痛みがあると動きが変わる。

まずはPRI Japanからのお知らせです!

5月14-15日 東海医療科学専門学校(名古屋市) 石井 健太郎 席数 40
5月21-22日 帝京大学八王子キャンパス(東京都八王子市) 阿部&石井 席数 50
5月28-29日 福岡リゾート&スポーツ専門学校(福岡市博多区) 阿部 さゆり 席数 40

今年5月に名古屋・東京・福岡で開催する予定のマイオキネマティック・リストレーション講習について、詳しい日程(上記)と申し込み開始日時(3月14日・月曜 日本時間午前8時)が正式決定いたしました。興味のある方はPRI Japan公式のウェブサイトから詳細をご覧になってください。

私は東京と福岡を担当させていただきます。九州上陸は初めて…どきどきわくわく!
(お酒が美味しいと聞いています!)



さて。前回は怪我があると脳にどういう影響が出るか、と言う話を書きましたが、今は痛みと動きの係わり合いについて学んでいたりします。
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『痛み』は我々の身に迫る脅威を知覚するための重要なシグナルであり、痛みが感じられなかったらそれはそれは大変なことになるのですが(実際に無痛症という先天的に痛みを感じる受容体が無い病気もこの世に存在します)、痛みや痛みの影響が身体に留まり続けてしまうと言うのもこれまた厄介です。
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ヒトは、痛みがあるときと無いときとでは、動き方が変わってきます。頭痛がするとき、おなかが痛いとき、足首を怪我しているとき…。そんなに大げさにしていないつもりでも、普段の貴方の動きに痛みの影響が出始めるのです。これは動かぬ事実ですし、皆さん自身もきっと経験があることでしょう。例えば、上の写真を見てください。アキレス腱の痛みを抱えながらそれでもなんとかレースを走りきろうとするこの選手ですが、この写真からだけでも直接関係のある下肢のみでなく、僧帽筋周りにチカラが入っている感じ、そして歯も食いしばって眉を上げて表情筋にまで緊張が掛かっているのが見て取れます。身体のたった一箇所の痛みが、全身の筋の使い方に影響を及ぼすのが分かる、興味深い写真です。
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痛みがどう運動制御に影響を及ぼすかは諸説ありますが、初期のものだと、
1. Vicious Cycle:1 痛みが周辺の筋緊張(spasm)を生み、
  それによってできたischemic stateが更に痛みを呼び、
  悪循環を生む(= pain-spasm-pain cycle)
2. Pain Adaptation Theory:2 痛みがあると筋緊張は逆に下がる
  (antagonistの活動は上がり、agonistの活動は抑制される)
…あたりが代表的かと思うのですが、どちらも型にはまりすぎており、この説にはそぐわない研究結果も幾つも発表されています。これに台頭する形で提唱されたのがHodges & Tucker氏が新たに2011年に発表したNew Pain Theory。3 上の記事はあまりに有名ですよね。ここで彼らは、「痛みによって筋肉がどのように反応するかは、その筋肉によっても違うし、何をしているかによっても変わる」という、muscle- and task-specificな様々なレベルでの神経回路のパターンの変化を強調しています。痛みに対する身体の反応は、いつでも活性ばかりとか、抑制ばかりってことはない、きっともっとなかなかに複雑ですよ、と説いたわけです。

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これと併せて読むと面白いのがKiesel氏らのこの論文。4 17人の大学生くらいの年齢で、腰痛を一度も経験したことがない被験者に対して生理食塩水を腰椎に注入。人工的に腰痛を作り出した状態で、1) 体重の前方移動と、2) 肩関節の0°から90°までの屈曲、3) 90°から0°までの伸展とのそれぞれのタスクの間にmultifidus muscle (多裂筋)がどう活動を起こしているか測定した、という研究です。腰痛を起こす前、起こした時、無くなってからの3測定を比較した結果は、
 - 1) 体重移行の間は、腰痛アリのほうがナシよりもmultifidusの活動が低く
 - 2) 腕を挙げる時は活動が上がり
 - 3) 腕を下げる動作に変化は見られなかった
…という、同じ筋肉でも動作によって異なる、まさにtask-dependentなものになりました。何がこの変化の直接的な原因なのかは断定しづらいところだとは思いますが(i.e. learning effectは?体内に埋め込んだelectrodeのせいで、そもそも全ての計測が影響されていた可能性は?食塩水による痛みでなく注射そのものが原因で変化が出た可能性は?Sham injection groupを作るべきだったのでは?)、動作の直前に腰椎を安定させる重要なanticipatory muscleであるべきmultifidusに、痛みが無いかどうか、そして何をしているかでここまで活性値に変化が出るという結果は、「ここから発展しうる悪影響は、はて…?」と考えをめぐらせるのにはなかなか面白いです。

