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β-Thalassemia、地中海性貧血について。

結構長いことこの仕事してる気がするんですけど、
毎年何か新しい発見や、まともに聞いたことも無いような怪我・病気に出会えたりして、
成長する機会をもらっています。
今年も、始まって一ヶ月くらいなんですが例外ではありません。
今回は、β-Thalassemiaという先天的病気について書きたいと思います。
日本語ではβ(ベータ)サラセミア、又は地中海性貧血と呼ばれるものみたいです。

アスリートがIron Deficiency Anemia(鉄欠乏性貧血)持ち、というのは決して珍しいことではありません。慢性的疲労感など、決して持っていて有り難いものではありませんが、ちゃんと鉄分のサプリメントを摂取して、3-4ヶ月毎の血液検査を欠かさずに行っていれば、適切にmanageすることが可能です。

しかし、Iron Deficiency Anemiaになるには原因があるはず。「生まれたときからずっと」Iron Deficiency Anemiaのとある選手に、なんで生まれつきなの?と聞いても本人は理由が分からず。お医者さんと相談して、もう少し調べてみることに。その結果、Iron Deficiencyだけでなく、β-Thalassemia Minorという先天的病気を併発していることが分かったのです。うちの選手はこの両方を併発していましたが、β-Thalassemia MinorをIron-Deficiency Anemiaと医者が誤診をするケースも少なくないらしいので、今回は診断基準などを中心に皆さんとシェアできればなと思います。
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まずは、Thalassemiaという名前から。ギリシャ語でThalasse = the Sea (海), emia = Anemia (貧血)ということで、意味は「海の貧血」。この海というのは地中海(↑)のことで、元々は地中海周辺のイタリア、ギリシャ等の国々で発見されたのだそう。世界で最もβ-Thalassemia患者の割合が多い国はキプロスの14%、二番目はサルジニアの10.3%。その他にも中央アジア、インド、中国南部、アフリカ北部、東南アジアや南アメリカでも確認され、地中海に限ったものではないということが分かったのですが、今でも名残で名前に残っているというわけです。世界的には稀な病気で、この病気を持っているのは地球上全人口のたった1.5%。どおりで私も今まで出会う機会がなかったわけです。
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この病気を起こす原因となるのは、11番目の染色体異常。
この染色体の一部に「ヘモグロビンのβ-chain合成に関する情報」が含まれていて、通常であれば「β=通常合成」をする、と組み込まれているべきはずが、稀に「β⁺=ベータ陽性、β-chainの合成が通常ほど行われない」や「β⁰=ベータゼロ、β-chainの合成が全く行われない」となってしまっている場合があります。
ここで思い出してほしいのが、染色体は遺伝子の対によって出来ているということ。
…ということは、対となる両方正常片方のみが正常でもう片方異常、そして両方異常である可能性があるのです。
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上の図を見ていただければイメージが沸くかもと思うのですが、β・βの染色体(↑左)は通常。しかしβ⁺βの染色体(↑中央)は片方の遺伝子異常により、全体的にβ-chain合成能力が少し劣る染色体に、更に、β⁰・β⁺の染色体(↑右)はβ-chainの合成能力がほぼ無いものになってしまっています。


●β-Thalassemiaの種類

β-Thalassemia Major (also known as "Cooley's Anemia")
ほとんどがβ⁰/β⁰かβ⁰/β⁺の組み合わせによる発症です。つまり、β-chainの合成能力が全く無いか、皆無に近い状態、ということですね。これは最も深刻なタイプで、死に至る病気です。
酸素が全身に行き渡らない為、生後半年ほどから徐々にチアノーゼが出始め、食事を思うように食べてくれない、泣いてばかりいる、下痢、頻繁な発熱などの症状が見られます。
腹部が異常に膨れ上がる(↓)のもこの病気の「典型的なサイン」のひとつ。
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これは、β-chainを欠いたヘモグロビンを含む赤血球の寿命が非常に短く、
すぐ壊れてしまう(= hemolysis)ことから血液のフィルターの役目をするspleen (脾臓)、
そして赤血球の分解を担当するliver (肝臓)に大きな負担がかかってそれぞれが
肥大を起こすことに起因します。英語ではhepato/splenomegalyと呼ばれる現象ですね。

治療法としては、「常に輸血をし続ける」しかありません。
患者が作り出せる赤血球の全て、もしくはほどんとがまともに機能しないからです。
症状が極度に重い場合には、骨髄移植を行う場合もあります。
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もし適切な治療が行われなかったり、輸血が不十分だった場合には発育不全が起こり、蒼白や黄疸、下肢潰瘍にgenu valgum (X脚)、そして身体の所々にぼこっとしたmassができることがあります。これは、患者の身体が慢性酸素不足に対応しようと、血液細胞を過剰に作り出すためです。…残念ながら、問題はその血液細胞たちが正常に機能していないことにあるので、効果は無いのですが。これらの過剰な造血作用は骨髄でも起こり、結果骨髄そのものがどんどん膨らんで、Bone marrow hyperplasiaという現象を起こすことがあります。この影響で骨そのものが変形を起こし、長骨や頭蓋骨の変化を肉眼、そしてレントゲンでも確認することができます。顔の特徴としては、額や頬骨が突出し、鼻が広く潰れているという点が挙げられ、サラセミア様顔貌と呼ばれることもあります(↑)。
治療が不十分な場合、患者の余命は5~10年以下と決して長くありません。

