チーム医療の実践のために知っておくべきこと、その3。

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#7 Ambrose-Miller & Ashcroft, 2016
Social workerさんがIPPをしていく上で直面する問題点を挙げた論文。冒頭でIPPを成功させるカギとしてこんなことが挙げられています。
- Organizational Structure
組織の中にcollaborative leadershipがあること、そして組織の文化そのものにコラボをしましょうね、という文化や雰囲気があるのは大事で、そのためのコミュニケーション方法が確立されていることも大事である…としたあとで、「colocationも大事」と述べられています。Colocationという単語を初めて耳にしたので、なんじゃら、と思って調べてみたら、別々の団体、様々な職種の人たちが同じ施設に勤めている環境を意味するようです。なるほど、physicallyに一緒のところにいるって確かに強いですよねー。
- Professional Identity and Scope of Practice
プロとしてのアイデンティティー…これは他の文献でも言われていることですが、面白い表現だなぁと思ったのが"social workerはinterdisciplinary teamの中で効果的に機能しようと思ったらその役割をnegotiateしなきゃいけない"というところですかね。役割を「定義」するのではなく「交渉」するというところが面白い。「私こういうことが得意なんだけどこれやってもいい?」「これはあなたがやるの?それとも私やろうか?」という感じでしょうか。これは、social workerに限らず、全てのプロがすべきなんだろうなと解釈しました。
- Power Differentials
医療界にはovert (あからさま…i.e. 金銭的優位)とcovert (一見目につきにくい…i.e. 何かを決める際の発言力の違い)なpower differentials (権力格差)があり、これによってIPPが促進されることも抑制されることもある…とのこと。やはりその中心にいる(=最も権力が高い)ことが多いのはdoctor (医師)で、この階級制度を平らにしようと思ったら一番影響を受ける(=権利を手放さなければならない)のは医師だ、と書かれています。逆に言うと、その変化を医師が恐れていては本当の意味でのIPPは実現できないでしょうね。

さてさて、研究はNational Conferenceの間の2日間に行われたようで、自主的に参加の意思を示した11人のSocial workerに携わっている学会参加者(educators, practitioners, researchers, studentsのごちゃまぜ)に対してsemi-structured focus group (90分のインタビュー)をおこない、その結果をqualitative studyとしてまとめています。IPPのbarrierとは?Facilitatorとは?と問うたわけです。ここまでの突っ込みどころとしては1) 11人という少ない人数に対して、あまりに様々な背景(教育、臨床、研究、学生…)を集めすぎたのではないか?data saturationに達せるとは到底思えないのだけど…; 2) 90分というインタビューの長さにはまったく幅が無いけれど、11人全てきっちり90分インタビューしたとは考えにくい; 3) インタビュー内容は録音されておらず、研究者はノートを取りながらまとめたのみ。90分正確なノートを取り続けるのは不可能に近いと思うのが…; 4) member checkingやその他のtrustworthinessを高めるテクニックは一切使われず。信憑性は低い…というところでしょうか。

でてきた6つのテーマは…他の研究ともかぶっているものがかなり多くて、特に目新しいと感じたものはないんですが、1) Collaborative Culture…平等主義と「コラボするぞ」って雰囲気が組織内にあることが大事。そして、こういうのは気を抜くとすぐになくなってしまうものでもあるので、大事に育む(nurturance)という精神が大事; 2) Self-identify…患者を個人として、そして社会の中の一部として見つめる…それこそがSocial Workerの仕事である、と自覚すること。そしてSocial workerという仕事はそもそも曖昧な役割を担うものである、と自覚すること。仕事の中にFlexibilityがあるところが難しいところでもあり、面白いところでもある、という理解すること; 3) Role Clarification…他人の仕事を理解し、他人に仕事を理解してもらう。お互いから学び合うには、受けてきた教育(IPE)とColocationがやはり大事; 4) Decision Making…医者が決めてしまうのではなく、チームとして物事を決める; 5) Communication…これは、もういいですよね?こまめに、形態化して行う。意外なことにElectric medical recordsには問題が多いと感じているsocial workerが多いようです; 6) Power Dynamics…医師が権力を持ちすぎていて、social workerの発言が打ち消されることがある。

