脳震盪の診断:SCAT3を考察する。

さて。今回は簡単に脳震盪の診断について。
Sport Concussion Assessment Tool(SCAT)の最新版が一週間ほど前にリリースされましたね。
初版が2005年に発表されてからこれが2回目の改定となるので、
今回のが3rd Edition、つまり『SCAT 3』ということになります。

SACもそうなんですが、こういったテストの良い所は、
医療従事者だけでなく、一般の人も簡単にテストの実施ができるよう、患者に与える指示などが全て記載されていて、文字通りそっくりそのまま「読むだけ」で良い、という点です。さらに、全員が同じ指示文を読むことで、不十分な指示による被験者の混乱や得点への影響は減り、よりstandardizedされたものが提供できるようになります。同じ質を毎回保つことって大切ですからね。
アメリカでは脳震盪への関心がここ2~3年ほど非常に高まっていて、いわゆるNFLのスター選手なんかの脳震盪被害の実態がどんどん暴かれる中、中高生の若い選手への影響も心配されています。最近では「うちの子にはフットボールなんてさせられないわ、危なすぎる!」みたいな若い親御さんも増えてきているように感じますね。

そんな懸念が法律改正を呼び、私が住んでいるテキサス州でも2011年にNatasha's Law(ナターシャ法)という新たな法が制定されました。これは、かいつまんで言うと、公立高校に於いて、
 - 各学校で必ず一人はPhysician(医師)を含む、「Concussion Oversight Team」という
  医療チームを結成しなければいけない(その他の構成員はアスレティックトレーナー
  (ATC/LAT)や看護婦、神経心理学者やPAなど、特に決まりは無いが、
  『(学校に)ATC/LATがいる場合は必ず彼らは構成員になること』とは記載されている)
 - Concussion Oversight Teamはエビデンスに基づきRTP Protocolを製作しなければいけない。
 - 選手が脳震盪を受傷した可能性を、1) 医師、2) その他医療従事者、3) コーチ、
  4) 選手の保護者 のいすれかが疑った場合、その選手は練習・試合に復帰する前に必ず
  医師によるMedical clearanceを得なければならない。
 - Oversight Teamの構成員、そして全スポーツのコーチは最低2時間脳震盪に関する教育を
  受けなければならない。(ワークショップやセミナーに参加してなど、具体的には自由)

という感じです。似たような法律はつい最近オハイオ州でも制定され、
こちらはコーチだけでなく試合のオフィシャルや審判もトレーニングを受けなければいけないという
より幅広いものになっています。

*予断ですが、「医師によるMedical clearance」を得るのは貧困層では非常に厳しく、
 脳震盪の「疑い」がある子供をどうしても医者に連れて行かない親御さんなんかがいると、
 その子は法律上復帰が不可能なので、次の年のPPEを終えるまで復帰できず=事実上
 season ending injuryになってしまう、というケースは本当にあります。
 こういった法律の、避けられない落とし穴です。

もっとProtectiveになろう、疑わしきはKeep outしよう、
という流れは一部の指導者・選手から批難が出そうですが、
もっと脳震盪について知識を持とう、という意識は純粋に素晴らしいものだと思います。
でも、アメリカの高校の半数以下はAthletic Trainerがいない、というのが現実です。
(参考記事:"Athletic Trainers: Every High School Should Have One")
Athletic Trainerがいない学校でこういった脳震盪に関する厳しい法律を掲げてしまうと、
コーチやましてや審判への「怪我のrecognition」という責任と負担がかかって、
離職につながりかねないのでは、と少し心配には思いますね。

脳震盪の診断ツールが一般の人を含めた人々に幅広く知られるようになる・使われるようになるのは大賛成ですが、やはり診断そのものには医療界のスポーツ最前線に位置する私たちATCが
主に関わっていくべきだと思うし、責任を取るのも私たちプロであるべきだと思う。
医療判断の(たとえ一部でも)重圧を他の人に押し付けるなんておかしいっすよ。
コーチや審判には試合中、すべき仕事が他にあるわけですし、プレーしている選手たちもそう。
そんな彼らが怪我に関して気を揉むことなく、彼らの仕事に集中できる環境を作るのも私たちATCの仕事だと自負しております。そんなわけで、結論は「より多くの現場にATCを!」といういつものやつになってしまうのですが、これ以上の解決法は無いんですよね。「どうして皆ヘルメットを買うお金がなければフットボールはできない、ということが分かっていながらATC無しにスポーツをやるのか」なんてstatementをどこかで最近目にしましたが、本当にそう思います。お金がない、はもはや理由にはならない。スポーツセーフティーをensureする努力を怠っておきながら、運動で健康になりましょうなんて謳う学校は怠慢です。

