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健康識字能力、『ヘルスリテラシー』を考える。


数週間前になりますが、
私が現在履修している授業のひとつの課題でこんなビデオ(↑)を見ました。
Health Literacyが題材の約23分の長めの動画ですが、英語が分かる方、特に医療関係のお仕事をされている方には是非見て頂きたい!衝撃でした。宿題ということも忘れて、クチをぽかーんと開けて一生懸命一気に見てしまった。

この映像を見られない方へ、という意味も含めて、
少しこの動画の内容と自分の考察をここでまとめたいと思います。
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●Health Literacyとは

"the degree to which individuals have the capacity to obtain, process, and understand basic health information and services needed to make appropriate health decisions"1

つまり、『健康面での適切な意思決定に必要な、基本的健康情報やサービスを調べ、得、理解し、効果的に利用する個人的能力の程度』を意味します。ここでは、健康識字能力、と名づけてしまおうかと思います。動画では、
 - アメリカ人の一般的識字力が中2レベルである
 - 5人に1人がほぼ識字力がない状態にあり、
  それが原因で健康面で非常に高いリスクにさらされている
 - 26%の人間が、医療機関を出るときに次の予約がいつなのかも分かっていない
 - 42%の人間が「この薬は胃が空っぽの時に取ること」という文章の意味を理解できていない
というなかなかショッキングな統計が出てきます。
薬をどう取ればいいのか分からずoverdoseしてしまって救急車で運ばれた人、
痛みを抱えて医者に行ったものの、受付で山のような書類を渡され、それらが理解できずに泣く泣くケアを受けずに帰ってきた人、治せますよ、と言われて何か分からず手術をしてみたら、それが子宮摘出手術だったと後で判明し、ショックを受けた人…。

お医者さんの言っていることが分からない、書類が読めない、簡単な問診書ですら埋められない…。
自分の身体で何が起きているのかも十分に分からないまま、恥ずかしくて質問も出来ずに、モヤモヤしたままとにかく渡された書類にサインをし、何のためなのか分からないまま与えられた薬を飲む…。そんな患者が非常に多いようです。
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2003年の調査では、4 成人のおよそ1/3がBelow Basic~Basic Literacy Levelに分類されることが明らかになりました。それが原因で起こる医療のミスコミュニケーションが元で、年間$3000億ドルものお金が無駄になっていると言います。7,8 本来必要ないはずの病院への駆け込み、診断、入院等は、その内訳のほんの一例です。

●意外と、身近に。
まさか自分の周りでこんなことは…と思ったけれど、
言われてみれば、ATとしてもこんな選手に出会ったことがありました。
ケース#1: 膝の怪我をした選手。膝がどう動いて怪我をしたのか、そのメカニズムが知りたくて、「具体的にどうなったの?」と聞くと「過伸展(hyperextend)した」、と答えたとある選手。脳内を膝の過伸展が原因で起こる怪我の様々な名前が駆け巡る中、む?と思って念の為にこういう質問をしてみました。「そっち(大丈夫な方)の膝で、こっちの(怪我をした)膝がどんな状態だったか見せてくれる?」と聞くと、こう…と答えながら、選手は膝を曲げるんですよね。過伸展、という専門用語を彼女は使ったのだけれど、彼女の中の過伸展の定義は実は過屈曲だった。間違えて単語を使っていたわけです。

ケース#2: 選手と一緒にERへ行った時のこと。看護師が「何か持病などありますか?」と聞いた時に選手がさらっと「ない」と答える。おいおい、と思い「喘息持ちでしょ(しかも結構重度の)」と私が付け加えると、「え、それ入るの?」と。。。看護師さん、少しイラッとして「入ります。とても大事です。そういうことを聞いているんです!」と。何か持病(medical condition)を、と聞かれて、この子の頭には喘息=medical conditionである、という認識がなかった。

