<   2017年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 

「Availability」を作り、「Variability」を確立する―PRIの神髄のおはなし。

b0112009_22532355.png
さぁ、あなたはビュッフェ形式のレストランへやってきました。和食から中華、イタリアン、フレンチ…世界各国の料理が並んでいます。野菜もお肉も魚も、ケーキもアイスクリームも、あなたが望めばなんでも手に入ります。なにを取りますか?

選択肢が十分にある、というのは素晴らしいことです。その日の体調や気分、状況や環境によって、自分に最も適した料理を自分で選ぶことができるからです。今日はがっつりお肉が食べたいな、とか、今日はちょっと胃腸が弱ってるから、お粥がいいな、とか。同時に、何かを選ぶということはほかのものを選ばなかった、ということでもあります。Available(手に入る)なものを敢えて選ばない(= 「今日はこれは食べなくてもいいや」)、という選択は高等であり、非常に贅沢なことです。この贅沢は、全員が欲しがっているものでもあり、しかし残念ながら決して多くの人が手にしているものでもない、という事実をまず我々は噛みしめなければなりません。

限られた選択肢の中のみで生きていかなければいけないのは非常に窮屈であるし、その窮屈さはどこかに局所的負荷を作るものであると私は思います。例えば、私は前述のビュッフェレストランにカップラーメンがひとつ並んでいても全く良いと思いますし、もしかしたら私自身時折、数ヶ月に一度ほど、無性に食べたくなってそれを選ぶこともあるかもしれません(カップヌードル・シーフード味ならその可能性はさらに高まります)。これは、「数ある選択肢の中からカップラーメンが最善だと思い、自主的に選んだ」環境であり、低い頻度なら健康に悪影響を及ぼすこともないでしょう。しかし、カップラーメン「しか」選択肢が無いとしたらどうなるでしょう?カップラーメンが最善であるないに関わらず、「それ以外を選ぶ」という選択肢がそもそも存在しなくなるわけです。そういった極端な「選択」という名の「強制」を毎日続けざるを得なくなった結果、「偏った栄養」という局所的負荷が身体にかかることになり、これが長期に渡って繰り返された場合、疾患や機能不全のような目に見える形になって現れる可能性は十分にあるでしょう。これはカップラーメンが悪いわけではない、問題は「限られた選択肢=Limited Availability」である、と私は考えます。
b0112009_23134584.jpg
これは食事だけでなく、人生のあらゆる場面で当てはまります。
転職したいと考えた35歳の青年に、「今の会社に残る」「A社に行く」「B社に行く」「独立する」etc…どれだけの選択肢があるか。ゴール前、パスを受け取ったサッカー選手に、「右にパスをする」「左にパスをする」「ドリブルで右から相手を抜く」「左から相手を抜く」「右に行くと見せかけたフェイクを入れ、左から抜く」「いきなりシュートを打つ」etc…どれだけの選択肢があるか。我々は人生のあらゆる場面で無意識に、手持ちのカードを睨みながら「最善」と思えるものを選択し、生きているのです。そして「最善の一手」を選ぶなら、手持ちのカード…選択肢は、多ければ多いほど良い、Availabilityは高ければ高いほど良いのです。



さぁ、話を本題に戻します。今週末は、ダラス方面へ出張し、Impingement and Instability、通称I&IというPRIのアドバンスト・コースに参加してきました。今回の講師は大先輩のJames Anderson。I&Iを取るのは二度目なのですが、前回履修した時は同じく大先輩のMike Cantrellが講師で、彼が同時ハマっていたCranio/Dental色が強い話が多かったので、今回は正統派I&Iの話が聞けるかも!とうきうきでした。

"We love instability because instability gives us variability. We want those motions to be available. We just hate that you can’t control it." - James Anderson

この講習冒頭に発したJamesの言葉が先の「選択肢」というコンセプトを見事に物語っていると思うんですよね。Instability(不安定症)がある、ということは悪いことに見られがちですが、不安定である、ということは、その関節に「動くという選択肢が様々にある」という意味では必ずしも悪くない状態です(もちろん、厳密にいえば選択肢が「多すぎる」ということもあり得ないことはないと思います。「無くてもいい選択肢まで並んでる」とか。しかしこの文脈でJamesはinstabilityをそういう意味で使っていないので、ここでは少し割愛させてもらいます)。だからこそ、PRIはinstability(=ここへもあそこへも動ける)とかimpingement(=ここでもあそこでも挟んだりつまんだり捻ったり乗っかったりできる)というコンセプトを2日もかけて掘り下げる価値があると思っているわけです。

