「脳震盪受傷後に休息しても意味はない」論を考える。

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連載5回目の今回は「医療最前線だからこそ求められる救急力」という前回からのテーマを引き継ぎ、『急性頚椎損傷疑い』を米国ではATがどう判断しどう処置を施すのかという具体的な手順と手法に焦点を置いています。最新のPosition Statementに書いてあることはもちろん、未来のそれに含まれるであろう変更点についてもまとめました。いつもは難産ですが、これは筆の走りが良かった回です(笑)。興味のある方はこちらからどうぞ。一部書店で販売していますがオンラインでも購入可能で、送料は無料だそうです。



さて。
キレイなもの、美しいもの、好ましいものを見せられて「素晴らしい!」というのは簡単ですが、見たくないものを目の前に出された時にヒトの本性が出るんじゃないかななんて思うんですよね。貴方はそれを直視し、冷静に見定められますか?こっそりと見なかったことにしますか?それとも感情的になって「こんなものはデタラメだ、嘘っぱちだ、認めない」と叫びますか?
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研究や論文の世界…つまりエビデンスの世界でもひとつのことに対してふたつの食い違う見解が出てくることはよくあります。例えば前回は「脳震盪受傷直後に、いかに速やかに運動を中止し、休息することが大事か」という論文を紹介しましたが、そしてそれを読んだ多くの人がその結論を「好ましい」と感じ、900を超えるFacebookの "Share"や "Like"をしてくださった訳ですが、今回は前回同様最新の、しかしこんなタイトルの論文を紹介したいと思います。1「脳震盪後、急性期の精神的・肉体的休息は回復を早めないかもしれない」―つまり、前回の論文と真逆の響きです。

この研究は脳震盪受傷後翌日丸一日(24時間)に、「徹底的な肉体的・精神的休息」を強制させた患者("Rest"組)25人と、そうでない患者("No Rest"組)25人の回復を調べたもの。症状が完全消失までにかかった日数、神経認知テスト (CNT)、バランステスト (BESS)、SACがBaseline値に戻るまでの日数、と競技復帰に向けた運動開始までにかかった日数を比較すると、CNT、BESS、SAC値回復と運動開始までの日数はグループ間に差は無かったものの(p > 0.183)、症状消失までにかかった日数はなんとRest組のほうが悪いという結果に(5.2 ± 2.9 vs 3.9 ± 1.9日, p = 0.047)。

この研究では「Rest組の患者は(受傷当日と翌日の合計で)平均約40時間ほど休息をしていたわけであるが、この比較から、急性期の肉体的・精神的休息は脳震盪の回復を早めないどころか、症状の消失を1.3日ほど遅らせる可能性があると言える」…という結論が出されています。休息が悪影響を及ぼす?一つ前のブログ記事とは完全に矛盾する内容のように思えます。では、我々はこの結果をどう受け止めればいいのでしょう。
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この結果を鵜呑みにすることも、拒絶することもできます…が、私が思うに、真のクリニシャンがすべきはそのどちらでもありません。真のEvidence-Based Practitionerが持つべきは「Be open-minded and skeptical (受け入れろ、しかし疑え)」というマインドセット。「真実」に近づくためには、より多角的にモノを見つめる必要があります(上図: 「これは丸だ」「いや四角だ」と、一見食い違うように見える意見も、本当はどちらもその角度から見たものとしては正しくて、複数の意見を合わせた「円柱」こそが真実なのかもしれません。どちらかの意見に捕らわれすぎていては永遠に真実は見えてきません)。受け入れろ、しかし疑え―今回もするべきは同じだと私は考えます。「ふむふむ、キミの見方、考え方は面白いねぇ」とその切り口に敬意を払い、感謝をしつつ、「でもじゃあまぁ、キミの疑わしいところをまず洗ってみようか」と冷静にざっくりと見定める必要があるということです。ではこの研究の「疑わしいところ」とはなんでしょう?

