踏み込むか、引くか。Evalにおける勝負勘。

マッサージって、始めたばかりのときは全然分からなかったんですよね、どこが凝ってるとか張ってるとか。それでも毎日続けていたら指の感覚がどんどん鋭くなってきて、慣れてくると
少し触っただけでも選手のその日のカラダの調子が分かっちゃったりするようになります。

それと同じように、現場で独りで働く、という経験を通して鋭くなってきたものがあります。
怪我人を毎日診ていると、勝負勘、というか、線を引く能力が段々と研ぎ澄まされていくのです。
選手の怪我に対して、ぐぐっと踏み込むときは踏み込む、潔く引くときは引く、
無駄なことを出来る限り省きつつ、選手に必要な指示を的確に出す。これが上手くなるんです。
もっと分かりやすく言うと、“What I can(自分に出来ること)”と“Beyond me(それ以上のこと)”を見極めるチカラがついて、その状況下で最も正しいことをする能力が育つ、とでも言いましょうか。
これ、上司の下でのうのうと働いているときには全く感じたことがなかったもので、
結構不思議な感覚です。責任を全て背負って働くって、こういうことなんでしょうね!

高校で働いている以上、例えば骨折や靭帯の断裂、半月板の損傷等の大きめな怪我になってくると、選手個別に医者とのappointmentを取って、医者の判断の下、それぞれX-rayなりMRIなりを撮らないといけなくなります。大学だったら定期的にチームドクターが巡回に来てくれるのでその時に相談したりできますし、ましてやプロならば施設内にX-rayやMRIの機械があったりしますから怪我をしたその足でimagingを撮ることが可能ですが、高校で怪我のEvalをしていく中で“これは医者に診せる必要があるかどうか?”という質問を頭に常に入れておくことは非常に大事なんですね。
例えば、膝の怪我のevalをしているとして、患者のROMが痛みによって制限されすぎていて、必要なテストは全体的にinconclusive。ACLかも?Meniscusも関わってるかも?と決めかねているとしましょう。
ここで頭に留めておくべきことは、実際に損傷しているのがACLかMeniscusかは、この時点で大事じゃないんです。その線は、別に今引く必要はないんです。大事なのは、ACLとMeniscusをsuspectしている段階で、MRI imagingが必要になるという事実。これだけで充分なのです。これだけ分かれば、それ以上痛みを訴えている選手の膝を無理にいじくる必要もありません。evalの手を止め、次にすべきことに取り掛かる必要があります。

1. 選手に医者の診察が必要である旨を伝え(必要であれば親御さんとも連絡を取り)、
  医者とのアポを取って正確な診断を入手する。
2. アポまでの時間、適切なケアをする。この場合、ACLであろうがMeniscusであろうが
  すべき処置は一緒。iceしてcompressionしてimmobilizeして松葉杖をあげて
  痛みと炎症を最小限に抑えるよう努める。

こういったことに照準を合わせ、てきぱきと頭を切り替えて動かないといけません。
高校全てのスポーツをカバーしている以上、的確に能率の良い仕事をすることが重要になってきます。あれー、ACLかな?Meniscusかな?と無駄に悩んで費やしている時間もありません。
もちろん、怪我の直後で選手がひどい痛みを訴えている場合にはまともなevalはできないので、iceを20分ほどして痛みが少し落ち着いてから再度evalする、と言ったような心がけは必要になりますが、これはもう“Beyond me”だな、と判断した時点でevalは医者と言う第三者に託し、自分はそれと同時進行で出来る最大限の治療を行なう、という潔さは大事だと思います。
別にそれって、“自分の力が至らないわ”ってわけでもないと思うんですよね。
Athletic trainerにはAthletic trainerの、Medical doctorにはMedical doctorの仕事の領域と言うものがあって、もちろんそれぞれoverlapしてはいますが、ここまでは自分の範囲、ここからは彼らの範囲、と認められなければお互いが最大限にチカラを発揮できないじゃないですか。ここは自分の領域、と思えば踏み込んで最大の仕事をする。ここは彼らの領域、と思えばそこは信頼してしっかり任せて、自分はサポートに回る。Health careには様々な職業が入り組んでいるだけに、お互いの良さを生かすには、思い切って仕事を託すことも必要になってくると思うんです。
(もちろん素晴らしい医者ばかりではないので苦労をすることもありますが…。それはこの際省きます)

そうかー、全部を自分でやる必要はないんだ、と気がついてから、高校で働く上でちょっと気持ちが楽になりました。それと同時に、自分でも面白いなーと思うのが、この線引きの能力、いわゆる勝負勘みたいなものが徐々についてきたなって思うんですよね。
例えば、ふたりの選手が“親指をjamしたー”と手の親指の痛みを訴えて私のところに来たとします。本当に同じようなMOIで同じような症状でもEvalの過程で何かが訴えるんですよね。
ひとりに関しては“むむ、これはきっと大したことない、私で何とかできる”と思う反面で、
もうひとりは“あ、これは医者に診せたほうがいい”と、直感的に思うというか。
もちろん、彼らのそれぞれの症状のpresentの仕方、“彼はあんまり大したことなくても騒ぐし…/このコが痛いと言ってくるんだからよっぽどだ、”等の性格の考慮、僅かなlaxityの違い、そういうことも総括的にevalの要素に加えているわけですが、でも、何て言うか、本当に最終的に線を引くときに私がここ最近ずっと使ってきたものって、響きは悪いですけど“勘”なんですよね。直感的に、“あ、これは何かがマズい”と自分で感じたものって、やっぱり医者に診せて正解だった、という結果になったものばかりでした。これって、本当に考えてみても上手く言葉で説明できないんですよね。勘なんです。肌で感じるんです。evalのプロセスの中で目で見て手で感じたもの、そういう情報を頭の中で整理して、あとは、自分の本能に聞くんです、“さて、どうする?”って。
b0112009_11194934.jpg
スポーツをしてきた人には分かるんじゃないかと思うんですけど、
例えばバスケットでボールを持って、細かいドリブルで相手を振って、“抜ける!”と思って仕掛ける瞬間。野球で打席に立って、飛んできたボール思わず手を出しそうになってギリギリで“これは振ってはいけない!”とこらえる瞬間。剣道で相手が打ってこようとする動作の中に生まれるスキをついて、踏み込んで自分が打つ瞬間。行くか、行かないか。踏み込むか、引くか。理屈じゃなくて、感じるから動く。スポーツほど刹那的じゃないけど、本当にそういう感覚に近いんです。

こんな偉そうなことを書いても、自分で“あの判断は悔やまれる”という、周りから見たらミスじゃないんだろうけど自分にとってはミス、という経験をしたこともあります。そのせいで医者へのreferが一日遅れて、まぁ正直一日くらいほとんど影響はなかったのですが、でも自分が正しい判断をできなかったことがとにかく今でもとっても悔しいんですよね。それ以来、判断に悩むときには、最悪のケースを考慮に入れて念のため医者に行かせるようにしていますが。迷ったときはbe safe、というのは失敗から学んだ私の中の心がけです。他人のカラダを扱っているわけですから無責任なことはできません。

まだまだ、こういう失敗もあるから勝負“勘”なんでしょうね。
もっともっと経験を積んで勘から確信に変われれば、また一歩成長できるのかな。
ローマは一日にして成らず。一朝一夕でできるよーになるもんじゃないから、
辛抱強く努力を重ねて、もっと良いathletic trainerになるしかないな。
[PR]

  by supersy | 2008-05-16 23:59 | Athletic Training | Comments(0)

<< 2008夏の予定 & ペットシ... Another Banquet... >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE

AX