<   2008年 07月 ( 10 )   > この月の画像一覧

 

ただいま。

日本ダイジェスト、もうひとつ更新する予定ではありますが、

とりあえず、今日Gainesvilleに戻ってまいりました。
日本で遊んでくれた、まっきー、かっしー、れいな、いのぴー、みかちゃん、りゅう先輩、遠山先輩、かわなん、みずき、れいら、つくし、タカシさん、タイキさん、ひらき、みらい、ももかわ、えつこさん、うえの、みよぼ、カズさん、ちはる、いのまみ、めいこ、ひろこちゃん、しんた、くぼちゃん、のざき先生、腰塚先生、つだくん、池ちゃん、いさおくん、大将、トラさん、Katsuさん、ただしさん、岩崎さん、毛呂さん、しげさん、すぎやまコーチ、かさいコーチ、本当にどうもありがとうございました!
うおっ。30日間の帰国で40人だ。
本当に時々しか帰らないのに遊んでくれる仲間がこれだけいるなんて私ってば幸せものです。
それからいとこにおばさんにおじちゃんにおばあちゃんたちに、姉に母に父にも、感謝。

えーと。
とりあえずunpackして、キリのいいところで今日は寝ます。
ただいま、Gainesville。
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  by supersy | 2008-07-23 23:59 | Comments(3)

京都最終日。

今日は朝にチェックアウトを済ませ、電車で伏見の方面へ。
最初に向かったのは、千本鳥居とおもかる石が有名な伏見稲荷大社
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稲荷山には信者から奉納された鳥居(↑)が数多く並べられ道を造っていて、千本鳥居と呼ばれています。“沢山あるから千本鳥居といっているだけで、別に千本あるわけじゃないんですよ”とタクシーの運転手らしき人が観光客相手に説明する声が聞こえてきたので、あ、なるほど、実際は千本もないんだ、と思ったのですが、実はその逆で、千本どころじゃなくあるみたいなんです。一万基はあると言われているとか。だったら、万本鳥居のほうが豪快でいいんじゃ??なんて思うんですけどね。
この鳥居の道は延々と続いていて、一番奥まで行くと帰ってくるのに2時間かかる、なんて話を
聞いて私たちは途中で引き返してきたのですけれど、なかなか歩いていて楽しかったです。
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それから、この“おもかる石”。
ここには一対の石灯篭があるのですが、大事なのは実は空輪(頭)、つまりてっぺんの丸石の部分です。写真では丁度影になっているんですけど分かりますか?願い事をしながらこの石を手に持ち、重いと感じたらその願いは叶わない、軽いと感じれば願いが叶う、というものなんだそうです。だから、おもかる石。

ちなみに私はコレ、見ていただけだったんですけれど、姉はここで石を持ち上げて、“重たい…。叶わないや”と、少しばかり凹んでおられました。
ドンマイ。

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稲荷大社、と名前が付くだけあって、至る所に狐の像があったんですけれど、
凝ったことにここでは絵馬まで狐!しかも自分で狐の顔を描けるようになってました。ははは。

そこから歩いて次に行ったのは石峰寺(せきほうじ)。
ここには、伊藤若沖が釈迦誕生から涅槃に至るまでの物語を下絵に描いたという石仏群があります。彼はあくまで画家で掘り師ではないので、石仏は石工たちが彫ったものなんですけどね。
それから石仏群へ向かう手前の墓地に、若冲のお墓もあります。彼の作風でもある豪華絢爛煌びやかな絵とは間逆なひっそりとしたお墓です。若冲好きなら是非訪れておきたい場所ですね。
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姉曰く、元々中国系のお寺だから、門構えが随分日本古来のものとは違うのだとか。なるほど。
それから写真右が誕生仏。天上天下唯我独尊。

b0112009_14533926.jpgそこから電車に乗って移動して
最後に目指すは河井寛次郎記念館

河井寛次郎は明治に生まれ、大正・昭和と活躍した芸術家。陶芸家、という名前で紹介されることが多いですが、実際彼は絵、彫刻、詩、とにかく何でも面白いと思ったことをやってみる自由人だったそうです。そんな“何も背負いたくない”という想いからか、1955年に文化勲章を辞退。人間国宝、芸術院会員などへの推薦も同様に辞退しており、ここまで有名な無位無冠の陶工もまぁなかなかいないだろうなと思うほど。この記念館は彼自身が設計した彼の生前の自宅。沢山の作品が所狭しと飾られており、さらには寛次郎が使っていた窯も見ることが出来ます。登り窯は圧巻です!

さて、そんな感じで最終日まで京都を満喫して、夕方過ぎには東京に帰ってきました。
涼しいぜ、東京!ここ3日の京都は日本中どこよりも暑かったらしく、昨日など37℃を記録したほど。恐るべし盆地パワー!そんなわけで毎日汗だくで疲れましたけど、とりあえず元気で帰ってきました。明後日、23日にはアメリカに向けてまた発つわけですし、体力回復させて、それから荷造りもしっかりしておかねば。ういーっす。お疲れです。
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  by supersy | 2008-07-21 23:59 | Fun | Comments(2)

京都2日目。

さて、今日は京都の東北のほう、大原へ行ってきました。
田んぼを眺めながら田舎道を少し歩き、最初に向かったのは寂光院(じゃっこういん)。石階段を登っていくと見える門(↓)には、苔が屋根部分にもももわっと生えていて綺麗ったらありゃしない!
b0112009_23421926.jpg創設年は594年と言われ、1400年以上もの歴史を誇る古いお寺でしたが、2000年に不審火で本堂が全焼。現在の本堂(左下)は2005年に再建されたものです。当時本堂内には2m50cmもの大きさの地蔵菩薩立像があり、参拝人がお参りに来て願いが叶ったその暁にはお礼に小さな木彫りの地蔵菩薩の小像を菩薩像に捧げる習慣があったそうで、焼失前は約3000体もの仏像が納められていたそうです。火災に遭った際そのうち数百体が助け出され、焦げて残ったものたちも含め、現在は宝物殿に保存されていて見ることが出来ます。
不審火は恐らく放火だろうと言われています。既に時効が成立していますし、犯人が見つかっても失われたものたちが返ってくるわけではありませんが、一体どういった気持ちでこういった長く積み重ねられた文化と技術の結晶に火をつけようと思ったのか…。二度とこういった惨事が繰り返されないようであって欲しいですね。
そういう有難い話を家族がお坊さんから賜っている間、私は池の鯉と戯れてたんですけど。えーと、すいません。b0112009_23495331.jpg