●Odd Study Design and Potential Selection Bias
この研究のデザインは実に妙です。分類するならRetrospective (後ろ向き)とProspective (前向き) study(研究)の合いの子といったところでしょうか。というのも、これは論文冒頭にも書かれている通り、事前に計画されたわけではなく、偶発的に生まれた研究だからなのです。元々何らかの脳震盪研究をしていた真っ最中に、たまたま脳震盪からの競技復帰(RTP)に対するポリシーの変更が決定し、「じゃあ、前後で回復の早さを比べちゃえ」ともうひとつエクストラの研究(今回の論文)をひねり出したわけ。なので、ポリシー変更前の脳震盪患者25人が「No Rest組」でどちらかというとRetrospective(=取っておいたデータを急きょこの論文を書くのに使うことにした)のに対して、変更後の25人が「Rest組」でProspective(=この研究をすると分かった状態で新たにデータを取った)なんですよ。グループ分けがランダムではなく時間軸で分けられており、加えてよく読むと「consecutive(連続した)」という表記もないので、「RTPポリシー変更直前に脳震盪受傷した連続した25人と直後に受傷した連続25人(下図、例1)」ではなく、「RTPポリシーを変更する前に脳震盪受傷した25人と変更後に受傷した25人(下図、例2)」を使った可能性が高いです。ニュアンスの違いがわかりますか?後者は格段に研究者が使用するデータを作為的に選んだ可能性が高まります。使用するデータを研究者が作為的に選んだのだとしたら、この研究結果には研究者のバイアスが色濃く残っているかもしれません。
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●"History" Effect
加えて、RTPポリシー変更が採用された2012年7月という時期も引っかかります。アメリカでは各メディアの報道や各州での脳震盪法令の制定に伴って、脳震盪に関する世間の知識と意識はここ数年で劇的に変化しつつあります(今では「CTE」という言葉を理解するアメリカの一般の方も多いんじゃないでしょうか)。この「意識改革」の真っ只中にいたであろう被験者たちが、たまたま2012年7月より前には脳震盪の影響を軽視して復帰したいがために「もう症状はない」とウソをついていた可能性 、そして2012年7月以降は脳震盪の深刻さを実感する被験者が増え、「実はまだ頭が痛む」などとより正直に報告するようになった可能性というのは十分にあります。研究者の意図しないところで、時代そのものの変化の影響を受けた可能性があるわけです。これはちなみにHistory Effectと呼ばれ、研究の妥当性を下げる要素としてよく知られています。
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●グループ間のDemographicの差
これは論文内のTable 1で性別、年齢、身長・体重や過去の脳震盪受傷数などに関して「グループ間の差は無かった、p > 0.05でした」という報告がありますが、私個人としてはきちんとp valueをそれぞれの項目に対して見せてほしいです。例えば、p = 0.055だったら統計学的に有意な差まではいかなくても十分に影響を与えうるトレンドがあった可能性もあります。少なくとも、男女差はかなりあるように見えるので(Rest組は男18/女7、No Rest組は男13/女12)、実際に数値を表記してくれないなんて、何か後ろめたいことでもあるの?と意地の悪い私なんかは疑りたくなってしまうわけです。

●実際のRest組とNo-Rest組のアクティビティー
もうちょっと詳しく解説したいのが両グループのアクティビティー制限です。
1) Rest組: 受傷当日はもちろん、翌日丸々、コーチと連絡を取り、一切のチーム・個人練習や筋トレ、他の怪我の治療も禁止。Student Disability Service Officeの協力も得て授業には参加させないのはもちろん、チームミーティング、スタディーホール、課題やテスト勉強も禁止するという徹底っぷり。テレビやパソコン、携帯電話の使用も「やりすぎないよう」患者に直接指導したそう。しかし、この24時間研究者が実際に監視を行っていたわけではなく、患者がこの「指導」に従ったかどうかは直接患者に「実際のところはどうだったの」とself-reportする形でのみ確認を取っています。患者がウソをついた可能性が十分に考えられるのと、それよりももっと大きな問題なのはこれをデータ化して結果として報告してないことですかね。もし患者が「いやー、休めとは言われたけど一日中ゲームしてましたわ」とか「結局宿題ちょっとやっちゃいました」とか正直に報告していたとしても我々読者はそれを知る余地もないのですから。
2) No Rest組: 2012年7月以前の25人は学業に関する制限はなく、むしろ授業はなるべく休まないように指導していた("absence is strongly discouraged")という記述が確認できます。肉体面は、チームとの運動は症状がなくなるまで再会してはいけないという制限は当時もあった一方で、私生活での運動やADLには特に制限を設けなかったそう。なるほど。これもRest組との「指導」の違いは理解できますが、こちらのほうがより不明瞭なアドバイスで、「学校にはなるべく行くように」と「指導」されていた患者が実際に学校をサボって一日休んでいた可能性も確認できませんよね。self-reportで確認もしなかったわけですから、選手が実際受傷翌日に何をしていたかのデータは一切存在しません。「体調と相談して」と言われたら休みたくなり、「絶対に学校に行ってはダメ」と言われたら行きたくなるのが、人間の性じゃありませんか?私だけ?
そんなわけで、グループ・アサインメントが実際のアクティビティー・レベルを示唆していない可能性がまだまだ強く残っている以上、この研究の結果は慎重に読み取るべきだと私は考えます。第三者の監視役にActivity Logをつけてもらうとか、最近ではAccelerometer(加速度計)やPedometers(歩数計)、Activity-Tracking Phone Appsなど様々なテクノロジーがあるわけですから、こういったものも併用しながらより客観的に患者のCompliance Rateを表記するべきだと思います。