この「選択肢(Availability)が豊富にあり、好きなものを選べる状態」を我々はよく「Variabilityがある」という風に表現します(念のため断っておくと、この表現は別にPRIが発明したものでも、PRIの世界に限ったものでもありません。様々なdisciplineで使われる言葉です)。右に動きたいときに右に行ける。左に行きたければ左にも行ける。前にも、後ろにも、上にも、下にも行ける。動きたいときに動きたいところへ動ける能力はMovement Variabilityと呼ばれます(ここで、PRIではlegallyに行けるのかillegalなのか、そんな話も入ってはくるのですが、ここはPRI講習でもっと深くお話しするためにとっておきます)。自分の身の回りの世界に対し、右も左も、前も後ろも上も下も望む方向に意識を広げ、感知・認識できる能力はPerception Variability…世の中には様々な種類のvariabilityが存在します。

PRIの治療介入の究極目標は、これらの様々な事象に対して、患者さんのvariabilityをrestore(取り戻す)ことです。PRIは患者さんに対して「貴方のやっていることのこれが間違っている、このままだとこうなります」と脅して選択肢を取り上げたり、「貴方はこれを選ばなければいけない」と特定の選択を強要するようなことはしません。その代わり、患者さんに「貴方はどうやら『この場面ではこれ!』という特定のものを選ぶ『好み』や『癖』が強いようですけど、他にも選択肢はあるのをご存知でしたか?」と本来あるべき全ての選択肢を共に見つけ、並べて、その中から患者さん自身が「(その状況に合った)最善の一手」を選べるようにする手助けすることを目標としているわけです。

抽象的でどういう意味かよく分からない、という方のために、新たな例を交えて説明します。例えば、呼吸にもvariabilityがあります―Respiratory Variabilityです。横隔膜を使った呼吸(腹式呼吸というと語弊があるかもしれませんが、ここでは敢えて深く言及しないでおきます)、呼吸補助筋であるSCMや斜角筋を使った首呼吸、ヨガなどで使われるお腹を深くへこませるホローイングやドローイング、腰椎・胸椎の伸展を伴う胸式呼吸…。PRIは特定の呼吸法に対して「これが正しい呼吸である」「これが間違った呼吸である」という表現の仕方をしたことがありません。何故なら、どれが正解かは「状況による」からです。しかし、「呼吸の選択肢が限られていて、特定の呼吸に頼り切りにならなければいけなくなっている」状態が理想的ではないのは明らかです。
b0112009_04542956.png
バタフライ専門の水泳選手が競技中、一息吸いに水面から顔を出した際、胸椎と腰椎が伸展したそのポジションから肺になんとか空気を引き込もうと思ったら、SCM/斜角筋を活性化し、第一・二肋骨を引き上げるような呼吸「しかできない」のは当たり前です(そんな選手に対して「首呼吸はだめだ」という施術者は選手のニーズを全く理解していないことになります)。

しかし、この選手が練習を終え、プールを出てシャワーを浴び、着替えたりしている休息時には、横隔膜をしっかり上下し、肋骨の内外旋を伴う、深く静かに空気を動かす呼吸をするのが最も理に適っているはずです。この呼吸が選択肢に存在すらしないとしたら、大きな『問題』になり得ます。そんなわけで、我々の目標のひとつは前述したRespiratory Variabilityを確立することです。呼吸のバリエーションを増やし、それぞれの状況に適切な呼吸法を患者が選べるようにすることを、今までもこれからも、PRIはずっと説いています。PRIは一度も「弱い横隔膜はいかん」「横隔膜を強くしなければ」みたいな表現は使ったことはありません。だってそもそも横隔膜の強さって、かなりinvasive(侵襲的)なEMGでも打たないと計れないんじゃないですかね?そんなirrelevantなoutcome計ってどーするんですか?

横隔膜でも胸椎・腰椎でも首でも呼吸が行える(Respiration Variability)、好きな方向を見て(Vision Variability)、好きな方向の音を聞いて(Auditory Variability)、好きな方向の空間を感じ(Perception Variability)、好きな歯で物を噛み(Occlusional Variability)、好きに歩き(Gait Variability)、好きな方向へ飛んだり跳ねたり捻ったり止まったり加速したりできる(Movement Variability)…右へ左へ行ったり来たりのその揺らぎを楽しめるようになれば「variabilityがある」ということになります。交感神経・副交感神経の振れ幅も例外ではありません。状況によって最大限にギラギラと興奮することも、最大限にゆらゆらとリラックスすることも、両方できてこそ人は人としての機能を最大限に発揮できます。横隔膜呼吸は我々が不得意な副交感神経優位性を作るのにも有効である…PRI講習講習に参加してくださった方ならここらへんはしっかり理解してくださってるはずだと思います。Training Variabilityという言葉もありますね。PRIでやるエクササイズは寝転がってやるものばかり、ウェイト(レジスタンス)トレーニングにはアンチなんでしょ、や、屈曲一辺倒主義で伸展は一切ダメなんでしょ、…と勘違いされることがたまにありますが、1) PRIのエクササイズなんて患者を立たせてなんぼですし(重力に逆らって立つことには見た目以上の意味と価値があるからです)、2) 負荷の高いトレーニングを否定したこともありません。荷重する準備ができている身体なら荷重して何にも悪いことはないじゃありませんか、それに、3) 伸展を鍛えなければ強く動き速く走り高く跳べるアスリートなど、待っていても生まれませんよね。PRIほど伸展をappreciateしている団体はいないと思いますよ、ただ、効果的で爆発的な伸展をするためにはその逆への触れ幅である「屈曲」ができないといけないんじゃないの、と説いているだけで。

