他人と自分を比べない。

ATEPの学生を見ていて、最近、おっ、と驚いたことがあって、
それから改めてそれについて考えて、驚いたことに驚いた、ということがありました。

なんのこっちゃって感じですよね。
説明します。

現在、私の下ではATEPの学生が2人(ひとりは2年生、ひとりは3年生)、
それから1年生のいわゆるPre-AT MajorのObserverという立場の子達が5人います。
(うちの大学ではPre-Professional Studentsと呼んでいますが)
彼らは、11月には私たちスタッフとの面接を控えていて、
プログラム選考を勝ち抜かなければ正式なATEPの学生になれません。
今のところ、倍率は2倍弱…くらいかな?要はその競争を勝ち抜かないといけないんです。

これをふまえて。

私は実習の現場で、彼ら学生のことを気にかけて仕事してます。
せっかく実習に来ているのだから毎日何かを学んで帰って欲しくて、
彼らが面白いと思ってくれそうな話題を見つけては話をしたり、
膝や肩等の人体モデルを毎日選んで持っていっては、
今日はこの部位の勉強しようか!と皆を集めてプチ講義してみたり、
現場で面白い怪我があれば、それについて掘り下げて説明してみたり、
誰が一番完璧なice bagを作れるかわいわい競争してみたり。
Pre-Proの学生たちは学期の真ん中で他のスポーツと入れ替わることになるのですが、
その甲斐あって(?)、Pre-Proの学生たちはWomen's Basketballとの時間を相当楽しんでくれたようで、他のスポーツに移る直前の今になって、“Syんとこに残れないかMary(Program Director)に聞いてみる!”と皆真剣に訴えています。他のスポーツでも学ぶこと一杯あるよ!成長してらっしゃい!と送り出してますが。

そんな皆でわいわいやってる日々の中で、何度かですが、学生たちが“見て見て!私頑張ってる” “見て!俺、あの子より出来てる”というオーラを送ってるのを感じ取って、少しびっくり。私は自分たちの生徒を、“あの子よりこの子のほうが”という目ではなく、それぞれ個人個人として見て、この子はこういうところがちょっと弱いんだなぁとか、この子のこういうところはすごく向いてるんじゃないかとか、日々それぞれに合った学び方を実習現場で試行錯誤し、どういうアプローチだとあの子はもっと反応してくれるのかな?と考えていたので、“私は/僕はあの子より上!”みたいな露骨なアピールに違和感を感じてしまったんですよね。いやいや、そういう風に上とか下には見てないから、いかに皆が自分らしいプロの姿を見つけ出せるかなのよ、その手伝いをしたいだけなのよと思って。ふふふ、学生って変なところに必死で可愛いなぁ、なんて思ったりしました。

たまに意識して、上級生が当然知ってるべきことを答えられなくてつまっていたりすると、
わざと下級生の子に答えさせて、ちょっとした危機感・緊張感を持たせようとしたりもするけど、
結局のところ、誰が誰より技術があるとか誰が誰より知識があるとか、
私が見ているところはそういうことじゃないの。
私は、ひとりひとりがプロのATとして将来働くことを前提に、
実際一人前になるのにはどういうエッセンスが必要なのか、
センセイは授業ではあんまり教えてくれないけれど、
現場で強かに生き抜いていくための心構えってどういうもんなのか、
そして、授業ではこう教わるけど、実はこうするともっとやりやすい、っていう裏技とか、
そういう現場に直結する力を、いかに面白いと思ってもらえるようなやりかたで
教えられるか、というところなんです。私にとって。
そして、彼らには、純粋に知ることって面白い!と思ってもらいたい。
勉強が苦手な子は特にね。

そこまで考えて、彼らの立場になってみた。
はて、私が学生の頃ってどんなんだったっけ?
プログラムに合格する前って?

もう7-8年前のことなので忘れかけていました。
そうだそうだ、自分に自信なんか全くなかったから、ものすごい危機感なんだった。
当然だけれども、誰も私のことを知らないし、
自分の力や能力を必死で見せないと、分かってもらえない、評価してもらえない。
評価してもらえなかったら、プログラムに入れない。それではアメリカに来た意味が無い!
まだ見ぬ選考の日を漠然と感じながら、周りと自分を比べてはどきどきしてたなぁ。
あまりにリアルに蘇ってきた気持ちに、そうか、皆少なからずこういう気持ちなんだよねと納得。
そして同時にあのそわそわ感を忘れていたという事実に、自分でちょっとびっくり。
年を取るってこういうことなのかしら。いやだわぁ。