やはり、「お互いの役割と領域をしっかり理解した上で、その壁を崩してfluidityを持って仕事をする」というのがカギのようです。チームとして物事を決めていく、ということも最後にもう一度強調されているのですが、これが実現するには医師がチームの他のメンバーを信頼し、権限を共有する勇気を持たないと始まらないように思います。
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#8 Theberge, 2007
今までもう長いことオーソドックスな医療のみが主流だったのが、近年になってComplementary and Alternative Medicine (CAM、代替医療)が受け入れられるようになり、医療に幅が出てきました。特にスポーツ医療の分野はその傾向が強く、鍼灸師やマッサージセラピストなど、様々なプロが入り混じるようになってきています。この論文では、その代替医療の筆頭であるChiropracticがスポーツ医療の現場でどのように機能しているかまとめたものです。

トップレベルのスポーツ現場(オリンピックなどを含む)で勤務経験のある35人の医療従事者(11人のphysicians, 10人のphysiotherapists, 6人のathletic therapists, 8人のchiropractors)に対して個別にinterviewを行い、それを録音、文字起こししてcodingしましたとさ。

スポーツ医療の目的は、リスクを見極め、最小化して、その上で選手の持つ最高のポテンシャルをパフォーマンスとして引き出すこと。この中心にいるべきは間違いなくathleteであり、athlete-centeredのケアを提供するということは選手が欲しいというものを提供することでもあります。医療スタッフ陣も、オリンピック協会からも「選手が欲しがるものを提供しろ」と直接プレッシャーをかけられたりすることがあるんだそうです。ひえー。逆に言えばこうして求められてpopularになってきたのがカイロプラクターということなんですよね。しかし、同時に医療チームの他のメンバーが、「(カイロよりも)もっといい治療があるのに…」と感じていたりなんかすると、カイロを快く思わない他の医療従事者との間に溝が出来ていたりもするそうです。

スポーツ医療チーム内のコラボはもちろん超重要。オリンピックレベルともなると、その世界の専門家が集結するわけですから、お互いからの学び合いを「貴重なもの」と感じているプロが多いようです。こういったコラボが順調に進むためにカギとなるのは、やはりプロとしての境界線とcomplementarity(相補性)のバランス、そして「最終決定権は医師にある」という暗黙の了解なんだそうな。オリンピックとかだと、やっぱり責任の出どころなどははっきりしていないといけませんしね。

カイロプラクターにとっての障壁とは?というセクションでは「どの職業でもチームとしての枠で上手く働けない性格の人というのはいるけど、カイロはその中でも特にチームの一員として働くのが不得手」と多くの被験者が回答しています。もちろん「人による」のでしょうけれど、普段のpracticeが基本ソロで、全部自分で決められるから、チーム内でも同じようにやってしまう人が多いという背景があるようです。カイロからしてみると、「我々はprimary health care provider、診断も治療もreferもする。Manipulationしかしない人、という認識は侮辱的だ」という意見だし、医師や他のセラピストは「チーム医療でカイロに求められているのはあくまでManipulation」と考えている…ここらへんに大きな認識のズレがあるようです。
それから、「あくまでカイロがここにいるのは選手が望んだことだから」という認識も医療チーム内ではあるようです。「他のセラピストとやることは被っていたりもするし、どうしてもチーム医療のメンバーでなくてはならない、と我々が感じているというよりは、やはり選手に求められているからいる」ものだと考えている人もいると。「本当にもう上手くいっている、医師とPT、AT、Massage Therapistのチームが既にあったとして、そこにカイロを足すことがマイナスになることもある。上手くやれていたバランスが崩れる」という厳しい医師の意見も紹介されています。

カイロプラクターを取り巻く論争、という章ではカイロの(誰が何と言おうと)一番の武器であるmanipulationが、「quick, not long-lasting fix」というところに引っかかる医療従事者も多い、と論じられています。「いや確かに直後のパフォーマンスは良くなるかもしれない、選手も精神的に満足かも知れないけど、やっぱり僕はもっと根本的な治療も組み込まなきゃダメだと思うんだ。試合の場ではそういうことが難しいのは分かるけど…」というPTや、「ぽきっとやってもらうことは『普通』になった選手は、自分独りではそのズレた『普通』を見つけられなくなり、カイロプラクターにぼきぼき「やり続けて」もらわなければ『普通』になれなくなる。これはdependent(依存)と呼ぶべきだろう」という医師のコメントも。これに対して興味深いのが、とあるカイロプラクターの「大事な試合の前には派手にぼきっとはやらないよ、すごく軽いものだけ」というコメント。それに対して「そんなに『軽い』ものだったら生理的な効果はあるんですか?」とインタビュアーにつっこまれ、「試合前はフィジカルもだけどメンタルも大事。(生理的な効果はなくても)それによって気持ちが整えられれば損じゃないでしょう?」「手を置いて、信頼関係を築くことが大切」と答えた、という描写があります。うーん?こうなってくるとその前の医師の「依存性が生まれてくる」というコメントがさらに映えてきますね。自らのスキルや専門性を、ただの気持ちを整えるルーティーンの一部にすることに満足してしまうのってもったいなくないですか?せっかくそんな大事な場にいて、選手の身体を触れる立場にあるのに。他にも「最近のカイロプラクターはもっとholisticなことをしているよ。エクササイズを使うのが主流になってきてるし」というカイロによるコメントもありましたが、だったらエクササイズの専門家、PTさんに任せておけばよくない…?という疑問も湧きますね。カイロプラクターがカイロプラクターたるそのニッチを、カイロプラクター自身が言葉にして説明できないのは最大の弱点かもしれません。この章は、他にもカイロ対他医療従事者のかなりヒートアップした意見が事細かに綴られています。詳細はどなたかの気分を害すと嫌なので書かないでおきますが、気になる方はfull textを読んでみてくださいな。

