不測の事態を予測する。

アメリカにいる方なら知らないってことはないと思うんですが。
一昨日の大学男子バスケットボールElite EightのDuke vs Louisvilleの試合で、
とんでもない怪我が起きましたね。全米のベスト4を決める重要な試合だっただけに、
恐らく皆テレビに首付けで観ていたのでしょう。怪我をリアルタイムで目撃した方も多いはず。
それから一日たって週明けの昨日、AT facilityはその話題で持ちきりでした。
学生が、「Sy!Sy!アレ見た?」興奮して聞いてくるので、「もちろん。今日の授業でも話すよ」と答えたら、「やったー!Syのことだから絶対授業でもやると思ったんだ。楽しみ!」とわくわくしておりました。つくづく私ら、変な人種だわ。

え?何の話かさっぱり分からないって?
そういう方は、下の動画を見てください。
Graphicなので、苦手な方はご遠慮願います(この下にも写真が出ますので注意)。
でも医療関係の方は、是非見ておいたほうがいいと思います。










授業でもまずこの動画を見て、ひとしきり学生をギャーギャー騒がせたあと、
「さて、何が起きたかひとつひとつ振り返ってみようか」ということに。

「まず、3ポイントシュートをcontestしようとして、この選手が変な感じで着地をしたね。足がぐにゃっと曲がったように見えるけれど、この怪我は、パッと見で、何だろう?」
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口をそろえて、「Open tib-fib fracture(脛・腓骨開放骨折)」と答える学生たち。
「その通り。初期のメディアの発表ではOpen Tibial Compound fxということだったけど、後でTibiaが二箇所で折れていた、に訂正されたから、compound fxというわけではなかったみたいだね。fibulaも入っていたかどうか私は正式な発表を聞いていないんだけど、足がこの角度で曲がっていることを考えると、fibulaもintactとは考えにくい」
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*追記:後に発表された彼の足のレントゲンを見る限りでは、
Tibiaが二箇所で、Fibulaが一箇所で
やはり骨折を起こしていたようです。
(写真はクリックで拡大)


「着地だけで、あんなことになるもんなんですか?」と質問する学生。
「良い着眼点だね、確かに、こういうタイプの怪我はアメフトならともかく、バスケットボールではまずなかなか起きない。プレイヤー同士の接触があったわけでもないしね。若くて健康な大学バスケットボール選手がこんなに簡単に骨を折るとは考えにくい。たまたま最高の力が最高のタイミングでかかってしまった、という可能性ももちろんあるけれど、疲労骨折がもともとあったとか、osteopeniaやmetabolic系の疾患、栄養のバランスの問題や喫煙等の何かしらの"predisposing factor"があったのかなと思ってしまうね」

「さて、怪我の直後の周りの人の反応はどうだったかな?チームメイトは?」
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「皆気分悪くなってた」 「ばたばた倒れてたね」「泣いてる人も、吐いてる人もいた」
「自分のチームメイトがあんなことになったら、そりゃびっくりを超えているよね。ショックすぎて、とても立っていられなくなるチームメイトが多かったようだ。コーチも相手チームも、観客でさえも」

「さて、ここで現れた彼を救いにやってきたヒーローは誰かな?」
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「Athletic trainer!!!」
「右の人はLouisvilleのAthletic Trainer、Fred Hina。左の人は実はよくわからないんだけど、ATCかな、Physicianかな。彼らが最初に何をしたか分かる?」
「タオルで足を隠してた」
「そうだね。想像してもごらんよ。自分の足が明後日の方向を向いているのをまじまじと見たら、誰だってパニックになるよね。全米規模でテレビ放送されているのはメディカルスタッフももちろん知っていただろうし、観客の目もある。事を必要以上に大きくする必要はない、選手を落ち着かせるためにも、これは賢い判断だったと言えるね」
「開放骨折ですよね、タオルなんか被せて、感染症を起こす危険はないのでしょうか?」
「これまた良い質問だね!その通り、開放骨折ではバイキンが入って感染を引き起こすことが最も怖い。それを防ぐためにできる限りの努力をするのが現場の責任でもある。でも、この場合、怪我が起きたのは比較的キレイなバスケットボールコート。泥まみれのアメフトやサッカー・野球のフィールドとは違う。感染症の可能性はぐっと低いと考えて大丈夫。タオルも数が十分に用意されていただろうし、中でもキレイなものを選べば問題ないはずだよ。選手がすでに使用した、汗でぐちゃぐちゃのものだったら考え直したほうがいいけれど」