結局大事なのは触れ幅の確保と揺らぎ(perturbation)なんだよなー…、ああ、「世界は揺らぎでてきている」という宇宙粒子学の本を最近読んだなー…、人体と宇宙はつながっているなー…、生きているということは揺らぐということなんだなー…、とかなりおかしな思考になったところで今回の講習が終わりました(笑)。今回のI&IはGaitやPeroneus+Glu Med、Subscapの話など、かなり掘り下げて討論できてすごく有意義でした。グループ写真を撮るときに、「James! I am in my left hemisphere right now」「Yeah…illegally!」というnerd jokeも飛び出して、皆で大笑い。アドバンストならではの濃い2日間を過ごすことができました。アドバンスト講習に参加する人たちはさすがに顔見知りが増えてきて、同じ言葉で同じ思考を共有できるのがとても心地よいです。日本でもこれができるようになったら楽しいだろうなーと思います。おっと、そんなに夢をはせる前に、まずは最後のプライマリー講習であるPelvis Restoration開催が先なんですけど。

[PR]

  by supersy | 2017-01-30 18:30 | PRI | Comments(0)

Positional Release Therapy講習へ行ってきました。

b0112009_12212656.jpg
今週末はダラス・フォートワースで、Positional Release Therapy Institute (PRTi)によってオファーされているLower Quarter (下肢) Positional Release Therapy (PRT)の講習会に参加してきました。字面はPRIと似ていますが、全く別の団体による、別内容の講習です。ストレイン・カウンターストレインや、ポジショナル・リリース・セラピーといえばご存知の方も少なくないと思いますが、私が今回学んできたのは、Dr. Jonesが提案した1964年のオリジナルなものでも、かの有名なDrs. D'Amobrogio & RothやDr. Chaitowが受け継いだものとも少し異なり、Dr. SpeicherというPositional Release Therapy Instituteの創設者が少しツイストを加えた、時系列的には最新のものです。Dr. Speicherは私の博士課程の授業も担当してくださった、文字通り私の「師」でもあり、2年前に彼の授業を履修したときにはこの方のエビデンスの読み込み具合、そしてNeuroscienceへの専門性と情熱に文字通り圧倒されました。それに反映されるように、彼の授業は、博士課程の間で最も刺激的で、最もしんどい(褒め言葉です。朝の2-4時まで寝かせてもらえないくらいヘビーな課題が次から次へと出ました)ものでしたし。そういう先生とほど、仲良くなり後々付き合いも続くものです(笑)。

PRTに以前から興味がなかったわけではないのですが、「Tender Pointを探して圧迫して、その筋肉を最短縮位に持っていって90秒待つんでしょ?難しい技術ではないし、解剖学と神経学の知識があれば臨床で欲しい成果を出すのに十分なレベルでは使えてるから、講習を取るまででもないかな」と考えていました。しかし、Dr. Speicherとこないだの学会でばったり会ったときに直接施術してもらって「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!私が知っているPRTとは全く違う!」と衝撃を受け、以来、彼の教えるPRT講習には早いところ参加しなきゃいけない!と決意したところだったのです。今回の講習はタイミングも場所も完璧だったので、やったぜふらりと行ってきました。

彼のアプローチは1) 筋肉や靭帯、腱やfasciaにあるtender pointを触診によって見つける (同構造内に複数ある場合は最も痛みのレベルの高いところを治療箇所とする); 2) その個所を「圧迫」するのではなく、患部の上に「軽く」指を置いてfasciculation(線維束性攣縮、ものすごく微細な組織の揺れ)を感じながら、その揺れが最大になるポジションまで患部を動かす。このとき、目指すポジションは基本的には組織の短縮位であるが、個人差があり、必ずしも最大短縮位とは限らない; 3) 患者に深呼吸をさせる。このとき、呼気と吸気それぞれのfasciculationも感じながら、もし呼気の場合にfasciculationが増える場合には空気を吐ききらせた後に、吸気にfasciculationが増える場合には吸い切らせた後に数秒ポーズさせる; 4) fasciculationが消失するまでそのポジションを保つ(多くの場合は90秒かからない)…といった感じです。文字で書いても「は?」という感じかもしれないので、Dr. Speicherのデモ動画をここに貼っておきます(僧帽筋上部の治療動画です)。


