脳震盪の鑑別診断。

今週はふたつの異なる授業で「脳震盪の診断」について話す機会がありました。ひとつはAT学生3年生の上肢評価の授業(頭部外傷の章)で、もうひとつはAT学生4年生の一般医療の授業(神経疾患の章)で、です。異なるレベルの学生が相手でしたが、脳震盪の基礎知識を共有したあとでこんな質問をぶつけてみました。
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「脳震盪で起こり得る諸症状、挙げてみて?」

意識障害、記憶障害、睡眠障害、人格障害、視覚障害、頭痛、眩暈やふらつき、吐き気、光や騒音に対する過敏性、耳鳴り、集中力や反応時間の低下、倦怠感、混乱、イライラ、落ち着きがない、理由もなく悲しい…さすがにこの辺りは生徒を指していくと次々と出ます。これらを全てボードに書き上げます。
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「脳震盪とヒトクチに言っても症状は実に多岐に渡るよね。それじゃあ、この中でも特によく見られるものって何か知ってる?」

色々と推測を飛ばす学生。「頭痛?」と言う子がいたので、「大当たり!頭痛は脳震盪の9割超…数字にすると93%だったかな、94%くらいだったかな、それくらいのほとんどの場合に見られるという統計が出てる。1 これが第一位。じゃー第二位は?」
「吐き気?」という声が聞こえるも「これは思ったより少なくてね、3割くらいと言われてる。二位は実は…」「眩暈?」「その通り!眩暈とかふらつきなんだよね、これは全体の75%くらいかな。それでね、3位が集中力の低下。これは60%いかないくらいだったと思うよ1

「じゃあ記憶障害とか、意識障害は?どのくらいの頻度で見られるものだと思う?」

あんまりないと思う、と答える学生たち。「そうなんだよね、脳震盪といえば『ココハドコワタシハダレ』みたいな印象がある一般の人って少なくないんだけどさ、健忘症(Amnesia)は全体の25%以下くらいにしか見られないと言われていて、それから意識消失(LOC)に至っては10%以下…5%以下という統計もあるね。1 まあ、意識消失も例えば5秒以下とかの極短期のものだったらそもそも我々ですら確認が取れない可能性が高いわな。駆けつける頃にはもう意識取り戻してるかもしれないから。あんまりこればっかりに頼るのもよくないけど、脳震盪の諸症状の中でもどれがより一般的で、どれが珍しめなのかは何となく知っておくといいよ」

「じゃあ、ちょっと違う視点からこれを見てみよう。これらの症状を引き起こすような、脳震盪以外の障害や病気…つまり、鑑別診断(DDx)には何があるかな?」

うーん?と首を捻る学生たち。

「言い方を変えるね。『頭が痛い』『眩暈がする』…ここに書き上げたような主訴で来た患者さんに、君たちは他にどんな可能性を考える?脳震盪じゃないとしたら?」

ここは面白いくらい学年差が出ました。3年生は頑張って「労作性熱中症・熱疲労、脱水症、低血糖症、脳卒中、硬膜外・下血腫、頭蓋・顔面骨折、睡眠不足や不規則な生活による過労、一般的な風邪 (URI)、偏頭痛、軽度の頭部打撲」くらいでしたが、4年生はこれに加えて「アブサンス発作やfocal seizureなども含む広い意味でのseizure、内耳炎などの耳の障害、糖尿病合併症、カフェインの過剰摂取/離脱症、ドラッグやアルコール乱用/離脱症、鬱・パニック障害や過呼吸などの精神疾患、貧血などによる慢性疲労、労作性低ナトリウム血症」なんかも出てきます。なかなか厚みのある、いいリストです。これも全部「脳震盪の諸症状」の横に書き上げます。

「うわー、いっぱい挙がったね。じゃあ、患者さんが『頭が痛いです』『なんだかだるくてしんどいです』とやってきました。これだけの可能性があります。どうやって絞る?問診するなら、何を聞きたい?○○を除外するために△△と聞きたいです、ってな感じで教えてよ」