それからお茶屋さんや土産物屋さんが立ち並ぶ山道を登って登って、1.5kmほど離れた三千院へ。
三千院には多くの建物があり全ては回りきらなかったのですが、面白かったのが往生極楽院
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ここには国宝・阿弥陀三尊像(↑写真は拾い物で、私が撮ったわけではありません、年の為)が安置されているのですが、文字通り阿弥陀如来を中尊(真ん中)、観音菩薩を左脇侍(写真では向かって右)、勢至菩薩を右脇侍(同じく左)とする三尊形式で並べられています。普通仏像は立っているか座禅を組むように座っているかですが、この観音菩薩と勢至菩薩はそのどちらでもない、正座をしているかのように座っています。しかしよく見ると正座とも微妙に違う。この像が作られた当時はそもそもまだ正座という座り方自体存在しなかったらしく、寧ろ大和座りという座り方に近いそう。足首を真っ直ぐ伸ばしているのではなく左右に広げ、腰を少し浮かせて前傾姿勢になっているんです。これは誰か下界の人間が死んだときに「よし、じゃあ、お迎えに行きますか」と、よっこいしょ、と立ち上がろうとしたところを描いたものだそうなんですね。動こうとするまさにその瞬間を捕らえた仏像というのは非常に珍しく、これだけでも見る価値があるというものです。
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また、この往生極楽院のすぐ正面にある庭には“わらべ地蔵”という小さな癒し系(ほかに形容しようがない…)のお地蔵さんたちが点在しており、見る者の心を和ませてくれます。わはは。

午後は二条城東寺、それから錦市場に行ってきました。
二条城の二の丸御殿(↓左)は良かったー。浮き彫りになっている欄間の彫刻や襖絵も素晴らしかったし、徳川慶喜が大政奉還を決断した部屋、等の説明があり、将軍や大名たちの人形が並べられて当時の雰囲気をなかなかリアルに再現してくれています。東寺の五重塔(↓中央)、金堂、講堂も全て回って、とにかく国宝クラス、そうでなければ重要文化財たちにコンイチワ。錦市場(↓右)には活気が溢れていたし、まぁ本当に京都ってエネルギーのある街だなぁと思います。
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そんなわけで今日もあちこち回って充実した一日でした!
でもそうだなぁ、中学生の修学旅行で飲んで感動した“ひやしあめ”を、
今日飲んでそれほど美味しいと思えなくなっている自分がちょっとだけ悲しかったかなぁ。
おとなになるって時にね、まぁこういうこともね。
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  by supersy | 2008-07-20 23:59 | Fun | Comments(3)

そうだ、京都行こう。

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と、いうわけで来ちゃいました、京都。
とはいってもまぁ、突発的に来たわけではなくてもちろん計画されたものです。
このトシになって、父・母・姉・私の一家四人揃っての家族旅行なのです。なかなかいいでしょ。
東京駅発の新幹線に早朝乗りこみ、京都駅についたのは10時前。

最初に向かった京都御所は、首都が東京に移る前の皇居跡。元弘元年から明治初めまで実に500年以上もの間、天皇が様々な公務や儀式を行なう場所として、また日常生活を送った場所として使われていました。この京都御所、普通は入ることは出来なくなっていますが、前もって予約をしておけば、短縮コース(40分)か標準コース(60分)のツアーに参加することができ、色々な施設を解説付きで見て回ることができます。私は今回標準コースのツアーに参加してきました。
とはいえ、何しろ天皇とそれを取り囲む全ての人間が生活していた場所。敷地は非常に広く沢山の建物があり、一時間で回りきれるはずがありません。現在ツアーで公開しているのは京都御所の南半分のみ。北半分は非公開になっています。それでもとてもとても暑かったので、60分回っただけで充分だったんですけど…。予約に関してはインターネットか葉書で申し込みするそうなので、興味のある方は調べてみて下さいね。

それから、市バスに乗って大徳寺瑞峯院(ずいほういん)へ。私は石庭のあるお寺が大好きなのですが、ここの石庭は石目が荒く、模様も大きく付けられていてダイナミックで驚きました。
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ここの創健者は大友宗麟というキリシタン大名で、裏にある閑眠庭という石庭には白い小石の上に黒く大きな7つの岩たちが、十字架の形になるよう並べられていたりもします。まだまだキリスト教弾圧のなかった時代とはいえ、お寺にこんなことしちゃうなんて大胆だなぁという気持ちもしますね。

それから向かったのは私の大好きな龍安寺
ここの石庭は中学校のときに修学旅行で来て衝撃を受けたのを今でも覚えています。
以来京都に行くと欠かさず来ているお寺で、今回も意気揚々と向かったのですが…着いてみると石庭参拝にはものすごい人、人、人。所狭しと何十人もの人々が縁側に腰掛けパシャパシャ写真を撮っていて、後ろではアメリカ人の高校生らしき集団がぎゃはぎゃは大騒ぎ。後ろの「出来るだけお静かに参拝下さい」の張り紙が物悲しい。…情緒も何もあったもんじゃありません。。
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そんな状況下でも、上の瑞峯院の石庭と比べてもらうと良く分かると思うのですが、龍安寺の石庭の石たちは繊細で荘厳な雰囲気があります。海に浮かぶ島々とも、雲から顔を出す山の頂とも、川を渡る虎の親子とも、解釈には諸説ありますが、石庭を眺めて考え込んでいると、「まぁお好きに想像してくださいよ」という声が後ろから聞こえてくるようで、あれこれ思い浮かべては空想にふける、というオトナな楽しみ方ができます。この観光シーズン、やっぱり人気の場所ですから、ゆっくり静かに見学するには朝イチで来るしかないのかな。

さて、それからは祇園を歩いてお店を覗いたり、芸者さんを見かけてそれに群がるように
一斉にバシャバシャ写真を撮りだす外国人観光客のヒトタチにびっくりしたり。
とにかく暑い中歩き倒した一日でカラダはぐったりですが、これも2-a-daysの良い準備運動かな。
今日撮った写真たちを並べておきます(↓)。
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最後の写真はライトアップされた二条城。今日と明日は二条城の真向かいのホテルに泊まることになります。とりあえず明日も忙しくなりそうだし、ぐっすり寝て元気になるぞー。ぬおー。
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  by supersy | 2008-07-19 21:30 | Fun | Comments(4)

