夏の甲子園は本当に危険なのか、気象データ+αを元に検証する。完結編。

すいません、前回の締めが我ながら分かりにくかったかなと。
つまり、一日で一番暑い時間を避けて試合をするためには、こんな工夫をしてみるのもアリなんじゃないかな、と。あくまでATの目から見た理想の試合時間ですが。
●試合時間の変更
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一日四試合の場合には、第一試合の開始を通常の8:30amから30分早めて8時に開始。そのまま第二試合も行う。一番暑い時間に大きな『休憩』を挟んで、第三試合用のウォームアップを3時に開始、試合開始が3:30pm。最終試合の終わりが8時頃までずれ込むけれど、アメリカの高校の試合もどのスポーツでも夜7時や7時半開始が一般的なのを思えば、これくらいは大丈夫なのでは?と思うけれどどうでしょう。

一日二試合の場合はゆったりと午前中に一試合、午後に一試合というように余裕を持って臨めるし、最終戦(決勝戦のみ)の日は朝にしても午後にしても良い。

考えうる問題点
1. 一日の真ん中に大きな穴が開くため、試合のメディア、医療スタッフ、運営関係者等の拘束時間が必然的に長くなり、彼らの肉体的負担が増える。
2. 拘束時間が長くなる分、発生するコストも多い(払うお給料が増えたり、夕飯の用意もしなければいけなかったり)?

それに対する解決策:
1.逆に曖昧に『ボランティア』精神で駆け抜けないためにも悪い変化じゃないのかなとも思う。お金を払って、スタッフ側にしっかり働いてもらうという構図が高校スポーツでも必要かと。審判、医療スタッフ全て含む。
2.『休憩』時間に近隣の娯楽施設やレストラン等に人が流れることを考えれば、ビジネスチャンスにも繋がるのでは。例えばレストランや映画館、ボーリング場なんかとスポンサー契約を結び、大会期間中にそれらを甲子園側がプロモーションする代わりに、大会期間中の利益を主催側にも入るようにして、増えた分の大会費用を賄うとか。
甲子園出場校のユニフォームやグッズも出して売っちゃえばいいんじゃないですかね。こういうのって日本の法律や決まりに反しているのかな?強かなアメリカでは絶対にこうやってスポーツを潤わすのだけれど。
…あんまりスポーツマネジメントやスポーツビジネスは得意な分野じゃないのでこういう分析は苦手ですが、素人の私が思いつくだけでもかなりお金が回るシステムは組めるんじゃないでしょうか。

代案:
- 思い切って一日最大3試合に制限するのも手かなと思います。余裕を持って。
 そうすると大会開催が15日から18日くらいにまで延びますけどね。
- もちろん『大会を丸々9月に移す』ことも考えました。
 熱中症対策としては最もシンプルで有効かなと思います。アメリカの統計1 では、
 熱中症による死亡事故の6割強が8月に起こったものだった、という結果も
 出ていますし。現実的には、こういう大改革は難しいですけどね。
 夏休み中だからこその全国レベルの大きな大会なのだろうし。

●その他、大きな差を生むかもしれない小さな変化
- コールドゲームを甲子園にも
 ひとつひとつの試合時間というのも実は非常に大事な要素なのです。
 統計ではハッキリと、
 『練習や試合開始の2時間後移行に熱中症の
 リスクが急増する』1と出ています。…ということは、
 いかに試合時間を2時間程度・以内に収めるか、ということも
 熱中症予防としては大切な要点なのです。延長戦をするな、とか、
 時間制限を設けて試合を強制終了してしまえ、というのはあんまりですから、
 とりあえず、コールド負けのルールを甲子園に持ち込むのもアリなのでは
 ないでしょうか。そうすれば、一方的な試合で、3アウトが取れずに
 延々と試合が続く、という残念ながらも不毛な状況は防ぐことができます。
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- 服装に関するガイドライン
 夏の甲子園、で画像検索すると、結構出てくるんですよね、選手が長袖を着ている
 写真が。気象データをリアルタイムで見守るシステムを作って、その数値が
 変動するたびに、すぐに必要な対応を指示するチーム
があってもいいんじゃ
 ないかな、と思うのです。で、彼らがすぐに指示を送れそうなのが『服装』
 例えば100%綿素材の服なんかは熱がこもりがちですし、
 汗を吸うとじっとり重くなり、汗の蒸発にとっても理想的ではありません。
 ドライフィットのような発汗性・通気性の良い素材で
 ユニフォームを作るほうが熱中症予防には理想的ですし、
 WBGTが28℃を超えた辺りから、『半袖にしろー!』と
 指示を送るようなシステム、どうですか?

