのです。

それから、本当に文章を書くのが上手な方は、文章のどの部分が誰の研究からのデータで、どこまでがその研究者さんの解釈で、どこからが著者独自の見解なのか、そしてどこからが筆者の(根拠に基づかない)個人的な意見なのか、はっきり区別して書いています。ここが曖昧な文章も、やはり怪しいと思ってください。

世間の皆様をがっかりさせるつもりはないのですが、世の中の殆どの事柄に対する答えは「It depends (時と場合による)」。真実とは「AはBだ」のような短絡的で断言可能なものでなく、「この場合はAに、あの場合ではBに、そして例外的にこういう状況ではCにもなったりします」という不格好で含みを持たせたものであるほうが圧倒的に多いのです。この曖昧さを少し気持ちが悪くても、仕方ねーなーと受け入れる心をお持ちください。情報の受け手である貴方が自らの責任で情報を吟味し、考え、それぞれの判断を下す手間をどうか面倒くさいと思わないでください。皆様自信の健康に関わることならば尚更です。個人的な意見とお願いではありますが。



ちなみに私も今回のブログのタイトルで少し「実験」をしています。私の仮説は以下の通りです(笑)。

1) 英語で始まるタイトルにしておくと、「お前絶対読んでないだろ!」と突っ込みたくなるアメリカ人の友達が絶対に一人はFacebookでイイネをしてくる。
**ちなみに私の知り合いでGoogle翻訳を駆使したりして、日本語で書いてあるこのブログを無理矢理読むツワモノもいないことはないのですが

2) 「一流の人間が~」などのチープな煽り文句を使うと、本当に一流の人間は「じゃあ自分ならきっともうやっていることだろう」と判断してこのブログを読まない。よって、このブログ記事に辿りつく人間の殆どが一流になることを夢見る二流三流の人間である。
**これは誰かを侮辱する意図はないので読み流してください…でもこんな長ったらしい文章を最後まで読んでくださった皆様は間違いなく超一流であることでしょう。ありがとうございます。

さぁ、マーケティングのセンスが皆無の私ですけど、この狙い、当たりますかね?

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  # by supersy | 2018-03-23 22:00 | Just Thoughts | Comments(6)

"There's no such thing as an ITB Tightness"

学部生のころ、先生や教科書を疑うという思考が皆目無かったもので、『ITB (Iliotibial Band = 腸脛靱帯) Tightness』はこういう障害を引き起こす、とか、『ITB Tightness』の有無はこうやってテストするんだ、と習ったときには「へぇーそうなんだ!」と素直に夢中でノートを取っていました。

しかし大学院に行って献体解剖の授業を取った時に衝撃を受けたんです。大腿部を開く日に、TFL/大殿筋からGerdy's tubに向かって大腿部外側に沿って走るスジのような帯状の組織(= ITB)が見えるんだと信じて疑っていなかったのですが、私の目に実際に飛び込んできたのは大腿部の前・外側・後部を丸ごと包み込むような様々な走行の繊維からなる大きな強度の強い膜状(membrane)の組織…つまり、Fascia Lataでした(↓)。ナニコレ、大腿四頭筋やハムストリングにも伸びてるじゃん!全然独立した組織じゃないじゃん!大腿外側に沿った単独の帯なんてないじゃん!「大腿膜」に完全に飲み込まれてるんじゃん!とショックを受けて、思わず先生に、「If this is the so-called IT Band...then there's no such thing as an IT Band? (これがIT Bandだとしたら…IT Bandってものは…存在しないってことですか?)」と言ったら「I agree with you (僕もそう思うよ)」とあっけらかんと返されて、えええ!とまた驚いたりしたんでした。

*Fascia Lata、日本語に訳すと大腿筋膜とか大腿広筋膜とか呼ばれるそうなんですが、私はFascia = 筋膜という訳は正しくないと思っているのでそうは記述せずにおきます。本文中はこのまま英語表記で失礼いたしやす。
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(後から分かったことなんですが、ITBは確立した解剖学的構造ではなくて、Fascia Lataの外側の一部の少し厚みを増した部位に過ぎない1、とか、ITBの重要性とか膝に対する影響力は過大評価されすぎだ2、という説は今までにも発表されているそうです。私も全く同じ見解ということになりますね)
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あれからもう10年近い年月が経ってますが、私はやっぱりITBという教科書に書かれるような帯状・腱状の組織(↑)は存在しないと思うし、ITB Tightnessというコンディションも存在しないと思っています。もうちょっと分かりやすく言うと、ITBという独立した帯状の組織が自らの意志を持って自身を短縮させ、 "tighten up"することはないと思っています。ITBは筋肉ではないのだから収縮能力(contractility)がないし、自身を自ら"tight"にすることはそもそも不可能だと思うのです。そんなにactive(自動的)な組織じゃないでしょう。むしろ周りに引っ張られてフラフラ動く、passive(多動的)なコですよ。上や下の組織と癒着を起こしちゃうことはあるでしょうけど。