PRTの根本にあるセオリーは比較的シンプルで、多くの筋肉などの「張り」は実際に組織が拘縮を起こしているというよりは(もちろんその可能性も無くもないですけれど)、神経反射の影響が最も強いのではと睨んでいるわけです。つまり、特定の筋肉の過活動によって緊張が生まれ(strain)、その対となる筋肉も引っ張られて緊張が生まれ(counterstrain)、stretch reflexの状態が慢性的に続いた結果、muscle spindleの閾値が下がってhyperirritabilityが起き、痛みと張りが取れなくなってしまっている、というわけ(このとき、筋緊張によって局所的に血流も遮られるため、hypoxiaによる痛みと、ATP生産不可によるenergy crisisも付随します。これらは状況を悪化させる要素にしかならないでしょう)。なので、この解決はストレッチ(このセオリーではむしろ悪化しますね)でもsoft tissueを無理やり動かすことでもなく、まずは筋肉を短縮位に持っていってGamma Gainを減少させ、muscle spindleの閾値を下げてやればいいのでは?というのがこのアプローチの軸なのです。

このコンセプト全てに私が賛同するかは別として(大きな目で見ればまだまだ犬が自分のしっぽを追っているように感じるのですが)、私がこのアプローチの最大の魅力だと感じるのはその即効性と「患者が痛みを感じない」点です。痛いところをぐりぐりやるのに達成感を感じる施術者というのも世の中にはいるのかもしれませんが、私は「患者が痛みを感じずに治療できればそれに越したことはない」と考えています。Dr. SpeicherのPRTが追っているのはあくまで「fasciculation」であり、「圧痛」ではないので、痛みも無くものの1分程の施術で患者の痛みが(10段階の)9から0に落ちたりする様は爽快以外の何物でもありません。
(例えば痛みのレベルが高すぎて、PRIエクササイズなどをしようにもとにかくうんともすんともリラックスができず、交感神経優位になりすぎている患者さんに一発こういうテクニック挟むと、お互いのアプローチを補足・補完し合えていいんじゃないかなんて思うわけです。これはDr. Speicherも賛同しています)
b0112009_12072564.jpg
しかしねー、fasciculationが最大になるポジションを探すのが、本当になんというか、言うは易く行うは難し…。Dr. Speicherはさすがにそこがずば抜けてうまいんですけど、私はまだまだ。それでも、2日目の終わりの頃にはそれまで6から4くらいにしか減らなかったパートナーの痛みが7から0、6から0まで落とせるようになりました。彼みたいにもっともっとうまくなりたけりゃ、練習するよりほかありません。今回は下肢の授業でしたが、今度は上肢も出たいな…。頭蓋の奴が一番興味あるなー。
b0112009_12075742.jpg
そんなわけで刺激的で楽しい週末でした!Thank you Dr. Speicher for an awesome course!

[PR]

  by supersy | 2017-01-17 22:00 | Athletic Training | Comments(0)

月刊トレーニングジャーナル2月号発売 & 脳震盪診断指標としての聴覚テスト

とある講習に参加するため、今週末はダラスに来ています!久しぶりにPRIではない講習で、今日一日目が終了したところです。これね、ずっと「機会があれば取ってみたいなー」くらいの興味があった講習なんですが、ちょっと今回ばかりはどうしても見逃せない理由があったのと、近場+学期が始まる直前の余裕が(まだ)ある週末というタイミング諸々の良さも重なったので思い切って今回初めて来てみました。やっぱり新しいことを学ぶのは刺激があっていいですね!これについての詳しい内容は、次回にまとめたいと思います。
b0112009_08591679.png
さて、月刊トレーニング・ジャーナル2月号が発売になっています!連載9回目の今回は「スポーツ障害予防」について書いています。この度、日本のEBP講習でも「予防医学編」を追加したばかりですが(自分ではこれ、なかなかの出来だと思っています)、ATの仕事の中でも一番軽視されがち、そしてサボっていてもバレないのが「スポーツ障害の予防」という分野かなと感じます。今回の記事では、どうして予防が重要なのか、そしてどういう風に現場での「予防」実践が可能なのかなどについて提案をしています。興味のある方はこちらからどうぞ。一部書店で販売していますがオンラインでも購入可能で、送料は無料だそうです。



