地面からスパインボードへ: 患者の最も有効な移動の仕方とは?

どうも、日本へ帰ってまいりました!
長旅ではありましたが、まさかの急遽ビジネスクラスのアップグレードで快適にリクライニングしながら帰ってきました。お食事も美味しかったしサービスも素晴らしかった…!これからも毎回アップグレードしてほしい、クセになりそう…!

ATの皆様、いきなりですけど、この動画を見て、何を疑い、何をしなければと思いますか?
Cervical spine injuryの可能性を考え、即座にspineboardしなければと思ったとしたら大正解!実際にこのNFL選手はこのままspineboardされて頚椎の靭帯の損傷と診断され、靭帯再建手術を受けたそうです。幸い脊髄の損傷はないそうで、full recoveryが見込まれるとのことですが、現場にいるものとしてはヒヤっとする怪我ですよね。
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さて、ではそのspineboardですが、ヒトクチに患者の頚椎を動かさずにspineboardへ移動させて固定、と言っても様々なやり方があります。
  - Straddle lift and slide
  - 6-plus-person lift
  - Supine log-roll
  - Prone log-roll push
  - Prone log-roll pull
ザッと挙げるとこの5種類でしょうか。そうなってくると、「結局どの方法が一番適切なのか?」が気になってきますよね。状況に応じて、最も素早く安全な方法を選択・実践できるようでありたいと思うものではありませんか。
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●NATA Position Statement (2009年発表)
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まずは答えを見つけるのに一番手っ取り早そうなNATA Position Statement1 を見てみましょう。2009年に発表されたものと少し古めですが、ここにはこんな表記があります。

患者が仰向けの場合は患者をそのまままっすぐに持ち上げてできた隙間にボードを滑らせるlift-and-slideというテクニックを使うのが患者を転がし回転させるlog-rollというテクニックよりも頚椎の動きが最小限に抑えられることが報告されているそうです。Lift-and-slideテクニックの代表的なものにはStraddle lift and slideと6-plus-person liftとの2種類がありますが、このうちのどちらがより良いかという順番付けはここでは明言されていません。ただ、straddle lift and slideの合計5人に比べて6-plus-person liftは合計8人の救護者が必要なため、「より多くの人数が必要なことが6-plus-person liftの唯一の不便な点と言える」とは書いてあります。

患者がうつ伏せの場合は仰向けになるよう、患者の身体を転がして回転させる必要があります。これは、前述の通り頚椎の動きを生んでしまうのでなるべくなら避けたい所ですが、うつ伏せの場合はやるより他ありません。なので、Position Statementにも「うつ伏せ患者の対応としてlog-rollは出来るようにしておくこと」と言及されています。

とにかく、ここから言えることは、仰向けはlift and slide(持ち上げ)、 うつ伏せはlog-roll(回転)!という、患者の身体の向きによって使うテクニックを変えよう、という基本メッセージ。ここまではいいですよね。

●最新の研究と、合同声明の経過報告(2015年8月発表)
以前にアメフトの防具の取り外しがnormになる、という記事を書いた時にも触れましたが、現在NATAは脊髄損傷の疑いのある患者の扱いについて合同声明を現在進行形で書いている最中です。そこでももちろんspineboardについて言及されているわけですが、経過報告2 を見てみると、どうやらこういう表現が組み込まれるようなのです。
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仰向け
患者が仰向けの場合は、メディカルチームは8-person lift (以前は6-plus-person liftと呼ばれていたもの)を使うべきである。

む?8-person? 全く同じテクニックでありながら、どうやら名称を6-plus-person(6人以上リフト)という曖昧な表記からハッキリと必要な人数が分かりやすい8-person lift(8人リフト)へ変更することが推奨されるようです。でも確かにそうですよね、medical emergencyでバタバタしているときに、誤解を招くような表現はなるべく避けるべきです。「8人」という必要人数を明確に意思疎通できるよう、これからは6-plus-person liftという名称は使わず、8-person liftというより分かりやすく正しい表現を私も教育者として強調していく必要がありますね。
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8-person lift technique (↑)。写真の通り、患者の片側(肩・腰・足)にそれぞれ3人ずつ(3x2 = 6人)、頭部固定が1人、spineboard担当が1人の合計8人が必要です。