ケース#3: 一番危なかったのはこれかな。とある選手がうちの大学に来てすぐにひどい虫歯で歯の神経を抜く手術を受けなかればならなかった。この選手はうちの書類にも、歯科医の方で書いた書類にも「薬によるアレルギーはない」と回答していた。手術後、麻酔で意識が朦朧としている選手のために痛み止めと抗生物質を薬局まで取りに行って、ついでにと親御さんへ電話を入れて、「手術が無事に終わりました、今薬局へ来ています。痛み止めと、ペニシリン受け取ったら選手のアパートへ帰りますから…」と伝えると、お母様が「えっ!うちの子、ペニシリンにアレルギーがあるんですが」と仰天の発言。その場で薬剤師さんに伝え、代用の薬を受け取って事なきを得たのですが、後日選手に「どこにもアレルギーあるって書いてなかったじゃない、あれじゃあ危ないよ!どうして書かなかったの?」と聞いてみると、「ペニシリンのスペルが分からなかったから」と。
あの時私が電話口で薬の名前を出さなかったらどうなっていたか…。恐ろしい。

こないだうちの同僚も、「選手に2時間毎にアイシングするように言ったら目覚ましかけて夜中にも2時間毎に起きてアイシングしたとか言うんだよ!?つーかそこは寝ろよ!」と呆れていたりしたっけなぁ。
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そうそう、そういえば、私自身が子供の時も患者としてこんな経験をしたことがあります。
小学校に上がったばかりの頃、風邪を引いて小児科へ行ったのですが、
おなかを触診されて、「これ、痛い?」と聞かれた時にちょっと考えこんでしまったんです。押された時に「イヤな感じ」がしたんだけど、それを「痛み」と表現していいものか分からなくて。「痛い」かと聞かれたら「痛い」というカテゴリーに入るものでもない気がしたけど、でも普通の感覚ではないし…この「嫌な感じ」を何と伝えていいかも、伝えるべきものなのかも分からなかった。ええと、ええと…と言い淀んでいると、お医者さんに「あのねぇ、答えてくれないとわからないでしょ!」と怒られて、幼い私は「…イタクアリマセン」と半べそで答えた覚えがあります。そうなると、私はもう診断などどうでもよくて、怒られたことが何よりショックで、早くその場を出たくてしょうがなかった。今考えれば「痛みというほどではないんですが違和感があります」とでも言えばよかったのでしょうが、「痛い?」と聞かれたら「はい」か「いいえ」で答えなければいけないと思っていた。コドモの頭に大した語彙などなかったのです。

皆さんもそう言われてみれば何かしらの経験があるんじゃないかと思うのです。
例えば薬を処方されて、それを初めて飲む場合、よく服用時間を食前、食間、食後…という言葉を用いて表現します。皆さん、このそれぞれの言葉がどういう意味なのかご存知ですか?目安になる時間はこんな感じです。
  ・食前 :食事のおよそ30分前
  ・食直前 :食事の直前
  ・食直後 :食事のすぐ後
  ・食後 :食事のおよそ30分後(または以内)
  ・食間 :食事のおよそ2時間後
  ・就寝前 :寝るおよそ30分前
今まで食前の薬を食事の直前に飲んでいたとしたら、それは食前ではなく食直前なので間違いということになります。食間という言葉を、食事の真っ最中と思っている人も少なくはないのではないでしょうか。
他にも、薬をうっかり飲み忘れてしまったら、遅れてでも飲んだ方がいい?それとももう飲まない方がいい?他の薬や食べ物との食べ合わせは?この薬はお茶と一緒に飲んでも平気?ダメ?
…など、意外と、薬の摂取もややこしいことって多いですよね。

