プロとしての責任を果たす。責任を負う。

アメリカでBOC試験に合格し、Certified/Licensed Athletic Trainerとして働く…というのは若かった頃の私自身も含め、たくさんの人の「夢」であると思うのですが、それは決して華々しいことばかりではありません。医療ライセンスを手にするということは、それを持って下した医療判断の結果が良かった場合も悪かった場合も、全ての責任が自分に返ってくる、ということでもあります。判断ミスをして患者を危険に晒すようなことはあってはなりませんし、深刻な場合はライセンスを剥奪され、二度とこの国でATとして働けなくなることも当然ありえます。

「プロとして働くに足る十分な知識や技術を有している」ことと、「プロとしての責任を常に意識した思考方法を熟知し、自分自身の見せ方を知っている」ということは、ふたつの異なる次元の出来事である、と私は考えます。しかし、プロとしての「責任」を意識しながら働く、というのはなかなかどうして、もはや現場に出ていない身としては学生に教えにくい議題です。女子バスケでバリバリと働いていたころは学生に私がどういう意図をもって選手やコーチとコミュニケーションを行っているか、という「文化」や「哲学」を日常的に共有することができましたが、現在の私の肩書はフルタイムの臨床教授。各授業には「この授業で教えなければいけないこと」の長い項目リストが存在し、「プロとしての心構え」に言及できる頻度にも限界があって「文化」として確立しきれないもどかしさが何となく自分の中に残っています。しかし、それでも、これを教えないわけにはいきません。

「責任を取ります("I take full responsibility")というのは簡単だけど」3年生の診断の授業でも強調します、「どう責任を取るの?結局被害を被るのは患者さんの手に肩に肘に膝に足首でしょ?君はそれらと残りの人生を共にしないんでしょ?じゃあ責任を取るってどういうことなの?」

「じゃあすみあせん、ライセンス返します、と言う?罰金を払う?確かに法的には正しい責任の取り方で、それらは君の人生に大いに影響を与えることかもしれないけど、患者さんからしたら『だからなに?』かも知れないよね。残ってしまった障害には何の影響も与えないもの」
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「これは私の個人的な考えも多く含むので、もしかしたら全員が全員賛同するわけじゃないとも思うんだけど」と前置きして(ここらへんは本当、各プロの哲学というのがあると思うので)、「私は責任を取るということは、先回りして『悪い可能性』を考えられて、それを予め潰す行為のことを言うんじゃないかと思ってる。ついでにいうと、こういった行為はごくごく小さくて、ほとんどの場合そんなに目立たないものだとも思う。例えば、バスケットボールの練習中に水休憩が入り、選手が水を飲んでいるとしよう。君の目の前の選手が少し水をこぼして、コートを濡らした。君はごく自然にタオルを手に取り、その水をきれいに拭き取るかもしれない。なぜ?その水滴が君とって『怪我の危険因子』だったからでしょう?そんなに深く考えずとも、君はATとして練習現場を少しでも安全な環境にする責任がある、と理解していて、床を拭くというごくごく単純な行為でその責任を果たしたんだ。能力的には誰にでもできることかもしれないけど、そういう考え方を持っていない人にはできない行為でもある。これを『プロと呼ぶにふさわしい行為』以外に何と呼ぶ?」

