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Second Impact Syndromeは本当に存在するのか。

Second Impact Syndrome(SIS)って皆さんご存知でしょうか。
ATCなら知らないなんてありえない、という常識ですが、日本での認知度はどうなのかな。
理由は後述しますが、今回色々と調べてみて、もしかしたら日本ではあまり
馴染みのない言葉なのかも知れないなぁ、なんて思いました。
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そもそも脳というのは頭蓋骨という硬い壁と、三重もの膜と、CSF(脳脊髄液)という液体に包まれてふわふわと浮いた状態で守られているわけですが、脳自体はsudden forceには比較的弱く、頭が急激に動いたりすると、脳も頭蓋骨内でつるっと動き、頭蓋骨に激しく叩きつけられたり(↓)することがあります。脳がよく守られていると言っても、脳のtexture自体は木綿豆腐のようなもんですから、外界からはともかく、内部から直接負荷がかかればそのshear forceで割りと簡単に損傷や挫傷を起こしたりします。これが、いわゆる脳震盪なわけですね。
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ちなみに、脳震盪に関して、なかなか良い説明をしている動画(↓)を発見しました。
興味がある方は是非。



で。

SISはATCがConcussion(脳震盪)に対してconservativeになる理由の筆頭に挙げられます。定義で言うと、”Sustaining another (second) impact while you are having symptoms from the initial concussion"という状態のことを指し、日本語だと「脳震盪を起こした後、それが回復しきらず、まだ頭痛や吐き気といった症状が残っている状態で、再び脳に衝撃を加えること」と言った感じでしょうか。
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例えばですね。膝を机かなんかにしたたか打ち付けて、派手にアザを作ってしまったとしましょう(↑)。こうなっちゃうと、内出血し、炎症を起こしている部分を指でちょん、と触っただけで痛いですよね!こんな風に、損傷を起こした部位って、一時的に敏感に、脆くなるもんなんです。
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これは、脳みその場合でも同じで、小規模でも損傷が起こると、細胞が死んだ時に発する化学物質によって周りの細胞までも死亡したり、細胞内の代謝の需要が上がって供給とのバランスが取れなくなったりして、一時的に「次の衝撃」に弱くなることが研究によって証明されています。個人差はありますが15日ほど続くこの不安定な時期・vulnerable windowを怪我無く過ごせれば、時間とともに脳の機能も回復されていくのですが、ここでもう一度衝撃がかかってしまうと脳はものすごい速さで腫れ上がり、行き場をなくした脳がお互いを押し合ってherniaを起こし、致命的な結果を招くことも…。これがいわゆるSISです。
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『二度目の衝撃』が掛かってから、患者本人が倒れて意識を失うまで、たった2-5分程度だと言われています。そして、一度倒れれば死亡確率は50%以上。仮に生き残ったとしても、重度の障害が残ることが今までに確認されています。だからこそ、私達ATCは脳震盪の認識の大切さをこれまでも訴えてきたわけです。「ちょっと頭が痛いけどプレーに支障はない」「大したこと無いから、アスレティックトレーナーには言わなくてもいいや」とかすかな、でも大事なsigns & symptomsを無視してプレーを続けていると、本当に命に関わることになるんだよ、と。少なくとも、私はこういうargumentが軸なんだと思ってました。脳震盪が本当に怖いのは、無視しているとSISが起きちゃうからだよ、だとね。
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だからこそ、結構衝撃的だったんです。この記事(↓)を目にしたときは。
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Dr. McCrory氏は大胆にも、「SISなんてmythなのでは、存在しないものなのではないか」と訴え、それをsupportする様々な根拠を挙げています。更に、今年発表したこの論文(↓)は新たなevidenceも加えられ、我々が今まで軸にしてきたと言える論理を崩し、これからのreturn to play guidelineを変えかねない影響力を持っていると私は思います。最初は私自身も「なーにを言っとる」と懐疑的な気持ちで読んでいたのですが、読み終える頃には、「こ…こいつ…やりおるな!」と冷や汗モノでした。皆さんも是非読んでみてほしいなぁ。目から鱗ですよ。
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McCrory氏の論理を非常に簡潔にまとめると、

1. SISのエビデンスはそもそもanecdotal case reportのみによってしか基づけられておらず、それらの症例も全世界で17件しか発表されていない。 =症例自体がそもそも信ぴょう性に欠ける。

2. その17件全てが北アメリカによる文献で、ヨーロッパやアジア、オーストラリア圏等での症例は今までにゼロ。単純にスポーツで言うと、アメリカンフットボールよりも脳震盪の起こる確率が15倍高いと言われるオーストラリアン・フットボールではSISの症例がもっと確認されても可笑しくなさそうなのに、過去35年のオーストラリアン・フットボールで起こった死亡例を全て確認してみても、SISという記述は一切無い。 =本当に存在する症状ならば、これはあまりに不自然すぎる。 (=あ、だから日本ではあまり知られてないのかなと今回思ったわけです)

3. SISというのは、構造的な損傷(structural injury)を含まず、あくまでrapid brain swellingだと考えられてきたが、『SIS』によって死亡した患者を解剖したりCT scanを撮ってみると、実際はsubdural hematoma (= structural injury)を伴っているケースも多い。 =直接の死亡原因はむしろこちらにあったのではないか。

4. 全17件の症例のうち、実際に"Second" impactが関係していたのはたったの5件(それ以外はrepeated injuryではなく、initial injury)。この5件に関しても、initial injuryとsecond injuryがどれほど関係があったのかは怪しい。 =single blowでも起こりえるのならば、second impactという名前は不適切では?

そんなわけで、McCrory氏は、「SISは、"Second" impactに限って起こるわけではなく、一度の衝撃でも十分起こりえる。よって、SISという名前より、Diffused cerebral swelling(DCS)、という名前のほうが相応しい」 「脳震盪の症状が残っている患者はRTPすべきでないというのは変わらない、が、それはあくまで(一般的な)怪我の予防という観点からであって、SISを予防するという必要性に迫られるべきものではない」という独自の議論を展開しています。ここらへんは賛成反対するは別として、途中の主張はかなり説得力があるように思えました。

私が個人的に今思っていることを乱雑に書くと、
●でもvulnerable windowは存在するわけだし(←ここはMcCrory氏も認めている)、やっぱりこの期間内のsecond impactは更なる脳の損傷を引き起こすわけで。死亡するに至るかは別として、プロとして「second impactの恐ろしさ」はこれからも伝えたい…というか、無くなって欲しくない。ぶっちゃけ、SISってかなりインパクトがあるので、素人さんやアスリートにも覚えてもらいやすくて、concussionのseriousnessを伝えるのにかなり有効な手段だったから、無くなるとまたアプローチの仕方を考えなきゃいけないなぁ。(←イチクリニシャンとしての勝手な感想)
●名前っていう意味ではDCSのほうが包括的で正しいんだろうなぁ。
●こんなにSISに関してやんわりしたevidenceしか存在しなかったとは知らなかった。そんなほわほわコンセプトが力を持っていたとはかなり意外。

…なーんてことを色々考えています。こういった傾向を受けて、NATAがこれからどういう立場を取っていくのか興味が湧きますね。いやー、しかし、「教科書や教室で教わることは10年前の知識」なんてことを良く言うけれど、本当なんだなぁと実感。学生の頃かなりしっかり教えられてきたし、先入観でSISは完全に確立されたコンセプトなんだと思っていたけれど、その存在すら疑ってかかることが時には道を開くカギになるわけで。直接的にも、間接的にも、かなり目から鱗させていただきました!面白かった。

  by supersy | 2012-06-24 20:30 | Athletic Training

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