では、世の中でITB Tightnessと呼ばれるものは一体なんなのか?私はこういった症例のほとんどはITBが付着する筋肉の一つであるTFLのOveractivity (OA)に起因すると思ってます(もっと厳密にいうとそのTFLのOAでさえ他に原因があると思いますが、それを書き出すときりがないのでここでは省きます)。

TFLは筋肉なので、neural driveが増えてtonicityが上がれば理論上自身を「短縮・緊張状態」に持っていくことが可能です。TFLのOAが原因で二次的にそれに付着するITB(というかFascia Lataの外側一部)にもtensionがかかる(= 組織に緊張が生まれる)ってことです。まぁTFLの名前がTensor Fascia Latae (Fascia Lataをtense upするもの)なんですから(そしてITBはFascia Lataの一部と考えられることも可能なのだから)、そんなに驚くような新事実でもないかもしれません。つまり、私が言いたいのは「ITB Tightnessという幻影を追っかけてOber Test使って診断を下してみたり、ITBを直接的・局所的にフォームロールやグラストンやなんか使ってぐりぐり治療してみたりしても、原因はもっと近位にあるのだから、根本の解決には何にもならないだろう」ってことです。

そういうからにはよっぽど確立されたエビデンスに基づいているんでしょうね、と言われるかもしれませんが、これは私個人の臨床感なので確固たる科学的根拠はないです。でも面白い論文はあるのでこちらは紹介しておきます。
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18体の献体(年齢幅45-97歳、平均年齢78歳。単純に考えてその倍の36本の足…と思いきや、人工股関節全置換術や股関節・大腿部の損傷の既往歴がある2本の足は除外したそうなので、使われたのは全部で34本の足)を使って、1) ITB; 2) Gluteus Medius/Minimus(中・小殿筋); もしくは3) Hip Joint Capsule(股関節包)をそれぞれ切断する・しないでOber Testの結果がどう変わるかを検証したLaboratory Studyです。3

ちなみに組織の切断を行ったのは一人の20年以上の経験を持つ解剖学者さんで、テストを行った(↓写真の奥)のは献体の状態に対してblindedなPTさんだったそう。しかし結果を読む人(↓写真手前のInclinometerを持ってる人)はblindedじゃなかったみたいなんですよね。それでも同じ人が一貫してデータ収集をしたというのは評価できるけど、欲を言えばこの人もblindedしているとベストだったかしら。あとここまでで気になるのは、献体の年齢層が高いってことですかね。まぁ研究の性質上、こればっかりはしょうがない気もしますけど。
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計測したoutcomeはテスト時の大腿の角度。大腿外側部にInclinometerを置いて角度を測るこのやり方は先行研究4 によってreliableである(ICC = 0.90, 0.91)と報告されており、0°が水平、マイナスが外転、プラスの値が内転を示すそうな。結果を表にまとめなおして出しちゃうと…
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つまり、こういうことっすよね。
- ITBは切断してもしなくてもOber Testの結果、大腿の内旋角度に大きな変化はない
- しかし、中・小殿筋、そして股関節包を切断すると、Ober Testの際の大腿内旋角度がそれぞれ(6~10°、7~14°程)一気に上昇する
- 中・小殿筋よりも股関節包切断のほうが内旋上昇率は少しばかり高いようである(1~4°程)

つまるところ、Ober Testって全然ITBの状態を見てねーじゃん!という、このテストそのもののValidityに疑問を投げかけるような結果ですよね。寧ろ大腿の内旋度は中・小殿筋の状態、そして股関節包の状態により大きな影響を受けるんじゃん!と。この研究ではTFLや大殿筋の状態については検証されていませんが、私は個人的にこれらの組織がOber Testの結果に大きな影響を及ぼす可能性も大いにあると思っています。つまり、我々が今までITB Tightnessが原因で引き起こされると思っていた疾患や障害は、実際はITBよりもっと近位の筋肉・関節包の状態によって引き起こされていた可能性が高いわけです。これは、ここまでに発表されている複数の研究の主張(「ITBの問題の本当の原因は近位の股関節筋肉群だろう」という)とも一致します。5-7