では今回は手短に、本題です。月刊トレーニング・ジャーナルの昨年12月号で「脳震盪の評価・診断」についてまとめたところですが、この分野で新しい論文を見つけたのでさくっとまとめます(ちなみにこの論文もオープンアクセスです)。
b0112009_10271341.png
脳震盪の評価は多角的でなければならない、幾つものテストを組み合わせて行わなければならない…というのが現代の常識というかスタンダードですが、それでも「患者の報告(self-report)に頼らなくても良い、且つ『これさえやれば間違いない』という客観的な単独テストはないものか」という研究者のクエストは日々続いています。血液検査やNear Point Convergence (NPC)と呼ばれる視覚検査、dual-taskのバランスや歩行テストなどについてはトレーニング・ジャーナル記事でも言及していたように把握していたのですが、今回の論文1 は聴覚刺激とその処理能力についてです。ひゃー、これは知らんかった。
b0112009_10571289.png
「聴く」というのは、考えてみれば想像以上に複雑で高等な行為です。聞かなくていい「ノイズ」は無視され、必要なシグナルだけを意図的に拾い、取り込みながら、入ってくる音の強弱やProsody(韻律)に基づき、社会的な意味付けをし、文脈のある情報にconvertする…。この論文の著者らは、脳震盪の影響でこのプロセスの能力が落ちるのでは、そして、それを推し測ることで脳震盪の診断基準として使えるのでは、と提案しています。英語の原文では "...the auditory system may be sensitive to neurological insults that disrupt microsecond-level temporal resolution (p.2)"ということなんだそうです、ごく微量の情報処理の乱れもキャッチできるかも、ということですね。

さて、この論文で検証されたのはspeech-evoked frequency-following responses (FFRs)というものが脳震盪診断を推し測るのに妥当(valid)、且つ信頼性のある(reliable)バイオマーカーか、 ということ。もう少し細かく書くと、脳震盪と診断された子供の患者20人(男子6人、女子14人、平均年齢13.69歳)と、matched control group(健康な被験者20人、男子6人、女子14人、平均13.64歳)とを比較して、1) ふたつのグループのFFR値に統計学的に有意な違いは見られるか、2) 脳震盪の症状の深刻度(PCSS)とFFR値に関連性は見られるか、3) FFR値を元に、脳震盪の有無が判断可能か、4) 脳震盪から患者が回復すると共にFFR値も回復するか、について調べたそう。FFRというものを聞いたことが無かったので、何ぞや?と調べてみたら、「聴覚的刺激によって脳幹にどれだけの電位反応が見られるか」、つーのを計るものらしくてですね。様々な周波数の、ものすごく短い(40ms)音を聞かせてその反応を計測するそうで、つまるところ、どれだけ速く、正確に健全に聴覚刺激を脳でプロセスできるかという処理能力を数値化したもの、と捉えていいようです。

…で。この論文のすこぶる妙なのはMethodsがResultsの後にあるところ。結果(p.2)をいったん飛ばしてp.7にいくと、やっとMethodsセクションが出てきます。Methodsで気になるのが1) 被験者の特徴(Participants demographics)が非常に限定的にしか触れられていないという点(Table 1参照)、加えて、2) Inclusion criteriaが非常にシンプルで、これを読んだだけだとコントロールグループの被験者に脳震盪既往歴があってもオッケーということになるし、学習障害がある子も被験者に含まれてもいいことになるけれど、もうちょっと制限かけなくてよかったのかな?脳震盪患者は脳震盪を受傷してから平均26.7日経過していたということだけど、それってそこそこの期間ですよね。これは論文の最後にこの研究が行われたのがtertiary-care clinic settingだった、という記述があって少し納得したのですが、そうだとしたらそれはそれで、ほとんどの脳震盪患者は14日で『回復』すると言われていますから(今回の被験者は子供なので、もう少し長くかかるでしょうけれど)、脳震盪は脳震盪でもかなり重症のケースを中心に扱った研究ってことになりますね。こういうのはバイアスの素になりかねません。受傷後6-56日という広いrangeも気になります。これも「受傷から〇日以内」と制限してもよかったのでは、と個人的には感じます。あとは、3) 6人:14人で女子が多い(70%)ね、そしてあくまで子供が被験者だから、大人にこの結果は当てはまらないと考えたほうがいいね(大人と子供では脳震盪からの回復にかなり違いがあることは、もう言うまでもありませんね)、ということと、4) Power-analysisを行ったわけじゃないから、各グループ20人の被験者が適切だったかは分からないよね、しかも95% CI求めていないし、point valueの解釈には注意…ということを念頭に入れてデータを見ていきましょう。

そんなわけで、Methods(p.7)から戻ってきての、p.2の結果(results)です。私が重要だと思うものを偏見たっぷり個人的に抜粋します。

1) 脳震盪患者は、受傷していない被験者と比較して、約35%の聴覚刺激に対する反応の低下が見られ(p< 0.001, Cohen's d = 1.223)、特に反応する音のピッチ幅が著しく狭くなっていた(p = 0.009, Cohen's d = 1.14)。
Cohen's dが1を超えてくるのはすごいですね(= effect sizeがどでかい)。そうなると95% CI領域を見ても決定的なんだろうか、と推測はしたくなりますが、なんにせよ書いてくれていないので推測の域を出ません。

