「マルチスポーツ選手のほうがNBAで活躍しやすい」論文を読み解く。

ちょうど一年程前にこんな記事を書いたりしておりまして。

ひとつのスポーツに特化する高校生アスリートは怪我をしやすい?: マルチスポーツのすゝめ。(2016年11月16日付)

続きってわけじゃないんですが、こんな論文(↓)1 を発見したので読んでみました。まとめです。
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この論文の冒頭では、様々な組織や団体、協会が「しないほうがいい」と叫んでいるにも関わらず、2,3 近年若いうちからアスリートがsingle-sport specialization (一つのスポーツに特化)する傾向が強まっていること。4-6 そしてタイガー・ウッズやアンドレ・アガシを見て多くの人が「プロとして成功するには早いうちから一つのスポーツに特化していなければいけない」と考えている一方で、その説はエビデンスによっては指示されておらず7,8 (唯一、年齢的ピークが他のスポーツに比べて早いと言われている体操競技に関してはearly specializationが有益かもというデータもあるようですが9)、むしろspecializationは遅いほうが後に活躍しやすいという説が近年支持されてきているようなのです。10 ふーむ。

で、NBA選手に限って言えば、どういう選手が活躍してるの?Single-sportアスリート、それともMulti-sportアスリート?ちょっと調べてみようかしらん、というのがこの研究。2008年から2015年までの全NBAチームのドラフト一巡目に指名された選手237人(一試合でもNBAでプレーしていることが条件)を対象に、インターネットや新聞、雑誌で手に入る情報を使って、それぞれの選手が 1) 高校時代にバスケットボール以外の競技にも参加していたか、2) NBAで怪我をしたか、3) NBAで何試合プレーしたか、4) 現在でもNBAで現役選手として活躍中なのかどうか、について調べ、データをまとめたそう。ここで気になるのが、インターネットや新聞、雑誌など、一般に手に入る情報を元にこれらのデータを収集した、というところですかね。prospective studyでリアルタイムで選手を追っかけているならもう少し信頼性に足るかと思うのですが、こういったretrospectiveなデザインの研究となると、インターネットの情報が間違っていたり、でたらめである可能性も否定できません。情報の信憑性がそもそも確立されていない、というのは大きな問題かもしれません。それから、「ドラフト一巡目指名」というのは「これらの選手は間違いなくエリートだから」というくくりから来ているらしいんですけど、だったら二巡目だろうが三巡目だろうか、リーグに入っているなら十分にエリートじゃありません?ここの理論建ては少し強引だな、もうちょっと丁寧な説明が必要かなと思います。

この論文で使っている言葉の定義がなかなかに独特なのでこれも記載しておきます。
まずは「マルチスポーツ選手」の定義。これは、所属していた高校でバスケットボール以外でのスポーツに参加していたことが確認できれば「マルチスポーツ選手」と見做されるようですが、レクリエーション目的で他のスポーツをやっていたり、小・中学校のみでやっていた場合はカウントしない、というルールが設けられていたよう。例えば、助っ人として高校時代一試合だけ野球の試合に駆り出されて出た場合でも「マルチスポーツ選手」になるということ?これ(= 一試合のみ助っ人)がカウントされて、小・中学校でがっつり野球をやっていた場合は一切カウントされないというのは少しおかしい気もするけれど…。(学校外の)クラブチームでのスポーツ参加に関しては、一切記述がありません。これは全く考慮に入れなかったと解釈すべきなのでしょうか?
それから、2)の「怪我」についてですが、これはNBAレギュラーシーズン中に頸部、腰、胴、鼠径部に足部や膝を含む下肢に起こった、最低でも10試合欠場せざるを得ない規模の怪我のみをカウントしたようで、つまるところ、軽度の10試合未満の欠場にしかならなかった怪我やプレシーズン、プレーオフ中の怪我、そして上肢や顔面の怪我、それから脳震盪などは数に入れなかったそうなんです。後で「慢性的なオーバーユースによる怪我をカウントしたかったから(この設定を選んだ)」という記述があるのですが、どうしてこの定義が「慢性的なオーバーユースによる怪我」に限定するのに十分と言えるのでしょうか?フツーに急性前十字靭帯断裂なんかもこの定義だとカウントされちゃうわけですけど、でもこれって、「慢性的なオーバーユースによる怪我」ではありませんよね?それから説明が一切ないけど、10試合という期間の限定っぷりも、なんでなんで?時間にするとNBAのレギュラーシーズン10試合といえば15日間、つまり2週間強くらいになるのかなと思うんですが、この期間にこだわった理由が知りたいです。それから、便宜上「レギュラーシーズン」に限ってデータ収集を行ったのはやむを得ないというか、全然構わないと思うんですけど、上半身の怪我や脳震盪を考慮に入れなかった点は大いに疑問が残ります。「バスケットボールで上肢の慢性的な怪我はあまりないから」という理由が本文内で少しだけ触れられていましたが、えー、そうですか?subacromial impingement syndromeとか、そこそこあると思うんですけど。こういう物事や用語の定義は非常に大事で、あまりユニークな定義は避けるべき・他の研究とも一貫性を設けるべきです。あちこちちょっと説明足らずで不可解で、ここまではあまり読者に優しい論文じゃないなぁという印象です。