- 発汗性で言うと、英語でAcclimatizationというのですが、
 身体を徐々に暑い環境に慣らしていくことも必要かと思います。
 例えばお隣の京都大阪から参加する高校は気候も似ているので敢えて慣らすこともない
 かも知れませんが、北海道や青森から参加する選手は、兵庫の気温に身体が慣れてない
 可能性があります。また同じ統計ですが、1 熱中症って慣れない暑い環境で
 運動を始めた最初の一週間ほどに特に起きやすいのです。
 体温の調節が思うように起きない為です。

 10日から二週間ほどかけて、徐々に炎天下での運動量を増やしていくことで、
 選手の発汗量、循環血漿量が増量し、深部体温、心拍数、そして発汗によって失う
 電解質の量が低下し、2 身体が体温を保ちやすい環境が出来上がることは
 非常によく知られた事実です。3,4
 遠くから参加するチームが早めに現地入りして身体を慣れさせることが出来るよう、
 経済的援助をするようなシステムがあってもいいのかな、と思います。
 もちろん、贔屓をするようではいけないけれど…。

- あまりに気温が上がりすぎている場合は、それに伴って休憩を増やしたり
 (試合中に水休憩を取るとか。ピッチャーさんなんかはともかく、
 審判さんも大変でしょう)、本当に気温が異常とも言えるほどに高い
 場合には(WBGT >31℃)試合の延期、中止も已む終えないと思います。
 雨天と同じ対応で何が悪い!雨が土砂降りの時は諦めが付くのに、
 でらでら溶けるような暑さで同じ判断ができないってのもおかしい気がするんです。 

- 熱中症や水分補給に関する教育の場を
 選手はもちろん、コーチやチーム関係者、主催側スタッフ、審判らも含めて、
 熱中症に対する簡単な教育ミーティングみたいなものを大会前にしっかり開くべき
 かと思います。最低簡単なハンドアウトを配ったり、オンラインで見られる
 教育動画とかでもいいんですけど、やっぱり顔を合わせたミーティングが
 一番効果的かとは思います。
 「熱中症とは、とか、こうすれば予防・治療に良いという一般的知識があっても、
 それが行動に結びつくとは限らない』というデータ1,5 がありますから、
 ここは敢えて、具体的で、今日から始められる、心がけるべき行動なんかを
 まとめればいいのかな、なんて。例えば、意外と皆知らないのが、「睡眠不足だと
 熱中症になりやすい」とか、「風邪を引いて、下痢をしたり嘔吐をしていると、
 その時点でかなり脱水気味!こうして補おう!」とか、
 「自分の体が脱水しているかを見極めるには?」とか。。。

- 水分補給に関するガイドライン
 甲子園の舞台でどういった水分が用意されているか私は全く知らないのですが、、
 NATAやACSMのPosition Statement6,7 に基づいた提案をすると、
 1. 運動前:2-3時間前に500ml程、そして運動10-20分前に200-300ml程の水分補給を
 2. 運動中:喉の渇きを潤す以上に、気持ち多めに飲む
 3. 運動後:運動前の体重と比べて、失った分をきっちり運動後6時間以内には補給
 というのが無難なところかなと。野球は運動時間がwarm-upも含めれば
 平均で2時間半と長いため、ただの水よりは炭水化物と電解質の入っている
 スポーツドリンクのほうが利益は大きいはずです。温度はしっかり冷たいものを。
 選手の好みにもよりますが、10-15℃くらいに冷やしたものをNATAは推奨しています。

- そして何よりも
 きちんとお金を払って、プロの医療チームを常備させて下さい。
 もし万が一熱中症が起こってしまった場合、5分以内に対応できるかできないかで、
 患者の生存率は大きく変わってきます。
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 アメリカでは、熱中症の疑いがある場合、
 ATは一刻も早く直腸温度で正確な深部体温を計測し、
 その場で熱中症との診断が確認(>40℃)できたら、患者をすぐに氷水のプール
 入れて、一分でも早く患者の体温を39℃まで下げることに全力を尽くします。
 Rectal temp or no tempと言われるようになってきたくらい、
 アメリカでは直腸温度の計測がnormになってきつつあります。2,4
 こういう場面で腋や額、口で体温を図るような知識では、まず患者を殺してしまう
 ということを医療のプロは実感すべきです。なんたって平均4℃くらいの誤差が
 あるというんですから。熱中症患者に氷枕と扇風機を当てて…なんて
 チンタラした冷却をしていても患者の命は亡くなるものと考えたほうが懸命です。
 体温が42℃を超えた状態が続けば続くほど、次々と内蔵の機能が停止し、
 命に関わることになるからです。
 エビデンスははっきりとcold/ice water immersion治療の即効性を示しています。7

 事前にトレーニングを積み、一貫性の在る治療を提供できる医療チームを
 常時待機させて、万が一の場合には即座に対応できるよう、
 主催者側が準備しておくのは最低限のことかと思います。