●Know Your "Scope of Practice"
「私が若いころにした失敗の話をするね。まだGAだった頃にね、私はとある高校で唯一のATとして働いていたわけだけど、肩関節唇後方断裂疑いが濃厚だった選手に『これはMRIが要るから、お医者さんのところへ行こうね』と言ったことがある。数日してその選手と親御さんが怒って帰ってきてね、『医者がMRIを撮ってくれなかった』というんだ。話を聞くと、医者は肩関節唇断裂ではないと判断し、『2-3週間して良くならなかったらまた来てください』と言ったという。頼んでも、MRIは『現段階では要らないでしょう』と撮ってくれなかったと。医師のほうへ電話を入れてみると、医者も怒っていて『困るんだよね、君が余計なことを言うから』と言うんだ。ここで私が犯したミスはなんだろう?」
「ATは画像診断をオーダーできないので…さゆりが言ったことはATが法的に責任を取れる範疇を超えていた("beyond the scope of practice")?」と答える学生。「その通り!画像診断無しで診断できるところまでするのがATの仕事であり、どの画像診断が適切で、どれを実際に行ってということを決められるのは医師だ。後日談で結局2週間待っても良くならなかったこの患者が最終的にMRIを撮ったところ肩関節唇断裂が確認されて、その後手術をしたことは私の個人的なエゴのために追記しておきたいけど(笑)、この話で重要なのはそこじゃない。私の判断が正しかったことは問題じゃないんだ。ここで責められるべきは、私が法的責任を取りきれないことを軽々しく言ったこと。私が医者がすべき判断を勝手にしようとして、お医者さんの爪先を踏んづけてしまったこと。プロにあるまじき行為だ。はっきりと私が悪い。じゃあ、どういう風に伝えればよかったんだろう?」
「うーん、とにかく医者に診てもらおうと、それだけ言うとか?MRIのことは全く言わないで…」
「それもひとつの手だね。思っていることを全てそのまんま患者さんに言わなくてもいい。敢えてぼかす、というのは非常に大変なコミュニケーションのテクニックだ。でも、あまりに情報を制限してしまうと、逆に患者さんの不安が小さくなることもないかな、と思ったりもするんだよね。私がよくするのは、『伝えられる範囲でウソ無くなるべくしっかりと伝える』ことで『こういう理由で、こういう怪我の可能性が否定しきれない。まずは、これじゃないということをしっかりと確認する必要があると思うんだ(=発見の共有と説明、比較的深刻な怪我の可能性を排除する重要性を伝える)』『だから、お医者さんに診てもらおう(=次のプランの提示)』『この怪我をしているかどうか確認するのによく撮られる画像診断はMRIだけど、とりあえず骨の状態を見てみよう、と思ったら安くて早いレントゲンをまず撮っちゃうこともあるし、もしかしたら画像は一切必要ないかもしれない。まずはお医者さんの判断を仰いで、何がベストか決めよう(=いくつかの可能性があることを示唆。最終的決定権は医師にあることを明示するが、患者に精神的に準備をしてもらい、質問などを用意しやすくする)』…とかね」

「私は幸運なことに、その後私の判断を100%信頼してくれるチームドクターと仕事をさせてもらったことが何度かある。私が『これまじMRI要るっす』と直接連絡を入れると『よっしゃ、患者いますぐこっち送ってこい、撮ったる』と言ってくれるような人とね。でもそれはその医師らが我々の知識と、状況の切迫性を理解してくれる本当に例外的な方々だったからで、普通の医師なら「まずオフィスに送ってください、こちらで診察・判断します」というのが当たり前だ。彼らも彼らのライセンスをかけて日々仕事しているんだから、それはこちらも尊重しなければいけない。『例外的な幸運』を期待してはダメだ。立場をわきまえて仕事をする、自分ひとりでできないことを軽々しく口にしない…という当たり前のことを、若いころの私はできなかったんだよ。皆は私の失敗から学んで、他人の土俵で武器を振り回すような真似をしない医療従事者になってほしいな」