でもね、これを見てDr. Oberを「なんてテスト作ってくれとんのじゃ!」と非難するのもおかしな話なんですよ。彼の書いた1936年発表の最もオリジナルのOber Testに関する論文(入手困難で苦労しました)8 も今回初めてじっくり読んでみたんですけど、彼の主張は「Ober Test(という名前すらそもそも彼は付けていないんだけど*)が陽性の人は腰痛・仙腸関節痛がある」、「これはITBとFascia Lataの緊張によるfascial pullで、骨盤・腰椎・仙腸関節に多大なleverage action(てこ作用)がかかって同側の骨盤の前傾、lumbar lordosisを生むからである」「Ober Testが片側で陽性だった場合にはFunctional Scoliosisができる」「(片側、両側に関わらず)Ober Test陽性は特定の筋肉の過活動、SLR制限、Ely's Sign陽性、各関節可動域の制限などの弊害に繋がる」と、単にOber Test陽性=ITB Tightnessに留まらない、「ITBとFascia Lataは腰痛・仙腸関節痛その形状に密接な繋がりがあるんじゃね?」ってもっとスケールの広い話をしていたんですよね(そもそもDr. Oberの専門は腰痛ですし)。そして、この論文ではもっと興味深いことに、Ober Test陽性の腰痛・仙腸関節痛患者に対してITBとFascia Lataの一部の切断手術を行ったら、腰椎・仙腸関節の痛み、可動域制限、過度なlumbar lordosisとscoliosisの消失が見られ、姿勢が改善、首の痛みまで無くなったと報告しています。

*ちなみに彼はこのテストをThe Abduction Sign/Testと呼んでいました。8 このテストがOber Testとして知られるようになったのはKendall氏らの影響が大きいですかね。Kendall氏らはOber Testの修正版であるModified Ober Test(内転する足の膝を屈曲位ではなく伸展位で行う)を発表しましたが9、しかしそれにしたってKendall氏らも「これはITB Tightnessかどうかを見極めるテストである」とは一度も言っていないんですよね。実は「TFL Tightness」のためのテストであると明記されています。

こうして色々と論文を振り返ってみると、Ober TestはITB Tightnessを診るものだ、というnarrow-mindedな思考は、私たち一般人が提言者の意図を汲み取りきらなかったことによって起こった「誤解」なのではないかとしか思えません。Homans' Signの悲劇みたいな感じですかね。

もういいでしょう。Holistic ApproachやRegional Interdependenceというモデルが一般に叫ばれるようになって10年以上経ちます。Ober Testが陽性だからITBをFoam Rollしなさい、という指示をATが出す時代は終わって然るべきだし、まだ終わってないとしたら我々の不勉強が過ぎます。私も教育者として「教えるべきこと(=資格試験に出題されること)」と「教えたいこと」のギャップによる葛藤は常にありますが、将来のATにこんなアプローチで満足してほしくない(Ober Test陽性→ITBぐりぐりごりごり)とは強く思います。なので授業では、少し気の毒かなぁとは思うんですが、教科書通りにOber Testを紹介したあとに、今回Willett氏らの論文の内容も話し合い、「我々がこのテストで見ているのはなんなんだろうね?」と疑問を投げかけて、ついでに5呼吸でOber Testを陽性から陰性にできる治療アプローチを見せたりして、身体の部位を超えた"treat a patient as a whole"という思考ができるよう学生の価値観を揺らしています。教科書を疑え、センセーを疑え(もちろん私自身も含めてです)、答えは自分自身で見つけろー!というのが私が一番学生に教えたいことです。望んでいてもいなくても、私が今教えていることの半分は5年もすれば「ウソ」になってしまうのだから。

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2. Fairclough J, Hayashi K, Toumi H, Lyons K, Bydder G, Phillips N, Best TM, Benjamin M. The functional anatomy of the iliotibial band during flexion and extension of the knee: implications for understanding iliotibial band syndrome. J Anat. 2006;208(3):309-316.
3. Willett GM, Keim SA, Shostrom VK, Lomneth CS. An anatomic investigation of the ober test. Am J Sports Med. 2016;44(3):696-701. doi: 10.1177/0363546515621762.
4. Reese NB, Bandy WD. Use of an inclinometer to measure flexibility of the iliotibial band using the Ober test and the modified Ober test: differences in magnitude and reliability of measurements. J Orthop Sports Phys Ther. 2003 Jun;33(6):326-30.
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9. Kendall HO, Kendall FP, Boynton DA. Posture and Pain. Baltimore, MD: Williams & Wilkins; 1952.

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  # by supersy | 2018-03-21 18:30 | Athletic Training | Comments(0)

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