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緊急時の止血: ブラジリアン柔術を応用した止血法?

今年のNATA Symposium (全米アスレティックトレーナー協会学術大会)はVNATA (Virtual NATA)というオンライン形式で行われ、元々9月10日だったはずの学術大会終了日が10月11日にまで延期されるという寛大なおまけつきでした。コンテンツが閲覧できる状態がもう数日続いておりますが、登録していた皆さんは十二分に内容を楽しみ切りましたでしょうか?

さて、私はずーっとこの中で見よう見ようと思っていたけれども、なかなか「今日だ!」という決心がつかず、つい最近まで受講を伸ばしてしまっていた講義がありました。タイトルは「An Integrated Approach to the Multi-Systems Trauma Patient: Stop the Bleed and Beyond」。演目名だけ見た時は「止血救急系?まぁこれは知っていそうだからいいか…」と思っていたのですが(今から考えるととんでもない驕り)、旦那から「あれ、見たほうがいいよ!血とか、写真がすごいけど…」と聞いて、そうか!それなら見てみよう!と心のメモを取った講義だったんですよね。でもこう、出血シーンや事故シーンなどが得意な方ではないので、心と身体の体調が悪くないときに見よう、と思っていたら結構月日が経ってしまって。

しかし、締め切りも近いしいい加減見なくては!と思い立って視聴しました。結論からいうと、今回のシンポジウムの中で私が最も「見るべき」ものだったと感じています。講演者のConway氏、圧倒される知識量でした。旦那よ…、良い講義を教えてくれてありがとう。危うく見逃すところだったよ…。Closed mindなのはあかんね…。

今回はこの講義で学ぶ機会のあった、私が知らなかったコンセプトたちをオリジナルの文献を振り返りながら読み解いてみようと思います。
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患者が出血している際の止血法は様々なやり方がありますが、
直接圧迫止血: 出血部位に直接ガーゼや布を当てて徒手圧迫する方法
*ティッシュなどは傷口に張り付いてしまい、後で取る際にまた出血してしまう可能性があるので使わないようにしましょう
間接圧迫止血: 近位の動脈(止血点)を手や指で強く圧迫して血流を止める方法
直接&間接圧迫止血: 上記直接圧迫と間接圧迫の併用
…が一般的によく使われる方法かと思います。原則上から順番に行い、より深刻な出血の場合は間接圧迫法の使用または併用を考慮する、という感じですよね。

では、まずはこの間接圧迫止血のやり方の変化球として、「Martial Arts Technique (マーシャル・アーツ・テクニック、武道法)」というものが存在するのを、今回講義を聞いていて初めて知りました!講義内でこちら(↓)1の文献が紹介されていましたので、ちょっと詳しく見てみようと思います。
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指を使っての止血点の徒手圧迫は 1) 救護者の疲労を招きやすい (イヤ絶対疲れますよね、あっという間に疲れますよ)、2) 周辺の血流阻害ができず、側副血行路による血流が保たれてしまう、というデメリットがある、ということが冒頭で論じられています。だから、もっと広い部位を強い力で圧迫できるような方法 - 例えば、ブラジリアン柔術などで用いられるテクニックを止血に応用してはどうか、というのです。ふへぇー、面白いけど、すごい理論の飛躍!でも確かに「オトす」ことが目的のテクニックって、こういう風に医療に応用が利くかもですよね!もう少し詳しく言うと、日本の柔術でいうところの「浮き固め」を基にした、「Knee Mount(ニー・マウント)」ポジションを使ってはどうかということみたいです。膝を折るようにして相手に馬乗りになり、膝と脛を使って相手の腹部に全体重をかけてのしかかるというこのテクニック(↓)は「(疲弊せず)長時間このままでいられる」「両手が空く」という大きなメリットがあるとのこと。これを止血に応用できないか検証をおこなったのが上の研究になります。
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By Land Rover MENA - Premier Motors | World Professional Jiu-Jitsu Championship, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=32373211

