スポーツ医療におけるATと医師の診断力はどれほど差があるのか。

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めちゃんこ面白い論文1 を発見しました。去年の今頃発表されたらしい。むー!一年間もこの子と出会わなかったなんて!先に言っておきますが、この論文の解釈はものすごく私の個人的バイアスが入ると思います。読むならば話半分程度に、テキトーに読み流してください。もしくはご自分でfull-textをお読みください。
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そもそものきっかけはこのSNSポスト(↑)です。多くの友人らがシェアしていたのですが、はて、どんな研究なんだろう?と興味が沸いたので探してみました(この写真、こういう書き方をするならばきちんとcitationを伴うべきです。なかったお陰で探さなければいけなかったではないですか!まぁ、3分くらいで見つかったんですけど)。

現在、アメリカでは公立高校の70%2、私立高校の58%3 にアスレティックトレーナーが雇用されていると言われていますが、我々のするべき重要な仕事の一つにon-site injury evaluation/diagnosis、つまり怪我が起きてすぐその場での評価や診断があります。日本では「診断」という言葉は医師にしか使えないと聞きますが、アメリカでは我々アスレティックトレーナーも合法的に「診断」をすることが可能なのです。

厳密には、アメリカには2種類の診断が存在します。これはClinical Diagnosis (臨床診断)Medical Diagnosis (医療診断)で、我々アスレティックトレーナーが行うのはClinical Diagnosisのほうです。Clinical Diagnosisは問診、観察、触診やROMテストやMMT、selective tissue testsなどを用い、最小限の用具も併用しながら (i.e. tuning fork, reflex hammer)、しかしほとんどはクリニシャンがその手と目のみに頼って診断を下すことを指します。一方で、血液検査やレントゲン、MRI、CTスキャンなどの画像診断などを使い、目や手では測れない身体の状況を推し測った上で出す結論のことはMedical Diagnosisと呼ばれます。これらの検査は我々ATではオーダーすることはできないので、アメリカでもほぼ医師の専売特許といっても過言ではないでしょう。もちろん、より決定的な力があるのがMedical Diagnosisのほうで、もし臨床 vs 医療診断に食い違いがあった場合、Medical Diagnosisのほうが「最終診断」として使われることになるわけです。
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んで。

ご察しの通り、正確なClinical Diagnosisを下すのは難しいです。理由は幾つもありますが、そのうちの一つは「怪我が起こった直後」というタイムラインにもあると思います。怪我をしたばかりの選手の多くは感情的になっており、泣いたり怒ったり、十分な意思疎通ができないことがあります。感情以外にも、怪我直後の痛みはより多くのnociceptorの活性を伴うため高いですし(どこが一番痛い?と聞いても、とにかく全部痛い、触診をしようにも少しでも触られると痛い、ということは珍しくありません)、guardingやspasmが本来の怪我の正体を隠してしまったり(i.e. ROMが本来よりも少なく見えたり、MMTの評価が影響を受けて下がったり、本来陽性になるべきテストが偽陰性になったり…)と、厄介なことが多いのです。もう一つ、画像診断等無しでは内部で何が起こっているかを完全に可視化することができず、我々が代わりに用いるselective tissue test (= special tests)の中にゴールドスタンダードとなりえるような完璧なものはありません。100%確実に特定の傷害を確定・除外することはできない、ということを念頭に入れながら、どのテストを選んで、どの結果をどう解釈して、決して100%や0%にならない確率(pre- and post-test probability)の変移を考慮に入れながらの診断にならざるを得ないということもあります。加えて、練習や試合中にフィールド上でおこなう(in-field)診断は、観客全員が固唾を飲んで見守っていたり、時にコーチや親御さんに怒鳴られながらおこなうなど、我々のコントロールできる範疇の越えた、distractionになり得る要素が多いことも特筆すべきでしょうか。オフィスの中でおこなう(in-office)診断はもう少し静かで落ち着いて、診断にしっかりと集中できる環境が整っています。

そこで、この論文です。In-field assessment by AT vs In-office diagnosis by physiciansを比較して、一体どれほどのagreementが得られるのか?この研究では、5つの高校を対象に、2010~2012年の間に起こった「ATが臨床診断を下したのちに医師にreferし、医師が医療診断を下した」傷害を全て検証。これらの条件を満たす怪我は検証期間内に全部で286件数起こったようなのですが、その詳細をInjury Databaseから引き出した上で、臨床 vs 医療診断が一致していたか、はたまた不一致だったのか分析したというわけ。
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結果は、286件中263件(92.0%)の診断が一致。この全ての怪我を種類別に見てみる(↑)と、一致率はmeniscal / labral tearが71.43%と最も低く、ATが5件「meniscal/labral injury」と診断したのに対して、医師は7件と、ATが2件見逃した形になっています。全体でのKappa Coefficientは0.907とかなり高い数字です。95%CIも求めておいてほしかったですが。