●Share Prognosis, What to Expect/NOT to Expect
「君たちは賢い子たちだ、医療の知識がある。患者の99%は、君たちのようではない。それをはっきりと自覚したほうがいい」
「例えば、急性の膝半月板損傷疑いが濃厚な患者を(診断を終えて)家に帰すとしよう。今のところ受傷から一時間、目立つ腫れは無い。私が何を考えているかというとね、今はそうでなくても、今夜この子の膝が寝ている間に腫れて、朝に気が付いて、ギャー膝ぱんぱん!パニック!なんてことがあるかもなぁと思っているんだ。目に浮かぶんだよね、そういう光景が。予想できちゃうから、こう伝えるよ。『半月板損傷があった場合に、腫れが遅れて出るってことが結構あってね。なるべく最小限に抑えるために、今夜はこういうことをして寝てほしいんだけど(=elevation, compressionなど)、それでも明日の朝起きて腫れてた!ってなってもあんまりびっくりしないでほしいんだ。あ、さゆりが言ってた腫れってこれか、って思ってくれれば。そういうのは珍しいことじゃないからね。でもあんまり腫れてて心配だったら、確認のためにこんななんだけどって写メ撮って送ってくれてもいいよ、明日の朝』という風にね。一時的な症状の悪化が既に予測できてるんだったら、先に伝えちゃおうよ。まあそれは普通の範囲内だよって教えよう。患者さんの不安も、いたずらに大きくならなくて済む」
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「脳震盪なんかだと、睡眠障害もこれにあたる。異様に眠くなっちゃう(過眠症)場合ならともかく、逆(不眠症)ということもある。眠りたいのに眠れないというのは本当にしんどいんだよね。『眠れぬ夜』を過ごしたことある子はよくわかるんじゃないかな?睡眠の質というのは患者さんのHRQOLには多大な影響を与えるんじゃないかと私は予測する。だからこれも家に帰す前に伝えちゃおう。『今夜、なかなか寝付けなかったり、眠りが浅かったりすることがあるかもしれない。これも脳震盪の場合はよくあることでね。思うように寝られなかったら不安になったりするかもしれないけど、そういうときはイライラせず、とりあえず目をつぶって、ゆっくり呼吸して、横になるだけでいい。その状態でも体はちゃんと休めているからね。無理に寝なきゃ寝なきゃと思わなくていいよ。できる範囲で休もう』と。…あとはね、『これが起こったら異常であり、急変なので、救急(ER)行かないとダメっす』という、いわゆる医療的なレッドフラッグってあるよね?それもはっきり伝えよう。脳震盪なら、どんなのがある?」
「意識レベルの低下、激しいもしくは悪化する頭痛、一度じゃなく、繰り返される嘔吐…」
「そうだね、その場合は硬膜下・外血腫などの疑いが強まる。これは『これも脳震盪だったら普通なのかな?明日さゆりに会うまで待ってみよう』と悠長に構えてほしくない、緊急を要する事態だ。すぐに行動を起こさなきゃいけない。赤は赤とはっきり伝えよう。何が『普通』で何が『普通の範囲を超えている』のか、明確にコミュニケーションする必要があるね。これもしっかりとしたプロとしての責任だ」

●Set Up the Next Appointment Before Letting Them Go
「本当に軽いものだったら『良くならなかったらまた来て("F/U PRN" = follow up as needed)』でいいときもあるけど、特にATの仕事環境でこういう指示を出すのは非常に稀だと思う。やっぱり多くの怪我は要経過観察だよね。私だったら99%の確率で何もしなくても良くなると確信が持てる場合(i.e. 筋肉痛や軽度の打撲)には『気になったらまた来て』というけど、そうじゃなければ他の言い方をするよ。さて、目の前にちょっと気になる肘の違和感を訴えるジョン君がいる。今のところ大したことなさそうだけど、これから経過を観察していきたい場合、何を言えばいいだろう」
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「『気になったら』じゃなくて…『また来て』?」
「そうだね、また絶対来てほしい。またってでも、いつ?」
「『また明日来て』?」
「おっ、いいね、『明日』!ちょっと限定的になったね。じゃあちょっと想像してほしい。ジョン君に『また明日来て』と言った翌日、私はジョン君を一度も見かけなかった。それから数日、私も忙しくてバタバタしていてすっかりジョン君のことを忘れてしまって、あれ、そういえば良くなってるってことなのかな、なんて思っていた2週間後、徐々に肘の痛みが悪化していたジョン君はついにUCLを断裂してしまいました。責められるべきは、誰だ?誰の『責任』だい?」
「ジョン君でしょ?」
「ジョン君に『どうしてもっと早く来なかったの』と聞いてみたら『次の日会いに行ったけどさゆりいなかったもん』と答えました。聞いてみたら私がたまたまスタッフミーティングをしていた時間だったようで、すれ違ってしまったようです。さあ、誰の『責任』?」
「それでも…ジョン君…だと思うけど…」
「これが裁判沙汰になったら向こうはそうは言ってくれないよ。私がジョン君に出した指示は『また明日来て』が全てで、彼はその責任を果たした。この場合、曖昧な指示を出した私が悪い。要経過観察患者と分かっていながら観察義務を怠ったのだから、私が責任を取らなきゃいけないだろうな」
「えー?肘の悪化を感じていたのはジョン君なのに?」
「そうだよ、私の曖昧な指示が全てだ。『また明日来て』ではただの口約束。もっとちゃんとしたアポイントメントを作ればこんなことにはならなかったかもしれないね。例えば、『明日、授業何時にある?』と彼の予定を聞いて、『じゃあ明日の朝9時にここで再評価をしよう。約束ね。あ、今のうちに、自分の携帯のカレンダーに入れちゃってよ。私もそうするから』と、正式な『約束』を取り付けることができたはずだ。そうすればすれ違うこともなかっただろうし、万が一彼がその時間にこなかったらそれはアポイントメントをすっぽかした彼の責任であることは明確だ。もっとも、そうなるためには私がもうひとつだけ何かをする必要があるけれど。…何かわかる?」
「書類に残しておくこと(document it)?」
「大当たり!いつもいうけど、書かれていないことは存在しないのと一緒だからね("if you don't document it, it didn't happen")。SOAP noteの最後、プランのところに、こう書くよ」

