高校生は何故脳震盪の症状を隠すのか?

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ものすごく個人的な話になりますが、今学期は両極に在る授業をふたつ取っています。
ひとつはBiostatistics。統計学を掘り下げ、様々なデータをどう分析するか、
分析の際にどういうことを考慮に入れて結論を出すべきか、みたいな内容です。
もうひとつはQualitative Researchの授業。
前者が理系ならこちらは文系の授業といった感じ。Quantitativeな研究だけでなく、
これからQualitativeな研究が恐らく文献に増えていく中、
それらの研究をどう効果的に実施・分析・解釈するか、という、
被験者との文章や会話のやりとりに意味を見出していく授業です。

どちらが自分に向いているかは勉強すればするほど顕著になってきて面白いですが、
(そしてそれがどっちかは内緒…)
文献の消費者としてはどちらのデータも上手く噛み砕けるようでなくてはならないと思うので
一生懸命勉強しております。どちらもなかなか面白いです、今学期の授業。

…さて、前置きが長くなりましたが、Qualの方の授業でこんな論文を読み解く機会がありました。
内容がちょっと興味深かったので、簡単に紹介しようかと思います。
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この研究は、
1. 高校生のような若い世代の脳震盪には我々は特に敏感でならねばならない、
2. しかし、ATが脳震盪を的確に察知し診断するには、やはり選手自身の協力が必要不可欠。
3. 一方で、脳震盪の症状を経験している高校生の2割から6割は誰にもそれを報告せず、
 隠してしまう傾向にある。
4. これらをよく「教育が不十分な為」と言う専門家がいるが、本当にそうなのだろうか?
 もっと他に影響を及ぼす要素はないのだろうか?
という観点から、実際にVarsityレベルでフットボール、サッカーのいずれかのスポーツをプレーしている高校生アスリートを50人対象に、所属チーム別にグループインタビューを行った結果をまとめたものです。

*ちなみに時代的な背景を説明しておくと、このインタビューが行われたのは2011年から2012年にかけてのワシントン州にて。ワシントン州は脳震盪に関する法律が制定されたアメリカで一番の州で、2009年に、1) 選手が脳震盪を受傷した恐れがある場合、直ちに競技から外され、2) 医療資格のあるクリニシャンが認めるまで競技復帰できない、と義務付けられました。その法律が制定されて少なくとも一年経っていることから、それらの法律がどう選手の教育や認識に影響を及ぼしているか調べたかったというのもあるようです。

この研究の構造の問題点とかそういうのは授業じゃないので飛ばすとして…
結果がなかなか面白かったのですよ。
大まかにまとめて、結果は7つのテーマに別けられました。

1. 選手は、脳震盪の諸症状を正しく認識できている。
 頭痛、目眩、吐き気、(多くはないにしても)意識消失や記憶障害、
 それから学業に影響が出たりすることや、人生を左右することになる、
 命を失う可能性もあるということ、コドモたちは意外と正しく認識できていました。
 これは、「教育が不十分だからだろう」という従来の見方を覆すものであります。

2. でも、プレーを続けてしまう。
 しかし、面白いことに、「プレーしていて、他プレイヤーと接触・衝突しました。
 頭痛や吐き気がします。プレー続行する?どうする?」と聞かれると、
 多くのコドモが「そのままプレーする」と答えるのです。
 少数が、「ちょっと休んで様子を…」と答えたりもしましたが、
 「プレーを中止する」と答えたコドモは皆無。

3. だって、プレーしたいんだもん!
 「だって夏中練習して…試合は一シーズン12から13くらい。一回につき40分だよ。
  こんなに練習して試合でプレーできないなんてやだよ!」
 …うむ、好きなスポーツだものね。プレーしたい!というのはごもっとも。

4. 脳震盪かどうか分からないもの…。
 脳震盪の諸症状は脱水や偏頭痛、風邪のそれと似ていないこともありません。
 脳震盪だと判断するに決め手が欠けている以上、それを理由にプレーを中止しよう、
 とは思えないようです。

5. 怪我してもプレーするのは当たり前でしょ?
 「赤ちゃんみたいにギャーギャー言ってると思われたくないし」
 「恥ずかしい」「弱虫じゃない、これくらい」
 仮に脳震盪だという確信があったとしても、他の怪我と同じように「乗り越えるべき障壁」と
 捉えてしまう選手も多いようです。例えば足首の捻挫は、走れないほどひどければ諦める、
 と非常に分かりやすい。でも脳震盪の症状は、プレーできないってほどじゃない。
 我慢すれば、できないことはない。だから大丈夫、と思ってしまうんですね。
 興味深いことに、これは性別やスポーツに関係なく満遍無く聞かれた意見でした。

6. チームの皆を見捨てるわけにはいかない
 中でも多かったのが、「チームの為に頑張らねば。自分の都合を優先してはいられない」
 というもの。「もしここで私が抜けてチームが負けてしまったら…」というのは選手にとって
 最悪のシナリオであるようです。

7. 最大の要因:コーチ。
 これが、今回のキモかと。複数のチーム(i.e. 高校とクラブチーム、とか)に所属する
 選手らに「この場合どうする?」とインタビューで聞いた場合、彼らはまず真っ先に、
 「待って、どっちのチームの話?どのコーチ?」と聞き返したそうです。
 それは、コーチの人柄や価値観に、選手は従わなければいけないという主従関係があるから。
 「怪我したら言うんだ、とかコーチは言うけど、本心じゃないんだよ。
  実際(怪我しましたと)言ったら、大袈裟だとか、弱虫だとか言われるもの」
 「プレッシャーは感じます。だって、怪我をすると、『本当にもう無理(Do you have to sit out)?
  なんとか押してプレーできない?』と聞かれるもん…」
 「コーチに言われたことある。もうプレーできないっていうんなら、
  骨が剥き出しにでもなってないと承知しないぞって」 ひぇぇぇぇ

