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脳振盪は生理周期にまで影響を及ぼす。

先週末はテキサスはダラスで行われていたPRIのCervical Revolutionの講習へ行ってきました。この講習はPRI講習の全ての中でも最も難解なのではないかと個人的には思ってます。Cranioのコースだった頃から考えて3回目の履修になるんですが、うーーーーむ、半分くらいはわかってきたような、まだ全然わからないような…。
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同じホストさんで何回も講習やってもらってますし、さすがにセカンダリーコースともなると知り合いも増えてきます。PRC/PRTの参加者だけでもこんなに(↑)集まりました!楽しかったー。
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ただのこぼれ話なんですが、この講習の中でひょいと「身体の中で一番強い筋肉はどれだと思う?」という話題が上がりました。多くの人はtongue(舌)!と叫び、私はmasseter(咬筋)かと思ったのですが、講師のMikeは「実はね…」と意外な筋肉の名前を挙げたのです。参加者全員ええーとびっくり。

時間があったのでその後少し調べてみました。「強い」をどう定義するかによるようですが(例えば、最もサイズが大きいのは大殿筋ですし、休みなく働き続ける筋肉こそ強いと考えれば心筋に勝るものはありませんし、強い圧を生み出すという意味ではmasseterなどの咀嚼筋が一番のようです。舌は複数の筋肉の集合体なので、厳密にはこれらのランキングから外れるようです)、ただ、「与えられたタスクに対して異様なまでの力を兼ね備えている」という相対的な意味で最も強い筋肉は、なるほど確かにMikeの言う通りなんと…extraocular muscles(外眼筋)なんだそうです。
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By OpenStax College [CC BY 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by/3.0)], via Wikimedia Commons

眼球は直径25mm程とピンポン玉程で、重量もそれほどないですよね。そんな眼球を動かすためにそれほどチカラは必要ないはずですが、extraocular muscleは本来眼球を動かすのに必要な力の100倍の力を出す潜在能力があるんだそうです。眼球1コどころか、100コを同時に動かせるというわけです。ひぇー!でもよく考えれば、我々って本を読んでいるときや、スポーツをしていて対峙しているプレイヤーからボールへと目を動かす際などには、よく考えたらとんでもないスピードで眼球を動かしていますよね。加速度がとてつもないということは、それを止める減速力も十分にないといけないわけで。1時間の読書で目は10000回動く、なんてのもどこかで目にした覚えがあります。ほえー、意外と頑張ってくれてるんですねー。



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さて、本題です。今月頭に発表されたできたてホヤホヤの研究です。脳振盪が全身に及ぼす影響の話は以前にも少ししたことがありますが、今回の論文1 では生理周期の乱れとの関係について検証されています。もともと脳振盪という分野において性別差というのは顕著に表れているんですよね。例えば、同じような運動をしていても女性のほうが脳振盪受療率が高いとか、2-6 より重度な症状を報告しやすいとか、7-10 回復に時間がかかる10とか…。女性のほうが首の筋肉が弱いからじゃないかとか、男性よりも嘘をつかずに症状を報告しやすいからじゃないとか、理由は色々と推測されていますが、真相はまだ不明です。

ともあれ、脳というのは身体のありとあらゆるリズムを司っていますし、生理周期も例外ではありません(私は知らなかったのですが、月経周期はneuroendochrine hypothalamic-pituitary-ovarian axis, 通称HPO axisによって制御されているそうです)。今までにmoderate-severe TBIの患者さんが受傷後にamenorrhea(無月経)やoligomenorrhea(希発月経)を発症するリスクがあることが報告されていたりはする11,12 ようですが、脳振盪を受傷した後の生理周期に関してはまだほとんど研究が存在しないのだとか。脳振盪によって生理周期に乱れが生じるとしたら、女性ホルモンのレベルにも恐らく変化が見られ、そうなるとbone heathの制御も異変が…これらの余波はスポーツ選手に深刻な影響を及ぼす可能性があります。なるほど、これは面白そうです。