2) 脳震盪患者の中でも特に症状の重い患者は、FFR値は著しく低いという関連性が見られた(R2 = 0.548, p = 0.001)。
Correlationとしてはmoderate(中程度、≒0.6)というとこでしょうか。Outlierがどれくらいあったのか、マッピングされたものが見たいなぁ。

3) 言語刺激への反応開始・終了(onset/offset of sound)のタイミングは脳震盪の影響を受けてなかったにも関わらず(p ≥ 0.183)、脳震盪患者は特定の音に対する処理と反応が遅れる(p = 0.002)、という限定的処理能力低下が見受けられた。
時間にすると0.4msという非常に短いものらしいんですけど、脳神経界ではこれはオオゴトである、と著者は述べています。

4) 平均して脳震盪患者は健康な被験者と比較して聴覚情報のcodingにエラーが多く見られ、正確性が低下する(p = 0.011, Cohen's d = 0.841)。

(1)~(4)を繋げてみると、脳震盪を起こした患者の聴覚刺激に対する反応は、Neuro firing(神経的発火)のタイミングは正常でも、特定の音やピッチの取りこぼしがあり、その後の処理が追い付かず、結果正確性も低下してしまう…という感じでしょうか。取りこぼしがあったらそれを補いながらの「意味付け(make sense out of it)」が余計労力のかかるものになりそうっていうのはイメージが沸きます、ふむふむ、なるほど。

5) さらに、被験者の年齢、神経的バックグラウンドノイズ(聴覚刺激とは無関係な電気アクティビティー)などを考慮に入れてlogistic regressionを組み込むと、FFR値を元にこれが脳震盪患者だったか、健康な被験者だったか、言い当てることが可能
Regression Score = 0.596を閾値とすると、90% sensitivity、95% specificity、94.7% positive predictive value、90.4% negative predictive valueが取れるそうな。これだけ見るとImPACTやSACよりも優秀ですね。95% CIは知らんけど。

6) 20人の脳震盪患者のうち、11人(男子3人、女子8人)が一度目の計測から平均34.9日後にfollow-upに来て、FFR値を再度測定する機会があったそうですが(単純に考えて20人中9人のドロップアウト…45%のdropout rateは容認できるものではありませんが…、理由も不明…)、PSCCの著しい回復(p = 0.002)に比例するようにFFR値も大幅に改善(p = 0.031)、コントロール・グループのそれとほぼ一致するところまで戻ったそう。
つまり、FFR値を継続して計ることで、脳震盪からの回復っぷりを可視化することもできそうですよ、と。

そんなわけで、多少限定的な結果も見られたものの、聴覚の能力を推し測ることで患者の脳震盪の有無、深刻度とその回復をモニターすることができる可能性は大いにあるという結論が導かれていました。私はこの研究は様々なレベルで「統計的にもデザイン的にも問題は多く残る」、「一般化はまだ早い」、「実装までにはまだまだ残された壁は多い」と慎重に判断しますが、それでも脳震盪で聴覚にまで影響が及ぶというのは目から鱗が落ちる思いでした。これからのこの分野の研究にも注目していきたいと思います!


[PR]

  by supersy | 2017-01-14 22:45 | Athletic Training | Comments(0)

女性医師 vs 男性医師?「死にたくなければ女医を選べ」は本当なのか

「死にたくなければ女医を選べ」日本人の論文が米で大反響

こんなYahooニュースの記事が目に入ってきたので、思わず元となっている論文(free full-text)を引っ張ってきて読んでしまいました。すごく面白かったので、この論文を読んで思ったことをまとめておきます。

b0112009_04252529.png
この論文1の第一著者、Dr. 津川友介はハーバード大学で研究されている日本人の内科医さんなんですね。だから冒頭の「日本人の論文で」、になるわけです。書き出しに、まずこんな内容のことが書かれています。

女性医師と男性医師では、そのアプローチに違いがある、ということは複数の研究で既に実証されていることなんだそうです。例えば、女性のほうがクリニカル・ガイドラインにきちんと沿った治療方針を打ち出したり、2-4 予防的治療に積極的だったり、5-12 patient-centeredなコミュニケーションを実践していたり、13-16 スタンダード化されたテストの実践が上手だったり、17 患者に対して心理社会的カウンセリングを提供したり15 するんですって。知ってました?私は知らなかった!今ままで仕事をしてきた数々のチームドクター達を振り返っても、総じてみると確かに…と頷けるところも多いです。

だがしかーし、こういった男女医師によるアプローチの違いが実際に患者のアウトカムにどういう影響を与えるか、という論文は存在しないことから今回の研究が生まれたそう。この研究チームが検証したのは、acute care hospitalに入院してきた患者の 1) 病院に入院してから30日以内の死亡数(30-day mortality)と、2) 退院した場合、退院してから30日以内に再入院をした件数(30-day readmission)で、それらについて女性内科医と男性内科医が治療を担当した場合における比較を行っています。なぜ30日という制限を設けたかについては言及されてません。なんでだろう?