"Pt. was instructed to F/U w/ AT @9am Sept 26, 2016 at Island Hall AT Center."

「これで場所も時間も明確だ。ボールは彼のコートにある。もし次の日彼が来なかったらNS (= no show、すっぽかし)もしっかり記録しておかないとね。 私はここに座って彼を待っていたんだから。法的責任の所在云々ももちろんそうなんだけど、大事なのはミスコミュニケ―ションを起こすような要素を先回りして取り除いておくことなんだよ。ジョン君に目の前でカレンダー入力してもらったのもそのためだ。どんな相手でも間違えようがない明確さで我々は仕事をする責任がある。『また明日』ではその責任を果たせているとはいえないんだ。『明日の練習前に来るから』なんてよく聞くフレーズではあるけれど、私はその曖昧さが嫌だな。『練習前っていつ?じゃあ10時半に来られる?』と具体的な時間を聞くよ。だって練習開始5分前に来られたって何もできないからね」

●「この責任は、私にあります」と言えますか
「最初の話に戻るけど、私はこういう日々の小さい行為の積み重ねが『プロとしての責任を取る』ことだと思っている。何かあったときにすんませんでした、これが私のライセンスです、罰金です、さあ持っていってください、と言うんじゃなくて、何も起こらないよう最大限の努力を前もって積み重ねるということなんだ」
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「これを踏まえて改めて言う。それでも何かが起こることはある。そしてそのときは、『私の責任です』とはっきりと手を挙げて認めるべきだと、私は思う」

「最後に、私が失敗を成功に変えられた話をするね、私も失敗してばかりじゃないんだよ(笑)。さて、私はNCAA Division Iのとあるチーム担当で、その年は新しいヘッドコーチが就任した。ATからしたらヘッドコーチが変わるってのはそれはそれは一大イベントなんだ…彼の好き嫌いや性格を把握するのは本当に大事でね、最初の一年なんかはお互い探り探りやるんだけど…その年は慎重にコミュニケーション取りながらゆーっくりと信頼関係を築いていたつもりだったんだ」

「そんなときにこんなことが起こった。とある怪我をした選手の経過が思わしくなくてね。シーズン中だったのでちょっと試合でのプレーを制限しながらリハビリ・治療を毎日していたんだけど、一週間半ほど経っても思ったような改善が見られないんだ。Division Iの奨学金を貰っている選手が、一週間半も試合でプレーできていないという状況は思わしいものじゃない。こっちも焦るよ」

「これが例えば選手がリハビリをすっぽかしています、というならそれは私はコーチに正直に伝えるんだけどね。でもこの場合はそうじゃなかった。この選手はとてもよくやっていて、毎日毎日全力でリハビリに取り組んでくれていた。私もエビデンスに基づいて最善のプログラムを積んでいたつもりだった。それでも、なかなか良くならなかったんだ」