 逆に、コーチが脳震盪に理解がある場合、
 「丸一日脳震盪の勉強に費やした時があってね、どうタックルするのが正しいかとかも勉強した。
  こういう症状があるときはコーチに言わなきゃいけないって教えられたよ」
 「私前に脳震盪して長いことプレーできなかったから…。(もし怪我したら)
  真っ先にコーチに言います。だってそうして欲しいって思ってるの知ってるから」

…ということで、結論としては、
高校生の多くは正しい知識を持っている。しかし、それが正しい行動に繋がっていない。
コーチの存在は、脳震盪の自主的な報告を妨げもするし、促進することもできる

コーチが本当に脳震盪を脅威と感じ、選手に真摯に「ちゃんと報告して」と伝えれば、多くの選手はそれに応えられるし、コーチがうわべだけで「報告しろよ(…でも試合は抜けてくれるなよ)」と言っていれば、その含意も高校生はしっかりと受け取ってしまう。

…という結論になっています。これから、気合を入れて教育すべきはコーチなのかも、
と思わせる面白い論文でした。

スポーツチームにおいて、コーチとATが怪我の対応を巡って対立関係になってしまう、
というのは珍しい話ではありません。これは、コーチの立場からしてみると「ATはいらんことですぐ選手を練習や試合から遠ざけやがる」「大したことないだろ、なんとかしろや」という印象を多く受けていることから来ているのかもしれません。特に勝敗で仕事の進退が決まる大学やプロレベルではキープレイヤーのplaying statusはコーチの死活問題にもなるでしょう。
しかし、多くのATだってチームの勝利を大切に大切に考えて仕事をしています。ただ、もしかしたらコーチと食い違うことがあるかも知れないのは、選手が怪我をしたとき、目先の1-2試合を誤魔化しながらプレーして悪化のリスクを負うよりは、今後長く全力プレーできるよう今は休ませ、完治させる…というリスクマネジメントを考慮に入れた勝利計算をしなければいけないことでしょうか。怪我の本質、治癒のプロセスに精通している分、コーチと少し違った公式を使って計算している。求めているものは同じ、「チームの成功」であっても、公式が違えば最終的に出てくる結果にも微妙にズレが生じる場合もあるのです。
それに選手の人生の質を左右するような要素(それこそ、脳震盪とか)が入ってくれば、「チームの勝利」のみが優先事項ではなくなります。スポーツから引退したとき、それでも選手には全うで健康な人生を歩めるようであってほしい。我々は選手の命を、残りの人生を守る義務もあるのです。

しかし、ATの立場に戻ってもう一度考えてみると、
我々ATがこういったことを考慮に入れながら、その場、その患者、そのチームに対しての「最善の選択」をしようとしていること、それはしっかりと我々の口でコーチにちゃんと伝えなければいけません。我々が伝える努力を怠って、その結果コーチとの間に溝ができてしまったとしたら、それは全部コーチの責任とは言えない。きちんとコミュニケーションができなかった、我々にも大いに責任はあるのです。

ATはpush(もっとやれる!頑張れ!と背中を押す)とpull(ちょっと待て、やりすぎんな、と肩を引っ張る)のバランスが取れてこそ一流だと私は考えています。そして、貴方がそういうATであるということをコーチが本当に理解してくれたら、お互いの仕事を尊敬し合え、高め合える素晴らしい関係が築けるのではと思っとります。そういうコーチと2年間だけ仕事させていただいたことがありますけど、本当に夢のようでした。
そういう建設的な空気は選手にも伝染しますしね。

最後に一つだけ付け加えると、この時(この二年間↑)自分に課していた習慣は、
「選手が練習・試合に出られないようなことがある場合、その決定の責任は全て自分にあり、
自分からコーチに報告に行く」というもの。食中毒でゲーゲー吐いてる選手が「練習とてもできないけど、コーチに休むって言ったら怒られるから」と涙目で言ってくるようなことがあっても、「あのね、医療のプロの私がダメだって言ってるの。アンタが弱音を吐いてるだけなら私がそう指摘するから安心しなさい。今回はね、全てを総合して私が私の判断で休めって言ってるんだから、正々堂々休むの。コーチにも、アンタが(自己判断で勝手に)無理って言ってるんじゃない、私の判断だって強調するわ。私から報告するから、アンタは気にしない。休む!元気になる!皆ハッピー!いいね!」と、「チームやコーチをがっかりさせたくない」という選手の気持ちをこちらが吹っ飛ばすようにきちんと仕掛けることです。真面目な選手ほど、この義務感というか、正義感というか、そういうものを背負いすぎていて、休むべき時にきちんと休めなかったりするのです。こういう場合は休む事こそ正解だよ。そして、コーチがそれに対してネガティブな感情を抱かないよう、私が責任とって話をつけるから、とそこまでの気配りが出来てこそ、ヒトとヒトの間に立つ仕事のプロだと思うのです。
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  by supersy | 2015-03-02 23:30 | Athletic Training | Comments(0)

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