ここまで読んで私が危惧したのは、『単純に結論づけられない、第3や第4の要素の影響が強いんじゃないかしら…。女性医師の数が増えてきたのはより近年と考えれば、男性医師のほうが総じて年齢も高く、経験もあるためにより難しい患者を任されることが多い、故に死亡率も必然的に高くなってしまうのでは?』ということだったのですが、そこはだてにハーバード大の名前を背負っていません。幾つもの観点から修正を加えた複数の分析を行うことで、こういったバイアスを極力減らしています。Module 1) 患者のcharacteristics(i.e. 年齢や人種など)に基づいた修正を加えた分析、Module 2) (1)に加え、同一の病院の女性医師、男性医師同士を比較した分析(病院によってはより重病の患者が集まりやすいなど、これもバイアスの元になることがあるため)、Module 3) (1)と(2)に加え、性別以外の医師のcharacteristics (i.e. 勤務年数など)に基づいて修正を加えた分析…という風に。さらに、最も臨床でよく見られるという8つの疾患(sepsis, pneumonia, congestive heart failure, COPD, UTI, chronic obstructive pulmonary disease, acute renal failure, arrhythmia, GI bleeding)に絞って行った分析と、各病気の重症度(illness severity)別に行った分析もあります。Methodを読んだところまででは、mass dataを上手に使った、丁寧にデザインされた研究だなぁという印象です。うーむ、いいですね。

さて、ではここから結果に飛びます。全Medicare(アメリカにある65歳以上の老人医療保険)患者からその20%を無作為に選んだ結果、1,615,855人の患者が内科系疾患で入院を余儀なくされ、58344人の内科医師(うち18,751人、32.1%が女性、39,593人、67.9%が男性)がその担当を担ったそうなんですが、このときの患者群の死亡率、再入院率はこんな感じ。
b0112009_05163329.png
このテーブル上部が「死亡率」なのですが、女性医師担当の場合の全体の死亡率は10.82% (95% CI 10.71-10.93%)だったのに対して男性医師が治療した患者の死亡率は11.49% (95% CI 11.42-11.56%)…統計学的に有意な(p < 0.001)差が認められました。再入院率(テーブル下部)に関しても同様です。15.01% (14.89-15.14%)と15.57%(15.49-15.65%)で、95%CIの幅を考慮しても決定的に女性医師が診た患者のほうが再入院率が低い(p < 0.001)という結果になっています。これは、Module 2、Module 3とより多くの要素を考慮に入れた分析でも変わりません(all p < 0.001)。

8大疾患別の分析も、女性医師が治療した場合のほうが死亡率、再入院率共に低いという結果は動きませんでした。ただ、統計学的に有意ではない結果も複数あったようです(↓下参照)。特に、sepsis (敗血症)、pneumonia (肺炎)、acute renal failure (急性腎不全)、arrhythmia (不整脈)患者は、女性医師に治療を担当してもらった場合、男性医師に比べてその死亡率が著しく減ったようです。興味深い…。
b0112009_05284893.png
これは、病気の重症度でも同様(↓)。ほとんど全てのカテゴリーで、女性医師のほうが死亡率、再入院率共に低い結果に。
b0112009_05361732.png
さて、では、結論としてどういうことが言えるか?
冒頭の「死にたくないなら女医を選べ」は少しばかりoverstatementですが、とりあえずこの研究からはこういう結論が導き出せそうです。
貴方がMedicare保険を持つ65歳以上の患者で、内科系疾患で入院を余儀なくされた場合、男性医師よりも女性医師を担当医に選んだ方が30日以内に死亡する確率は減り、退院から30日以内に再入院するリスクも減る…つまり、貴方がより快方へ向かう可能性は高まる、と。

どのくらいリスクが減るのか?文中にこんな表現がありました。
"Patients treated by female physicians had 0.95 times the odds of death (95% CI, 0.93-0.97; p < 0.001) and 0.96 times the odds of readmission (95% CI, 0.95-0.97; p < 0.001) compared with patients cared for by male physicians (E6)."
患者の抱える疾患、その重症度、患者の年齢や性別、人種、医師の経験年数などに関わらず、女性医師に治療してもらったほうが男性医師に診てもらうよりも死亡オッズが約5%(3-7%)、再入院オッズが4%程(3-5%)低くなるようです。これは、統計学的に有意なだけではく、臨床的にも大いに意味のある数字といってもいいのではないでしょうか。