そして、悲しいことに、適切な治療をしたからと言って、患者が完全に良くなるわけでもないのです。日常的な輸血の結果、その副作用として体内の鉄分値が上昇しすぎてしまう(= iron overload)からです。輸血1袋あたり約200mgの鉄分が含まれているのですが、人間の身体には鉄分を十分・迅速に排出するメカニズムが無く、そのプロセスは非常にゆっくりとしたもの。体内に新たに蓄積される量のほうが、排出量よりも多いため、徐々に体内の鉄分値が上昇し、身体に悪影響を与えます。発育不全(ここでも!)、心臓(拡張型心筋症や不整脈)、肝臓(肝硬変↓写真右や肝繊維症)や内分泌腺(糖尿病など)に異常をきたし、β-Thalassemia患者の死亡の71%は心臓関係の合併症によるものと報告されています。
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なので、「輸血をしながら、体内の鉄分を排除するChelating Therapy (キレート療法)も行わなければいけない」という、とっても面倒なことになります。輸血による肝炎やHIVの感染例も報告されており、とにかく治療するのが難しい病気と言えるでしょう。

β-Thalassemia Intermedia
一般的にはβ⁺/β⁺かβ⁰/βの組み合わせと言われていますが(つまり合成能力がかなり影響をされているけれども、全く出来ないわけじゃない、というレベル)、Intermediaの深刻度にはかなり開きがあり、MajorとIntermediaの区別は非常にしにくい場合もあるのだそう。診断の基準として、「常に輸血をしている必要がある場合はMajorと呼び、限定的な場合にのみ(感染症を起こした場合や、妊娠時等)輸血が必要な場合はIntermediaとする」ケースが多いようです。これもゆるい表現ですが、「Characterized by later and milder onset of the clinical symptoms of β-Thalassemia Major = Majorと似たような症状が、もう少し遅くの時期から、もう少し軽い重度で出る」という記述をよく見かけました。

β-Thalassemia Minor
これは、MajorやIntermediaとは違い、非常に軽度なThalassemiaです。
自覚症状はほとんど無く、軽い貧血と同様、疲労感等が出るくらい。
日常生活に支障はありませんし、運動もある程度ならば問題なく可能でしょう。
血液検査の結果が酷似していることから、鉄分欠乏症の貧血とよく誤診され、医者が鉄分のサプリメントを勧めてしまうことがあるのですが、これは治療法としては大間違い!鉄分欠乏の場合は鉄分を補給すれば症状が割とすぐに改善するのに対し、βーThalassemia Minorの場合は鉄分が不足しているわけではないので、鉄分過剰摂取を起こしてしまうことになります。

さて、ここからいよいよ本題である診断基準について書きたいのですが、
長くなってしまったので続きはまた今度!
スポーツをすることについてのリスクも絡めてまとめたいと思っています。
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  by supersy | 2012-09-26 19:30 | Athletic Training | Comments(2)

Commented by K at 2012-09-27 10:35 x
いつも勉強になっています。
自分の奥さんがβーThalassemia Minor持ちです。Flight attendantになる事を考えたこともあったようですが、これが原因で不適合だと判断されたらしいです。
鉄分欠乏症の貧血との誤診は危険です。ドクターでもβーThalassemiaを可能性として考える事を忘れる(知らない?)こともあります。βーThalassemia Minor持ちの知り合いが妊娠中に鉄分不足だと診断されサプリメントを処方されたものの、当然のことながら改善はせず、倍の分量を処方されても改善がみられず、ようやくおかしいと気づいて検査、βーThalassemia Minorと診断されました(本人もこの時まで知りませんでした)。産まれてきた子供は自閉症を患っています。妊娠中の過度の鉄分摂取との関連を指摘する意見もあるそうです。稀な病気ですが、認知が広まり本人が自覚する事と、それを医者に伝える事を忘れないのが大切ですね。
Commented by さゆり at 2012-09-28 08:44 x
Kさんは私の知り合いのKさんでしょうか?違うかな。コメントと体験談のシェア、ありがとうございます!
β-Thalassemia Minorで仕事に不適切と判断されることもあるのですね。気圧の変化にそんなに対応しきれないもんでしょうか?結構空の世界ってアタマが硬そうですしね…何かあってもすぐに対応できない場合があるからでしょうか。ふーむ。明日の更新で、子供を持つことと遺伝の話をちょっと書こうかなと思います。うちの選手にはまだ早いかなとやんわり話してあるのですが、知っておかなければいけないことですよね。

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