日本ダイジェスト4。

11日(木)
連れと新宿へ。何やら今はあちこちでバーゲンをやっているらしく、買い物をしたい!という彼女に付き合って行ったり来たり。アメリカではいつも買い物に行くと“さゆりさんこれいいんじゃないっすか?”とMOMO氏や北斗氏に乗せられてばかりいるので、今回は誰かを乗せてやろうと連れにも“これ可愛いんじゃない?”とあれこれ勧めてました(笑)。実際彼女がとても気に入ったものが見つかったので良かった良かった。これから暑い夏なのに買ったのは秋口のニット物なんだけど。
ところでどうして日本って春には夏物が、夏には秋・冬のものが店頭に並ぶんでしょう。
春には春のもの、夏には夏のものでいいじゃない、ってずーーっと思ってるんですけどねぇ。

夜は中学校の友人たちがまたふたり合流して、地元居酒屋さんで夕飯&飲み。
気の置けない友人たちってナニモノにも変えがたい。こういう友達って、何年ぶりに会おうが
会った瞬間にあの頃の雰囲気に戻れるんですよね。何でなんだろう、実に不思議だ。

12日(土)
今日はTx State時代の先輩、同期、後輩と6人で荻窪で遊んできました。
日本で既に就職して働き始めている彼らはすっかり日本人に戻って…るかと思いきや、
6人中4人が30分以上遅刻してくるというアメリカナイズっぷり。いや、それともこれは皆が言っていたように“アメリカナイズとかじゃないです、これはもう性格の問題です”、なのかな(笑)。
ちなみに私は二番目に到着しましたからセーフです。
(それでも昔の体育会系の15分前行動癖は抜けちゃいましたけどね)

何とか皆集まって、お昼を食べておしゃべり。
“OLだから”がマイブームというM氏の話が面白くて笑ってばかりいました。
“形から入るんです!”という彼女は“OLだからケータイはピンク” “OLだからレストランでもカフェでも食べ物はとりあえず写真に残す” “OLだからパックは欠かさず” “OLだから海外旅行は韓国かハワイ”という様々な名言を残してくれました。すごい、OLさんも大変なのね!
「はい、…、あ、で、OLだから週末はゴルフに、打ちっぱなしとか行くんですけど…」
知的な彼女がこう話しているから余計に面白いのです。
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b0112009_16464033.jpgそれからAfternoon Teaでお茶をしてまったりした後、何人か抜けつつ最後はダーツバーへ(↑)。目に付いたから皆で“入ろうか?”となっただけで、私はダーツバーなんかに来るのは初めてでしたし、ほとんど初心者だったのですが、何回かやるうちにコツが掴めてきて狙ったところへ飛ばせるようになり、終盤にはCount-upで646の奇跡のハイスコアを叩き出しましたー。ビバ・ビギナーズラック。まぁでも、一日でついた感覚なので一日で抜けちゃうと思うんですけど。
Brachioradialisが翌日筋肉痛になったのですが…、ATの皆さんならダーツというactivityにおいてどうしてこの筋肉に最もストレスがかかったのか、もうお分かりですよね。

b0112009_170880.jpgちなみに今日遊んでくれた皆さん、これが例のクマちゃんです。お約束どおり写真をのっけます。
お花も耳につけていて、しっぽもあるんですよ。先日母と話していて、私がこれは男の子だと言うと、“え、花をつけてるから女の子だとずっと思ってた”という、実に20年間もの勘違いが発覚しました。でも、男の子です。そうなんです。これが何なのかは、今日遊んでくれたヒトたちだけの秘密です(笑)。

14日(月)
皆さんにご心配おかけしましたが、例の決戦の日が今日でした。
まぁ、なんていうか、会いに行っておしゃべりして一緒に飲んだだけ、なんですけど。
会話が途切れたときに、“どうして今更会おうと言い出したのか分かりますか?”と尋ねました。
自分自身にも答えが在るようで無かったので、この人はどう答えるのだろうという不安にも似た
興味があったのですが、少し考えて帰ってきた答えは、-----“だってお前は純粋だもんな。”
この人は思っていた以上に私のことをよく知っていたのかもしれないと思わず笑ってしまって、
そうですね、私のは近年稀に見る純粋さですよ、と返したのでした。

人間万事塞翁が馬。
人生に起こった出来事の意味は、時間とその人間が決めるもの。
人生で最も大事なのは過去でも未来でもない、今。過去が現在を構成し、未来を創るために現在を、ヒトは生きていると思うから。こういう良い・悪いことが起こった、ああいう素敵な未来が欲しい、という過去や未来の事柄はとても重要で、それらに浸ることが好きなヒトが非常に多いように思うけれど、それでは今何をしなければいけないのか、という「現在」の重要さには及ばない。つまり、過去に起こった出来事がその時点で大きなマイナスだったとしても、それを現在の自分がプラスに変えることが出来るなら、それはプラスマイナスゼロではなくて、最終的にはプラスだと思うのだが。
発想の転換をしよう。傘を持たずに外出したら夕立が降ってきた。
天気予報なんか当たりゃしない、新しく買った靴が濡れてしまうと雨宿りをしながらイライラする人がいる。雨もなかなか綺麗じゃないか、せっかくだから休憩でもするかと喫茶店に入ってコーヒーを飲む人もいる。“予期せぬ突然の雨”というのはマイナスの事柄に思われがちかも知れない。前者の受け取り方はまさにそうで、自分のスケジュールを邪魔するものとしか取っていない。
でも、本当にマイナスだろうか?いや、別の受け取り方はできないだろうか?
雨のせいで予定が計画通りいかないのならば、イライラしたり焦ったりすることにそれほど意味があるとは思えない。アナタがどんなに頑張ったって雨を止ませることはできないのだし、眉を寄せて雨を睨んでみたってそれがアナタや他の誰かにとって得になるのだろうか。それだったらその雨を楽しんでみてはどうだろう。どうせ雨宿りをするなら、もっと素敵なところでしてみよう。
すると途端に、雨がアナタにとってマイナスの事柄ではなくなる。
“誰かさんがリラックスするチャンス”、という、プラスのものに早代わりする。
そうそう、どうせだったらすぐそこにある気になっていたカフェに入って、コーヒーの香りに包まれてみるのもいい。連絡しようしようとしてなかなかしていなかった旧友に、久しぶりに電話をかけてみるのもいい。ああ雨ってこんな風に落ちてくるんだっけ、とただただ空を見上げてみるのもいい。少しだけの、思いがけないextraな時間。使い道を決めるのはアナタ。そう考えると、嫌だったはずの夕立が何だか素敵なものに思えてくる。

