適切な心肺蘇生は肋・胸骨の骨折を伴う。

何年かに一回、SNSなどで「AEDを女性に使おうとして訴訟されそうになった」「肋骨や胸骨を折ると訴えられるから心臓マッサージはしたくない」という投稿を見かけ、そのたびにもやっとした気持ちになります。色々思うところはあるのですけれど、今回は、サラッと胸骨・肋骨骨折についてだけまとめますね。

さて、成人が意識を失って倒れている場合、まずは1) 真っ先に救急車を呼んで、2) 救急隊を待つ間、患者の脈拍・呼吸が見られなければ一刻も早く胸骨圧迫を開始/AEDを使用する、というのが近年の救急対応スタンダードです。私自身、つい最近、アメリカ赤十字のCPR(心肺蘇生)/AED資格更新講習を受けたんですが、最新のガイドラインでは、成人の胸骨圧迫は最低でも2インチ(=約5cm)、子供は約2インチ(約5cm)、幼児が1.5インチ(約3.8cm)の深さに達しないと十分な効果無しと指導しています。私が初めて救命講習を受けた15年前は成人の胸骨圧迫度合はもっとずっと浅くてよいと教えていたと記憶していますから、「効果的な救命には我々が以前思っていたよりもより深い圧迫が必要」というのが近年の共通理解なんです (*調べてみたら当初は3-4cmと教えられていたのが1960年代に4-5cmに変わり、2010年からは「最低でも5cm」に変更になったようです。スピードも2010年前には「一分間に100回」だったのが、2010年以降は「最低でも一分間に100回」と、時代と共により深く速い圧迫が求められるようになっているのが見て取れます1)。硬い胸郭に守られている心臓をマッサージしようというのだから、それなりの力が必要なのはまぁある意味アタリマエです。
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そんなに深く速く圧迫したら、胸骨や肋骨が折れてしまうんじゃないか?と心配する方もいるかもしれません。そのとおりです。最新のガイドラインに沿えば、以前よりもこういったCPRに起因する胸部の骨折が増えてしまうのも、至極当然なのです。一般の方にはショッキングかもしれませんが、簡単に統計を紹介します。1

●心臓マッサージを受けた全患者の87%(男性: 86%、女性: 90%)が何らかの骨折(胸骨 and/or 肋骨)をする。
●肋骨の骨折は全体の80%の患者に(男性: 77%、女性: 85%)、胸骨の骨折は全体の65.3% (男性: 59.3%、女性: 78.6%)に見られ、胸骨の骨折はかなりの確率で肋骨骨折を伴う。
●胸骨こそ女性のほうが2.3倍ほど骨折しやすいという統計が報告されているが(OR 2.28, 95% CI 1.83-5.18)、骨折全般のリスクそのものは男女差はない。
●骨折の可能性は年齢と共に上昇する傾向にあり、30歳未満の骨折率は41%程であるのに対して、50代では85%、60歳以上だと骨折率は92%にもなる(下のグラフ参照)。
●2010年のガイドライン変更前と後では、骨折率も85%から89%と増加しており、「胸骨圧迫の深さ・速さ」に関する改訂により、骨折のリスクはより高まったと言える。
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心臓マッサージによる年齢別骨折率。 Kraji et al., 20151 Figure 1を元に作成

つまり、まとめると「心臓マッサージに骨折はつきもの」!むしろ骨が折れて当たり前くらいの気持ちでやっていないと、現行のガイドラインの基準を満たすような深く速い胸骨圧迫はできない、ということになります。「折れて当たり前」は救急隊の間ではよく知れた常識であり、救命士資格の講習会でも「骨折は治る、しかし命を失ったらそれまで」と頻繁に謳われます。警察庁、消防庁、教育省、厚生労働省、日本医師会、日本救急医学会、日本赤十字社などが共同で発表している「救急蘇生法の指針」というガイドライン2にも、こんな風に明記されています。

わが国においては民法第698条の「緊急事務管理」の規定により、悪意または重大な過失がない限り善意の救助者が傷病者などから損害賠償責任を問われることはないと考えられています。また、刑法第37条の「緊急避難」の規定では、害が生じても、避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り罰しないとされています。善意に基づいて、注意義務を尽くし救急蘇生を実施した場合には、民事上、刑事上の責任を問われることはないと考えられています。(p.44)

個人的には「責任を問われることはないと考えられています」よりはもう少し語調の強い、「問われることはありません」という断言ができれば安心この上ないと思うのですが(例えばアメリカにはGood Samaritan Law、善きサマリア人法という『救急の場面で、人を救おうという善意で行った行為に対して、失敗するなどして実害が生まれてしまった場合にもその人は責任を問われない』という法律による確固たる保護があります。日本でもこれが制定されるべきかは協議中ということなのですが…)、それでも今までに日本で救命行為を行った人が法律的処罰を受けたケースはないそうです。AED使用時の脱衣行為で訴えられるなど、もってのほか。周囲の一般人が騒ぐことすらあれ、仮に警察などに通報されても、それが救命行為だったと分かれば警察も失笑、一蹴してくれるはずです(なんてったって、警察庁も構成委員を務める指針に「民事上、刑事上の責任を問われるべきではない」とはっきりと書いてあるんですからね)。