被験者は18-55歳の健康な成人。パワー分析に基づく適切な被験者数10名を上回る11名(平均22.5±6.3歳、男9名、女2名)が対象となったそうで、検証された止血法は全部で3種類。肩を圧迫し、上腕動脈の血流を減少させるもの[A]と、鼠径部を圧迫し、大腿動脈に対して介入するもの[B]、そして腹部を圧迫することによって大動脈をターゲットとするもの[C](↓写真の両手は徒手圧迫をしているのではなく、バランス保持のため被験者の股関節・膝周りを掴んでいる様子)です。見た目はなかなか激しめですね…。被験者さんたち、参加してくれてありがとう…。
止血法を実施したのは研究助手2名(体重80kgの男性1名、59kgの女性1名)。2名ともブラジリアン柔術の経験はなく、ブラジリアン柔術黒帯で、20年以上のトレーニング/指導歴のある教授から指導を受けたそう。それぞれ圧迫は30秒に留め、その間の血流をDoppler超音波で計測。3回おこなってその平均値を記録するというやり方だったとのこと。ふむふむ。
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Slevin et al,1 Figure 2より
んで。結果なんですが。
全ての計測点に於いて、圧迫開始前に29.2cm/秒あった血流速度が圧迫後には3.3cm/秒まで減少(p < 0.001)。血流が70%程減少したという結果となりました。中でも肩圧迫による上腕動脈血流速度低下は最も顕著(-97.5%)で、次いで鼠径部圧迫による大腿動脈血流速度低下(-78%)だった、とのことで、Knee Mountによる完全な血流停止が見られた率も上腕動脈(73%)、大腿動脈(55%)、大動脈(9%)だったようです(個人的には腹部圧迫で9%も大動脈が完全血流停止するってのも驚きですが)。
そんなわけで、この論文の結論は「主な動脈の血流を低下させたいとき、ブラジリアン柔術のKnee Mountを応用したマーシャル・アーツ・テクニックは有効である!」なんですけど、せっかくですのでこれに注意喚起を促す様な論文2も紹介したいと思います。
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このテクニックを用いた際のComplication (合併症というよりは副作用、悪効果という意味合いがここでは強いですが)として、筋壊死やミオグロビン尿症が起こるリスクは考えてる?そしてターニケットを用いた2%で起こると言われている虚血再灌流傷害も考慮に入れるべきでは?ひいては神経障害が起こる危険性(i.e. 上腕動脈圧迫の際に上腕神経を圧迫してしまうなど)などもないとはいえないよね?神経の状態もEMGなどで検証する必要があるんじゃない?という具体的で重要な指摘です。もちろん、現場での結論は「生死が関わる場面でこういった小さなリスクを恐れて『間接圧迫をしない』という選択はしない」のでしょうけれども、それでもなるべくリスクを最小限にして、最大のアウトカムを引き出す、というのは全医療人の目標であるべきことに変わりはないですよね。確かに面白いテクニックなだけに、リスクやよりよい実践法というのもこれから検証されれば、と思います。

あと、「ブラジリアン柔術の経験がなくてもできるテクニックである」「男性でも女性でも、体重が軽い場合でも有効に使える」というのは魅力的であると思う反面、「20年以上の経験がある黒帯柔術者の指導があってこそこの結果が出たのかも」と考えると、今私が気軽に実践できるテクニックなのかどうか?という点も引っ掛かりますね。見様見真似で、写真を真似て挑戦することはできると思うんですけれど、そのやり方で果たして今回の研究で検証されたテクニックレベルに到達するのかどうか。少なくとも私の身の回りには、気軽に指導をお願いできるブラジリアン柔術の黒帯者というのはいないものですから…。

しかし個人的には、複数の重症患者がいて私一人しか救護者がいない場面では、いかに自分のカラダに負担を少なく、手を自由に使える状態で的確にトリアージするかが重要になってくるとは思いますので、検証不足という点に今は多少目を瞑ってでも実践で使う価値のある手法かなと思っております。興味深い研究ですよね!

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それからもうひとつだけ。
止血の最後の手段として挙げられることが多いのが止血帯(Tourniquet, ターニケット)を用いるやり方です。個人的には、こういった手法は軍隊などでの使用需要・頻度が高く、逆に言うと「スポーツ現場で働くATが、Professional-Levelのプログラムで必ず習わないといけないというほどのことかね?」と長年疑問に思っていました(正直すぎてすみません - 前任校でもここは専門家である軍の将校さんを招いて教えて頂いておりました、写真上↑)。Mass Casualtyでの需要は非常に高いと思うし、実際にボストン・マラソンのような出来事があればATも持ってなきゃ困る知識・技術なのはよくわかるんですが、使う場面が非常に限定的なのと、伴うリスクが高すぎて、何がBest Practiceなのかアスレティックトレーナーが把握しきれないようなものの気がするというか。なんというか、こう、トピックとしてのハードルが高いというか。うーむ。うまく表現しきれないのですが。だったらMass Casualtyが起こらないよう、まずアメリカが政府を上げて取り組むべきことが他にあるんじゃないのと思ってしまうというか、他に我々AT教員も学生に教えるべきことがあるんじゃないかと思ってしまうというか。

そんなわけでターニケットにはだいぶ偏見がありました。認めます。あったんですけれど、今回、なるほどなと唸ってしまう統計も目にしましたので、自分への戒めのためにここに記しておきます。

Don't avoid a tourniquet in order to save a limb, and then lose a life (p.3-4).3" つまり、「腕や足を救おうとして止血帯の使用を躊躇い、結果命を落とすことなかれ」とはよく言いますが、実際に素早いターニケットの使用は人命を救うのだそうです。