つまり、人生に何が起ころうと、どう受け取るかは現在の自分の行動が決める。
ということが言いたいのだけれど。

もちろん現実はそんなに単純ではない。
マイナスだと思っていたことをプラスに変える。それが難しいときだってある。
何度思い返してみても、“これをプラスに受け止めるのは不可能だ”と絶望的に思えることもあるだろう。でも、私のたった25年の人生経験から言う。不可能であるということは決してない。
未来が想像できなくなるほど過去がアナタを叩きのめしたなら、今は現在だけ見据えればいい。
今何をすべきか。現在だけ考えて、とりあえず一歩踏み出せばいい。そしてまた一歩。一歩。
一番大事なのは現在なのだから、過去も未来も抱えきれなくなったら道端に置いてしまえばいいのだ。そうして一歩一歩積み上げた距離が、そのうち教えてくれる。もう大丈夫、あの荷物を拾いに行ける準備ができたよと。そのときやっと気がつく。あれは今の自分にとって必要だったのだ、と。

マイナスのエネルギーを抱えて進んできたこの6年間を恥だとは思わない。
今はその全てをひっくるめて、全部プラスだと感じられるからそれはもういいじゃないか。
だけどこれからは、前のようには進まない。もっともっと惹き寄せされ惹き寄せて、道中も楽しみながら歩いていきたいもんである。プラスのエネルギー!これがもうすぐ生まれて四半世紀経つ自分の人生の、これからのモットーかな。こう思えただけでホラ、高いお金をかけて無理矢理スケジュールを曲げて日本にこの夏帰って来たことも、充分現在に意味を生むじゃないか。憎かったサーチャージも、意外に悪いものではないのかもしれない(…これはちょっと、ポジティブすぎる、かな)。
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  by supersy | 2008-07-17 23:59 | Way of Thinking | Comments(9)

ビザ取得!

今日無事にビザをこの手に取得しました!
ぃやったー。
やっぱりこういったものってちゃんと手にするまで安心じゃないですもんね。
あーこれで予定通り無事にアメリカに帰れる。誰にも迷惑がかからない。よかったよかった。

さて。前回ビザについて質問メールも幾つか頂いたので、申請のその後について少し。
エージェントを通じてビザの申請をしている場合、
発行されたビザは申請者本人ではなくそのエージェントのほうに送られることになっています。
私の場合、ビザ申請から6日後である7/9にエージェントから“ビザが届きました”と連絡があり、
丁度一週間後の今日(7/10)、受け取りという流れになったというわけです。
手続きに要する期間は通常約一週間…という大使館でもらった文書通りにスムーズに行きました。

本来エージェント側が実家へと郵送してくれるらしいんですが、受け取りは着払いだし、
だったら別に家からそんなに遠くも無いんで、自分から取りに行ったほうが早くて確実だなーと思ったので今日は事務所までひょいっと行ってきました。これで本当にすっきりです。

今回VISAの発給に関してびっくりしたことがひとつ。
私は、以前“何年分のビザが出されるかは、その学生の卒業予定年で決まる”と聞いていたんです。つまり、4年制の大学にこれから行くためにビザを取るなら4年分。
マスターを取りに大学院にいくんであれば2年分、みたいに、きっちり出される、と。
私の場合、卒業まであと一年なので、今回のビザも一年分だろうと思っていました。
でも、実際は5年分、2013年まで有効。聞いてみると最近はほとんど5年で出されるそうです。
卒業にもっと時間がかかるかもと言われているようでいい気はしないのですが、まぁこれはこれで確かに分からなくもない。アメリカに学生として入国・滞在するためには学生ビザだけでなく、I-20という学校側が発行してくれる書類も必要です。ということはビザを長めに出したって卒業すればI-20は切れるからどちらにしろ卒業した時点で学生でいることは不可能になる。長めに出しても損をすることはない。逆に申請者の予定が変更して1年や2年長く学生をすることになってもI-20さえ学校側からその都度出してもらえれば、ビザの更新をする手間が省ける。I-20は大学のインターナショナルオフィスが発行してくれますが、VISAはアメリカ大使館でしか発行してもらえませんから、こっちのほうが相当手間と時間がかかりますしね。それをなるべくしないでも済むようにしてもらえればこっちとしても有難いわけです。

それからもうひとつ。上に書いた大使館からもらった書類には、
VISA発給後、きちんと自分でVISAを確認するように、との注意書きがあります。
というのも、VISAには名前、パスポート番号や所属している学校等、色々記載されているのですが、それに間違いがあることもあるからなんですね。私が以前、Tx Stateに通っていた頃持っていたVISAには実際間違いがあり、一つ目にVoid(無効)とデカデカと書かれています。これは恐らく発給段階で大使館側がミスに気づき、二つ目にはちゃんと訂正されているのですが、私は直接これに関しての説明はされませんでした。政府の出す書類に間違いがあるなんで当時は考えもしませんでしたし、私はVoidにされたVISAがあったことも知らなかったくらいだったんですが…。いつだったかアメリカに入国する際に入国審査で“このVoidにされたVISAはどこが間違いなの?”とOfficerに聞かれて困ったことがあります。えーと、わかりません…と言ったらOfficerもとりあえず調べてみなくてはと私のパスポートを持ってどこかへ引っ込み、あれこれ見比べて戻ってきて、“やっと分かった、州の名前が違うんだ!”となったことがあります。そう、“San Marcos, TX”となるべきところが”San Marcos, CA”になっていたんです。カリフォルニアにもテキサスにもSan Marcosっていう都市があるんで、ごっちゃにされてしまったんでしょう。広いアメリカでは同じ街の名前が複数の州で使われていることは珍しくありませんし、こういったミスもたまにだとは思いますが起きてしまうんでしょうね。
このときの入国審査はお陰で時間がかかっちゃいました。

