ひらめきと直感の違い。「Because I feel so」

私が結構長いこと脳の可塑性(Neuroplasticity)にハマっていて、
あれこれ調べたり本を読んだりしているということはご存知の方はご存知だと思うのですが。
以前だとThe Brain That Changes Itselfという本を紹介したりしましたね。

さて、結構前の話になってしまうのですが、5月頭に日本に帰国した際に、
AT仲間であるもっちゃんから「こういうのさゆりさん好きかなと思って」と、
これまた脳の本をプレゼントしていただいたのでした。
それが、単純な脳、複雑な「私」という、池谷祐二氏著の脳科学本です。
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まずこれを読んで気が付いたのは…私、日本語の本を読むのは、想像以上に早いんだな、ということ(笑)。いただいてから5日足らずで、ほぼ電車での移動時間のみを使って一気に読み切ってしまいました。英語の文章を読むペース、我ながら上がったなー、なんて思っていたけれど、やっぱり母国語とはまだ比べ物にならないみたい。日本語の本を読んだのは久しぶりだったので、これは新たな発見でした。

で、他にはですね。
知っていることもありましたが、新たな発見も多かったので、
最も心に残った文章とnotionを簡単にまとめたいと思います。
考えながら書いているので、語尾がここからいきなり変わります。
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●直感とひらめきは異なる。
脳科学的には、このふたつは全く違う脳内メカニズムによって起こるんだそうだ。
「ひらめき」というのは「たぶんこうだから…」という理由が説明できる、つまりあくまで理屈や論理に基づく判断なのであって、恐らく大脳皮質(cerebral cortex)によって作られている。
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例えば、上の問題は「ひらめき」によって解けるはずだ。
□に入る数字はなにか?恐らくものの数秒で答えが「ひらめ」くだろう。
ひらめいたあとに「どうして?」と尋ねられれば、「数字がどんどん2倍になっていく、という関係式のようだから…」と、しっかりと論理的に説明も可能なはず。これが、代表的な「ひらめき」。

一方、「直感」は「ただなんとなくこう思うんだけど…」という程度のもので、漠然とした感覚にすぎない。しかし、曖昧なのに結構正しい、という面白い側面もある。
これを証明するのに、面白い実験が本で紹介されていた。ブーバ・キキ効果というものだ。
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上の画像を見せて、「このどちらがブーバ、どちらがキキだと思う?」という唐突な質問をする。
最初は戸惑うかもしれないが、「こっちがブーバかな…」と『なんとなく』分かるはずだ。
世界共通でほとんどの人が同じ答えを選ぶと言う。それはあくまで『なんとなく』感じるのであり、理屈はない。「キキは尖った感じの音で、ブーバはまるっこいから…」なんて理由付けをしようとする人もいるかもしれないが、それは全然理論にもなっていない。やっぱりあくまで『直感』なんだよね。
こういった直感は大脳基底核(basal ganglia)内の淡蒼球(globus pallidus↓)で生まれるらしく、
ここは数少ない大人になっても成長する脳部位のひとつだそう。
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●直観は、学習によって形成される。
大人になっても成長する脳部位が直観を生む。これはつまり、直観は私たちの日々の学びからきているのだという証明にもなる(=そうでなければそこまでplasticに作っておく必要が無い)。
「経験に裏付けられていない感は直感ではない」という一文は特に響いた。
著者は「直感=学習」だと言い切る。
つまり、直感は努力の賜物、あくまで訓練によってのみ身につくものだという。
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例えば、将棋。
私自身ほとんど将棋の知識が無いのでテキトウなことは言いたくないのだけれど、
将棋と言うのは終盤は手に限りがありお互い「読み合って」進めていくものの、
中盤は可能な手が在り過ぎてプロでも読みきることは不可能なんだという。
でも、時に中盤で「ここに指せば勝てる」という直感が降りてくることがあるという。
どうしてかは絶対の確信は無い。でも、きっとここだ!と直感が訴える。
私たちから素人からすれば、「だからあなたは天才なのだ」と言いたくなるところだけど、これは天賦の才ではない。あくまでもプロとしての弛まぬ努力、そして長年の経験から生まれた直感力だ。これは、プロの棋士として何千局、何万局と指した経験が、無意識に働き訴えてくるのであろう。
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これ、面白いのが、私も仕事をしていて「勘」で判断をすることが自分でも多いな、という自覚があったから。
例えば選手が練習中・試合中に怪我をして(場合によっては学生に評価をさせることもあるけれど、まぁこの場合、例えば)、私が全て評価をしたとする。学生は周りで見ている。…で、一通り評価と処置が終わってから、私が何をどんな手順でした?どうして?それが本当にベストだった?どういう判断をした?自分だったらどうする?等、終わってから学生とdiscussするわけだけど、上手く説明できない時が自分でもたまにあって。「前回似たような足首の捻挫のときはレントゲンにreferしたけど、どうして今回はしないの?」と聞かれ、「うーん、今回は99%必要無いと思ったんだよね。もちろん、経過によってはするけれど、今のところは大丈夫そうかなと…」「今回の患者のほうが痛みがあるのに?」「腫れは確かに早いけど…痛みの質が違うんだよね、そんなに嫌な感じがしないのよ」などと、恐らくすべきでないふわふわした説明をしたりする。もちろん、選手の症状・性格・タイミング等を全体的に考慮して診断を下しているわけだけど、最終判断を自分に問うて、「嫌な感じがするかしないか」で物事を決めることがある。心や脳と言うより、「肌」が教えてくれる感覚。

