胸骨圧迫 vs 人工呼吸?

ちょっと長くなりそうなので、Yoshiくんの質問にこっちで答えます。
私の限りある知識の中で、ですが。

“最近の日本のCPRは胸部圧迫のみで人工呼吸はいらない、っていう流れみたいなんですが、
 アメリカはどうなんでしょう??”


単刀直入に言うと、答えはNoです。
でももうちょっと説明させてください。

前提として、
アメリカには救急救命士の資格をオファーする大きな母体が2つあります。
ひとつはアメリカ赤十字(American Red Cross)、
そしてもうひとつはアメリカ心臓協会(American Heart Association)。

どちらの組織も様々なレベルの資格試験を提供していますが、
Certified Athletic Trainerは
- Advanced Cardiovascular Life Support by AHA
- Basic Life Support Healthcare Provider by AHA
- CPR/AED for the Professional Rescuer by America Red Cross
のいずれかを有していないといけません。もうちょっと細かく言えば他にもあるんですが、
面倒くさいので、ここでは割愛 (詳しいリストはこちら→BOC: Emergency Cardiac Care)。
このいずれのprotocolでも、意識が無く、脈も無い患者に対しては人工呼吸と胸骨圧迫のコンビネーションを使うという点は変わりません。

しかし、私が今回調べてみて気がついたこと:
①Hands-only CPR Class by American Red Cross
アメリカ赤十字がオファーする講習の中に、手のみを使ったCPRのクラスがあるようです。
この講習の売りは、30分という短さとお手軽さ (情報はこちら)。
非医療従事者の一般の方が対象で、
つまるところ、人工呼吸無しの胸骨圧迫に焦点を絞ったコースになっているよう。
一般の方はポケットマスクも常備していないでしょうし、
道端で倒れている見知らぬ人に、いきなりマウストゥーマウスをやれというのも抵抗がありますよね。それなら、せめて胸骨圧迫だけでもするように、というガイドラインのようです。
そのための基本的知識と実技練習をするコースです。

②アメリカ心臓協会は、ABCからCABへ
以前は、救命の処置にはABCという標語のような語呂合わせがあって、
Airway (気道確保)、Breathing (人工呼吸)、Compression (胸骨圧迫による、血液の循環)
という順序で救急処置を施すよう、ずっと教えてきたのですが、
アメリカ心臓協会が2010年10月に新たに改定したガイドラインでは、ABCの代わりにCABを、
つまり、Compressionを一番に、その後でAirwayをし、Breathingに移行する、という、順番入れ替えが発表されました。これは、軌道を確保したり、空気が肺に入るか確認することで、
胸骨圧迫が遅れることが致命的になりかねない、という認識に基づいた変化です。
アメリカ赤十字はまだ正式にはこれを取り入れていませんが、
恐らくこの傾向にシフトしつつあるといった感じだと思います。
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ちなみに正しいChest Compression (胸骨圧迫)の仕方はこう(↑)です。
肘を伸ばして、手をinterlock(指と指を組み合わせるように)して、
自分の手の真上に肩がくるようなイメージで、体全体を使って真っ直ぐ下に圧迫します。

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前述したChest CompressionのDepthが深くなったという点も加えて、
総じて、胸骨圧迫の重要性に対する認識が上がってきているという感はあります。

ニンゲンの脳と言うのは酸素需要が常に高い特殊な組織なのですが、
心拍停止などで酸素の供給が止まると、4-6分で脳細胞が死に始めると言われています。
従って目の前に無呼吸状態の患者が倒れている場合、それを防ぐ手立てとして、
体内の血液にまだ含まれている酸素に対して、胸部を圧迫することで循環を促し、
多少なりとも酸素を供給できる=延命措置にはなる、という結論に辿り着いたものと思われます。

しかし、アメリカ赤十字のホームページにもかかれているように、
Hands-only CPRはあくまで一般の方が行ない易いお手軽バージョンなのに対し、
Full CPR (胸骨圧迫+人工呼吸)が多くの緊急医療のケースにおいて、最も有効な手段であることは間違いありません。何もしない < 胸骨圧迫のみ < 胸骨圧迫+人工呼吸 という公式は変わりません。心肺蘇生が人工呼吸から遠ざかっているというよりは、救命をし慣れない一般の人にもやり易いよう、胸骨圧迫をピーアール中、と言ったほうが正しいのではないでしょうか。
Anti-人工呼吸なんじゃなくて、Pro-胸骨圧迫、と言えば分かり易いかな?
これを、そうか、胸骨圧迫だけすれば、人工呼吸はしなくってもいいのね!
と解釈してしまうのは間違いだと思います。
(日本の現状は詳しくないので分かりませんが、
 とりあえずアメリカではこれが今のunderstandingであるということは断言できます)