ビザの間違いに渡米前に気がついたらインターネットで訂正方法を確認するように…とこの書類にはあるんですが、実際それにどのくらいのextraな時間がかかるのかは分かりません。私は今回は間違いがなくてほっとしましたが、これはもう、向こうのお役所さんがきっちり仕事をしてくれることを願うのみ、ですよね…。
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  by supersy | 2008-07-10 23:59 | Comments(4)

日本ダイジェスト3。

相変わらず友人たちと会ったり用事を済ませたりバタバタしていますが、
だいぶ日本滞在を満喫してきている気がします。うむ、そろそろ帰ってもいいぞ。
それではまた、例によって面白いトコだけダイジェスト。

6日(日)
 “山梨にね、美味しいお蕎麦屋さんがあるんだけど。”
 “おおっ、いいね。行ってみようか。”
そんなわけで車を走らせること約2時間。“お蕎麦を食べに2時間も移動するなんてセレブっぽくていいね!”なんて訳の分からないことを言いながら到着したのは山梨の山の中にある、とあるお蕎麦屋さん。営業時間は11:00amから3:00pmまでのたった4時間、メニューはざるそば、田舎そば、釜揚げ田舎そば、のたった3種類という超本格派。だってもうそば茶の香りからして格が違うもんコレ。
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こんな美味しいお蕎麦はアメリカのどこへ行っても食べられません。
このお蕎麦屋さんのオモテには壮大なソバ畑も広がっていました。
こんだけ景色が良ければソバもすくすく美味しく育つよなぁとなんだか納得。

これだけじゃありません。山梨の自然は深いっ。
そこから少しまた車で移動して着いたのが南アルプス国立公園、尾白渓谷。
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b0112009_10343470.jpg山道を歩き、神社を越え、吊り橋を渡り、川原の岩や砂利を飛び越え見えてきたのは…

日本名水百選にも選ばれているというどこまでも透き通った水と、白い岩と砂と、萌える木々の深い緑のコントラスト。そこらへんの岩や大木に苔がモケモケ生えていて、おおっ、なんだか太古のままに生き物が棲むというシシ神の森のようではありませんか。
あんまり水が滑らかにつるつる流れていくので、私まで一緒になってすべってみたくなりましたが、水が結構冷たかったのでやめておきました。先日の部活で古傷の足首を捻挫したので、腫れが治まるようにと片足つっこんでみたものの、やっぱりあまりの冷たさに途中棄権。いやいや、普段ヒトにやれと言っていることに限って自分では出来ないもんです(笑)。

大自然の中で深呼吸。リラックスしてしばしまったり。
たまにはこういうのもいいですね。

7日(月)
「対決---巨匠たちの日本美術」という、東京国立博物館で行なわれる展覧会の先行特別貸し切り鑑賞会へ行ってきました。展覧会自体は明日(7/8)から始まるのですが、今日はそれより一日早く特別に100名限定で博物館の研究員の方による解説も交えながらの鑑賞会があったのです。
うわー国立博物館に来るのなんて(↓)何年振りだろー。
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しかしね、この企画、すごいんです。
日本の美術史に名を刻む早々たる巨匠たちを、同じような時代に生き似たタイプの作品を残した芸術家を2人1組でセットにし、作品を並べ対比することによって、お互いの作品がどう似ていてどう違うのか、また、単純にどっちが好きか、見る側も遊びながら見られる演出になっています。
今回展示されている作品たちを造った芸術家は12組24名。
 運慶vs快慶  雪舟vs雪村  永徳vs等伯  長次郎vs光悦  宗達vs光琳  歌麿vs写楽
 仁清vs乾山  円空vs木喰  大雅vs蕪村  若冲vs蕭白  応挙vs芦雪  鉄斎vs大観
いやいや錚々たる面々です。国の重要文化財や国宝に指定されている作品たちが惜しげもなく並べられています。美術に少しでも興味のある方は見に行くことをオススメします、
こういった機会はもしかしたらもう二度とないかも知れません。
研究員の人が、“漠然と見るも良し、こっちのほうが上手い、とかこっちのほうが好き、とか勝敗を決めながら見るも良し…”と言っていたので、せっかくだから私は勝敗をつけながら見て回ったのですが、私が個人的偏見と好みをフルに用いて判断したところによると、運慶、雪村、等伯、長次郎、宗達、円空、蕪村、若冲、応挙、鉄斎がめでたく“勝者”に認定されました。甲乙付けがたかったのが仁清vs乾山。どちらも素晴らしかったし作品ひとつひとつで随分味が違うので、引き分け。それから歌麿と写楽の対決に勝敗をつける勇気は私にはありません…。どちらも確立されすぎていて。

研究員の方の解説も非常に面白く、自分で見に来ただけでは知り得ない絵を描くことになった経緯や裏話等も聞くことが出来ましたし、使われている特別な技巧なんかも知らなかったですし、そのお陰で作品を2倍も3倍も楽しめたような気がします。

9日(水)
b0112009_23282260.jpg ♪ぽ~にょぽーにょぽにょ さかなのこっ
というわけで、今日は宮崎駿最新映画、「崖の下のポニョ」(←)の試写会に行ってきました。開演までずっと例(↑)の歌がかかっていたのですっかり耳に残ってしまい、脳内でエンドレス自動再生しております。あああアタマから離れないー。

正直「ポニョ」は、CMや雑誌等で広告を見ても、これが宮崎さんの絵?と思うほど書き込まれていなくて色も大雑把で、お疲れなのかしら、今回は時間をかけずに作りたかったのかしら?なんて思っていたのですが、しっかり全部見てみて改めて考えるとそういうことでもないみたいです。
この映画は何だか絵もお話も絵本のように出来ているので、
例えば「もののけ姫」のようなリアルさを追求した、とか、衝撃的な美しさのある絵、というよりは、
ひとクセあって独特の世界観を創り上げる、印象に残る絵たちのほうが話に合うんですよね。
可愛らしくてほのぼのした作品でした。皆さんもこの夏お時間があれば是非。ポニョに癒されます。