実験の対象は、12-21歳で、1) 最低でも初潮から2年間が経過している; 2) 昨年一年間定期的(11-12回)な月経があった; 3) 英語を話せて、携帯メールのやりとりができる…という条件を満たした患者。妊娠や過去6ヶ月以内のピルの使用、視床下部・脳下垂体異常に摂食障害、鬱など、月経周期に直接影響があるような病歴がある患者は除外対象。被験者は受傷後120日間、毎週日曜日に携帯メールを通じて、オンラインアンケートに回答してもらったらしいのですが、そのアンケートでは 1) 生理はあったか、2) 新たな怪我はなかったか、3) ピルの使用の開始はなかったか、4) 妊娠したり、妊娠の可能性はないかの4項目が含まれていたそうな。もし実験期間中に患者のステータスが変われば(i.e. ピルを使い始めた)、inclusion criteriaを満たし、exclusion criteriaが有効でなかった週まで(i.e. ピルを使い始めた週の前まで)のデータに限定して集計、分析したそうな。回答が無い場合、もしくは回答が不明瞭だった場合には直接電話で連絡したりと、こまめにfollow upしていたようです。
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さて、結果です。Sports-related concussion (SRC)を受傷した患者68人(平均15.7 ± 1.8歳)と、Sport-related, non-head orthopedic injury (非頭部スポーツ外傷、i.e. 骨折、肉離れに捻挫など)を受傷した患者を60人(平均16.6 ± 2.0歳)比較した結果、SRC組の23.5% (16/68人)がアンケート期間内に2回以上の生理周期異常(これは間隔が36日以上と長すぎても、21日未満と短すぎても、出血期間が3日未満か8日以上のいずれかの場合でも『異常』とみなされたようです)を起こした一方で5% (3/60人)の非SRC組が同様の生理周期異常を認めた…つまり、脳振盪を受傷した患者の生理周期は、受傷後120日間以内、より統計的に有意に複数回乱れやすかった(OR 5.85, 95%CI 1.61-21.22)という結果が出ています。Amenorrheaになった患者は各グループ共にゼロだったそうな。

脳振盪ではないortho injuryをコントロールに設定したところは美味いです(怪我によってプレーできないという精神的な影響は少しばかりはバイアスから除外でき、完璧とはいいませんが、よりピュアな脳振盪のみの影響が推し測れるでしょう)。毎週繰り返したというアンケートの集計率も94.5%というのだからかなり高いですね。被験者の数も、power analysisによる「各グループ59人」という条件を満たしてきています。ここらへんはさすがにJAMA、デザインが丁寧です。敢えて突っ込むなら、「去年一年間普通に生理が来ていました」というのはあくまで自己報告なので、記憶違いやrecall biasを含む可能性がありますね。私が次に興味があるのは「受傷後の変化をprospectiveに集計する」ことで、特定のチーム(もちろん、複数も可)を受傷前の健康的な状態から時系列に沿って追いかけ、受傷前のデータと受傷後のデータをコントロールも用いて比較するべきではないかと思います。そうすればグループ内での受傷前・後の比較も可能になりますし、今回の研究のような、グループ間の年齢にそもそも統計的有意な差があった(平均15.7 ± 1.8歳 vs 16.6 ± 2.0歳, p < 0.01)とか「データをゆがめたかもしれない要素」の存在が少し薄くなりますから。私は今回は年齢の差、という要素が今回のデータを致命的にskewした可能性は低くはないと思っています。

ふーむ…。バイアスの可能性はひとまず置いておいて、脳震盪を受傷して、4ヶ月間以内にこれだけの生理周期の乱れが生まれるかもしれないというのはなかなかに興味深いです。これはさらにどのくらいのスパンで起こるものなのか(これらの異常は受傷直後に集中して起こっていたのか、それとも4ヶ月間に広がるように満遍なく起きていたのか?)、もう少しデータを見てみたい気がしますね。一体どれくらいの期間を経ればきちんと正常に戻るのでしょう?乱れてしまった場合、どういった治療法が有効なんでしょう?実際に、どれほどのorthopedic injuryに繋がりやすいのでしょう(疲労骨折のリスクが上がるとか)?もう少し腰を長く据えて結果を追っていきたい分野です。

1. Snook ML, Henry LC, Sanfilippo JS, Zeleznik AJ, Kontos AP. Association of concussion with abnormal menstrual patterns in adolescent and young women. JAMA Pediatr. 2017;171(9):879-886. doi: 10.1001/jamapediatrics.2017.1140.
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12. Ripley DL, Harrison-Felix C, Sendroy-Terrill M, Cusick CP, Dannels-McClure A, Morey C. The impact of female reproductive function on outcomes after traumatic brain injury. Arch Phys Med Rehabil. 2008;89(6):1090-1096.

  by supersy | 2017-09-21 23:30 | Athletic Training

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