は、話が逸れた。
SCAT 3に戻ります。

まずは、皆さんがSCAT 2をご存知だという設定で、
どういった部分が新しいのかを考察していきたいと思います。
SCAT 3は、2と同じ4ページ構成。まずは、全体図を見てみましょう。
こういう順で並べてみます。
まずは、古いほうのSCAT 2(↓)から。
で、こちらがSCAT 3(↓)。
まず気づくのは、内容はほとんど同じなんですが、
加えられたもの
 - 序盤に「こういった症状が見られたら(脳震盪以上の深刻な怪我の可能性が高いので)
  EAPをactivateしてERに行きましょう」という注意書きが加わった。目の前の怪我が
  mTBIなのかserious TBI/Spinal cord injuryなのか見極めるのは非常に重要です。
 - バランスのテストの中に、「BESSとTandem Gaitの両方かもしくはどちらか片方」という
  選択肢が加わった。このTandem gait testというのは、1.5 inch幅のテープを3m分床に
  直線で張り、つま先とかかとをくっつけるように一直線でその上を歩いて行って帰ってくる、
  というもの。4回挑戦させ、ベストのタイムを記録します。線からはみ出たり、
  つま先とかかとが離れたり、何かにつかまってしまったらノーカウント。
  (個人的には3mを測るのが面倒臭くないかなーなんて)
 - Neck Examinationのセクションが加わった。
  首の可動域、圧通、四肢への痺れや麻痺がないか、という非常にシンプルな項目。
  これは、脳震盪の診断というよりはその他の首への怪我(頚椎損傷等)、
  MOIによる首筋肉のSpasmなどの有無を調べる、という感じに近いかなと。

除外されたもの
 - SCAT 2では一番目の項目であったSymptom scoreが無くなった。
 - 同じく二番目の項目であったPhysical signs scoreが無くなり、少し変形して
  Potential signs of concussion?という形でイントロの一部に加えられた。
  (個人的にこの部分はどう診断に活用すべきなのか曖昧で分かりづらい)

順番の変更
 - Glasgow Coma Scaleが最初に持ってこられた。
  意外にも前バージョンでは3項目目に位置されていたGlasgow。今回は一番最初に。
  最も最初にすべきはdetermining LOCですから、これは理に適っています。
 - 全体的にテストの名前と得点表記だけが1-2ページに残り、それぞれの細かいinstructionは
  3-4ページにまとめて整理された。これで、選手のフォルダーに記録として残しておくのは
  1-2ページのみで良いし、その気になれば3-4ページはLaminated copyでも作って、
  1-2ページだけ紙に印刷して…なんてことをすれば、地球にも優しい。

そんなわけで、特に大きい変化というとNeckとTandem Gaitの追加というところでしょうか。
それにしてもよくできていますね。文字はやっぱり多く、初見では抵抗がある人も多いかも知れませんが、よくよく見ると「こんな狭いスペースに上手いことまとめたもんだなぁ」と毎回関心してしまいます。色も効果的に使われている印象。
うちにはImPACTがあるのでこれだけ長いSCAT 3を実際に使うことはありませんが、
高校で働くATCたちには非常にusefulな道具ですし、チームの規模によってはImPACTやK-D testと併せてより多方面から脳震盪を診断する、ということは可能かもしれません。
とにもかくにも、ATCとして(もちろんATSの皆さんも)SCATは最低限の知識!
まだの方はこれを機会に是非reviewしてみてくださいね!

一応、蛇足かもしれませんが、
SCATはSACやImPACT同様、単独で診断目的で使われるために作られたのではなく、
他の診断方法(単純なHistory takingやCranial nerve testingなど)も含めて、
総合的に診断されるものだ、ということは是非ご理解下さい。

追記:リンクです。
SCAT 3™
Child SCAT 3™ (5~12歳の子供用)
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 by supersy | 2013-03-18 13:30 | Athletic Training | Trackback | Comments(4)

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Commented at 2013-06-03 23:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by さゆり at 2013-06-04 02:49 x
あ、そういえばそうですね。どういった団体がこういったものの翻訳を行っているのでしょうか、私自身知識がありませんが…。SCAT 2の日本語版はインターネットで見つけることができたので、そのうちSCAT 3も出るのではないでしょうか?根拠はありませんが。
Commented by 荒木尚 at 2013-10-10 17:20 x
大変興味深く勉強させて頂きました。ちなみに脳にバンデージした写真がとても気に入りましたが、シェアさせて頂いてもよろしいでしょうか。
Commented by さゆり at 2013-10-14 14:06 x
荒木様、ご丁寧にありがとうございます。実はこの写真は拾い物でして…。私が撮ったものではありません。紛らわしくて申し訳ないです。
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