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実は展覧会だけで、日本に帰ってきてからもう3つ行ってます。
これがそんなに意外でもないんです。高校時代進路の話題になって、“理系文系どっち?”と聞かれて“体育会系”と答えていた私ですが、実は体育会系肌の次には芸術肌なんです。平石家は芸術好き一家です。わりかし。良い芸術作品に触れるのは、絵だろうが彫刻だろうが映像だろうが音楽だろうが何でもインスピレーションになるので好き。自分の専門に関係しているしていないにこだわらず、色んなものを見て聞いて、自分の一部に取り込むことで、プロとしての自分も豊かになっていく…と思いたいですね。うん、たぶん、なると思います。
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  by supersy | 2008-07-09 23:59 | Comments(2)

今回こうして日本に帰ってきたのは…。

ビザを更新するためなんでした。実は私の学生ビザはとっくのとうに切れてるんです。
でも、学生のステータス(=validなI-20)さえ保持していれば、法律上ビザが切れていても…
  ・アメリカに滞在する分には問題なし
  ・アメリカから出国も問題なし
  ・ただし、一度出国してしまうと有効なビザなしではアメリカに再入国することができない
         →アメリカに留まるしかない、ので、何かあっても日本に緊急帰国とかできない
という構図だったわけです。
もういっそビザ無しで大学院卒業までアメリカから一歩も出ないでやってみようかとも思ったのですが、そうすると家族に何かあったりしても日本に戻ってくるということが出来ないわけで、それもそれでやっぱり落ち着かないし、ちゃんとビザを更新しておこうかと今回帰ってきたわけだったんです。
こんなこと細かに書かなくてもいいかなと思うのですが、ビザ更新を控えた友人たちもアメリカにいることですし、その参考になれば嬉しいのでちょっと大まかな流れをここに書き残しておきます。
ビザの更新はなかなか面倒なプロセスを踏まなければなりません。
日本、アメリカ、色々な機関から必要な書類を全て揃えた上で大使館とのアポを取り、
面接を経てビザがapproveされなければなりません。今日はその面接がありました。

東京のアメリカ大使館が開くのが朝8:30。私の面接が8:45。
炎天下の下3時間や4時間並んでやっと面接に漕ぎ着けた、なんて噂もヒトから聞いていましたが、朝イチで行くのだからそこまでは待たないでしょうと思いつつもやっぱりちょっとどきどきです。
大使館に着いたらまず手荷物検査。飲食物と、携帯電話や音楽機器などの電化製品は
フロントに預け、さながら空港のように荷物をX-rayでチェックされます。中に入ると既に
出来始めているヒトの列。申請の前にまずは大まかな書類チェックをされるようです。
私は今回エージェントを通じて申請をしていたため、書類は前もってエージェント側が全て
大使館に送付してくれていたのでした。なので、アポイントメント予約確認のコピーを見せると、
“じゃあお客様はあちらに…”と列をすっとばして中へ案内してもらえることに。おおっ、らっきー。
窓口で働いている職員さんは恐らく全員アメリカ人。
“3バンマドグチ、サイトーシンスケサマ、3バンマドグチ”みたいにカタコトの日本語で案内をするのでこれが個人的に非常にツボだったのですが、誰も笑わないので頑張ってこらえました。
沢山のヒトが椅子に座って呼ばれるのを待っている中、私は3分と待たずに呼ばれ、
まずは10本の指全ての指紋採取。それからまた3分と立たずに呼ばれ、今度は面接。
面接というからには個室で1対1…とか想像していたのですが、実際は窓口に立っておしゃべり程度です。ただ、友人の中には“ひとつも質問をされなかった!”と言う人もいたのですが、私はしっかり幾つか質問をされました(もちろん英語でですよ)。このへんは単なる気まぐれなんでしょーか。
  *:今回はビザの更新でよろしいですね?
  S: はい。
  *:アメリカにはどのくらいいますか?
  S: もう6年になります。
  *:あと?
  S:あと1年です。
  *:勉強は何をなさっていますか?
  S:Athletic Trainingです。
  *:学士ですか修士ですか?
  S:修士課程です。
  *:卒業後のご予定は?
  S:日本に戻ってきて職を探そうかと(こういう風に答えろと言われています)。
これでありがとうございましたって言われちゃいました。思わずIs that it?と確認してしまいましたがこれで申請の手続きは終了みたいです。私のビザは無事にapprovedされ、あとは届くのを待つのみ。普通は申請終了から一週間ほどでビザ付きのパスポートが郵送されてくるみたいです。終わったのは9時ちょうど。なんだー、意外にアッサリ…とほっとして外に出ると、その頃にはたいぶ長い行列が出来始めていました。おお、やっぱり早起きしてよかった。

拍子抜けでしたが、これはエージェントのパワーかも知れません。実際沢山のヒトをすっ飛ばして処理をしてもらいましたし、書類に不備があってつき返されているヒトも結構見る中、私の書類はエージェントを通じてスムーズに準備してもらいましたし。別に宣伝をしているわけでもありませんが、ビザが出ないということは私たちにとってアメリカに戻れないという危機的状態を意味します。そんな中で確実にビザを受け取ろうと思うなら、お金を払ってでもプロに任せるというのは決して悪い選択ではないのかなと思います。実際して頂いたサポートには満足していますし。
(イヤ向こうもそれが仕事なんで当然といえば当然なんですけど、でもまぁ、ね)
エージェントの名前はここには書きませんが、ビザ更新にあたって興味がある方は個人的に連絡下さい。書類のあれこれも含め、簡単にですけどアドバイスできることもあるかも知れません。

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さて、大仕事を終えてほっとしたところで、溜池山王から上野へ移動。
連れと一緒に上野の森美術館で現在行なわれている、井上雄彦氏の展覧会へ行ってきました。
7/6で展覧会が終了することもあって、すごいヒト。ヒト。ヒト。
前売り券を持っていたし早めに行って並んでいたから良かったものの、
さすが井上雄彦氏、というか何と言うか、開場の時間になるころにはものすごい長打の列。
ビザよりすごいんじゃない?こっちのほうが。
作品も細部に渡って細かく描き込まれていて、また筆遣いも絵によってトーンを自在に変えてあって見事でした。漫画家、というより芸術家、という域ですね。カラダの何倍もある大きな絵もスラスラ描けてしまうのがすごい。視覚に収まりきらないだろうのに、どうやってバランスを取るんだろう…。
b0112009_13343438.jpg
大満足で美術館を出て、上野のアメ横をぶらぶらした後、
私と連れが生まれ育った地元に戻って“地元の思い出の地巡りでもするか”という話になりました。
幼稚園、小学校、中学校、近くのお寺、遊んだ公園、よく立ち寄った駄菓子屋に文房具屋…。
こういうところをこのトシになってふらふらするってなかなか楽しいもんです。
うわーここでこんなことしたよねぇ!なんて話もしながら。