プロとしての妥当性、という最後のまとめでは、「それでもスポーツ医療チームに招かれるカイロは、manual therapistとしての役割が望まれていること、つまりreduced scope of practiceで働くことが求められているということを理解した上で参加すべき。そして、他の医療従事者は、カイロプラクティックのadjustmentが信頼と自信によって確立されており、placeboに深く関わる効果がある、ということを認め、カイロをチームへ受け入れるべきだ」と述べられています。私も過去8年程、大学勤務中に数名のカイロさんと仕事しましたけど、その経験からでいうと、陽気でエネルギーに溢れていて仕事は一緒にしやすい方が多かったです。でもなんというか、個人的に、カイロさんと一緒に仕事をしていく上で一番苦労したのは、カイロさんの下へ送った選手の15%くらいが悪化して帰ってくるってところでしたね…。私の個人的な経験に基づく数字で言うと、25%くらいは「劇的に良くなる」、30%くらいは「多少良くなる」、30%ほどは「特に変わらない」で、15%は悪化、という感じでしたかね。総じて良くなる患者さんのほうが圧倒的に多いんですけど、私の中で「悪化」だけは絶対にダメだと思うんです。この選手、カイロさんに見せたいんだけど悪化したらどうしよう、明日試合だし…みたいな葛藤があると、やっぱり「自分で治療しよう」と思ってしまいます。あとは、うーん、時折教育的背景を疑問に思うことがあったというか…sprainとstrainみたいな基本的な用語をごっちゃにしてしまっていたり、Thomas TestとThompson Testを覚え間違えているとか、解剖学の知識が曖昧とか、そういうところを垣間見てしまうと同じ医療従事者として尊敬しにくくなるというのはありました。たまたま知識のupdateをしそびれていた分野、とか、そのカイロさんだけの問題だったのかもしれないけど。

チーム医療のメンバーになる、ということは、「他のメンバーにそれを貴方よりも上手くやる人がいたら、その役割は譲る」ということなんだろうと思います。例えば診断は医師もPTもATもカイロもみんなできますが、チーム医療を実践する場合、それの役割は医師が担うのが全うだ、と判断し、PT、AT、カイロが一歩引くのが「チーム医療」なんじゃないでしょうか。やっぱり一番最初の線引き、領域の定義がしっかりしており、それを全員が受け入れてからでないと、理想的なIPPの実践は難しいですね。
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#9 Pellatt, 2005
脊髄損傷は実に一人の人間の人生に多大な影響を及ぼす怪我。そのリハビリに、IPPのアプローチはうってつけなんじゃないの?現実はどんな感じなの?というのがこの研究。イギリスのとあるLarge spinal cord injury unitに勤務するInterprofessional Teamのメンバー(14人の看護師、5人の医師、3人のOT、5人のPhysiotherapist)にsemi-structuredなインタビュー。長さは30分から1時間程度で、テープ録音 & transcribeされ、そのあとcodingされました。Rigorの確立のためにreflexive approachは使われましたが、member checkingは行われず。うーむ。最低でも2つは何かした方がいいと思うんですけどね、rigorのために。

この研究の結果は面白かったです。一言に要約するなら「Knowing Paradox (知ってるつもりパラドックス)」とでも言いましょうかね。

●Overlapする役割
NurseとOT、PTとOT…他業種間の仕事内容のOverlapが多いというのはここまでの文献でも言われていることですが、今回の研究の参加者の中にはこれは「弱み」ではなく「強み」と感じている人が多かったそうです。お互いを補い合え、また同時に、同じことでも少し違う視点から見合えることでよりcomprehensiveなviewをつかめるというわけですね。