誤診というか、診断が合わなかった23件の「不一致」ケースもよく見てみると興味深い(↓)です。これを眺めているとATがoverdiagnosisしがちなのは骨折で、ATが骨折だと判断した傷害10件のうち1件は脳振盪、3件は打撲、6件は捻挫と医師からの最終診断が下されたことがわかります。これは、あの、身内擁護に聞こえるかもしれませんが、決して悪いことじゃないと思うんです。逆のケース(= ATが骨折ではないと思ったが、実は骨折だったケース)は3件と、overdiagnosisに比べてunderdiagnosisのほうが格段に少ないですよね。我々ATのモットーは「判断しかねるなら、常に悪い事態を想定せよ(= be safe than sorry)」なわけですから、骨折を除外(rule out)できなければ医師に受け渡すのが義務です。私は、これを誤診と呼ぶ必要はないと思っています。
もちろん、この表を見ていて、「おいおい、そりゃダメでしょ」と思うものもありますけどね。骨折の見落としは個人的には絶対にしたくありませんし、一番上の「ATが鼻骨骨折と思ったものが脳振盪だった」は、うちの学生にも「目に見えやすい怪我ばかりに捕らわれるな、顔面周りに衝撃を受けた怪我ならば、目に見える怪我が鼻骨骨折だろうが顎関節脱臼だろうが眼底骨折だろうが付随する脳震盪の可能性も考えられなきゃだめだ」と教えたばかりですから、これはアカンです。
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一方でですね、これらの『不一致』を見ていて、「これは『一致』で良くない?判断厳しくない?」と思うものもあります。例えば「AT: PFPS and Meniscal Tear」→「Physician: Meniscal Tear」とか、「AT: Possible Anterior Shoulder Subluxation」→「Physician: Shoulder Sprain」とか。前者はconcernとしては一緒じゃん、と思ってしまうし、後者は、そりゃーお医者さんのところに着くころにはsprainって診断されるでしょうよ、と個人的には感じるのですが…。

ともあれ。

この論文の結論には「Athletic trainers are highly qualified health professionals with several areas of expertise... (e947)」「...athletic trainers showed impressive accuracy in evaluating acutely injured athletes, especially in the absence of imaging equipment (e949)」と書かれています。贔屓目たっぷりだと自覚しながらそれでも書きますが、複数の専門性(i.e. 予防、救急医療、治療、リハビリ、そして今回の焦点である診断)がある医療従事者であるATが、診断の専門家である医師と92%一致する診断ができるってけっこうすごくないですか?画像診断なしで、目の前で起こった怪我を自分の目と手と頭のみを頼りに診断して、ですよ?これは全然胸を張るべきことじゃないんですけど、アメリカの給与比較を見てみると、ライセンスを取り立ての新人医師をひとり雇うお金で中堅ATが4~10人は軽く雇えてしまうんですよ。そう考えるとやはり、全ての高校や中学校にATを雇うことは大いに有意義なのではないかと、ずっと思っていましたし今回の論文を読んでも強く感じますね。

もちろん、この論文にも穴は多くあります。一つ目に、公平を期すならば、期間中に起こった怪我は全てATと医師によってそれぞれ別々に診断されるべきでした。この実験ではまずATが診断して、必要があると判断された場合に医師にrefer、という形なので、必然的にこの分析に含まれた怪我はどちらかというと重度寄りのもの、ということになります。それから、個人的にはこの研究に関わったATと医師それぞれのprofileが知りたいです。例えば、ATが全員職歴15年越えのベテランで、医師側はライセンスを取ったばかりの研修医が大半だったとか、経験の不一致がこの結果に与えた影響がどれくらいあるのか、データ無しには妄想すらもできません。それから、医師が診断を下す際に、ATの診断に対して何らかのblindingはおこなわれていたのか?現実的には難しかったかと思われますが、もしなかったならば、医師の診断がATのそれに引っ張られた、つまりバイアスがあった可能性もあるのでしょうか?

それから最も「一致率が低かった」とされるmeniscal/labral injuryですが、これは医師が画像診断を使っているが故に過剰診断をしている可能性はないのでしょうか。MRIによる画像診断でmeniscal tearが仮に発見されたとしても、それが患者のcomplaintと関連性があるとは限りませんよね。asymptomaticな(症状を伴わない)meniscal/labral tearもありますから。そこらへんはどう判断されたのか…。

まーそれにしても、とても面白い、そして自信をもらえる論文でした。100%の正確性のある医療が少数の人に届くことも大事ですが、92%の正確性のある医療がその何百倍、何千倍の患者に届くことも同じか、それ以上に意味があると思います。より多くの人の医療のエントリーポイントとなれるように。医療を身近に感じてもらえるように。ATが世の中にできることはまだまだ沢山ありそうです。

1. Lombardi N, Tucker B, Freedman K, Austin L, Eck B, Pepe M, Tjoumakaris F. Accuracy of athletic trainer and physician diagnoses in sports medicine. Orthopedics. 2016;39:e944-e949. doi: 10.3928/01477447-20160623-10.
2. Pryor RR, Casa DJ, Vandermark LW, Stearns RL, Attanasio SM, Fontaine GJ, Wafer AM. Athletic training services in public secondary schools: a benchmark study. J Athl Train. 2015;50(2):156-162. doi: 10.4085/1062-6050-50.2.03.
3. Pike A, Pryor RR, Mazerolle SM, Stearns RL, Casa DJ. Athletic trainer services in US private secondary schools. J Athl Train. 2016;51(9):717-726.

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  by supersy | 2017-09-22 17:00 | Athletic Training | Comments(0)

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