つまり、タイトルの胸骨圧迫 vs 人工呼吸というのはただのhead fake、
実際はどっちがいいの?って話ではないのです。敵同士ではなく、味方同士。
しっかりした胸骨圧迫はとってもとっても大事で、それを人工呼吸と併用することが一番大事。

じゃあ何故Hands-only CPR(圧迫のみ)よりもFull CPR(併用)が有効なのか?
それはもちろん、体内に残っている酸素のみを回すよりも、
新たな酸素も取り込んだほうが良いからです。
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普通の空気中に含まれている酸素量は約21%、
私達の吐く息に含まれる酸素は16%しかありませんから、普通に人工呼吸をしただけでは、
自呼吸するよりも取り入れられる酸素が少ないということになりますね。
能率としては最適ではないわけです。体ひとつあればできるというのが利点ではありますが。

もし患者のOxygen Saturationが94%以下だった場合、
もしくは、患者の自呼吸率が:
  - 成人: 12回/分 未満 もしくは20回/分 より上
  - 子供: 15回/分 未満 もしくは30回/分 より上
  - 幼児: 25回/分 未満 もしくは50回/分 より上   だった場合、
患者の体内の酸素量が著しく低下している/する恐れがあります。
故に、人工呼吸のみや自呼吸のみでは補いきれない可能性も。
その場合、酸素の供給をより効率的に行なうため、
Emergency Oxygen(非常用酸素)の使用がrecommendされています。
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Emergency Oxygenにも色々なもの(↑)がありますし、
患者の状態によって最も適切なものを選ぶべきですが、
うちの大学のEmergency KitにはNon-rebeather maskとO2 cylinderが常備されています。
日本語では高圧酸素というみたいです。ひっくりかえすと大変なことになるやつ。
これについても、Athletic Training Staff一同で、今回念入りに復習をしましたよ。

ここで注意がひとつ!
CPRをしながらこういった形で酸素を与えるのは非常に良い方法だと思うんだけど、
この間にAEDが到着して、使用準備をしましょう、てなことになったら実はちょっと面倒なのです。
酸素は、皆さんも知ってのとおり、可燃性の非常に高いガスです。
AEDを使って激しい電流が流れると、引火する恐れもあります。
なので、AEDが現場に到着して使用できる状態になったら、
使っていたEmergency Oxygenはただちに現場から離してくださいね。

さて。色々調べて見つけたのはこれくらいです。
うちの同僚曰く、“ころころ順番やら数値やらが変わって、暗記しても意味が無いから、いざというときは気合でやるわ!”とのことでしたが、命に関わる現場で働く者としては、患者さんの生存率を可能な限り高めるために、今のうちに念入りにreviewして準備しておきたいなぁと個人的には思います。
しかし、Hands-onlyの講習の30分というお手軽さを発見したのは収穫でした。
こういうのはきっと日本でもやっているのではないでしょうか?色んな人に受けてもらいたいなぁ。
これなら職場単位での開催なんかも可能だろうし、可能性が広がりそうですね。
CPRの経験があまり無い方でも、誰かがAED取りに走っている間、
万が一アタマが真っ白になってしまっても、胸骨圧迫だけでもなんとか続けましょう!
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  by supersy | 2011-08-09 21:00 | Athletic Training | Comments(2)

Commented by かや at 2011-08-14 15:32 x
日本ではAHAの基準に乗っ取ってCPR-AEDの手順が決められていますね。
やはり人工呼吸は「いらない」ではなく「やらなくても差し支えはない」で,かつ「できればやって!」となっていてて,講習会でもおそらく人工呼吸の指導も入るかと思います。
手順は(AHAと同じで)CABです。
消防の行っている市民救命の講習会で既に2010年基準に乗っ取って講習が行われているかは定かではありませんが,新聞にも出たしぼちぼち通達が出て新基準での講習が始まってるんじゃないでしょうか・・。
Commented by さゆり at 2011-09-04 06:48 x
ちょっと今回の改訂は大きいですからね、新基準への移行は戸惑いも多そうですね。アメリカ内もちょっとわさわさしている感じです。やらなくても差し支えない、という表現はどうなんでしょうかねぇ…。酸素供給は大事だとは思うのですが…。ちなみにこの間、生まれて初めてEmergency Oxygenをヒトに使いました。EMTの人に「いいね、続けて!」と褒められました。

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