●Statistical Analysis
あとは私が個人的に数字のデータが好きなので、95%CIの報告がない、Effect Sizeの報告がないことは評価を下げざるを得ませんね。被験者の数が各グループに25人というこのグループサイズもPower Analysisで定められた最低数に基づくものではないようですし、この研究で出たPoint valueはPoint valueでともかくとして、統計的に十分なパワーがあったのかなかったのか分からない状態ではどんな結論も出せません。

さて、それでは私がこの研究を受け入れ、疑った結果は「上記したような問題点が改善された研究を見てみないと最終的な結論は出せない。が、他に急性期の休息が効果がなかったとする論文(こちらは受傷後5日間のStrict Rest)2が出ていることも考慮すれば、やはり『休めばいいというものではない』という最近のトレンドを支持する研究は増えてきている6-8」という結論です。現時点で私は「受傷翌日の休息は有害である」というのはOverstatementだと思わざるを得ませんし、各団体のPosition Statement/Consensus Statement3-5がまだ受傷後24-48時間ほどの急性期の休息を推奨している以上、この研究結果だけを受けて急性期対応を変えるわけにもいきません。…が、しかし、脳震盪のリハビリとして運動が効果があるのではないかと言う声が徐々に大きくなってきているように、「やりすぎず、やらなすぎない」絶妙にコントロールされた肉体的・精神的ストレスはむしろ回復を早めるのではというエビデンスも次から次へと出てきています。私の勝手な見立てでは、この「程よいストレス」という理念が現在の「休息」一辺倒のガイドラインをいずれ取って代わるでしょう。これからも目を離せない分野です。

卑怯な言い方かもしれませんが、この記事が前回と比べていくつくらいのFacebookの "Share"や"Like"がつくのか個人的に興味があります…。恐らくタイトルがそれでも好ましくないという理由で、前回の1/9もいかない(つまり100以下)だろうというのが私の勝手な予想です。

1. Buckley TA, Munkasy BA, Clouse BP. Acute cognitive and physical rest may not improve concussion recovery time. J Head Trauma Rehabil. 2016;31(4):233-241. doi: 10.1097/HTR.0000000000000165.
2. Thomas DG, Apps JN, Hoffmann RG, McCrea M, Hammeke T. Benefits of strict rest after acute concussion: a randomized controlled trial. Pediatrics. 2015;135(2):213-223. doi: 10.1542/peds.2014-0966.
3. Giza CC, Kutcher JS, Ashwal S, et al. Summary of evidence-based guideline update: evaluation and management of concussion in sports. Report of the guideline development subcommittee of the american academy of neurology. Neurology. 2013;80(24):2250-2257. doi: 10.1212/WNL.0b013e31828d57dd.NATA.
4. Broglio SP, Cantu RC, Gioia GA, et al. National athletic trainers’ association position statement: management of sport concussion. J Athl Train. 2014;49(2):245-265. doi:10.4085/1062-6050-49.1.07.
5. McCrory P, Meeuwisse W, Aubry M, et al. Consensus statement on concussion in sport-the 4th international conference on concussion in sport held in Zurich, November 2012. Clin J Sport Med. 2013;23(2):89-117. doi:10.1097/JSM.0b013e31828b67cf.
6. Gibson S, Nigrovic LE, O'Brien M, Meehan WP. The effect of recommending cognitive rest on recovery from sport-related concussion. Brain Inj. 2013;27(7-8):839-842. doi: 10.3109/02699052.2013.775494.
7. Majerske CW, Mihalik JP, Ren D, et al. Concussion in sports: postconcussive activity levels, symptoms, and neurocognitive performance. J Athl Train. 2008;43(3):265-74. doi:10.4085/1062-6050-43.3.265.6.
8. Silverberg ND, Iverson GL. Is rest after concussion "the best medicine?": recommendations for activity resumption following concussion in athletes, civilians, and military service members. J Head Trauma Rehabil. 2013;28:250-259.

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  by supersy | 2016-09-11 21:00 | Athletic Training | Comments(0)

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