くどいようですが、患者が仰向けの場合、患者の身体をごろんと回転させてボードを斜めに滑らせるsupine log-rollというテクニックは使われるべきではありません。これはハッキリと複数の研究で頚椎の動きが「好ましくないレベルで起こる」ことが実証されています。例えば、Prasarn氏らが2015年に発表した献体を用いた実験3 では、
  8-person lift < straddle lift-and-slide < supine log-roll
の順番で頚椎の動きをより最小に抑えつつ患者をspineboardに移動させることができた、という結果が出ています。同じ5人の救護者が要るなら、straddle lift-and-slideのほうがlog-rollよりも賢明だと言えるでしょう。同様に献体を用いたConrad氏ら4 の2012年発表の研究でも「仰向け患者に未だにlog-rollを用いる現場の人間が多いが、これは完全に排除されるべきだ」と強い口調で述べられています。こういう表現ってなかなか文献で見かけないので、よっぽどダメなんです。そういうことです(ちなみにこの手の研究はさすがに本当に頚椎損傷した患者さんを使ってはできないので、病院施設で亡くなったばかりの方の献体を使い、人工的に頚椎を損傷させて不安定性を作り、motion detectorを埋め込んで行う実験がgold standard化しています。私の母校のUFがこの分野では権威と言えるかと)。
NATA発表の経過報告2 ではstraddle lift-and-slideの名前は見かけませんでしたが、人数がどうしても足りなければこのテクニックを使わざるを得ない場面は恐らく出てくることもあるでしょう。最後の手段として使う可能性は恐らく合同声明でも否定はされないのでは、というのが私の個人的な推測です。

うつ伏せ
で、問題はうつ伏せ時です。Prone log-rollは頭部固定に1人、患者の片側(肩・腰・足)について患者を回転させる担当が3人、それにspineboard担当1人の合計5人が必要なわけですが、患者を自分たちの方に引っ張る(pull)ように回転させるのか、押し出す(push)ように回転させるかによってLog-roll pull(↓写真上)とLog-roll push(↓写真下)の2種類に区別できます。
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Conrad氏ら5, 6 がこのLog-roll pull vs pushを比べた所、「どちらのテクニックも頚・胸・腰椎の動きが著しく見られたが、どちらがマシだったかというとLog-roll pushのほうである」という結論が出ています。それを受けて、経過報告2でもハッキリと「Log-roll pushを用いるように」という風に、どうしても回転させなければいけないならPullよりもPushのほうが良い、という認識が広まっているようです。これ、確かにやってみると分かるのですが、Pullのときにspineboardを患者と救護者の間に滑らすのが難しいんですもん。患者を抑えている腕にボードが当たったりして、学生と練習したときにやり辛さはひしひしと私自身体感しました。
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●まとめ
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それでは、確認です。もし患者がこの状態(↑)で倒れていて、貴方が脊髄損傷を疑う場合、どのテクニックが最も好ましいですか?下の中から選んで下さい。
  1. Straddle lift and slide
  2. 6-plus-person lift
  3. 8-person lift
  4. Supine log-roll

正解は…もちろん「3.  8-person lift」です。2の6-plus-person liftも全く同じテクニックではありますが、この名称はもはや推奨されていないという点から、適切な選択肢とは言えません。正しい名称を現場のATも教育者もこれから使っていくべきですね。
現場に居る救護者が8人に満たない場合、恐らく2番目に最も適切なテクニックはStraddle lift and slideでしょう。Supine log-rollは選択肢に入れるべきではありません。
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では、この状態(↑)だったら?どちらのテクニックを使うべきですか?
  1. Prone log-roll push
  2. Prone log-roll pull

正解は「1. Prone log-roll push」です。押し出して回転。どんな救急の状況でも重要な要素を瞬時に見極め(この場合は患者の身体の向きと救護者の人数)、適切な対応ができるATでありたいですね。読んでくださった皆様の頭のなかにもこれがしっかり残ってくれるといいなーと思って書いています。