●日本における健康識字能力
Low Health Literacyは北アメリカのみでなく、世界中で問題になっている現象です。
具体的に日本ではというと、Suka氏らによれば35-59歳の424人の日本人の調査をしたところ、
「日本人は一年に一度の健康診断をするのが普通であるが、その結果(↓)を十分に読み、理解することができない―70%の人間が、どこかしら意味を取り違えて解釈している」故に結果を受けて自分がどうすべきか分かっていない人が多い5 …という報告が。
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別の研究6でも平均57歳の成人の15.5% (CI 13.3–17.7%)がLow Health Literacyのカテゴリーに入ることが、そしてHealth Literacyが低いほどPhysical/Psychological wellbeingも低くなりやすいことが判明しています。

日本の識字率はアメリカのそれに比べて高いと思うんですが、
Health Literacyとなるとやはりまた違いますよね。
日本人は、妙な健康志向に走る人が多いですし、流行りモノは何も考えずに飛びつく人も多いのかなぁ、なんて…。例えば昔バナナダイエットがTVで放送されてどこへ行ってもバナナが売り切れなんてことありましたよね。他にも「自然」に生きるのが美しいからと主治医の判断を仰がず、自己判断で代替療法で治そうとしてしまったり、アレルギーに対する正しい理解が無く「好き嫌い言うな」と無理矢理アレルゲンを食べさせたり、反って病気になるからとワクチンを子供に一切受けさせなかったり…。「正しい医療情報の見極め、判断ができない」、ああいうのも一種のLow Health Literacyなのかなと。
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●患者のHealth Literacyを見極める。
そうなってくると、我々はプロとして、患者が健康に対してどのくらいの理解があるのか、どういう言葉で伝えるのが最も効果的なのかを見極める努力をする必要がある、ということになります。
高圧的でなく、且つ患者を卑下することなく、「貴方に貴方自身の身体のことを本当に分かってもらいたいんだ」という気持ちを自発的に伝えていかねばなりません。これには辛抱強さも必要になります。手間も、時間もかかります。しかし、コレをすっ飛ばしてしまうと後々もっと時間やお金を無駄にすることになる、と我々は肝に銘じるべきなのかもしれません。

患者のHealth Literacyレベルを見極める為に、様々なQuestionnaireが作られていますが、一番てっとり早い質問は、"How confident are you in filling out medical forms by yourself?"2 (貴方は独りで医療書類の必要項目を記入することを、どれだけ自信を持って出来ますか?)というものなんだそうです。
この質問をして、患者さんが「別に問題無いです」と即答するようであれば割りと医療の知識を持った患者さん、ということになるのかもしれないし、「うーん…」と答えに詰まるようであれば、貴方が今から説明する内容は、よりはっきりしっかり分かりやすい言葉を選んだ方がいいのかもしれない。

●本当に分かってもらいたいと思って伝えていますか?
今思うと、あの小児科の先生は、私が本当にお腹のどこに圧痛があるかなんて、別にどうでもよかったんでしょうねぇ。「あー、風邪か、アレ出しときゃいいか」と彼の中にもう診断はあったのでしょう。カタチだけでやっていた触診ならばお医者さんだって早く終えたかったのだろうし、待合室にはまだまだ患者さんが並んで待っていた。私だけにかける時間もありません。そういう態度は患者がいくら若くても伝わるし、それをモロに感じた患者は憤慨するか萎縮するかのどちらかだと思います。
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患者が怪我を抱えてくるとき、医療従事者たるもの「さぁ貴方が納得するまでとことん付き合ってやろうじゃないか」と考えるだけでなく、それを態度で言葉で全身で伝えるべきだと私は思います。

Visual aidを使って、絵を書いたりジェスチャーを交えたりモデルを引っ張り出してきたりして、貴方の身体の中でこんなことが起こっているんですよー、と伝える。表やカレンダーを出して、こういうペースで治していこう!と伝える。難しい言葉は避けて、彼らの生活の中にあるものの中で分かりやすい言葉を使って例えてみる。「私の説明がよく分からなかったら言ってね、別の言い方に言い換えてみるから」と前置きし、所々で「ここまでで、質問とかある?」と聞いてみる。

