「ほっ」と。キャンペーン

「Availability」を作り、「Variability」を確立する―PRIの神髄のおはなし。

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さぁ、あなたはビュッフェ形式のレストランへやってきました。和食から中華、イタリアン、フレンチ…世界各国の料理が並んでいます。野菜もお肉も魚も、ケーキもアイスクリームも、あなたが望めばなんでも手に入ります。なにを取りますか?

選択肢が十分にある、というのは素晴らしいことです。その日の体調や気分、状況や環境によって、自分に最も適した料理を自分で選ぶことができるからです。今日はがっつりお肉が食べたいな、とか、今日はちょっと胃腸が弱ってるから、お粥がいいな、とか。同時に、何かを選ぶということはほかのものを選ばなかった、ということでもあります。Available(手に入る)なものを敢えて選ばない(= 「今日はこれは食べなくてもいいや」)、という選択は高等であり、非常に贅沢なことです。この贅沢は、全員が欲しがっているものでもあり、しかし残念ながら決して多くの人が手にしているものでもない、という事実をまず我々は噛みしめなければなりません。

限られた選択肢の中のみで生きていかなければいけないのは非常に窮屈であるし、その窮屈さはどこかに局所的負荷を作るものであると私は思います。例えば、私は前述のビュッフェレストランにカップラーメンがひとつ並んでいても全く良いと思いますし、もしかしたら私自身時折、数ヶ月に一度ほど、無性に食べたくなってそれを選ぶこともあるかもしれません(カップヌードル・シーフード味ならその可能性はさらに高まります)。これは、「数ある選択肢の中からカップラーメンが最善だと思い、自主的に選んだ」環境であり、低い頻度なら健康に悪影響を及ぼすこともないでしょう。しかし、カップラーメン「しか」選択肢が無いとしたらどうなるでしょう?カップラーメンが最善であるないに関わらず、「それ以外を選ぶ」という選択肢がそもそも存在しなくなるわけです。そういった極端な「選択」という名の「強制」を毎日続けざるを得なくなった結果、「偏った栄養」という局所的負荷が身体にかかることになり、これが長期に渡って繰り返された場合、疾患や機能不全のような目に見える形になって現れる可能性は十分にあるでしょう。これはカップラーメンが悪いわけではない、問題は「限られた選択肢=Limited Availability」である、と私は考えます。
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これは食事だけでなく、人生のあらゆる場面で当てはまります。
転職したいと考えた35歳の青年に、「今の会社に残る」「A社に行く」「B社に行く」「独立する」etc…どれだけの選択肢があるか。ゴール前、パスを受け取ったサッカー選手に、「右にパスをする」「左にパスをする」「ドリブルで右から相手を抜く」「左から相手を抜く」「右に行くと見せかけたフェイクを入れ、左から抜く」「いきなりシュートを打つ」etc…どれだけの選択肢があるか。我々は人生のあらゆる場面で無意識に、手持ちのカードを睨みながら「最善」と思えるものを選択し、生きているのです。そして「最善の一手」を選ぶなら、手持ちのカード…選択肢は、多ければ多いほど良い、Availabilityは高ければ高いほど良いのです。



さぁ、話を本題に戻します。今週末は、ダラス方面へ出張し、Impingement and Instability、通称I&IというPRIのアドバンスト・コースに参加してきました。今回の講師は大先輩のJames Anderson。I&Iを取るのは二度目なのですが、前回履修した時は同じく大先輩のMike Cantrellが講師で、彼が同時ハマっていたCranio/Dental色が強い話が多かったので、今回は正統派I&Iの話が聞けるかも!とうきうきでした。

"We love instability because instability gives us variability. We want those motions to be available. We just hate that you can’t control it." - James Anderson

この講習冒頭に発したJamesの言葉が先の「選択肢」というコンセプトを見事に物語っていると思うんですよね。Instability(不安定症)がある、ということは悪いことに見られがちですが、不安定である、ということは、その関節に「動くという選択肢が様々にある」という意味では必ずしも悪くない状態です(もちろん、厳密にいえば選択肢が「多すぎる」ということもあり得ないことはないと思います。「無くてもいい選択肢まで並んでる」とか。しかしこの文脈でJamesはinstabilityをそういう意味で使っていないので、ここでは少し割愛させてもらいます)。だからこそ、PRIはinstability(=ここへもあそこへも動ける)とかimpingement(=ここでもあそこでも挟んだりつまんだり捻ったり乗っかったりできる)というコンセプトを2日もかけて掘り下げる価値があると思っているわけです。

この「選択肢(Availability)が豊富にあり、好きなものを選べる状態」を我々はよく「Variabilityがある」という風に表現します(念のため断っておくと、この表現は別にPRIが発明したものでも、PRIの世界に限ったものでもありません。様々なdisciplineで使われる言葉です)。右に動きたいときに右に行ける。左に行きたければ左にも行ける。前にも、後ろにも、上にも、下にも行ける。動きたいときに動きたいところへ動ける能力はMovement Variabilityと呼ばれます(ここで、PRIではlegallyに行けるのかillegalなのか、そんな話も入ってはくるのですが、ここはPRI講習でもっと深くお話しするためにとっておきます)。自分の身の回りの世界に対し、右も左も、前も後ろも上も下も望む方向に意識を広げ、感知・認識できる能力はPerception Variability…世の中には様々な種類のvariabilityが存在します。