これにも色々な回答が飛び交います。「えーと、脱水とか不規則な食生活をしてないか見るために、『今日のお昼ご飯食べた』とか?」という学生いるので、「そうだね、でも決して適切な食事でなくても本人がそれすら認識できてなければ『一応腹に何かは入れた』ってことで『うん』と答えられてしまう場合があるし、単純に食べてなくても怒られたくなくて『うん』とウソをつく可能性もないわけじゃない。もうちょっと別の、もう少し工夫した聞き方ないかしら?こう、もっともっと答えを引き出すような?」と尋ねると「『お昼ご飯に何を食べた、飲んだ?』ですか?」という学生。「そうだね、質問をopen-endedにして、具体的なメニューを言わせた方がいいよね。お昼ご飯だけじゃなくて、今日の食事を朝から全部言ってもらったっていい。ついでにカフェインの摂取についても聞けるし、これで健忘症の検査も同時にできちゃうね(笑)。しかし、脱水についてはもうちょっと聞きたいな…水分をどれだけ取ったか以外に、体の脱水状態を見られるような指針になるものあるかな?」「尿の色?」
b0112009_13203058.png「おおいいね!私だったら『最後にトイレに行ったのいつ?そのとき尿の色はどんなだった?』と聞きたいね。トイレに行ったのが2時間以内だとなお良い。ちなみに、どんな色が適切なんだっけ?」学生は揃って「clear」と声を上げますが「clearじゃ選手はイメージしにくいかもしれないな、透明ってこと?水みたいな?」とさらにつっこむと、「そうじゃなくてー、ちょっと黄色くてー」というふわふわした返事。「選手でもわかりやすい例えを使ってくれると助かるな。選手は君たちのようにこの尿のカラーチャートを記憶してるわけじゃないからさ。同じ色をイメージしてることを確認したいじゃない。例えば、レモネード色はどう?」「レモネード色はOK!」「だね、ピンクレモネードじゃない限りはね。じゃあアップルジュール色は?」「それはダメ!」「脱水状態だね。茶色でどす黒かったりなんかだったりしたらもっとダメだ、そんなんだったら横紋筋融解症かもしらん。こういう風に、選手が反応しやすい言葉を選んで質問するのもテクニックのひとつだね」

「偏頭痛とか糖尿病合併症かどうかの可能性を探るのには何を聞く?」「既往歴を聞けば…既に診断された病歴や、以前に同じような経験をしたことがあるかどうかとか…」「そうそう、ここは深く考えず聞いちゃえばいい。とくに偏頭痛なんか、『偏頭痛持ちなの?普段の頭痛と比べてどう?』ってね」「外傷(trauma)かそうでないか(nontraumatic)を判断するのに、MOIというか…どう症状が始まったかも聞く必要がありますよね?」「もちろん!このとき、『頭をぶつけなかった?』と質問するのはどうかな、良い?悪い?」「頭部をぶつけなくても脳震盪が起こることを考えればいいとは言えないのかと…」「そうだね、別にこう聞いても悪くないけど、『いいえ』と返答されたときに、『それじゃあ首や肩、胸や腰にタックルを受けたり?』と他の部位にも質問を広げる必要もあるね。あとはね、本当に脳震盪だったらどう始まったなんて覚えてない可能性もあるよね?珍しいとはいえ、健忘症があったらさ?『よくわからない、覚えてない…』と言われる覚悟も持っておくようにね。高校アメフト選手に呆れたように、『さゆり…タックルなんて毎プレー受けてるからそんなの分からないよ』と言われたこともあったな。この手の質問は答えがYesなら外傷疑いが強まるけど、No/I don't knowだからといって除外はできないことを肝に銘じておいてね」