「ここで、私の選択肢はいくつかある。患者の回復など、神でも何でもない私は到底コントロールできるものじゃない。『全力は尽くしてますが仕方ありません、こういう怪我、こういうケースなんです、諦めてください』ということもできるし、正直言いたくなるときだってある。でも私は自分のライセンスをかけて、患者を改善させるためにお金をもらっているわけだからね、言い訳するわけにもいかないと思った。正直、こっちだって泣きたいほど悔しいよ、これでも全力でやっていたんだからね。それで練習前にコーチに会いにいって、言ったんだ。『選手は毎日これ以上ないくらいの努力と態度で取り組んでくれています。彼女が改善しないのは私の責任です("I take full responsibility of the situation")。そこで提案です("But here's the new plan")。今までのリハビリはこういうことを重視していましたが、今日の練習後のセッションから方向を少し変え、こういったものに重きを置いていきたいと思います。今週金曜日までにここを目標にしようと思っています。何か質問などはありますでしょうか』と。そしたらコーチはにっこり笑って『わかった、ありがとう』というシンプルな返事をくれた。文句を言われると思っていたのに、あまりに短かったので拍子抜けでね、心の中ではね、『ああ、これで信頼が一気に崩れただろうな』と思った。覚悟はしたよ」

「でもね、そのあと向かった練習で、練習前にコーチがチームを集めてね。『僕はこのリーグで30年間コーチをしてきたから、優秀なATがチームにいてくれることがどれだけ重要で貴重か知っている。うちのチームのATは間違いなく世界一だ。さゆりの言うことを尊敬し、従っていれば健康面では僕たちは何の心配もない。さあ、今日も思いっきり練習をしよう』と言ってくれたんだ。これは予想だにしていなかったから、チームがハドルを組んでいる間、私は目を真ん丸にして立ち尽くしてしまったよ。まさかあの会話で評価を上げてくれるとは思わなかったから。それから彼とは数年一緒に仕事をしたのだけれど、これは本当にお互い本当に夢のようだった(あ、この選手も新しい方針のリハビリでぐんぐん改善してね、ほどなく競技復帰できたよ)。コーチが私の医療判断に疑問を呈することは一度もなかったし、大きな怪我もチームで一丸となって乗り越えた。ああいう素敵なコーチと最後に仕事できたのは本当に幸運だったよ」

「失敗は成功の基、というけれど、苦しい状況にどう行動するかでその人のプロとしての本質が問われるのだと思う。もし私があの日の会話に用意していた文章が"I take full responsibility of the situation"で終わって、それで一人悦に入ってプロとしての責任を取ったような気になっていたとしたら、コーチはそれこそ私に腹を立てたと思うし、我々の関係も終わっていたかもしれない。彼が最も評価してくれたのは、"but here's the new plan"―次のプランを用意していったことだったんじゃないかなと思うよ。言い訳をすることやあきらめることは責任を投げることと一緒だ。責任を取る、ということは自分ができることをどんな苦境でも見極めて、まだまだ!としつこくやり続けることだと思う。そんなことを思ったよ」


プロとしての責任を取ることはReactive(後手に回り、事後に行うもの)ではなくてProactive(予測し、先手を打ちに行く)な行為であり、そしてどんなに何かが上手くいかなくても、引き出し引っ繰り返して手持ちカード全部広げて「まだまだ!あれもこれもまだ使ってねー!」と手を変え品を変え挑戦し続けること。言葉にすればアタリマエですが、私はそういった哲学を教室で教わる機会がなく、自分で失敗を繰り返しながら(まだまだ他にもいっぱいありますよ、失敗談なんか)育てていったので、これを共有することでうちの学生がもっと早く大きく彼らなりの「プロ意識」を育てていってくれればと思います。Clinical Practiceを構成する要素は、意外にもこの知識・技術ではないプロとしての思考プロセスが占めることが多いと思うので…。

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  by supersy | 2016-09-25 13:30 | Athletic Training | Comments(0)

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