筋障害の新名称はスタンダードとして定着するのか?

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この論文(↑)1、読んだことある方も多いかと思うのですが、今日はコレについてちょっと書きますね。

秋学期が始まって一週間半。
まだまだ色々あってバタバタしていますが、今学期教えている授業のひとつにEvaluation of Upper Extremity Injuriesがあります。上肢におこる怪我の評価の授業です。
で、この授業ではもうずっとChad Starkey氏の"Evaluation of Orthopedic & Athletic Injuries"を使わせてもらっていますが、今学期からこの教科書は第三版(左↓)から第四版(右↓)へアップデートされ、内容が少し改定されています。
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改版ものって、ほとんど内容が変わってないこともあるのですが、今回はかなりStarkey氏、アグレッシブに変えてきたな、という感じです。例えば、私が以前書いたこともある、Second Impact Syndromeと呼ぶのか、Diffused Cerebral Swellingと呼ぶべきか、という問題についても触れていて、どちらかというと最新エビデンス寄り(この場合はDCS寄り)の立場を取っています。これについては私も賛成です。

ただ、個人的に「え、コレ入れちゃう?」と驚く内容もありまして。例えば筋傷害の名称。今までは筋・腱の損傷は一般的にStrain (肉離れ)と呼ばれ、その重度をGrade I (筋繊維の過伸展、マイクロテア), Grade II (部分断裂), Grade III (完全断裂)で分けるのがもう長いこと一般的でしたが、この最新版教科書では2013年にコンセンサス・ステイトメントとして発表された新たな分類法を採用しています。この基になったのがまぁ、先の論文なわけです。内容を簡単に解説すると…

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 - 筋障害を描写するのにStrainという用語が最も頻繁に使われてはいるが、
  定義が曖昧で種類も複数存在する *代表的な4種類は、上記Table 1参照(↑クリックで拡大)
 - 新しい筋障害の名称を確立し、新たなスタンダードとして発表しよう
 - 手始めに、世界各国からの30人のスポーツ医学専門家にアンケート送信。
  筋損傷の用語を自分たちなりに定義してもらったり、
  更に様々な質問に選択肢方式でも答えてもらうことで現状把握
 - 更に15人の専門家がこの結果を分析。ミーティングによる話し合いで、
  新たに推奨されるべき用語・分類法を決定
  その内容をConsensus Statementとしてこの論文で発表している

…という感じです。で、話し合いの結果、決まったのが
●Functional Disorder vs Structural Injury
まず筋障害は、大別して直接的なものと間接的なものに分けられる。
直接的なものは、直接external forceが筋組織に掛かって起こるような怪我で、
例えば物がぶつかって起こる打撲や、鋭い刃状のもので起こる裂傷などがそうである。

間接的な筋障害はFunctional DisorderStructural Injuryのふたつに分類できる。
Functional Muscle Disorder: 急性で、MRIや超音波画像等で認められる損傷のない、間接的な筋肉の機能障害のこと(例: 筋肉のトーンが上がって「張った」状態などのこと)。
Structural Muscle Injury: 急性、且つ間接的で画像で確認できるハッキリとした筋繊維の損傷があるもののことを指す。

ここらへんまではまだいいですよねぇ。
ここから、更にこのFunctional vs Structuralをサブカテゴリー分けしていきます。

Functional Disorderのサブカテゴリー
Overexertional: 筋疲労に起因する筋障害だったり、DOMS(いわゆる筋肉痛)のこと
Neuromuscular: 脊髄(CNS)に起因するような神経性の筋障害(Spondylolysisなど)や、筋繊維とその神経支配(PNS)との問題による筋障害のこと

Structural Injuryのサブカテゴリー
Partial Tear: 部分断裂の中でもMinorとModerateに二分され、その判断基準はmuscle fascicleよりも損傷が大きいか小さいか(↓下図参照、参考文献 Figure 2より)。Minor tearは瘢痕組織なしに治癒することが多く、Moderateは頻繁に瘢痕組織を伴って治癒する。
Total Tear: 筋繊維が完全に断裂、もしくは起始・停止部のTendinous Avulsionも含む。
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…で、総合すると、こういうことになるんですよ。
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最終的な診断は、Contusion, Laceration, Type 1A, Type 1B, Type 2A, Type 2B, Type 3A, Type 3B, Type 4 Complete Tear, Type 4 Tendinous Avulsionの10個の分類のうちのどこかにカテゴライズされる、と。追記事項として、
 - Strain, pulled-muscle, hardening and hypertonusと言ったような言葉は
  専門家の回答を見ても認識・定義があまりに一貫性に欠ける。
  故に、医療従事者が使う用語として好ましくない。構造的に筋繊維の断裂が
  見られる場合は、『strain』ではなく、これからはあくまで『tear』と言う。
と明記されています。


…さて、単刀直入に聞きます。
この分類法、皆さんの現場で使いたいですか?

