ふくらはぎ肉離れで人が死ぬ??

皆さん、血栓(けっせん、英語ではBlood clot)という言葉をご存知ですよね。
血管内の血液が何らかの原因で塊を形成すること(↓)、というのがその定義です。
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血栓というと、悪い印象しかないかも知れませんが、
ニンゲンのカラダにとって必要不可欠な面もあるんです。
例えば切り傷などを受けて出血してしまったとき。身体が自然と発動する止血のメカニズムの一環として、患部に様々な物質が送られ、血液を凝固させ、血栓を形成し、出血を止める(↓)、というプロセスが起こらなければ、血はいつまでたっても止まらない、ということになります。
実際、von Willebrand Disease(フォン・ヴィレブランド病)という病気の患者は、止血のプロセスの際に必要なプロテインが先天的に欠乏しており、血栓を作る能力が異常に低くなってしまいますから、…えぇ、無いと無いで大変なんです。大事なんです、血栓って。
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しかーし!
その血栓も、カラダがコントロールして作るからこそ、その力を発揮するのであって、
皆さんもご存知の通り、予期せぬ血栓は、人体に多大なる被害を及ぼします。
脳の中の血管で血栓が出来ればStroke=脳梗塞(いわゆる脳卒中、というやつです)、
肺だったらPulmonary Infarction=肺梗塞、
心臓であればHeart Attack=心筋梗塞(専門用語で言えばMyocardial Infarction)の原因となり、
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血栓が血流をブロックし、酸素を得られない組織の一部がどんどん壊死してしまいます。
脳、肺、心臓、どれも命に関わる重要な機能を担う臓器たちです。
それが壊死を起こすとなると、一分一秒の治療の遅れが、患者の命を左右する深刻な状態。

脳、肺、心臓だけじゃありません。それ以外の部位でも、大変なことになります。
血栓が詰まり梗塞状態が起こる、という状況は、
理論的に頭のてっぺんからつま先まで、人体のどの部位の血管でも可能なわけですが、中でも下肢のdeep veinに起こることが多く、これはDeep Vein Thrombosis(DVT)と呼ばれています。
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上右の写真はDVT患者の足です。左右の足が目に見えて違いますよね。
左の足全体が腫れ上がって、膨らんでいるようにも見えます。
これは左足で起こった血栓が静脈(末端→心臓と血液を運ぶ)を完全にブロックしてしまい、
それでも一方的に動脈(心臓→末端)から足へどんどん血液が運ばれてきた結果、
行き所を無くした血液で足全体が膨れ上がってしまった、という非常に危険な状態です。
これも脳卒中や心筋梗塞同様、壊死が徐々に進んでいく一分一秒を争う症状です。
命に今すぐ影響を与える心配はありませんが、手遅れになると足の切断を余儀なくされます。

血栓には3タイプあります。
1. Thrombus
2. Occlusive Thrombus
3. Embolus
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Thrombus…血管の壁にへばりついた脂肪分や凝固した血液(上図左)。
     程度に寄るが、血管を事実上狭くしてしまうので、血流を制限する原因となる。
Occlsive Thrombus…Thrombusが悪化、更にaccumulateして完全に血流を塞いでいる状態。
Embolus…Thrombusが壁から剥がれ、free-floatingとなって血流に乗っている状態(上図右)。
血流を完全に遮られてしまえば、そりゃー患部はすごい痛みでしょうが、Thrombusの段階では、例えば足で起こっていたら“何か足がだるい”程度、もしくは全く自覚症状が無いこともしばしば。それが壁からはがれ、Embolusになって全身を血流に乗ってtravelし始めると、雪だるまのように徐々に大きさを増すこともあります。で、細い血管に入ってしまったりして、つっかえてそこで梗塞を起こす可能性もそれと共に増えるわけで。それが脳だったり心臓だったりすると、前述の通りオオゴトなわけですね。

血栓が出来てしまう原因や要素は諸説ありますが、
有名なのがVirchow's triad(ウィルヒョウの三要素)。
1.Endothelial injury…怪我や喫煙、高血圧、肥満、糖尿病等が原因で
         血管皮下細胞が損傷を起こし、そこから血栓が生じる。           
2.Abnormal blood flow…ギプス固定や寝たきりが原因で起こる長時間の血管圧迫、
         また、動脈瘤や静脈瘤がある箇所で発生する渦が原因で血流が滞る。 
3.Hypercoagulability…脱水や高脂血症、妊娠・出産時、老齢が原因で起こる、血液の
   thicknessの変化。つまり、サラサラな血液に比べドロドロなほうが血栓が起こりやすい。
エコノミー症候群、みたいに短時間で起こってしまう症例もありますけれど、
やっぱり全体的に見て生活習慣の影響は非常に大きいように思います。
適切な食事と適切な運動。これに限りますね。ま、言うのは簡単ですけども…。。。