んで。結果です。調査対象となった237人中、「マルチスポーツ選手」と分類されたのは36人(15.19%)で、「シングルスポーツ選手」は201人(84.81%)。やはりというか何というか、決して多くはないですね。しかし、統計のセクションにpower analysisの結果、各グループ最低36人いればよいと判明した、という記述があるので、マルチスポーツ選手組の36人というのがまさにどんぴしゃで見事ですね(…というか、36人になるまで年月を遡ってデータを集計していったと考えるのが自然かな)。統計的なパワーには恵まれていた研究である、ということになります。NBA入り年数別に見てみると、2008年加入者のうちマルチスポーツ選手の割合は全体の3.3%、2009年では23.3%、2010年は3.3%、2011年は6.7%、2012年は23.3%、2013年は26.7%、2014年は16.7%、2015年13.3%と、年によってかなりランダムな差があったそう。論文読みながら、「マルチスポーツ選手が減ってるというなら、マルチスポーツ選手のほうが全体的に年齢が上、キャリアが上となって、怪我している可能性が増えるのでは?」と考えていたりしたんですけど、いらぬ心配だったほうです。その証拠に、マルチスポーツ選手とシングルスポーツ選手では年齢や身長、体重、ポジションに大差は見られませんでした(p > 0.2)
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上の表からは、マルチスポーツ選手のほうがよりレギュラーシーズン全82試合のうち、より多くの試合に出場を果たしており、怪我をしにくく、今でも現役で活躍している可能性が著しく高いことが見て取れます。もう少しわかりやすい数字に直すと、つまるところマルチスポーツ選手のほうがシングルスポーツ選手よりも1シーズンあたり4.4試合多くプレーしてる計算になるんだそうです。結論には「プロのエリート選手は、高校で複数のスポーツに参加していたほうが、より多くの試合に出場でき、怪我をしにくく、より長くキャリアが続くなど、早いうちに一つのスポーツに特化した選手と比較して著しく生産的で健康なキャリアを保てる」と書かれていますが、これは少し言い過ぎというか、一般化しすぎなんじゃないかしらん、と私は感じています。もっと正確に、「NBAドラフト一巡目に指名された選手のうち、高校で複数のスポーツに参加していたアスリートのほうが、早期にバスケットボールに特化したアスリートに比べ、より多くのレギュラーシーズンの試合に出場でき、最低でも10試合の欠場に繋がるような首、腰、胴体と下肢の怪我を起こしにくく、より長く現役選手でいることができる」くらいの限定的な結論に留めておくべきなのではと個人的には思いますね。この研究の結果はあくまで「NBAドラフト一巡目指名選手」に限ったものであり、これが例えばドラフト二巡目指名選手にも当てはまるのかとか、現役NBA選手全員でもこういう結果になるのかとか、そういう根拠や保証は現時点では全くありません。怪我が無く試合に出場できる健康状態を保つことは、プロスポーツ選手である以上「成功」を構成する要素のひとつなんでしょうけども、「生産的で(productive)…」なんて表現を使ってしまうと、より多く得点できるとか、リバウンドがもぎ取れるとか、そういった「試合のスタッツ」の要素も入っているような言い回しで、誤解を招きそうな気もしますね。もっと突っ込んでしまうと「健康」は必ずしも「怪我をしていない」状態とイコールではないですし(肉体的に怪我をしていなくても、健康ではないという状態は十分あり得るでしょう)、逆に怪我を抱えながらも(= 非健康でも)休まずなんとか試合をこなす選手だっているわけですしね。そういう選手をこの研究では測り切れていないものな、とは思うんですよね。

そんなわけで、タイトルに負けないほどの衝撃の内容!というわけではありませんでしたが、しかしそれでも色々と妄想の膨らむ興味深い研究です。スポーツの早期特化という意味では日本はアメリカよりも更に悪い状況にあるかと思いますが、日本の中学校・高校でももっと兼部ができる環境があってもいいのではという気はしますね。そのためには、シーズン制の導入が必要不可欠ですけども…。

1. Rugg C, Kadoor A, Feeley BT, Pandya NK. The effects of playing multiple high school sports on national basketball association players' propensity for injury and athletic performance. Am J Sports Med. 2017:363546517738736. doi: 10.1177/0363546517738736.
2. Lord M. Too much, too soon? Doctors group warns against early specialization. US News World Rep. 2000;129(3):46.
3. Brenner JS. Sports specialization and intensive training in young athletes. Pediatrics. 2016;138(3): e20162148.
4. Bell DR, Post EG, Trigsted SM, Hetzel S, McGuine TA, Brooks MA. Prevalence of sport specialization in high school athletics: a 1-year observational study. Am J Sports Med. 2016;44(6):1469-1474.
5. Hill GM, Simons J. A study of the sport specialization on high school athletics. J Sport Social Issues. 1989;13(1):1-13.
6. Post EG, Thein-Nissenbaum JM, Stiffler MR, et al. High school sport specialization patterns of current division I athletes. Sports Health. 2017;9(2):148-153.
7. Feeley BT, Agel J, LaPrade RF. When is it too early for single sport specialization? Am J Sports Med. 2016;44(1):234-241.
8. Vaeyens R, Gullich A, Warr CR, Philippaerts R. Talent identification and promotion programmes of Olympic athletes. J Sports Sci. 2009;27(13):1367-1380.
9. Hume PA, Hopkins WG, Robinson DM, Robinson SM, Hollings SC. Predictors of attainment in rhythmic sportive gymnastics. J Sports Med Phys Fitness. 1993;33(4):367-377.
10. Moesch K, Elbe AM, Hauge ML, Wikman JM. Late specialization: the key to success in centimeters, grams, or seconds (cgs) sports. Scand J Med Sci Sports. 2011;21(6):e282-e290.

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  by supersy | 2017-11-29 23:30 | Athletic Training | Comments(0)

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