●わかってもらえない
しかし、overlapしない役割も多くあります。インタビューされた医療従事者はそれぞれ『もう、他の皆ってば私の職業が何なのか、どんなことができるのか十分にわかってくれていない!』と感じているというんですね。興味深いことに、NurseとOTは「私たちはもっとできることがあるのに、下に見られている。有効活用してもらえていない」、PTは「リハビリにおける自分の役割は他のプロよりも重要でhigh profileなのに、そこんところを周りが理解しきれていない。そんなことでイライラされてもなぁ…」。医師は「俺らってはそんなに何でも屋じゃないのに、どんなことにも完璧な知識を持ってると思われてる。そんなわけじゃないよー」…という、別々の理由で「わかってもらえていない」と不満を感じている、というのも実に興味深いです。

●でも私はわかっている
そんな反面、多くの医療従事者が『でも私は他の皆の仕事をよくわかってるもんね』と感じている、というのです。「自らを棚に上げ現象」ですよねぇ。

この論文の考察がまた面白いっす。なんか教科書みたいというか、個人の意見がかなり入っている気がするんですけど、self-fulfilling prophecyとでもいうんですかね、このKnowing Paradoxは「自信がなくてdecision-makingに入っていけない人がmisunderstood/underratedと感じがちなんじゃないか(=自信がなくて行動に踏み切れないことが、「大したことができない」と思われる原因を作ってしまっている)」、そして「自分はみんなのことを分かっている、という自信がある人はその自信ゆえにそれ以上他人を知ろうとしないからこそ、溝が広がってしまう」ということが原因なんじゃないか、と論じているんです。これは面白い考え方です。加えて、英語には"othering (他人化する、ヒトを自分とは異質のものであると認識する)"という言葉があるんですけど、NurseやOTは"self-othering (自らを他人とは違う、「どうせ私はPT/Doctorじゃないもんね」と区別)"する傾向にあるんじゃないんか、とも述べています。Doctor/PTがdominantな存在で、NurseやOTは自分らを「それに従う」存在と認識しているってことです。

Otheringをやめること、そして、「自分は他人を理解している」という認識を忘れ、真摯に他人を学ぶ姿勢がIPPの成功には大事なんじゃないかなっつーことですかね。
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#10 Semlyen et al., 1998
最後の論文です。Traumatic Brain Injuryのリハビリにmultidisciplinary rehabを取り入れて、そのアウトカムがどうだったかを2年間に渡って追ったUKの研究。古い論文なのだけど、とても気を使ってデザインしたんだろうなぁという心配りが感じられ、まだ研究のデザインなどに不慣れな人も読みやすいように丁寧に良く書かれている印象です。

Hunters Moor Regional Rehabilitation Centreでmultidisciplinary rehabを受けた患者(Hunters Moor Group、略してHM組; 33人、うち男性28人、女性5人、平均年齢36 ± 13歳)と他の施設で一般的な(single discipline approachの)リハビリを受けた患者(Other Rehabilitation Group、略してOR組; 18人、うち男性15人、女性3人、平均年齢30 ± 12歳)を対象に行った研究。Inclusion Criteriaはsevere traumatic head injuryを受傷してRegional Neurosciences Centre at Newcastle General Hospitalを受診した患者で、1) initial Glasgow Coma Scaleが最低でも6時間、≦8; 2) 16-65歳; 3) 家族・保護者がconsentを出せる状況; 4) 病院近辺に住んでいる; 5) surgically stableで受傷後4週間以内に退院できた人 (根拠は分からないけど、そこそこ細かくいいinclusion criteriaに見える。exclusion criteriaは明記されていないが、drug/alcohol misuseがあったり、神経系疾患が元々あった人は除外されている)。