特に大事なのが治療プラン!Home Instructionに関しては特に、患者さんが正しくやっているかどうか見えないことなので、患者さん自身の理解が一番頼りです。私がいつも使うのが、『説明させる』というテクニック。一通り「今日、明日はこういうことをしよう」と話したあと、「さぁ、それじゃあお家で何をするのか貴方の言葉で私に説明してみて」ともう一回反芻してもらう。「えーと、最低でもあと2回アイシングをして、圧迫して、できれば患部を上げておく…」「うん、アイシングは一回につきどのくらいの長さなんだっけ?」「20分くらい」「そうそう!寝るときはどうするの?」「圧迫はしたまま、枕か何かを足首に置いて、心臓より高くしておく」「完璧!明日は何時に私に会いに来るんだっけ?」「朝9時」「もし今夜突然痛みが悪化したら?」「Syに連絡する」…。患者さんが自分で説明できるようならばきちんと理解している証拠。逆に、「わかったわかった」とずっと頷いて聞いていた選手こそ「はい、じゃあ説明して」というと、「えーと…」と完全停止してしまうこともある。そういう時は、嫌な顔せず、もう一度説明。根気強く優しくゆっくりと。指示が複雑な時は、「紙に書いて渡そうか?」とこちらから提案してみたりする。「あっそうしてもらえると嬉しいかも」と返事が返ってくることはよくある。

動画の中で子宮摘出手術を自分の意志に反して受けてしまった患者さんが「私がもっと色々質問すべきだった」と後悔しているシーンがありますが、我々医療従事者が「だって患者さんが質問しなかったもーん」と言うようではプロ失格。出来る範囲で最高の説明努力をし、その上で「質問はありますか?」「分かりにくいところはなかったかな?」「もうちょっと上手いこと説明できること、あるかな?」と積極的に聞く側にならないと。

「分からないって言っても嫌な顔をされないんだ」「もう一回分かりやすく説明して下さいって言ってもいいんだ」と患者さんに安心してもらうこと。こんなことも分からないと思われたら恥ずかしい、という感情をできるだけ減らすこと。これが、医療のミスコミュニケーションを無くす第一歩じゃないでしょうか。

どれだけ話し合っても患者さんの医療への価値観があまりに特異で、どうしても分かりあえない時というのはあるけれど。我々は我々の常識を患者さんの常識だと思う気持ちは、患者さんと相対する時には、意識して一度どこかに置いておいたほうがいいと思う。私も教師として、教室に入る前に学生はここらへんのbackground knowledgeはない、自分でも過度な知識は一度忘れるくらいの意識で授業に臨むことにしています。

追記です!
聖路加国際大学の中山和弘先生から、ご自身のウェブサイトをご紹介頂きました!
Health Literacy ヘルスリテラシー 健康を決める力
何年かけて集めたのだろう、というものすごい情報量なのですが、一つ一つの記事が非常に読みやすくまとめられています。医療専門知識の無い一般の方にこそ活用して頂きたいサイトです。是非足を運んでみてください!


1. Nielsen-Bohlman L, Panzer AM, Kingig DA, eds. Health Literacy: A Prescription to End Confusion. Washington, DC: National Academies Press; 2004.
2. Shaw TC. Uncovering health literacy: Developing a remotely administered questionnaire for determining health literacy levels in health disparate populations. J Hosp Adm. 2014;3(4):140-156.
4. Kutner M, Greenberg E, Jin Y, Paulsen C. The Health Literacy of America’s Adults: Results From the 2003 National Assessment of Adult Literacy (NCES 2006-483). Washington, DC: US Department of Education, National Center for Education Statistics; 2006.
5. Suka M, Odajima T, Okamoto M, Sumitani M, Nakayama T, Sugimori H. Reading comprehension of health checkup reports and health literacy in Japanese people. Environ Health Prev Med. 2014;19(4):295-306. doi:10.1007/s12199-014-0392-8. Epub 2014 May 9.
6. Tokuda Y, Doba N, Butler JP, Paasche-Orlow MK. Health literacy and physical and psychological wellbeing in Japanese adults. Patient Educ Couns. 2009;75(3):411-7. doi:10.1016/j.pec.2009.03.031
7. DiMatteo MR. Variations in patients’ adherence to medical recommendations: a quantitative review of 50 years of research. Med Care. 2004;42:200-209.
8. New England Health Care Institute. Thinking Outside the Pill Box: A System-Wide Approach to Improving Patient Adherence for Chronic Disease. Cambridge, MA: New England Health Care Institute; 2009.