こうして色々書いていても、「別に野球って熱中症の危険性は高くないんじゃないの」
とか、「今まで死人出てなかったから大丈夫じゃないの」という方はいるのでしょう。
しかし、アメリカの熱中症による死亡件数は毎年上昇傾向にあり、1 スポーツ医療の先進国であるアメリカでもまだこの分野は予防法。対応共に不十分であることが浮き彫りになっています。日本で行われた数々の研究でも、毎年、夏の気温が少しずつ上がっていること、そして、(甲子園中ではないにしても)熱中症件数もそれに比例して上がっていることが分かっています。9-11
ハッキリ言うと、時間の問題なのです。近い将来誰かが熱中症で甲子園のその地で倒れることになると思うのです。その時、正しい対応ができる医療スタッフが現場にいるのでしょうか。もしくは、何かが起こるその前に、しっかりとした予防対策が取れるのでしょうか。それともみすみすその命の灯火が消えていくのを見ることになってしまうのでしょうか。
スポーツ現場の医療のプロとして、ここまではっきりとしたリスクを確認しながら何もしないというのはどうしても納得がいかなかった。気分の出来る範囲で今回分析してみて、やはり改善策は色々有り得るのでは、と思っています。伝統のある野球の聖地でのイベント、その歴史を知っている者こそ変化に躊躇いを覚えるのかも知れません。しかし、そういう人たちの伝統への固執が原因で若者の命が失われるのだけは許されてはいけない。彼ら自身がブレーキをかけられないかもしれない年齢だからこそ、我々大人が配慮すべきことだと思うのです。


1. Kerr ZY, Casa DJ, Marshall SW, Comstock RD. Epidemiology of exertional heat illness among U.S. high school athletes. Am J Prev Med. 2013;44(1):8-14. doi: 10.1016/j.amepre.2012.09.058
2. Lopez RM, Casa DJ, McDermott BP, Stearns RL, Armstrong LE, Maresh CM. Exertional Heat Stroke in the Athletic Setting: A Review of the Literature. Athl Train Sports Health Care. 2011;3(4):189-200. doi: 10.3928/19425864-20101230-06
3. American College of Sports Medicine, Armstrong LE, Casa DJ, Millard-Stafford M, Moran DS, Pyne SW, Roberts WO. American College of Sports Medicine position stand. Exertional heat illness during training and competition. Med Sci Sports Exerc. 2007;39(3):556-72.
4. Binkley HM, Beckett J, Casa DJ, Kleiner DM, Plummer PE. National Athletic Trainers' Association Position Statement: Exertional Heat Illnesses. J Athl Train. 2002;37(3):329-343.
5. Toloo G, FitzGerald G, Aitken P, Verrall K, Tong S. Evaluating the effectiveness of heat warning systems: systematic review of epidemiological evidence. Int J Public Health. 2013;58(5):667-81. doi: 10.1007/s00038-013-0465-2
6. Sawka MN, Burke LM, Eichner ER, Maughan RJ, Montain SJ, Stachenfeld NS. American College of Sports Medicine position stand: exercise and fluid replacement. Med Sci Sports Exerc. 2007;39(2):377-90.
7. Casa DJ, Armstrong LE, Hillman SK, et al. National athletic trainers' association position statement: fluid replacement for athletes. J Athl Train. 2000;35(2):212-24.
9. Nakai S, Itoh T, Morimoto T. Deaths from heat-stroke in Japan: 1968-1994. Int J Biometeorol. 1999 Nov;43(3):124-7.
10. Miyatake N, Sakano N, Murakami S. The relation between ambulance transports stratified by heat stroke and air temperature in all 47 prefectures of Japan in August, 2009: ecological study. Environ Health Prev Med. 2012;17(1):77-80. doi: 10.1007/s12199-011-0221-2
11. Murakami S, Miyatake N, Sakano N. Changes in air temperature and its relation to ambulance transports due to heat stroke in all 47 prefectures of Japan. J Prev Med Public Health. 2012;45(5):309-15. doi: 10.3961/jpmph.2012.45.5.309

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  by supersy | 2014-10-27 23:59 | Athletic Training | Comments(3)

Commented by kohira at 2014-10-28 21:45 x
やっぱり「甲子園大会」じゃなければいけないんでしょうかね?
「全国大会」では駄目なんだろうか、と最近よく思います。
全てを甲子園球場で行わなければいけないのか、、、
日程的な安全面ももちろん、経済的負担も大きいということはよく聞きます。
開会式から何日も出番が来ないとかありますもんね。
そういう経費が各チームなどでの安全対策の制限因子となってしまってたらこれもおかしなことですよね。

ちなみに北海道の学校などは結構早めに関西入りしてることが多いと思います。
昔よくニュースで出発する様子を見たような、、、
Commented by さゆり at 2014-10-28 22:15 x
小平さん、いずれは会場を変更したり増やしても良いでしょうねぇ、それが自然かとは思います。でもラグビー部員が花園に特別な感情を抱いたり、我々東京バスケっ子(これは少し範囲が狭いけど)が代々木が特別な場所だったりするのと一緒で、甲子園の三文字が高校球児の憧れなのでしょうから、それを変えるには時間と理解が要りますね。 今回は中でも実現出来そうなものを選んで提案してみました。それでも経費が云々という議論は出てきそうですが、ちゃんとお金が入ってくるようなシステムを作るのも大きなスポーツイベントでは大事なことかと思います。それに、お金をケチって選手を危険に晒すようでは本末転倒かと。
Commented by あらい at 2014-11-12 19:22 x
その場にたっていて選手を危険から救えるような人間になりたいですね。

甲子園の主催者側はお金にがめついくせに集め方が下手です。
選手に配慮したスペースをもうすこし作って欲しいと常々思います。

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