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「このあと、画面では分かりづらいけど、アスレティックトレーナーは血流の有無を確認して、骨折箇所をre-alignし、膝を軽く曲げた状態でsplint。ストレッチャーで選手を病院に運び、二時間の緊急手術を受けた。こういう怪我だとNeurovascular関係のcomplication(合併症)がとても心配だけれど、幸運なことにそういうこともなかったようだ。今朝の報道では、もう松葉杖を使って自力で動いていたというよ。復帰には約一年かかるらしいけれど、根気強くがんばって欲しいね」
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「さて、ここで本題に入ろう。このLouisvilleのAthletic Trainerさんだけど、彼はこの日、『よーし今日はElite Eightの試合だ、そしてうちの選手が派手な開放骨折をしてくれるぜ!』と思っていたと思うかい?」
「えー、絶対思ってないよ!こんなことになるなんて思ってもいなかったよ」
「それじゃあ、彼のとった対応に問題はあったかい?怪我にきちんと対処できていたかい?」
「全部ちゃんとしていたと思うよ」
「なるほど、じゃあ、彼は準備はできていたわけだ。予期はしていなかったかも知れないけど、準備はばっちりできていた。そういうことだね?」
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「それじゃあ聞くけど、もし皆がこの現場にいたとして、彼の立場で対応しなければいけないとしたら、皆はその準備ができているかい?彼のように迅速で的確な対応ができるかい?」
 真剣な顔で頷く生徒、「いや、できないと思う…」と苦笑いをする生徒も。
「もうひとつ聞こう。この授業を履修しているほとんどの子が、インターンなりclinical experiencesなり、何らかの現場の経験を積んでいる真っ最中だと思うけれど、君たちは現場で毎日『今日、大怪我が起こるかも!』とexpectしているかい?」
 今度は揃って首を横に振る生徒たち。
「また今日も実習かー、なんて思ってしまっていないかい?」
 頷く学生。

「あのね、君たちはまだ学生だし、理由があるから学生なんだ。だから、『まだ準備できてない』と答えた子は、それでいいんだよ、何の問題もない。今のところはね」
「でも、君たちがプロとして世に出るのはあと2-3年だ。2-3年も、じゃない。2-3年しか、だ。思ったよりもあっという間に過ぎるよ」
「じゃあ、いつ"準備が出来ていれ"ばいいのかな。卒業のときかな?卒業式で、舞台の上を歩いているその間に、ちゃきーんと突然readyになるのかな?なれるのかな?」
 なれません、とまた首を振る生徒たち。
「そうだよね、じゃあ、"準備できた状態になる"というのは、長いプロセスだ。分かるよね、一瞬では起こらない。技術や知識はもちろん、日々の心構えの積み重ねからできるものだ」
「ここで自分自身に尋ねてみてほしい。あなたは、日々着々と準備を進められているかな?」
「何も考えずにふらーと実習に毎日行ってしまっていて、それでいいのかな?」

「これは私自身が学生のとき、上司に言われた言葉なんだけども。医療界で働く学生は、他の学生と要求されていることがちょっと違う。不公平といってもいいくらい、違う。私たちは卒業してライセンスを取って、プロとして働き始めるその日から、人の命に関わっていかなければいけないんだ。失敗が許されない世界なんだ。だからこそ、学生からプロへの変身を、非常に短期間で求められる」

「卒業してから変身しよう、では遅い。学生のうちに徐々にプロになっていかなければいけないんだ。責任を養っていかなければいけないんだ。卒業式のステージを歩くときには、もうその変身を終えていないといけない」

「いつまでも学生気分ではいられないんだ。始めるのは今なんだよ。君たちの日々の現場に臨む態度から始まる。まずは、自分があの場にいることを想像することから始めてごらん。自分だったら、どうするか」

「それから、日々の実習に行くとき、『今日何かが起こるかも』と考えてごらん。何が起こりえるかな?患者が急に気を失って倒れるかも。PCL断裂の直後にACL断裂が、2件立て続けに起こるかも。脊髄の怪我が起こって、患者をスパインボードしなきゃいけないかも」

「ありえない、なんて言えないよ。これ全部、私の身に過去に起こったことだからね」

「"Your day" will come sooner than you think. And you'd better be READY!わかるね、『不測の事態』と一般の人が呼びたくなるようなことをきちんと予期しておくのも、私たちの立派な仕事だ。技術、知識はもちろん、プロとして心を日々鍛えるんだよ。」

学生たちは珍しく、神妙な面持ちで聞いていました。何か、感じてくれたかなー。
「ただの学生」であるAT志望の自分自身と、「テレビで見たプロのAT」が、まずつながっているんだと実感する。感じた上で、どうしたら自分がそこにいけるのか模索する。そこにつくまでに、具体的に自分にどういうものが欠けていて、どうしたらそれが手に入るのかを考える。私たちはその傍で彼らをガイドする。
心構えは教えるのが難しい。でも、難しいからって私たちプロが「背中を見て学べ」というのは間違っていると思う。ちゃんと時間をとって、教えなきゃいけないことだと思う。
直接現場で看ている学生には口うるさくいっている。「EXPECT some blood today(今日派手な出血があるかもよ)」、「EXPECT something big to happen today(今日は大き目の怪我が起こるかも)」そして二言目には「Will you be ready?」始まったばかりのころは私にそんなことを言われてから慌てて手袋の補給に走る学生もいた(常に応急処置の必要最低限のものは皆ポケットに入れておく)。最近は、「Ready?」と聞くと、ポケットを叩いて「大丈夫!持ってるし」と答える。うちの下級生たちも、頼もしくなってきた。