「あとは脳震盪よりももっと深刻なものもまず除外しなきゃいけないね。この中で命に関わり得る外傷は?」「脳卒中、硬膜下・外血腫と頭蓋・顔面骨折」「正解!脳卒中も年齢を考えればゼロじゃない、若年層の脳卒中の原因一位は頭部外傷による二次的なものだから。脳卒中だったら、どんな症状が他に見られる?」「顔がdroopしたり、しゃべりがもたついたり、片腕が下がってきたり(バレー徴候)…」「そうだね、そこらへんは検査方法を君たちはもう知っているね。硬膜下・外血腫の話も前回した…これらは症状の出方に特徴があるんだったよね。前者は静脈からの出血で下手すると数日・数週間かけてじわじわ悪化、後者は動脈からの出血でより進行が早く、lucid intervalを挟んで一気に悪化。CNテストも異常が見られる可能性が高い。そいじゃあ、頭蓋や顔面の骨折は?何か見つけられるようなサインなんかある?」「触診による圧痛や、crepitusが確認できるかも…」「そうだね、あと、見てわかるサインなんかは?」「Battle's signにRaccoon Eye」「いいねいいね!あと何かが漏れちゃったりとか?」「Halo sign!」「そのとおり!ということはどういうことかわかる?君たちが積極的に耳や耳の裏、鼻なんかを見にいく必要があるってことだよ。Halo signが天から降ってくるのを待ってちゃダメだ、見に行くのは君たちだからね、能動的にね!」
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こんな風に鑑別診断のひとつひとつの可能性のつぶし方を話し合い、検討し、その上で「じゃーこの中から何かひとつ選んで、シナリオを作り上げて!どういう症状で、どういう既往歴で、どういうcomplaintで…ちょっと練りこんで考えてみて。それから、人格もつくりあげてportraitの仕方を考えて!プレーしたくてたまらないアメフト選手(ウソつきがちかも?)とか、とにかく倦怠感で受け答えがゆっくりな患者さんとか…。できた?できたら、パートナー組んで、評価の練習!」…ということで、あとはひたすら練習です。どういう目的をもち、何を聞き、何を探し、何を引き出し、それらをどう並べ、意味を持たせるのか。ここまでいけば練習を繰り返すしかありません。シナリオを作り上げるのも、勉強の一環になる…と私は願っています。そんなわけで、今週はこんな練習ばっかりしてました。演技派の学生もいっぱいいて、見ていて楽しいです(笑)。

各授業の最後に学生に強調したのは…「脳震盪だと分かった前提ありきの脳震盪診断なんて誰だってできる。問題は脳震盪だかなんだか分からない怪しい主訴の患者さんが来た時に、このDDxのリストを頭にぱぱっと並べてさ、効率よく除外していけるのかっていうのが本当に難しいところだし、醍醐味かななんて思うんだよね」
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「あとね、もうひとつ最後のカーブボールを投げるよ。脳震盪患者の主訴がいつも脳震盪関連の症状だとは限らない。本当に難しいのは他に見た目に明らかな怪我がある場合だ。例えば顎関節脱臼の患者さんが脳震盪も受傷していたとか、眼底骨折の患者さんが脳震盪を…とか、歯の脱臼の患者さんが…とか…。こういう風に見た目が派手な怪我は、こっちも「あっ」となって注意力を全部そっちに持っていかれちゃうことも珍しくない。だから私いつも言うでしょ?"Do you have any pain anywhere else (主訴以外のどこか身体の他の部位に痛みはありませんか)?"って絶対聞けって。こういう目を奪われる鮮やかな怪我があるときにこそ、『もしかしたら脳震盪受傷しているのでは?』と考え、しっかり除外(もしくはもちろんしっかりと確定)できる能力を持つことが大事だよ」

「さゆりはDDxにうるさい」とは今ではすっかり学生の間では知られたことですが、私は「他の可能性」を考えられる能力、そしてそれらの可能性を潰すのが上手いかどうかがかなり現場での実力に繋がると思っています。最終診断は△△です!と学生がつけた名前が仮に正しくても、「○○の可能性は考えた?」の答えがNoだったら、私の立場からすればそれは完璧な診断ではないと思うからです。最短で最長の遠回りを。ここらへんがOrthopaedic injuryの診断の奥が深いところですかね…。

1. Meeham MP, d’Hemecourt P, Comstock RD. High school concussions in the 2008-2009 academic year: mechanism, symptoms, and management. Am J Sports Med. 2010;38(12):2405-2409.

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  by supersy | 2016-09-21 23:59 | Athletic Training | Comments(0)

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