1. Swartz EE, Boden BP, Courson RW, Decoster LC, Horodyski M, Norkus SA, Rehberg RS, Waninger KN. National athletic trainers' association position statement: acute management of the cervical spine-injured athlete. J Athl Train. 2009;44(3):306-331. doi: 10.4085/1062-6050-44.3.306.
2. National Athletic Trainers’ Association. Executive summary: appropriate prehospital management of the spine-injured athlete (update from 1998 document). http://www.nata.org/sites/default/files/Executive-Summary-Spine-Injury-updated.pdf. Published August 5, 2015. Accessed November 19, 2015.
3. Prasarn ML, Horodyski M, DiPaola MJ, DiPaola CP, Del Rossi G, Conrad BP, Rechtine GR. Controlled laboratory comparison study of motion with football equipment in a destabilized cervical spine: three spine-board transfer techniques. Orthop J Sports Med. 2015;3(9):2325967115601853. doi: 10.1177/2325967115601853.
4. Conrad BP, Rossi GD, Horodyski MB, Prasarn ML, Alemi Y, Rechtine GR. Eliminating log rolling as a spine trauma order. Surg Neurol Int. 2012;3(Suppl 3):S188-S197. doi:10.4103/2152-7806.98584.
5. Conrad BP, Marchese DL, Rechtine GR, Horodyski M. Motion in the unstable thoracolumbar spine when spine boarding a prone patient. J Spinal Cord Med. 2012;35(1):53-57. doi: 10.1179/2045772311Y.0000000045.
6. Conrad BP, Marchese DL, Rechtine GR, Prasarn M, Del Rossi G, Horodyski MH. Motion in the unstable cervical spine when transferring a patient positioned prone to a spine board. J Athl Train. 2013;48(6):797-803. doi:10.4085/1062-6050-48.5.07.

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  by supersy | 2015-12-11 20:00 | Athletic Training | Comments(6)

Commented by Y at 2015-12-13 17:15 x
いつもブログを読ませていただき勉強させていただいております。

この正しいテクニックを日本で実際に実習形式で勉強できる場所はあるのでしょうか…?
もし知っていらっしゃったら教えていただきたいのですが。
よろしくお願い致します。
Commented by さゆり at 2015-12-13 20:36 x
Yさん、せっかく質問頂いたのに申し訳ありませんが、私自身日本の教育機関での勤務歴が無いため、どこの学校がどういう信念を持って教育をしているかは私の知識の及ばないところであります。こういったエビデンスは実習や教育の現場に出るものならば持って当然ですので、真っ当な教育者・ATならば日々学び、実践しているものではとは思いますが…。
Commented by Y at 2015-12-14 17:55 x
ご連絡ありがとうございます。
私自身大学で日本体育協会のATの授業をとっていたのですが、このような授業はありませんでした。
救急救命士の資格がとれる学科があったので、放課後に2度ほど混ぜていただいたのですが、もう昔の話となってしまい、改めてスパインボードの技術を練習したいと思っていました。
日本に住んでいる自分が探さないでどうするんだということですよね、ご迷惑をおかけしました。
日本であるか探してみます!
ありがとうございました!
Commented by たなか at 2015-12-23 17:48 x
はじめまして。毎回、凄くためになる情報ありがとうございます。現在、某大学でATS (senior)をしている者です。EMSのprotocolも変わり、NATAからもupdate が出されたので今一番ホットな話題だと考えております。このサイトで取り上げられていたことを知らずに、今日学校のプレゼンで全く同じ内容(log roll push)をやり、びっくりプラス少し疑問に思っている点があるので質問させてください。Conrad et al. (2013) では”living patients with unstable spine injuries”の方が好ましいとされながも実際には難しいのでcadaverを使っていますが, lack the muscle tone, unconscious以外にどのようなdisadvantageがあるのでしょうか?また、なぜlateral bendingのみsignificant differenceが出たのでしょうか?プレゼン後の質問であまり明確に答えられなかったので教えていただけると幸いです。宜しくお願いします。
Commented by さゆり at 2015-12-25 22:10 x
たなかさんこんにちは、コメントありがとうございます。そういう質問は私よりもこういう研究をバリバリやってらっしゃる権威の方に聞いたほうがいいと思いますけれど、私の想像の範囲内では、献体だとどうしても、人工的に造る「怪我」が本当にスポーツで起こる「怪我」をmimicしきれていないところとかもdisadvantageに入りますかね。あとは患者の痙攣とか嘔吐とか、パニックになって動き出そうとしてしまうような予期しないハプニングが献体だとないところとかもですね。なぜlateral flexのみstat. sigが出たというcausationは現時点では誰にも分からないと思います。なのでこれも推測にしかなりませんが、rollするときに皆回転のタイミングを合わせようと意識しすぎて重力で首がlat flexすることに対して対応しきれていないのかなという気もします。
Commented by たなか at 2015-12-31 14:23 x
お返事ありがとうございます。やはりdisadvantageは、予期せぬハプニングが大きいですね。lateral flexも何かしらのinternal/external validityが関係しているという事ですね。丁寧にご説明頂きありがとうございました。

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