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  by supersy | 2014-09-20 23:30 | Athletic Training | Comments(3)

脳震盪には、運動せよ!?

ちょっと早いですが、この年末年始に日本に帰国することが正式に決まりました!
12月12日から1月14日まで滞在の予定です。
以前に日本でのセミナー開催や講演に興味があると書いて、
色々な方とアイデア交換させていただきましたが、もしこの冬に、と考えられている方は
是非またご連絡下さい。日付さえ空いていれば楽しいこと沢山やりたいです。
特に12月中は、私自身の学業も冬休みになるので動きやすいですし。

講演とかセミナーとかどうでもよくてとにかく飲んだり集まったりして
ワイワイしたい方のご連絡もお待ちしています(笑)。
拠点は埼玉・東京近辺になると思いますが、
大阪や広島あたりに行く余裕もあるかなー、ないかなー。

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さて、それでは本題。今回の内容はタイトルだけ読んで誤解してほしくないので、
読むなら是非全文読んで下さいね。長いですけど。

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●脳震盪から回復する
以前にも書きましたが、今のところ脳震盪を受傷したあとの対応って、
Zurich Guidelines1、AAN Guidelines2、NATA Position Statement3全て見てみても、
『Physical + Cognitive Rest』(肉体と精神を休ませる)、の一点張りなんですよね。

●Physical + Cognitive Rest
Physical restの重要性はもう何十年も叫ばれていますが、
ここにCognitive restがしっかり並列されるようになったのは実は最近。
今でこそ、『テレビを見たり、本を読んだり、テレビゲームをしたり、携帯いじったり、SNSをアップデートしたり、そういうことは控えるように』とATが脳震盪を受傷した選手に指示することは、完全に当たり前になっていますが、
(experts' opinionでなく)研究によってCognitive restが重要であると発表され始めたのは
2012年に出版されたMoser氏ら4のcase study、
それから2014年のBrown氏ら5のProspective cohort studyですからね。

ちなみにMoser & Schatz4のCase Studyでは、
脳震盪受傷後ズルズル運動も学校にも行き続けなから、13ヶ月も様々な症状に悩まされていた14歳の中学生の女の子が2週間運動と学校をスッパリ休んだだけで『85-90%』と患者が自己評価するまでに回復。それから徐々に、症状が悪化しない程度に学業・運動を増やしていくことで6週目には学校に完全復帰、8週間後には完全に症状が無くなり運動も以前と同じようにできるようになるまでに至った→やっぱ思い切ってスッパリ休まなきゃダメじゃね?という結論に。

Brown氏らの研究5では、脳震盪患者のCognitive activity levelと症状の回復っぷりを記録し、activityのレベル別に分析したところ、読書・宿題・パソコン・携帯でCognitive Activityの使用時間を1日あたり20分以下(レベル1)や1時間以下(レベル2)に制限した患者に比べて、ちょっと控え目(レベル3)程度や無制限(レベル4)にした患者は回復が格段に遅いことが判明。結論としては、やはりCognitive restをするかしないかは回復に大きな影響を及ぼす、ということでした。
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●完全な休息が望ましいのか?
こうして「休まにゃならん」「とにかく休め」という強いメッセージが打ち出されるようになった最近、受傷直後でも何週間何ヶ月とたっても『症状はある限りずーっと休む』のが、本当にベストなのか?と疑問の声が徐々に専門家の間でも上がり始めました。
子供が脳震盪からの回復に(オトナに比べて)時間がかかる、というのは既によく知られた事実なので彼らが長めに休むのはともかくとして、なんと実は、成人が脳震盪受傷後に3日以上のcomplete restするのが良い、というエビデンスは存在しないのです。9 休息によって得られる利益がないのなら、gradual reintroduction of activities(ゆっくりと、少しずつ普通の生活に戻していくこと)をしたほうがいいってことなんじゃないの?と言い始める人が徐々に出てきました。