上記の条件を満たした上で、病院から「(退院して)transferしてよし」と判断された状態でinterventionがスタート。で、患者さんが住んでいる地域と、Hunters Moorのベッドの空き状態に基づいてHunters Moorか別のlocal hospitalかに振り分けていったんだそうな(ランダム化はされていない、OR組はグループ内のheterogeneityを減らすためにせめてひとつの病院に送るべきだったのでは、グループの患者数が33人 vs 18人と約2倍の大きな差がある)。HM組の患者は毎日nusring care, physiotherapy, speech & language therapy, occupational therapy, clinical psychology, rehab medicine, counseling, social work inputという幅広い医療を提供されていた一方、OR組はinpatient, outpatient, home-basedなどで患者のgoalに最も合ったsingle disciplineのセラピーを受けていた(i.e. ひとりのphysiotherapistと週に一回一時間のみ、とか) (やはりリハビリ内容のバラツキが気になる。しかも、HM組は毎日リハビリで、OR組は週に一回一時間、とかなんだったら、仮に差があったとしてもリハビリ頻度の問題かもしれない。単純に比較するにはコントロールしきれていない要素が多い)。
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リハビリ開始前の脳損傷の程度などはグループ間の差はなかった、というけど、このテーブル2を見る限りだと統計的に有意でないながらもHM組の脳損傷の程度のほうが悪い傾向にあるのが分かります。加えて、HM組のほうがリハビリを始める前に著しく時間が経過していた (49.37 ± 29.62日 vs 17.94 ±13.60日, p < 0.001)ことが分かりますね。つまりoutcomeにはHM組のほうが不利だったんじゃないかなーと感じてしまいます。しかし、リハビリそのものの長さも、統計的に有意ではなかったとしながらも、平均201 ± 144.12日 vs 111.80 ± 175.17日というのはかなり差があるように見えます。HM組のほうがそもそも高い頻度でリハビリを受けていたんですよね…その上、期間までも長期にわたって受けていたのだとしたら、仮にHM組のoutcomeがOR組より著しく向上したとしても、単に(リハビリの内容以前に)長期間、高頻度でリハビリを受けていたからってだけかもしれません。うーん、ここはSDも大きいように感じますし、ちょっとグループ内個人差も大きいような。Control GroupにあたるOR組のリハビリがコントロールしきれなかったのはやっぱり痛い。

Functional Assessment (Barthel Index, Functional Independence Measure, Newcastle Independence Assessment Form-Research…いずれも患者の機能的・身体的independence性を計るmeasureである。それぞれのツールのvalidationやreliabilityなども言及されている。私の専門外なのでどれほど優れたものなのかはわからないけど、3つのpatient-based outcome measuresを1998年に使ったというのはすごい) は受傷後4週間、8週間、12週間、6ヶ月、12ヶ月、24ヶ月後に行われ、caregiverさんの精神状態もGeneral Health Questionnaire (GHQ-28)を使って12週間、6ヶ月と12ヶ月後にも計測されたそうです (脳損傷は家族や身近な人にも影響が出ます。これらの人たちの精神的ストレスを計ろうとしたところはすごい。怪我の社会的影響も見ようとしているわけだから。改めて、1998年の研究なんだけど、先見の明がありすぎるなぁと感嘆)。
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さて、上のテーブルは患者のindependenceの変化を「8週間時点から12週間時点」など特定期間の変化(つまり患者がどれだけ機能回復していったか)をまとめたもの。HM組のほうがスタートが悪かったということもあるんですが、OR組の機能回復が頭打ちになっているのに対し、HM組が計測毎に時間が一年二年と経過してもぐいぐい回復しているのがよくわかります。欲を言えばグループ間の比較のp valueも乗っけておいてほしかったんですけどー。
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caregiverさん(家族や一緒に住んでいる身近な介護している人)のpsychological well-beingはというと、上の4つのグラフを見ると結構明確かなと思います。点線がOR組、線がHM組。左から、「somatic symptom」、「anxiety/insomnia」、「social dysfunction」、「severe depression」のスコアになっていて、一年経過時にはそのどれでもHM組のcaregiverさんが精神的に良い状態にあるのが分かります。中でも「somatic symptom(p = 0.001)」と「social dysfunction(p = 0.057)」ではより顕著な差が見られました。

まとまると、2年間という比較的長いスパンで患者を追ってみると、multidisciplinary rehabilitationを受けた患者は(開始時点では機能状態はむしろ悪かったにも関わらず)、single-discipline rehabを受けた患者に比べ、リハビリ期間が終わっても著しい機能回復を続ける傾向にある。caregiverの精神的ストレスに関しては、受傷から一年するとmultidisciplinary approachを受けた患者のcaregiverはストレスが減るが、single-disciplinary approachの場合は増える傾向にある…ということがわかりました。いやー、OR組のリハビリがバラバラであること、頻度と期間も問題はかなり致命的ではあるとは思うんですが、くどいですけど1998年にこれだけの研究が成されていたというのが驚きです、感動です。かなり読み応えがありました。致命的なdesign flawを補って余りある先見の明のある、有意義な研究です。

さて、これでチーム医療シリーズは一区切りです。あと10論文、読まなければいけないのがあるのですが…他に勉強しなければいけないこともあるし、文献レビュ―はちょっと2週間ほど休憩しようかな。時間ができたらまたもどってきまーす。

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  by supersy | 2017-03-15 23:30 | Athletic Training | Comments(0)

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