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さて、前置きが長くなりました。
とある方から聞いたこんな話をちょっと紹介したいんです。
その人は50代半ばのおじさまなのですけれど、数年前にこんな体験をしたそうです。

ジムで運動中、左のふくらはぎに攣る直前のような張りを覚えて、
中断してストレッチをしようとしたところ、バチンという感覚と共に痛みが。
医者の診断は、ふくらはぎの筋肉の部分的断裂(Grade 2 Strain)。所謂肉離れってやつです。
しかし、症状はそれほどひどくはなく、歩行も困難ではなかったことから、
その後、Athletic Trainerにice & compression等で治療してもらったりもしながら、
趣味のゴルフには欠かさず行っていたりと、比較的アクティブに過ごしていました。

しかし、怪我から4-5日経っても、良くなるどころか腫れもひどくなり、痛みも増すばかり。
そのうち“ふくらはぎの中にナイフが入っているような”激痛になり、
歩くどころかベッドから出られなくなってしまい、仕事も休むことを余儀なくされました。
これはおかしいと、長年行きつけの医者に電話してみると、
“今はちょっと家を空けてるんですよ、あと2日で帰るんで、朝イチで診ましょう”とのこと。
とりあえずそれまで待とうとベッドで療養を続けていました。

翌日になって、丁寧にその医者が心配の電話を入れてくれたときのこと。
“いや、調子はどうかなぁと思って。明日には仕事に戻りますからね。どうですか?”の質問に、
“とんでもなくひどい。ついさっきまで胸の上にゴリラでも座ってるんじゃないかと思うほど、
何だかとっても重たかったんだ。それは無くなったけど、今はすごく息が苦しい”
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一瞬にして医者の声のトーンが曇ります。
すぐに体温を測るよう指示され、それが103F(約39.5℃)と聞くや否や、
“今すぐに病院に行きなさい”
“えぇ、面倒くさい、どうせ明日朝イチで診てくれるんだろ、それを待つよ”
“…分かりやすいように率直に言いましょう。今行かなきゃ、明日を待たずに死ぬことになります”

実はこのときまで既に、彼の身体をひとつの血栓が蝕んでいたのです。
肉離れと共に、患部では多量の内出血があったはず。
そこで徐々に形成されたであろう血栓は、ふくらはぎの血管を塞ぎ、
足の腫れ及び激痛を起こした後、Embolusに変化して、全身を巡り始めました。
彼が胸の痛みと圧迫感を訴えていたとき、その血栓はまさに心臓を通過していたのです。
そして電話の段階で肺に達し、肺梗塞を起こし、肺の中で出血が進んでいたところでした。
すぐ病院に駆け込むと、ひとつの肺はもう血液が充満、もうひとつも危ない状態だったそうです。
結局、長期入院し、何とか後遺症もなく退院することができましたが、
あの時、医者が電話をかけてきてくれなかったら…。
間違い無く彼の命はその日に消えていたでしょう。

それにしてもふくらはぎの肉離れが命を脅かす結果になるなんて!
背筋がゾッとする、実に怖い話です。どがーんと衝撃を受けました。
だって、足の怪我なんて、職業柄しょっちゅう見てますもん!
自分でやったことも一回や二回じゃないし!私も今まで危なかったのかしら?

色々調べてみたのですが、Minor leg injuriesが原因でBlood clotが出来る、という例は
かなり多く、研究でもそのcorrelationが確認されているようです。
※ここで言うMinor leg injuriesの定義は、「足首の捻挫やふくらはぎの肉離れ等の、手術やキャスト、
長期のベッドレストを必要としない脚の怪我」。

最初は正直、このケースは彼の年齢(50代半ば)もあるからな、と思っていたんですけどね、
調べるうちに高校生の死亡例も発見しましたし、
とりあえず確実に「足の怪我⇔血栓」の因果関係は存在するみたいです。

文献を調べたわけではないので詳しいprevalenceは分かりませんが、
ちょっとネットで調べただけでもこんな記事こんな記事も見つけました。実際の死亡例も。
そんなわけでタイトルの“ふくらはぎ肉離れで人が死ぬ??”というのはちょっとoverstatementですが、決して有り得ない話ではありません。minor leg injuryとblood clotの関連性というのは、徐々に注目されつつある、hot topicなのかも知れません。これからもちょっと注目してみたいと思います。とりあえず、文献をいくつか読んでみたい…。
Athletic Trainerとして、“こういうことが有り得る”ということだけでも頭の隅に入れておけば、
万が一の時に迅速な対応ができるかも知れません。良い話を聞かせていただきました。
いやいや、しかし、実に怖い話です。
何度も言いますが、人体って不思議だらけだ。。。
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  by supersy | 2010-05-25 23:55 | Athletic Training | Comments(0)

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