この意見を強めたのがMajerske氏ら6のRetrospective cohortの研究。
患者のActivity levelとそれに伴う症状の回復を比べた場合、
Activity levelが3や4だとImPACT Testの得点が非常に悪かったのに比べ(特にvisual motor speed、それからreaction time)、程よくactivityをこなしていた患者(Activity level 2)は、activityをきっちり制限していたグループ(Level 0 or 1)よりも回復が早かった。つまり、Activityをやり過ぎるのも、やりなさすぎるのも、どちらも良くないのでは?程よいActivityが回復には理想なのでは?という結果だったのです。
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●When conservative treatment failed:休んでも休んでも、治らなかったら?
脳震盪患者の8-9割は適切な休息さえすれば7-10日位内に回復すると言われていますが、
稀に『休んでも休んでも症状が改善しない』患者がいるというのも事実です。これらの『なかなか脳震盪から回復しない』状態はPostconcussion Syndrome (PCS)と呼ばれています。

以前は、PCS患者は脳震盪そのものが長引いているというよりは、
脳震盪きっかけで新しい症状を併発しちゃったんじゃないの?関係ないのでは?
という考えも多くありました。鬱なんじゃないのとか、PTSDの類なんじゃないの、とか、
中には演技入っちゃってるんじゃないの?と患者そのものを信用しない声まで。
しかし、近年になって画像診断が発達するにつれ、
本当にこういった患者さんたちの脳の機能が十分に回復しきれてないことが画像として見えるようになってきたのです。その中でも特徴的なのが、Cerebral blood flow (CBF)=脳にまわる血流が慢性的に悪化してしまっている、というところ。
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(写真はイメージです)


脳震盪受傷時に脳の代謝が上がるのに対してCBFは下がり、10 需要と供給のバランスが取れなくなることから、metabolic disturbance(代謝のインバランス)の状態が出来てしまうのは皆さんもご存知かと思います。これらはAutonomic Nervous System (自律神経系)が脳震盪によってかき乱されて、コントロールを失って起こるものだという考え方が一般的です。11 この説は脳震盪患者の休息時の心拍数が通常よりも高いことによっても裏付けられています。12

この時、脳震盪を受傷したのだから休まねば、と、
長い間運動をしないでいると身体にdeconditioning(体力の減退)が起こります。
deconditioningしてしまうと体全体の血流は淀み、50 ただでさえ下がったままのCBFが更に下がることになり、症状の悪化を招きかねません。アスリートが何日も何週間も学校やチームから離れ、疎外感を感じることで、うつ病を併発するケースも多く報告されています。そうなると、更に自律神経系のバランスが崩れ、さらに血流が悪くなり、もしかすると悪循環に…。もしかしたらこのスパイラルがPCSのような『治りきらない』状態を作っているのかもしれません。こうなると、やっぱり休み過ぎもよくないんじゃ…って思えてきませんか?

●PCSを、どう治すか。
医療テクノロジーの進歩で、最近になってやっとfMRIによってPCS患者の脳内の血流が
脳震盪患者と全く同じように下がってしまったままでいることが確認できるようになり、
やはりPCSは夢でも幻想でもなく、文字通り脳震盪がそのままずるずると
続いてしまっている状態であることが証明されました。14,15
正体が判明した今、いよいよこれをどう解決すべきか、と考えた時に、
軽い有酸素運動をすることによって 1) ニューロンの回復に携わるneurotrophic factor(BDNF)が放出16、2) 全身の血流が良くなり、脳内の血流もそれに付随して上がる17、さらに 3) 運動することで気分も高揚し、うつ病も改善する、という、一石三鳥のトリプルエフェクトがあるんじゃないか、と考える学者が出てきたのは至極当然なのかもしれません。