あれから7-8年経って、プログラムに入る生徒を選ぶ立場になって、
しみじみと思うのは、当時の上司たちも私たちのことをよく見て、よく考え、
そして私たちの知らないところで多大な時間を努力を費やしてくれていたんだろうなぁ、ということ。
私は、上司の前で今、目に見える結果を出そうと必死だったけれど、彼らはもっと長い目で物事を見ていて、まだまだだけど努力してるじゃないかと微笑ましく思っていてくれたのかもしれません。
実際、私はMaryとよく学生たちの話をするし、他のACI・CIとも、Clinical Coordinatorという立場上、生徒と上手くやっているか普段の会話で何気なく聞いてみたりします。
あの子、現場でどんな感じ?とか、授業は上手くいってるみたい?とか。
これも日常のコミュニケーションの一貫で、別に誰かのアラ捜しをしたいわけじゃなく、
皆楽しめているだろうか?日々学び、成長できているだろうか?と確認がしたいだけ。
そして生徒のためだけじゃなく、ACIやCIにも生徒に関してストレスを溜めて欲しくないし、
彼らに吐き出したい愚痴があったら聞くのも私の役目。
問題があったらあったで、それが“小さなconflict”のうちに解決しておくべきだし。
物事を円滑に回すために一番大事なことって、
こういう小さな心遣いなんじゃないかと思うのです。

そしてもう一つ思うのは、いつから他人と自分を、自分の中で比べなくなったんだろう?ということ。
私は、Athletic Trainerとしてまだまだ未熟なのは自覚している。
知っていることが増えれば増えるほど、知らないことが倍のスピードで増えていく。
他のATから学ばせてもらうこともいっぱいある。
そうか、すごいなぁ、この人はこんな風にやるんだ、このやり方いいなぁ!と。
だから、同僚の仕事っぷりとか、むしろ結構よく見てるんです。見てはいるけれども、
自分と比べて優劣をつけようと思っては見ていない、と言ったらいいのかな。
私は私で、純粋に私になれる最高のATになろうと思っていて、
そのために努力したり苦労したりするんだったら全然構わない、と思っているけれど、
あの人よりもいいATになりたいとか、あの人より上だと見られたいとか、
そういうことはもう面白いくらい思わない。
自分が目指すATに向かう道、と、他のATが歩んでいる道、は、
どんなに今は平行に見えていてもいずれは徐々に離れていくし、
結局は別次元のものだと思っている。
だから、ありきたりの言葉だけど、他人は他人、自分は自分。
私は私の道を進んで、行き着けるところまで行きたい。

私のなれる最高のATになる。
この目標をたててから私のAT人生は非常にシンプルなものになりました。
無理して人と同じことをするんでもない。無理して他人と違うことをするんでもない。
自分が正しいと思うことを貫いて進んでいく。まっすぐ。まっすぐ。
道は曲がりくねるし、元いたところに戻ることもあるし、遠回りしたとしても、
それは私にとって“まっすぐ”行った結果だし、それが私なりの最短距離であることに変わりない。
ただし、目と耳だけは常にしっかり開けておくこと。
そうでないと、“こっちが正しいよ”ってシグナルが聞こえなくなっちゃうから。
もうちょっと言うと、歩み学んでいく中で、“正しいと思うこと”が徐々に変化するかもしれないという現実を認める、ということ。道中での価値観や信念の変化は、悪いことじゃない。むしろ、変われないというのは単なる弱さ。道なんて無限にあるし、どの道が正しいのかは自分の持てる経験・情報・技術全て活用してその場で判断するしかない。瞬発力も大事。それが“こっちが正しい”シグナルをちゃんと聞きわけられる、ということ。

ばばくさいかしら。
自分も年を取ったものねぇ、なんて思いつつ、
まだまだ若々しい、たまにちょっと青臭いコドモたちを見て、
若いってのも悪くはないのかもねぇ、
こういう時期も若いうちに彼らに目一杯楽しんでもらいたいわ、
なんて微笑んでおります。あ、これは本当にばばくさいなぁ!
彼らの面接まであと一ヶ月。
もっともっと生徒のことを知っておかなければ!

新米Clinical Coordinator、日々模索しつつ頑張っておりますよ。
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  by supersy | 2010-10-12 23:00 | Athletic Training | Comments(3)

Commented by かや at 2010-10-14 19:53 x
時として「あの人に勝ちたい」なんて目標も大事でしょうけれど(それが大きなモチベーションの一つにもなり得るし・・・),その「競争心」に固執しすぎてしまうのはよくないよね。うちの周りにも「あのひとより・・」とか「あの人は○○なのに,なんで私は△△」って言う人は結構増えてきましたね。「いいじゃん,自分は自分で」なんて言ってやりますが。
Commented by さゆり at 2010-10-15 20:55 x
でも比べたりしながら、その過程の中で自分の強みや弱みを発見して、更に自分というものがよく見えてくることもあるのかもしれませんね。卑屈や傲慢になったりしなければ別に悪いことじゃないのかな、と改めて思ったりしています。私はとんでもなくひどいATを見ては、あんなにだけはなるまいと心に誓ったりはしています(苦笑)。
Commented by かや at 2010-10-16 15:40 x
変な比べ方さえしなければ,競争心はモチベーションをあげる強い要素になるので,「比べる」ということは時として重要ですよね。社会に出ると比べられたり,競争したりということがとても多くなるし・・・
うま〜く競い合わせることで成果も上がりやすくなるしね。

加減と,個々の性格を見抜いてやることが大変だけど。

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