米国陸軍兵士を対象にした2006年発表の研究4では、血液量減少性ショックの症状が出るにターニケットを使用した場合の負傷者生存率は90.1%(200/222)と、ショックの症状が呈されたにターニケットを使用した場合(1/10, 10%生存率)に比べて格段に高かった、という報告があります。数に偏りがあり、また、より重症度の高い患者は受傷からショック状態に陥るまでが早く、ターニケットを使用してもしなくても致死していたであろうバイアスは否定できませんが…。それでも、「まだショック状態でもないし、ターニケットの使用は必要ないかな?」と躊躇する理由にはならないことが示されています。早いに越したことはないと。
VNATA講師のConway氏も繰り返し講義の中で仰っていましたが、「ターニケットは正しく使用しても激しい痛みを引き起こす。これは患者に説明すべきことであるし、痛がっているからといってターニケットの使い方が間違っている、または外さなければいけないと思ってはいけない」んだそうです。ううう…想像をするだけで胃がキリキリ痛くなります。

それから補足的情報ですが、米国陸軍のガイドライン5によれば、
▶ 戦闘中の出血対応: 出血箇所が目視できればその近位を、目視できなければ「High & Tight」 - 近位部をきつくターニケットで巻く
▶ 安全な場所での出血対応: 出血箇所の2-3インチ(5-8cm)近位にターニケットを巻く
ことが推奨されているのだそう。可能であれば該当の腕または足がむき出しになるような状態にして、関節・刺さっている異物・骨折箇所には直接圧迫しないよう使用すべきなんだそう。

それからそれから、これも知らなかった。ターニケットは、ひとつ使用して十分な効果が得られない場合は、二つ目を追加で使用するんだそうです。このあたり、EpiPenと一緒ですね。言われてみれば、そりゃそうか!
二つ目のターニケットを使用する際、一つ目との距離をどう取っても、単一で使用するより血流低下の効果が見込める6そうなので、まぁ言ってしまえば近くに使用しようが、ちょっと距離を空けようが、どうやってもプラスにしかならないのですけれど、それでもやっぱり近いに越したことはない6ようです。一つ目のすぐ近位に付けたほうが圧迫としては効果が高いけれど、位置的に無理があるのであればすぐ遠位でもいいとのこと。ふーむ、なるほど。

ターニケットを使う上でのよくある間違いは
 1. 使うべき時に使わないこと
 2. 使用しても緩すぎること
 3. 使うタイミングが遅すぎること
…そして、
 4. 必要なときに二つ目のターニケットを使用しないこと
 5. ターニケットを時々緩め、患部に血流を許してしまうこと
…なんだそうです。どれも自分の恐怖心・苦手心を指摘されているようで、ぐさりと来ました。認識、改めないとアカンですね…。使うときは覚悟を決めろということか。


それから、これは余談になるかもしれませんが。


ヒトが生死を彷徨うような事件・事故場面に居合わせた際、患者の命が結果どうなったにせよ、医療従事者自身の心も大きく揺れ動きます。アスレティックトレーナーは、事故発生率の高い「スポーツの現場」最前線に立ち続ける以上こういったリスクも背負って然るべきものなのかもしれません。繊細じゃやっていけない!メンタルを強く持て!というのは簡単ですが。
だからといって職業として、傷ついた同志に何もしない、責任を負わない、手を差し伸べないというのは間違いであると私は思います。アメリカのAT協会も、実はこういったサポートに非常に積極的なのです。Critical Incident(大きな出来事)に直面し、心のケアが必要なATに対して、「ATsCare」というサポートプログラムを設けており、しんどい思いをしている仲間と繋がれるような活動をしているところは、本当にもう、良い意味でアメリカらしいというか、助け合いの精神に溢れていますよね。近年、今まで以上に教育、実践共にEmergency Careという領域に力を入れているCAATE/BOC/NATAであるからこそ、そのAftermathまでしっかり面倒を見る。ATを使い捨てのコマにしない、という精神は、他の国も見習うところが多いのではと思います。

1. Slevin JP, Harrison C, Da Silva E, White NJ. Martial arts technique for control of severe external bleeding. Emerg Med J. 2019;36(3):154-158. doi: 10.1136/emermed-2018-207966.
2. Gokalp G, Berksoy E, Bardak S, Demir S, Demir G, Bicilioglu Y, Zengin N. Possible complications of martial arts technique. Emerg Med J. 2019;36(8):516. doi: 10.1136/emermed-2019-208618.
3. Burris D, FitzHarris JB, Holcomb JB, et al., eds. Emergency War Surgery. 3rd ed. Washington, DC: Borden Institute;2004:6.3-4. Kragh JF, Walters TJ, Baer DG, et al. Survival with emergency tourniquet use to stop bleeding in major limb trauma. Ann Surg. 2009;249(1):1-7. doi: 10.1097/SLA.0b013e31818842ba.
5. U.S. Army Combined Arms Center. Handbook: Tactical combat casualty care. 5th ed. U.S. Army website. https://usacac.army.mil/sites/default/files/publications/17493.pdf. Published May, 2017. Accessed October 4, 2020.
6. Wall PL, Buising CM, Nelms D, et al. Effects of distance between paired tourniquets. J Spec Oper Med. 2017;17(4):37-44.

  by supersy | 2020-10-05 21:00 | Athletic Training

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