そんなときに事件は起こりました。

地元の大きな公園を歩いているときに、連れが、“ねぇ、あれ、小島よしおじゃない…?”
ぬ?指差す方向を見てみると、紛れもないあの芸人さんが海パン一丁で公園の芝生に立っていらっしゃるじゃありませんか。何の撮影か分かりませんが、こんな超地元で小島よしおを見かけるとは夢にも思わなかった。ぶはははは。
b0112009_1342498.jpg
仕事とはいえこんな格好で公園に来なきゃいけなかったりするのね、とちょっと気の毒に思いましたが、ちゃんと合間にはジャケットを羽織ってらっしゃいました(笑)。
ただちょっとばかり眺めていたものの、私も友人もさほど興味がなかったので、
“行く?” “行こうか”とその場を離れたのですが、その後道で通り過ぎるオトナコドモが“今なんか小島よしおが来てるらしいよ!?”とざわざわ噂していて笑えました。うんうん、思いっきりいたぞー。

夕方になってまた別の幼稚園来の友人ふたりとも合流して、4人で近くの居酒屋へ。
幼稚園→中学校まで一緒だったこの4人は高校で皆バラバラになったので、それ以降
どうしても会う機会は減り、高校卒業後は私がアメリカに行ったこともあって一緒に飲んだ
経験はあまりなかったのですが、こうして年を重ねて酌み交わすお酒というのは格別です。
昔話に花が咲き、今度は友人宅で飲もう!と計画して別れました。

いやいや、大使館に行ったり美術展に行ったり昔からの友人と遊んだり小島よしおを見かけたり、
それはそれは盛りだくさんな一日でした。
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  by supersy | 2008-07-03 23:59 | Comments(2)

日本ダイジェスト2。

28日(土)
この日は朝から高校の部活に行ってきました。都立西高校女子バスケットボール部。
今までは“日本に来たら必ず帰る場所”だったけれど、夏休みや冬休みが実質存在しない
この職業が忙しくなってくれば、もうそもそも頻度としてあまり日本に帰ってこられないし、
そろそろ先生も選手もコーチも入れ替わりや卒業で分からなくなってきた。
だって引退して7年経つんですもんね。
一人も知っている人がいなくなればやっぱり来ることはできなくなるだろうと
(可能不可能で言えばできるのだろうけれど、やっぱり来づらくなるし、知っている人が
いなくなるということは自分のここでの役目ももう終わったのかなと思う節もあるので)
何だか久しぶりの母校に着いてしみじみ思うと、懐かしい校舎も変わらない部活の掛け声も
どことなく切ないものに感じられたり。日本に帰れば必ず何度も足を運んできたし、
アシスタントコーチをしていた時期もありましたが、そろそろ本当にここから“卒業”なのかな。
それでも今回来ることができたのは、まだコーチをしてくれているひとつ下の後輩がいるから。
彼は学生時代に数年間ここで教えてくれて、一度身を引いたものの今回適当な人材がいなかったのもあって、社会人になってからもまたコーチ復帰をしてくれました。有難いもんです。
出来ることはお手伝いしないといけません。それがせめてもの私からお礼だし、現役時代に来てくれたOBOGさんへの感謝の気持ちはこういう風に下へ伝えていくものだと思うから。

とはいえ、容赦ないぜ、コーチ。
“かいさんコレ入って下さいー”と言われるまま“はいよー”と答えていたら、
オールコートの1on1からハーフポジション別の1on1、ハーフの5on5、ゲームの5on5、
終わった頃には膝が笑ってました。のあー。workoutとしてトレッドミルで走ってはいたものの、横のカットや上下のジャンプ、それに緩急のある動き、全部混ざったバスケットボールを全てやるのとではカラダにかかる負担も桁違いのようです。現役の10代の子達が眩しいぜ。

そのあとはコーチである友人とお昼へ。バーミヤンで数時間居座り色々とおしゃべり。
こういうことしてると高校時代に戻ったようです。人生経験積んでも変わらないものってありますよね。そして、あの頃分からなかったこと。バーミヤン美味しい。日本の御飯はことごとく美味しい。
今滞在中にまた来る約束をしてお別れ。夕方には全身筋肉痛が始まっていたので、
“うん5~6時間でくるなら私もまだ若い”と妙に納得して自信をつけたのでした(笑)。

29日(日)
この日はGville仲間のタカシさんタイキさんと(ご両人とも本帰国されて既に日本で暮らしてます)遊んでもらうことに。全員がFlorida Disc Golfersのコアメンバーなので、本当は昭和記念公園にあるというディスクゴルフ場へ行くはずだったのが外は生憎の雨。…というわけでプランB決行。新宿で落ち合ってお茶→夕御飯&飲みというコースに変更です。ちぇー、行きたかったのに、昭和記念公園。

とはいえ、アメリカでの友人に日本で会うというのはそれだけでなんだかうきうきします。
宇宙技術のプロと化学のプロとAthletic Trainingのプロ。傍から見たら全く分野の違う3人ですが、それぞれが熱い情熱を持って仕事をしているのでそこんとこの“プロ意識”という点で非常に強い共通した絆みたいなものがあったりするのです。お互いがお互いの人生観や哲学から刺激を受け向上していくという、素敵なスパイラルが生まれます。テキサス時代やコンベンションを通じては、同じATの分野でそういった人に多く今まで出会えてくることができたのが私の財産になっていますが、フロリダに引っ越してきてからはこうして全く違う分野の一流のプロに出会えて一緒に時を過ごさせてもらっているのがまた新たな強みになりつつあります。
ああ刺激し合えるって素晴らしい。
b0112009_2219697.jpg
雨の降ってない日を狙って今度こそ昭和記念公園に行こう!と約束したものの、
残念ながら今は梅雨真っ只中。都合良く晴れてくれればいいのだけれど。
雨に濡れるアジサイだけは、この時期、大好きなんですけれどね。