今の現場のローテーションも残りあと4週間ほど。
あとどれだけ成長させてあげられるかな。私から全て吸収して、次に行ってもらいたいもんです。
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  by supersy | 2013-04-02 09:00 | Athletic Training | Comments(9)

Commented by Coco at 2013-04-03 11:14 x
さゆりさん。初めまして。Cocoと言います。
いつもさゆりさんのブログ楽しく拝見させて頂いてます。お忙しいのにいつもたくさんの情報を載せてくださって、いつも感謝しています。ありがとうございます。

今回の記事に関して一つ質問なんですが、今回の怪我の処置として、re-alignするのはいいものなんでしょうか。
Open fractureやdislocationでNeurovascularのcomplicationを心配するのなら触らずにsplintするのが原則だと習ったからです。
でも、あの状態のままsplintするのも難しいと思いますし、re-alignするのが賢明だったのかなと思ったり。。。
そのままsplintするのならvacuum splintを使うよりsam splintで横からsplintするのがいいのかなぁなどと考えていたのですが、自分一人では答えが出そうにありません。。。泣
もしお時間があれば、さゆりさんの見解を聞かせて頂けると嬉しいです。

私もさゆりさんのようにもっともっとATという仕事に熱中できればいいなと思います。これからもブログの更新楽しみにしています。
Commented by kasao at 2013-04-03 17:33 x
初めまして、大変勉強になるブログです。
Commented by さゆり at 2013-04-03 22:40 x
>Cocoさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
実はここでは書きませんでしたがその話も授業で出ました。私も学生のころ、骨折や脱臼の疑いがある場合、動かさずにsplint in the position foundと口すっぱく言われたものです。しかし、後に私自身が教える立場になって探してみると、別にNATAがstatementを出しているわけでもない。するな、という法律があるわけでもない(Cocoさんがどこにお住まいかは分かりませんが、少なくともテキサス&私が見た限りでは他のどこの州でも)。教科書にそう明記されているわけでもない。じゃあ、何を根拠にそう教わっていたんだろう?と疑問が沸きました。
その一方で、「脱臼はできるだけ早く治せ」という整形外科医にも数多く出会ってきました。「そのままで放置して良いことなど何もない、長く脱臼していればいるほど組織はcreepを起こし、elasticityを失ってしまう(輪ゴムをずっと伸ばしておくとびよびよになってしまう原理ですね)。結果、慢性のinstabilityを生む。その状態にいるから血流が遮られたり神経が圧迫されている可能性もある。とにかく現場にいるあんたらが一刻も早く治してくれ!」と。
Commented by さゆり at 2013-04-03 22:41 x
これは一理あるかと思います。私たちが一番恐れているのは「脱臼を試みることによる更なる組織損傷」ですが、医者は私たちが恐れるよりこれは起こりにくいと言います。そのままのほうが十分害である、むしろ被害を拡大していると言える、と。しかし、私たちにとっては「あのATが脱臼した・しようとしたから骨折が起きたのだ」等と被害者に言われてしまえば、それが事実でもそうでなくてもliableになってしまう。永遠に職を失ってしまうかもしれない怖さもあります。患者ともそれなりの信頼関係が必要かも知れません。
Commented by さゆり at 2013-04-03 22:41 x
さて、まとめると、脱臼・骨折をre-alignするかしないかは完全に現場のATに委ねられていることになります。私個人の見解を書かせてもらうと、1)患者が私の選手であれば、reduction/re-alignのattemptをする。 2)もしhard end-feelなどの抵抗を感じた場合、断念する(昔肘脱臼の患者が、でっかいfx pieceがget in the wayして、医者でも治せずに手術をせざるを得なかったことがありました。無理なときは無理です)。 3)もし患者が私の全く知らない人物、特に未成年だった場合、恐らくいじらずに911するであろう(HSのサマーキャンプとかだったら手を出さないです。面識も信頼も無いし、リスクのほうが高すぎるように思えます)。 もし患者が受傷時にdistal circulationを失っていたとして、それがre-alignしただけで回復するのであれば試みる価値は十分にあると思います。伴うリスクもあります、そこらへんのmathは自分でしなければいけません。うちの学生にも両方の損得を説明し、「何かあったら患者を救えるのも職を失うのも私たち自身だ。実践には幸い皆まだ時間があるから、今のうちから考えておくと良いよ」とボールを投げておきました。Cocoさんの参考になれば幸いです!
Commented by さゆり at 2013-04-03 22:42 x
長くなってしまってすみません(汗)。

>kasaoさん、ありがとうございます。
Commented by Coco at 2013-04-04 04:29 x
早速のお返事ありがとうございます!!
そうなんですね。最後は自分自身の判断によるということですね。ATの仕事は突き進むほどにグレイゾーンが広がっていくと言われたことがあります。これもその一つなんですね。
とっても参考になりました!!本当にありがとうございます!!これからもブログの更新を楽しみにしています!!
Commented at 2013-05-16 23:43 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by さゆり at 2013-05-18 00:10 x
ありがとうございます!何らかの形でお役に立てて頂けると幸いです。

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