●Graded Exercise Testing/Subsymptom Threshold Exercise Training
こういった『PCS患者の回復を促すためにさせる有酸素運動プログラム』のことを文献では
Graded Exercise、もしくはSubsymptom Threshold Trainingと呼んでいます。
詳しい説明はこうです。18
 対象患者;Concussion受傷後、その症状が3週間休んでも治らない者
      ただし、以下の条件に当てはまる患者は除外する。
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      それから、以下のVisual Analog Scaleで自らの症状を≧7(かなり症状がひどい)
      と評価した者も、運動にはまだ早いかも知れない、ということで除外対象。

 Buffalo Concussion Treadmill Test (BCTT):
患者の身体がどれくらいの肉体的負荷を耐えられるのか調べるため、
 1. トレッドミルを3.6mphのペース(気持ち早めの歩き)、0% inclineでスタートさせる。
 2. 二分後にinclineを1%に増やす。以後、一分毎に1%ずつ傾斜を増やしていく。
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このとき、2分毎の心拍数(heart monitor)と血圧(automated cuffを使用)、一分毎にRating of Perceived Exertion (RPE)と『PCS症状が悪化していないか(Visual Analog)』も確認します。

…で、RPEが限界(19-20)に達するか、PCSの症状が≧3悪化した時点でテストは終了。
先に疲労が最大に達した場合は、最大限に動いても症状が戻らなかった、として、
ある意味このテストに合格した形となります。もし症状の悪化が先に訪れた場合は、
その時点の心拍数がどれくらいだったかを記録。
この数値を、symptom-limited threshold HRとします。
このHRが、今の患者さんに出来る運動のintensityのギリギリですよ、っていう数値です。

 ●低レベル有酸素運動
こうしてsymptom-limited threshold HRを決めたら、
トレッドミルでもEllipticalでもStationary Bikeでもなんでもいいので、Heart Monitorをつけた状態で、翌日から有酸素運動をします。心拍数は、symptom-limited threshold(ギリギリ)の80%くらいを保つ程度の、ゆるやかな有酸素運動を、20分。誰かがそばに居ててmonitorしている状態で、もしPCS症状の悪化が見られたら即座に運動をやめるという条件で。これを、一日に一回、週に5-6日のペースで2週間続けます。

3週目に入るときに、BCTTをもう一度やってsymptom-limited threshold HRを計測し直すか、
それが時間的・金銭的に難しいのであれば、前週のHRを5-10ほど増やして、少しだけintensityを上げた状態で、同じように有酸素運動20分を一日一回。そしてまた2-3週間後にBCTTを測定しなおし…。
これを、BCTTを症状の悪化を感じずに疲労度maxに至れるようになるまで続けます。
つまり、BCTTテストを合格した時点で終了。

まだ症状のある状態の患者をこうして運動させてしまって、安全性に問題はないの?
と思うかも知れませんが、あくまで「症状が悪化しない範囲で軽い運動をする」のが目的。このテストに関しては安全性7と信頼性8は以下のように報告されています。
▶安全性
 Leddy氏らが最初に行ったpreliminary study(予備実験研究)7では、
 被験者となった脳震盪の症状が6週間以上52週間以下続いている患者12人のうち、
 このプロトコル(↑)をこなしてたった一人一時的な症状の悪化を訴えた以外は
 翌日まで続くような症状の悪化は見られず、最終的には12人全員がBCTT合格
 (疲労度max)に至っても症状の悪化が見られなかった)するに至っています。
 Leddy氏はこの後もこの運動プロトコルを様々な脳震盪患者に続けていますが(現在進行形)、
 所謂副作用、というか悪影響は確認されていないそうです。