30日(月)
今日は父の誕生日。実は6日前は母の誕生日でもありました。
というわけなので、新宿に出てふたりの誕生日プレゼントをあれこれ探し、
ケーキをどどんと買って家に帰ってきました。やっぱり誕生日と言えばケーキでしょ!ザ・王道。
ちなみに父のプレゼントにはレインボーメーカーなるものを買ったのですが、良く晴れた日に窓に付けておけば光を集めクリスタルから屈曲させることでお部屋に虹が作れちゃうという実用性ゼロのスグレモノ。しかも2種類あるうち“Double”レインボーメーカーのほうを買ったので二重虹が作れるのです。こんな時代だからこそココロに歌を、アナタに虹を。我ながらナイスチョイス。
…で、帰ってきてから気づいたんです。
今梅雨じゃん。
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日本のケーキは美しい。味も格別です。とーちゃん、レインボーメーカーは梅雨明けまで待って、
今はせめて美味しいケーキを食べてくれぃ。
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  by supersy | 2008-07-02 20:30 | Fun | Comments(5)

日本ダイジェスト1。

気がついたらもう7月ですね。日本に帰ってきて一週間ちょい。何だかんだ忙しくしています。
とは言っても好きな人に会って好きな場所に行って好きな時間を過ごしているのだから楽しいです。一日一日書くにはもうBlogをサボりすぎているので、ざっと振り返ってみようと思います。

24日(火)
b0112009_8302853.jpg従姉と、叔母と、私に会いに来ることも兼ねて上京していた祖母と、それから母との5人で六本木ヒルズへ行ってきました。目的は現在森美術館(→)で行なわれている「英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展」。18世紀末~19世紀を生きたイギリスの画家、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーから名前を取ったこの芸術賞。毎年イギリスで優秀で斬新な芸術家に与えられる賞として定着し、大きな賞金、スポンサーシップ、大々的なテレビ放送を取り入れるなど、国民的イベントになっています。今回はそのターナー賞の過去20年の受賞者の作品を展示した展覧会です。流石に枠に囚われないエネルギーたっぷりの作品が沢山。
その後は展望台を見て回り(→東京タワー!)皆でお昼ご飯を食べてお店を見てのんびり。いつもヒルズに来るときは大概映画見に来るだけなので、ぶらぶら歩けて面白かったです。
ところで“いとこ”って色んな書き方がありますが(従兄弟、従姉妹、従兄妹、従兄、従姉etc…)、同い年の“いとこ”だったらどれを使うのが正解なんでしょう。ニホンゴってむつかしい…。ちなみに“おば”も叔母(父母の妹)、伯母(父母の姉)、小母(他人の女性)と使い分けがあるんですね。家族・親戚に関して非常に細かい定義があるのは、家庭を大事にする日本らしいです。


25日(水)
祖母が家に一泊したので、今日はどこか行きたいところはありますかと聞くと、何故か都電の旅がしたいという。…都電っすか。なので、祖母と母と私で都電荒川線沿線をふらふらする小旅行に。
b0112009_8491077.jpg
都電なんて乗るのは久しぶりで、正直言って以前乗ったことなど覚えてすらいませんでした。
ほんの一両だけ、道路を走る昔ながらの都電。ホームもめちゃくちゃ小さいし、スピードも遅いし、信号が赤になれば他の車と一緒に信号待ちだってする。うーん、古きよき日本って感じがしますね。
b0112009_857554.jpg鬼子母神を見て周り天然記念物の鬼子母神の公孫樹(樹齢600年以上!!)を見上げ、また都電に乗って飛鳥山公園へ向かい、丘を登って頂上のお茶屋さんでお団子を、なんてことをしながらのんびりのんびり歩きました。b0112009_913815.jpg
ちなみに飛鳥山公園には小さい頃に来たことがあるそうで、言われるまで全く覚えてはいなかったのですが、大きな機関車を見て、うわっ、見覚えある!と独り興奮。その横に遊具に挟まった象(→)を発見したのですが、残念ながら助け出すことは出来ませんでした。楽しそうな顔してるからまぁ、いいか。

27日(金)
高校時代に所属していた演劇サークル、サークル志記の同窓会がありました。
集合場所の駅の改札へ少し遅れて向かうと、懐かしい面々が一斉に私に気がついて、
“あっ!!”と顔を上げた後に、口々に“メリケンだ” “すっかりメリケンだ”と大騒ぎ。
要は“さゆり先輩アメリカナイズされすぎです、もはや日本人に見えません”…ということらしい。
そ、そんな…。日本に帰ってきて髪も切り、お気に入りのショップで服も揃えちゃったりして、TシャツにGパンのアメリカンスタイルを卒業して、本人はすっかり東京に染まり直されているつもりだったのに!悲しいけれど私をよく知ってる皆なだけに、彼らが言うならいよいよ本当なのかも(泣)。

イタリアーナなレストランに移動して、ワインも交えつつ、ひたすらおしゃべり。
高校時代一番気を許していたと同時に心から尊敬している仲間たちとの久しぶりの再会なので
話が弾む弾む。相変わらず活発な彼らは近況報告ひとつ聞くだけでも関心することばかり。
やっぱ西高の仲間は好きなことに突き進んでていいなぁ。今でも誇りで憧れだ。
b0112009_23232134.jpg
実はこの志記会に来る前に懐かしの舞台台本を独り部屋で読んでいたのだけれど、
練習風景や本番前の緊張感、それから表彰台での皆の笑顔とか、
ありありと思い出して甘酸っぱい気持ちになってみたり。ああ、ものづくりはもうきっとできないけれど、やっぱりあれは楽しかった。同じメンバーでも今やったらまた全然雰囲気の違う舞台になるんだろうな。あの時はあの時しか出せなかったものがあるし、今のは今ので見てみたい気もする。

“らしさ”はそのままでもっともっと味が出ていく志記のメンバーたちの輝く顔を見て、
何だかこっちも原点に戻ったようでエネルギーをもらいました。皆、ありがとうー。
む。ダイジェストなのに意外に長くなってしまったので後半はまた明日!
とりあえず、久しぶりの日本は楽しいです。そして、ゴハンが美味しい!
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  by supersy | 2008-07-01 22:30 | Fun | Comments(0)

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