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さて、ここからは少しばかり突っ込んだ話をしますので、読みたい方だけ読んでください。私が今回参考にしたこの文献(↑)1は、スロベニアの研究チームによって2015年に発表されたもので、検証対象は「2004年から2013年の間にCPRを受けたにも関わらず助からなかった(= 死亡した)18歳以上の患者2148人」です。これを踏まえて、指摘しておきたい点が2つあります。1) サンプル数としては十分な数が揃っていると言える…が、2) あくまで死亡した患者ということで、解釈には注意が必要。例えば、私はこんな風に考えます。胸骨圧迫の深さが不十分だったから蘇生ができなかった可能性も否定できない→となれば、この研究で報告されている骨折率はむしろ胸骨圧迫を施されて助かった患者のそれよりも低い可能性は十分にあるのでは?私はこの論文に書かれている数字を「最低骨折率」として解釈してもいいのではと思っています。皆さんはどう思いますか?

その逆で、「胸骨圧迫そのものが死を招いた可能性も否定できないだろう」という人もいるかもしれません。しかし、同論文の中に、骨折をした1875人のうち、検死解剖で『胸骨圧迫により、死亡に関わった可能性があるほどの内出血』が認められた患者は30人にしか確認されませんでした(内訳は肝臓破裂 n = 13, 肋骨脱臼・胸骨骨折 n = 11, 脾臓破裂 n = 2, など)。これは全体の1.39%(30/2148)にしかなりません。もっと極端な例で言うと、その場で既に即死していても(= 既に蘇生の可能性がゼロでも)、なんとか蘇生しないかと奇跡を願って30分45分と胸骨圧迫を長時間続け、その結果骨がバキバキに折れてこれだけの内臓損傷を引き起こしてしまっていた可能性も十分にあると思うのです。死亡が先なのか、胸骨圧迫による損傷が先なのか、chicken or egg...どちらにしても、これらの30件全てが「胸骨圧迫によって死亡した」と断定できたわけではないのです。
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さぁ、多く見積もっても胸骨圧迫で患者が死亡する可能性は1.39%。1心肺蘇生を行わずにただただぼうっと救急隊の到着を待っていれば、一分ごとに患者の生存率は10%降下していきます。3 日本の救急隊が現場に到着する全国平均時間は8.6分とのことですから、4 これを悠長に待っていればどちらにせよほぼ確実に患者は命を落とすことになるわけです。一刻も早い「現場での行動」が生存率を少しでも上げるのは間違いのない事実です。

現場でCPRを開始できるのはプロの救急隊ではない、たまたま居合わせた一般の人であることが圧倒的に多いのです。3 頭に浮かぶかもしれない躊躇や不安を振り払ってでも、とにかく胸骨圧迫だけでも開始してもらえれば…と医療従事者のはしくれとして願っています。

ちなみに、もうかなり古くなってしまいましたが、AEDに関する記事を昔書いたことがありますので、こちらも併せてぜひ。


ところで全然関係ないんですけど、このデータもかなり面白かったです(↓)。1 肋骨、胸骨骨折を部位別に骨折確率をまとめたもので、肋骨は第3-5肋骨骨折が最も多いこと、そして胸骨は胸骨体の中心か胸骨角部分の骨折が多いことがわかります。いやー、これだけでも焼酎2杯はいけますね!おもしろい…。
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1. Kralj E, Podbregar M, Kejžar N, Balažic J. Frequency and number of resuscitation related rib and sternum fractures are higher than generally considered. Resuscitation. 2015;93:136-141. doi: 10.1016/j.resuscitation.2015.02.034.
2. 日本救急医療財団心肺蘇生法委員会. 救急蘇生法の指針、市民用、2015. https://www.fdma.go.jp/neuter/topics/kyukyu_sosei/sisin2015.pdf. Published 2015. Accessed on April 28, 2017.
3. Rivera NT, Kumar SL, Bhandari RK, Kumar SD. Disparities in survival with bystander CPR following cardiopulmonary arrest based on neighborhood characteristics. Emerg Med Int. 2016;2016:6983750. doi: 10.1155/2016/6983750.
4. 消防庁. 報道資料:平成27年版 救急・救助の現況. 総務省消防庁website. http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h27/12/271222_houdou_2.pdf. December 22, 2010. Accessed July 10, 2016.

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  by supersy | 2017-04-28 22:30 | Athletic Training | Comments(0)

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