▶信頼性(Reliability)
 Leddy氏らが次に行った821人のPCS患者を対象にした実験では、
 PCS患者はControlに比べて総じて軽い運動で心拍数が跳ね上がる傾向にある
 →運動中の急速なHRの上昇はPCS特有の症状と言え、他の症状との区別に使える、
 ということ、そして、10人の役者さんの演技を32人の異なるraterがBCTTの基準を用いて
 判断したときに、皆同じ判断に至る→高いinterrater reliabilityがある、という結論に。
 BCTTの最中の試験官による『症状の悪化』の正しい認識はsensitivityが99%
 Specificityが89%とこれも高い数値でした。

●結果は…
今の所、前述の通りLeddy氏のPreliminary Study7では脳震盪を受傷後、
平均19週間(5ヶ月ほど)症状の改善が見られなかった患者12人が、上のプロトコルをこなした結果、全員(100%)がそれぞれ職場・スポーツに完全復帰することが出来ました。
同様に、Baker氏らのPilot Study19では、運動をすることを選んだPCS患者57人中41人(71.9%)が職場・スポーツに完全復帰できたのに対して、運動はしたくない、と、しないことを選んだ患者6人のうち復帰ができたのはたったの1人(16.7%)となっています。
BCTTとZurich Guidelinesの併用を試した研究20もあり、BCTTに合格してからZurich GuidelinesにあるようにGradual RTPをする…というやり方だと、117人の中~大学生アスリートは全員症状が戻ることなく、無事にRTP出来たという100%成功率を叩き出しました。
アスリートのほうが、非アスリートよりもBCTTにrespondしやすい、7 というのも面白かったなぁ。

もっと大掛かりな研究は今まさに行われている真っ只中で、
条件さえ整えば、大規模なRCTが近く発表されるんじゃないかと思います。
学生にも「そのうち大々的に脳震盪治療として運動が解禁になる日は近いよ。
ちゃんと研究に視野を広く持っておくんだよ」と教えています。

念の為書いておくと、ZurichやNATAにもあるように、
initial physical + cognitive restが重要である、という考えには私も賛成です。
受傷後、24時間から72時間ほどくらいまでは、患者はしっかりがっつり休むべきです。
しかし、そのあと患者が回復していくにつれ症状が悪化しない範囲で色々させるのも大事だと思うし、
休んだだけではなかなか思うように回復しないケースでは、
逆にこういったような軽い有酸素運動を取り入れることで一気に回復を促進できる、
ということは十分に有り得るのではないかなぁとも思います。
もしこの内容に興味があって、何か読んでみたいという方は
去年12月に発表されたLeddy氏の研究(↓)18がオススメです。
Narrative Reviewのような論文なんですが、Leddy氏の論文にしては珍しく美しくまとまっており、非常に読みやすいです(笑)。皆様も、この内容に関しては、stay tuned!ですよ。
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1. McCrory P, Meeuwisse W, Aubry M, et al. Consensus statement on concussion in sport-the 4th international conference on concussion in sport held in Zurich, November 2012. Clin J Sport Med. 2013;23(2)89-117. doi:10.1097/JSM.0b013e31828b67cf
2. Giza CC, Kutcher JS, Ashwal S, et al. Summary of evidence-based guideline update: evaluation and management of concussion in sports. Report of the guideline development subcommittee of the American Academy of Neurology. Neurology. 2013;80(24):2250-2257. doi: 10.1212/WNL.0b013e31828d57dd
3. Broglio SP, Cantu RC, Gioia GA, et al. National athletic trainers’ association position statement: management of sport concussion. J Athl Train. 2014;49(2):245-265. doi:10.4085/1062-6050-49.1.07
4. Moser RS, Schatz P. A case for mental and physical rest in youth sports concussion: it's never too late. Front Neurol. 2012;3:171. doi:10.3389/fneur.2012.00171. eCollection 2012.
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  by supersy | 2014-09-18 23:00 | Athletic Training | Comments(8)

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