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Cholewicki氏らのこの研究5も着眼点が良いです。腰痛歴が過去に一度だけあったが、もう6ヶ月以上自覚症状はない状態の大学生アスリート17人と、腰痛歴が過去に無い以外は年齢・体格・性別が似通った(=matched) 17人の被験者グループとを比較したこの研究では、「胴体に突然かかる力に対してどのように筋肉を使うか」を計測、分析しました。被験者を膝立ちにさせたような状態で機械に固定し、胴体をケーブルを使って一方向に引っ張ります。被験者は自分の胴体をまっすぐに保つために、身体を逆に引っ張る筋肉を使わざるを得ないわけです(例えば下左の写真では、ケーブルによって胴体が伸展位に引っ張られるので、屈曲筋群を使って姿勢を保たなければいけないわけです( = low grade isometric trunk flexion)。
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で、このケーブルが突然リリースされるのですが、その時に胴体の身体をいかに使って「おっと!」とバランスを調整するか調べたというわけです。結果は右上のグラフを見ると分かりやすいかなと思います。EMGの上(A)が「腰痛ナシ」の被験者のもの、下(B)が「腰痛暦アリ」のもの。このPostural perturbationの調整には、いかにagonist (例では胴体屈曲筋)にいち早く抑制をかけ、同時にantagonist(胴体伸展筋)を活性化させるかが大事なわけですが、腰痛暦ナシの被験者はこのon/offのスイッチの切り替えが一瞬でできる(= 効率良く姿勢の調整が可能) のに対して、腰痛歴があった被験者は1) agonistの抑制までかかった時間が長く、2) 抑制された筋肉も数が少なかった。つまり、必要ない筋肉のスイッチを切る能力が鈍っているのが分かります。この影響で、身体には一瞬agonistとantagonist両方のスイッチが入ってしまう瞬間が生まれました。これらはco-activation(= 二つの対になる筋肉が両方緊張している状態) と呼ばれ、身体の安定性を生むメカニズムとしては非常に原始的で好ましくないものとされています。

●Short-term benefits vs Long-term problems
これら3つの研究を併せて、面白いというか怖いなぁと思うのは、こういった代償の神経系メカニズムは一時的な痛みのある部位の固定とか、運動への需要を下げるためには有効でも、長期的に見ると問題の方が多いところですかね。例えば最後の研究なんかで言えば、腰痛暦アリの被験者はあくまで「一回だけの腰痛歴」があっただけで、既に自覚症状は見られず、恐らくセラピストも患者自身も「完治した」とみなす状態だったと思うのです。それでも、研究によって明らかになった「代償的筋肉の活性・抑制のパターン異常」は根強く身体に残ってしまっていた。本当の意味の機能回復は、しきれていなかったわけです。

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よく聞く、「足関節の捻挫のあとは股関節外転筋(Gluteus Mediusが代表的)が弱くなる」というのもひょっとしたら痛みが原因かも知れません。Friel氏らの研究6 では捻挫を2度以上受傷したことがあり、既に「機能は回復した」と自覚している23人の被験者にもやはり同側の股関節外転筋群に筋力出力低下が見られたと報告。1) 自覚症状がなくなっても根強く残る隠れた神経出力の問題と、2) これらを考慮に入れたリハビリのデザインの重要性を訴えていますが、しかし、だからといって単純に中臀筋を鍛えればいいってもんなんでしょうか…。痛みを長期的に感じることで、脳の形態・構造が変わってくる、という報告7や、それが特に幼いうちに起こると痛みそのもののプロセスの仕方が変わってくる、8という研究もあるので、やはり個人的にはリハビリの中には真の回復を目標とした神経的なアプローチが必須かと思います。
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1. Roland M. A critical review of the evidence for a pain–spasm–pain cycle in spinal disorders. Clin Biomech. 1986;1:102–109.
2. Lund JP, Donga R, Widmer CG, Stohler CS. The pain-adaptation model: a
discussion of the relationship between chronic musculoskeletal pain and
motor activity. Can J Physiol Pharmacol. 1991;69:683–694.
3. Hodges PW, Tucker K. Moving differently in pain: a new theory to explain the adaptation to pain. Pain. 2011;152(3 Suppl):S90-98. doi: 10.1016/j.pain.2010.10.020.
4. Kiesel KB, Butler RJ, Duckworth A, Halaby T, Lannan K, Phifer C, DeLeal C, Underwood FB. Experimentally induced pain alters the EMG activity of the lumbar multifidus in asymptomatic subjects. Man Ther. 2012;17(3):236-240. doi: 10.1016/j.math.2012.01.008.
5. Cholewicki J, Greene HS, Polzhofer GK, Galloway MT, Shah RA, Radebold A. Neuromuscular function in athletes following recovery from a recent acute low back injury. J Orthop Sports Phys Ther. 2002;32(11):568-575.
6. Friel K, McLean N, Myers C, Caceres M. Ipsilateral hip abductor weakness after inversion ankle sprain. J Athl Train. 2006;41(1):74-78.
7. Baliki MN, Schnitzer TJ, Bauer WR, Apkarian AV. Brain morphological signatures for chronic pain. PLoS One. 2011;6(10):e26010. doi: 10.1371/journal.pone.0026010.
8. Schwaller F, Fitzgerald M. The consequences of pain in early life: injury-induced plasticity in developing pain pathways. Eur J Neurosci. 2014;39(3):344-352. doi: 10.1111/ejn.12414.

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  by supersy | 2016-02-05 16:30 | Athletic Training | Comments(3)

Commented by はじめ at 2016-02-19 22:48 x
はじめまして。いつも読ませていただいております。自分もこのような自分の勉強用にこのように論文を引用して(タイトルや写真などを)ブログを書きたいと思っております。そこで論文の写真などを個人用ブログに載せるのは著作権的に問題はないものなのか教えていただけるととても参考になります。本文と関係ない内容で申し訳ありません。
Commented by さゆり at 2016-02-19 23:16 x
ものすごく厳密に言えばアウトでしょうか。著作権の専門家ではないので不安であれば詳しい方に確認したほうがいいと思います。学会などでこういうプレゼンの仕方を見て、以来私も使っていますが、記事の本文の内容を入れないように、タイトルのみにして記事の引用を(当然ですが)明確にするようにはしています。
Commented by はじめ at 2016-02-19 23:27 x
返事ありがとうございます! このブログで引用している論文はなるべく読むようにしているので、このように引用元があるととても勉強になり、助かります。これからも楽しみにさせていただきます、宜しくお願い致します。

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