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噛み合わせとスポーツパフォーマンスの関連性。

日本人研究チームの発表したふたつの歯科関係のpilot studyを見つけました。面白いのでまとめておきます。

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噛み合わせとスポーツパフォーマンスの関連性。_b0112009_05231922.png最初はこちら(↑)。1 英語がところどころかなり怪しくなるのが少し残念な文献ですが、イントロでは「初期の咀嚼筋活動を計測した研究ではEMGのワイヤそのものが活動に変化を及ぼした可能性があったが、今ではワイヤレスの装具も開発が進み、その心配がなくなった(←)」点を指摘。ほー、知らんやった、なるほど…。

今までは野球、バレーボール、ハンドボール、サッカーなどで選手が力む瞬間(i.e. バレーボールをスパイクする瞬間)にmasseter (咬筋)の活動が増加することが報告されており、「陸上ではどうかしら?」というのがこの研究の焦点です。

28人の大学陸上選手(平均年齢20.0歳、SD不明、男21人、女4人…短距離、やり投げ、砲丸投げ、走り幅跳び、高跳びの5種目のmix)のmasseterにEMGの電極を付け、それぞれの競技動作中の筋活動を計測したそうな。もう少し詳しく解説すると、腕や足にも電極を付け、動画も撮影して、実際の競技動作とどう連動してmasseterが活動を起こすのかを分析したようです。

結果を見てみると、やはり予想通りというべきか。陸上選手は加速時に、投擲選手は投動作時に、そしてジャンプ種目の選手は踏切りと着地時にmasseter activityが増加するという結果が出ました(個人的には、投擲種目では投げた瞬間にmasseterの筋活動が一気に落ちる一方、ジャンプ競技では着地時にも、踏切時に劣るとはいえまだ顎に力が入っているという結果が興味深かった)。動きの中で姿勢を保つ、且つ、強い力を生み出すにあたって食いしばりを利用して身体の安定性を出すことが目的なのではと考察では説かれています。


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もうひとつ。歯を食いしばる(teeth clenching)と静的バランス能力が向上する、という研究はあるけど、動的バランスに関してはあんまり報告がないので調べてみました、というのがこちらの研究。2 これも英語がたどたどしく、かわいらしい感じなのだけど、こういうのって、あまり指摘されないものなのかしら?Typoも複数あるような…。

この論文で検証されたのは3つ。1) ジャンプからの着地、という動的バランスタスクの最中に、歯の食いしばりはどのように起こるのか? 2) 観察から導き出せる関係性はあるか? 3) 意図的に食いしばりをさせた場合、パフォーマンスに変化は出るのか? 20-30歳の25人(男15人、女10人、平均年齢不明)の被験者に、5分間のエアロバイクでのウォームアップののち、20cmのボックスから片足で跳び、厚さ5cmフォースプレートに着地する(=落差15cm)…というタスクを前に跳んだ場合と横に跳んだ場合でそれぞれ3回繰り返してもらい、着地時のGround Force ReactionとCenter of Pressure (CoP)を記録、分析したそうな。もちろん食いしばり度を計るためのMasseterのEMGもね。
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で、結果です。指示がない状態で「自然に」ジャンプ・着地してもらった際には、前方ジャンプ時には19/25人が、横方向ジャンプ時には10/25人が歯を食いしばったようで、前方からの衝撃のほうが、横からのそれに比べて歯を食いしばりやすい(p = 0.009)ということが一つ言えます。前に進みながらの着地のほうがOptic flowが激しく、衝撃がくる!という感覚が強いからでしょうか?

着地時の身体の使い方をもっと詳しく見てみると、横へのジャンプでは歯を食いしばった(clenching)被験者と食いしばらなかった(non-clenching)被験者で着地に違いは認められなかったものの、前方ジャンプに限っては「masseter活動の高かった被験者の着地のほうがhard landing (= 柔らかい着地でなく、衝撃をうまく吸収しきれていない、激しい音を伴うような着地)と、より大きな身体のswayが見られた」ことが確認されています。このグループ間の差は、全員に歯を食いしばって着地するように指導した際には消えたことから、「片足でジャンプ・着地する際には歯を食いしばると身体がよりグラつき、衝撃吸収がうまくできない」、つまりもっとgeneralizeすれば「歯を食いしばると動的バランス能力が低下する」可能性を示唆しています。

歯を食いしばれば静的バランス能力は上がるのに、動的バランス能力は上がらない、むしろ下がるかもしれない、というのは興味深いfindingですね。しかし、静的バランスタスクは歯を食いしばって身体をstiff upさせ、こわばることでなんとかmanageできてしまう一方で、着地のような動的バランスが求められるタスクは、身体をこわばらせるのではなく、刻一刻と変わる状況に合わせて身体を動かしながら、衝撃や環境にadaptしていけなければうまくこなせないわけですから、そういった本質の違いが出ているのかもしれません。これは、先の陸上選手の研究で確認された、「短距離の選手は、最初の加速時には歯を食いしばる傾向にあるものの、スピードに乗ってくるとmassterの活動は下がる」という報告とも合うんですよね。lock upしなきゃいけないときには歯を食いしばり、free upしたいときには顎も休ませるのが一番、ということなのか。そう考えると、先の研究で、踏切時と着地時の療法にmasseterの活動が上がっていたという報告があったけれども、本当は踏切時に噛み締めて、着地時には噛み締めないほうが本当は理想的なのか?色々考えてしまいますね。

この研究を読んで頭に浮かんだ疑問を挙げるとすれば、1) (指示なしに)自然にジャンプ・着地させた場合の計測時に、被験者は「この研究は歯の食いしばりが着地メカニズムに影響を与えるかどうかを検証している」という事実を知っていたのか?表記がない以上、こういったblindingはなかったと考えるのが真っ当な気がするが、その場合、この結果はどれだけ「自然」と言えるのか? 2) どうして指示は「歯を食いしばる」のみだったのか?「歯を食いしばらない」指示も加え、2種類の指示の違いも検証すべきだったのでは? 3) この研究で計測された片足のジャンプ・着地という比較的単純で予測可能なタスクで出た結果が、実際のスポーツでの動きにどれだけ当てはまるかは謎である…というところでしょうか。

まぁどちらもPilot studyですから、穴が多いのは当然なんですけども。どちらの研究も、噛み合わせが身体全体の動きや機能と連動している、というところが面白いですよね。スポーツ選手の歯科介入はこれから日本でももっともっとメジャーになっていってほしい分野なので、日本人研究チームがこういった検証を行っていることは嬉しく、心強く感じます。もっといろいろな研究が見てみたいですねー、続報を待ちます!


1. Nukaga H, Takeda T, Nakajima K, et al. Masseter muscle activity in track and field athletes: a pilot study. Open Dent J. 2016;10:474-485. doi:10.2174/1874210601610010474.
2. Nakamura T, Yoshida Y, Churei H, et al. The effect of teeth clenching on dynamic balance at jump-landing: a pilot study. J Appl Biomech. 2017;33(3):211-215. doi: 10.1123/jab.2016-0137.

  by supersy | 2017-09-16 23:00 | Athletic Training

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