私がこの論文を2年前に読んだ感想としては、『やりたいことは分かるけど、こりゃー無理でしょ』でした。元々Strain - Grade I, II, IIIというごくごく単純であったものを、Type 1Aとか3Bとかややこしい名前を付けてしまって、これは『現場を助ける』というよりは『混乱させる』以外の何者でもないかと。なので、私も学生とシェアするか当時迷いましたが、実用性の低さから授業で触れることすらありませんでした。正直、陽の目をみないかな、と思ったんです。私が特に大きい問題点と感じたところは…

 - 30人の専門家に送られたアンケートのうち、返信があったのは19人(63.33%)
  →そもそも「基にしている専門家の意見」がものすごく偏っているのでは?
 - 15人の国際的専門家が集まったミーティングはたった一日で行われた。
  →まともにやればかなりの量のやり取りのはず。一日でやらなきゃ、という焦りから
  話し合いがおざなりになった可能性は?または、一日ずっと話し合いを続けて、
  疲労が溜まって討論の質が落ちた可能性は?
 - 文中に、"The presented muscle injury classification is based on an extensive,
  long-term experience and has been used successfully in the daily management
  of athletic muscle injuries (p.5)"ともあるように、この分類法はあくまで
  『経験』に基づいたもので、『エビデンス』には基いていない。
  エビデンスレベルでいうと最低のLevel V (Expert Opinion)でしかない
 - Muscle-related Neuromuscular Muscle Disordersの説明が殆ど無いので混乱中。
  例えばどういうものを指すの?AMIとか、Muscle spasmとか?
 - これらの診断に至るまでの「推奨する診断アプローチ」の中に
  『受傷から2-48時間以内に超音波による画像診断でfunctionalかstructuralに分ける』
  や、『Structural injuryの疑いのある全ての障害にはMRIを撮る』など、
  ちょっと現実味に欠ける描写が多い。逆に言うと、そういうことでもしないと、
  例えばType 3Aと3Bの違いなどはClinical Evaluationからは区別を付けられない
  ので、過剰な画像診断使用があることが大前提。私は、我々が現場で
  判断できる範囲で無駄な画像診断を減らすことも重要な仕事だと思っている
  ので、仕事の哲学には反するなぁとも感じる。

私が知る限り、このConsensus StatementをEndorseしている団体はIOCとUEFA…でしょうか?どちらかというとヨーロッパ寄りの印象ですし、NATAがこれをATのスタンダードとして積極的に取り入れようとしているという話も聞いたことがありません(もし間違っていたらどなたか教えて下さい)。これを教科書に入れちゃうのは、Starkey殿、少し時期尚早だったのではないでしょうか?

なので、学生には『最新版の教科書では新しい筋障害の分類法が書かれている。…ただ、私が不安に思うのは、今キミ達がそれを習って使い始めても現場の人間とコミュニケーションが取れないと思うんだよ(Type 2Aと言って、今誰に通じます?)。これが、これからポピュラーになって我々医療従事者のスタンダードになるかどうか私は判断しかねる。個人的な印象としては限りなく怪しい。もし皆が知りたいというのなら授業で時間を取って教えるけれど、どうする?』と正直に聞いてみたら、『Syがイケてないと思うなら私たちもいらなーい!』という恐ろしい返事が返ってきました(ちょっとは勉強しろ)。なので、授業ではこの論文を「読みたい学生が読む」くらいにしておくことにして、相変わらずStrainという言葉を使っています。まぁ、「Strainという言葉では不十分という人たちも結構いるんだよ」くらい、とりあえず頭に入れておいてくれればいいかなと…。新しい言葉を造るということは、新しいコンセプトを生み出すということ。これが医療界のエスペラント語となってしまうのか、本当に新しいスタンダードに取って代わっていくのか…。とりあえず、私はこれを本格的に教えるようになるまでに、もうちょっと周りの動向を見守ってみたいと思っています。もしアメリカ教育界の方がいたら、是非どうしてるか意見を聞かせてください。参考にしたいです…。


1. Mueller-Wohlfahrt HW, Haensel L, Mithoefer K, Ekstrand J, English B, McNally S, et al. Terminology and classification of muscle injuries in sport: the Munich consensus statement. Br J Sports Med. 2013;47(6):342-350. doi: 10.1136/bjsports-2012-091448.
ちなみにこの論文、どなたでもフルテキストにアクセスできますよー。

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  by supersy | 2015-09-07 18:00 | Athletic Training | Comments(0)

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