さらに、こんな表記も。
"...we estimate that approximately 32,000 fewer patients would die if male physicians could achieve the same outcomes as female physicians every year (E7)."
つまり、男性医師が女性医師と同じだけのアウトカムが生産できるようになれば、年間あたり32,000人の患者の命が救える、ということまでも書かれています。この論文ではあくまで30日間の死亡率のみ扱っているので、このstatementは少しばかりストレッチかもしれませんが、「男性医師、もちょっとがんばりたまえよ!」と注意喚起するには面白い論議です。

いやー、実に面白い研究でした。これって、他の医療従事者、例えばATとかPT、OTにも当てはまるのかな…とか、色々妄想させられてしまいますね。Medicare患者に限定した結果であり、あくまで30日間のアウトカムを追ったもの、というlimitationを考慮しても余りある、噛みごたえのある統計群です。あえて疑問を上げるならば、やはり最初の「なんで30日縛り?」というところと、あとTable 1のPhysician and Patient Characteristics, by Physician Sexというところ、「どうしてp valueを計算して書いておかなかったのかな?」というところです。男女の医師の特徴の違い、そしてそれぞれの医師が見た患者の特徴の違いは数値化して比較していてほしかったです。

この研究はあくまでobservational studyであり、実際にどういったアプローチの違いが決定的となってこのアウトカムの差を生むのかという因果関係についてはまだわかっていません。しかし男女問わずお互いのアプローチの違いから学び合い、良いところは認め合い、盗み合いながら、患者のアウトカムをより上げていけるような治療を進めていきたいものですね。くどいですが、この研究はfree full-textですので興味のある方はぜひご自身でも読んでみてください。

1. Tsugawa Y, Jena AB, Figueroa JF, Orav EJ, Blumenthal DM, Jha AK. Comparison of hospital mortality and readmission rates for medicare patients treated by male vs female physicians [published online December 19, 2016]. JAMA Intern Med. 2016. doi: 10.1001/jamainternmed.2016.7875.
2. Kim C, McEwen LN, Gerzoff RB, et al. Is physician gender associated with the quality of diabetes care? Diabetes Care. 2005;28(7):1594-1598.
3. Berthold HK, Gouni-Berthold I, Bestehorn KP, Böhm M, KroneW. Physician gender is associated with the quality of type 2 diabetes care. J Intern Med. 2008;264(4):340-350.
4. Baumhäkel M, Müller U, Böhm M. Influence of gender of physicians and patients on guideline-recommended treatment of chronic heart failure in a cross-sectional study. Eur J Heart Fail. 2009;11(3):299-303.
5. Andersen MR, Urban N. Physician gender and screening: do patient differences account for differences in mammography use?Women Health. 1997;26(1):29-39.
6. Frank E, Dresner Y, Shani M, Vinker S. The association between physicians’ and patients’ preventive health practices. CMAJ. 2013;185(8):649-653.
7. Frank E, Harvey LK. Prevention advice rates of women and men physicians. Arch Fam Med. 1996;5(4):215-219.
8. Franks P, Bertakis KD. Physician gender, patient gender, and primary care. J Womens Health (Larchmt). 2003;12(1):73-80.
9. Franks P, Clancy CM. Physician gender bias in clinical decisionmaking: screening for cancer in primary care. Med Care. 1993;31(3):213-218.
10. Kruger J, Shaw L, Kahende J, Frank E. Health care providers’ advice to quit smoking, National Health Interview Survey, 2000, 2005, and 2010. Prev Chronic Dis. 2012;9:E130.
11. Lurie N, Slater J, McGovern P, Ekstrum J, Quam L, Margolis K. Preventive care for women: does the sex of the physician matter? N Engl J Med. 1993;329(7):478-482.
12. Smith AW, Borowski LA, Liu B, et al. US primary care physicians’ diet-, physical activity-, and weight-related care of adult patients. Am J Prev Med. 2011;41(1):33-42.
13. Bertakis KD, Helms LJ, Callahan EJ, Azari R, Robbins JA. The influence of gender on physician practice style. Med Care. 1995;33(4):407-416.
14. Krupat E, Rosenkranz SL, Yeager CM, Barnard K, Putnam SM, Inui TS. The practice orientations of physicians and patients: the effect of doctor-patient congruence on satisfaction. Patient Educ Couns. 2000;39(1):49-59.
15. Roter DL, Hall JA, Aoki Y. Physician gender effects in medical communication: ameta-analytic review. JAMA. 2002;288(6):756-764.
16. Roter DL, Hall JA. Physician gender and patient-centered communication: a critical review of empirical research. Annu Rev Public Health. 2004;25:497-519.
17. Ferguson E, James D, Madeley L. Factors associated with success in medical school: systematic review of the literature. BMJ. 2002;324(7343):952-957.

[PR]

  by supersy | 2017-01-13 15:00 | Athletic Training | Comments(0)

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE

AX