●プロの勘には意味がある。
教師として、授業の内容なら理屈立てて教えられるんだけど、
現場だと、「これは直観に基づいてこうしました」としか表現できないときがある。

これ、ずっと悪いことなのかなと思っていた。
「どうして?」と学生に聞かれ、「Because I feel so(そう感じるから)」と応えるなんて、
Evidence-Basedが叫ばれているコンニチのAT界で、時代遅れもいいとこでしょ?
科学的根拠が欠けていれば、それは私個人のバイアス以外の何者でもない!
なんて言う人もいるかも知れませんね(私は必ずしもEBP = Evidenceとは考えていないけれど)。
でも、ここ数年の私のクセなんだけれど、状況を一通り把握した上で、一度しっかり自分の肌に『聞いてみる』。どうする?踏み込む?必要無い?―そうすると、何となく肌が「こっちじゃないの」と『教えてくれる』。そうして下した判断が、間違っていたことは今までに不思議とないんですよね。
プロの勘は、無意識すぎて自分自身でも説明できない、でもしっかり経験と学びによって形成された脳からのメッセージ、と言っても過言ではないのかも知れませんね。
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…そんなわけで、今まで自分が勝負どころで使っていた「直観」が脳科学的に証明されたのは少し嬉しい驚きでした(苦笑)。この本から学んだことは他にもあって、色々と書きたかったのだけれど、これだけで十分長くなってしまったのでもうおしまい!
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  by supersy | 2013-06-03 13:30 | Athletic Training | Comments(2)

Commented by じでん at 2013-06-05 12:22 x
確かに、嬉しい驚きやね。俺も、現場ではよく直感にもとづいて判断してるから。Researcherでもあるのに。lol これからは、現場で受けもった生徒にExperience-based evidence(直感も今までの自分の経験と学びに基づいたEvidence)って言えるな。それにしても、脳は奥が深いなぁ~!
Commented by さゆり at 2013-06-05 23:28 x
Evidenceを理解した上で、患者を目の前にして自分が正しいと感じたことをする、ってのが真のEBPと思うねー。ちゃんと三本柱全部使わないとね!脳ってむつかしい!と思ってたけど、この本で「脳は意外とテキトー」ってことが学べて有意義だったわ。

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