PRIの治療介入の究極目標は、これらの様々な事象に対して、患者さんのvariabilityをrestore(取り戻す)ことです。PRIは患者さんに対して「貴方のやっていることのこれが間違っている、このままだとこうなります」と脅して選択肢を取り上げたり、「貴方はこれを選ばなければいけない」と特定の選択を強要するようなことはしません。その代わり、患者さんに「貴方はどうやら『この場面ではこれ!』という特定のものを選ぶ『好み』や『癖』が強いようですけど、他にも選択肢はあるのをご存知でしたか?」と本来あるべき全ての選択肢を共に見つけ、並べて、その中から患者さん自身が「(その状況に合った)最善の一手」を選べるようにする手助けすることを目標としているわけです。

抽象的でどういう意味かよく分からない、という方のために、新たな例を交えて説明します。例えば、呼吸にもvariabilityがあります―Respiratory Variabilityです。横隔膜を使った呼吸(腹式呼吸というと語弊があるかもしれませんが、ここでは敢えて深く言及しないでおきます)、呼吸補助筋であるSCMや斜角筋を使った首呼吸、ヨガなどで使われるお腹を深くへこませるホローイングやドローイング、腰椎・胸椎の伸展を伴う胸式呼吸…。PRIは特定の呼吸法に対して「これが正しい呼吸である」「これが間違った呼吸である」という表現の仕方をしたことがありません。何故なら、どれが正解かは「状況による」からです。しかし、「呼吸の選択肢が限られていて、特定の呼吸に頼り切りにならなければいけなくなっている」状態が理想的ではないのは明らかです。
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バタフライ専門の水泳選手が競技中、一息吸いに水面から顔を出した際、胸椎と腰椎が伸展したそのポジションから肺になんとか空気を引き込もうと思ったら、SCM/斜角筋を活性化し、第一・二肋骨を引き上げるような呼吸「しかできない」のは当たり前です(そんな選手に対して「首呼吸はだめだ」という施術者は選手のニーズを全く理解していないことになります)。

しかし、この選手が練習を終え、プールを出てシャワーを浴び、着替えたりしている休息時には、横隔膜をしっかり上下し、肋骨の内外旋を伴う、深く静かに空気を動かす呼吸をするのが最も理に適っているはずです。この呼吸が選択肢に存在すらしないとしたら、大きな『問題』になり得ます。そんなわけで、我々の目標のひとつは前述したRespiratory Variabilityを確立することです。呼吸のバリエーションを増やし、それぞれの状況に適切な呼吸法を患者が選べるようにすることを、今までもこれからも、PRIはずっと説いています。PRIは一度も「弱い横隔膜はいかん」「横隔膜を強くしなければ」みたいな表現は使ったことはありません。だってそもそも横隔膜の強さって、かなりinvasive(侵襲的)なEMGでも打たないと計れないんじゃないですかね?そんなirrelevantなoutcome計ってどーするんですか?

横隔膜でも胸椎・腰椎でも首でも呼吸が行える(Respiration Variability)、好きな方向を見て(Vision Variability)、好きな方向の音を聞いて(Auditory Variability)、好きな方向の空間を感じ(Perception Variability)、好きな歯で物を噛み(Occlusional Variability)、好きに歩き(Gait Variability)、好きな方向へ飛んだり跳ねたり捻ったり止まったり加速したりできる(Movement Variability)…右へ左へ行ったり来たりのその揺らぎを楽しめるようになれば「variabilityがある」ということになります。交感神経・副交感神経の振れ幅も例外ではありません。状況によって最大限にギラギラと興奮することも、最大限にゆらゆらとリラックスすることも、両方できてこそ人は人としての機能を最大限に発揮できます。横隔膜呼吸は我々が不得意な副交感神経優位性を作るのにも有効である…PRI講習講習に参加してくださった方ならここらへんはしっかり理解してくださってるはずだと思います。Training Variabilityという言葉もありますね。PRIでやるエクササイズは寝転がってやるものばかり、ウェイト(レジスタンス)トレーニングにはアンチなんでしょ、や、屈曲一辺倒主義で伸展は一切ダメなんでしょ、…と勘違いされることがたまにありますが、1) PRIのエクササイズなんて患者を立たせてなんぼですし(重力に逆らって立つことには見た目以上の意味と価値があるからです)、2) 負荷の高いトレーニングを否定したこともありません。荷重する準備ができている身体なら荷重して何にも悪いことはないじゃありませんか、それに、3) 伸展を鍛えなければ強く動き速く走り高く跳べるアスリートなど、待っていても生まれませんよね。PRIほど伸展をappreciateしている団体はいないと思いますよ、ただ、効果的で爆発的な伸展をするためにはその逆への触れ幅である「屈曲」ができないといけないんじゃないの、と説いているだけで。

結局大事なのは触れ幅の確保と揺らぎ(perturbation)なんだよなー…、ああ、「世界は揺らぎでてきている」という宇宙粒子学の本を最近読んだなー…、人体と宇宙はつながっているなー…、生きているということは揺らぐということなんだなー…、とかなりおかしな思考になったところで今回の講習が終わりました(笑)。今回のI&IはGaitやPeroneus+Glu Med、Subscapの話など、かなり掘り下げて討論できてすごく有意義でした。グループ写真を撮るときに、「James! I am in my left hemisphere right now」「Yeah…illegally!」というnerd jokeも飛び出して、皆で大笑い。アドバンストならではの濃い2日間を過ごすことができました。アドバンスト講習に参加する人たちはさすがに顔見知りが増えてきて、同じ言葉で同じ思考を共有できるのがとても心地よいです。日本でもこれができるようになったら楽しいだろうなーと思います。おっと、そんなに夢をはせる前に、まずは最後のプライマリー講習であるPelvis Restoration開催が先なんですけど。

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  by supersy | 2017-01-30 18:30 | PRI | Comments(0)

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