読みたいと思う論文に対する熱量、体力が最近低下気味です。
もうちょっと休み休みいきたい…が、全然論文読めないままなのも気持ち悪い…ということで、久しぶりにひとつ1読んでみます。
慢性疼痛と抑うつ状態の関りは密接であり、"The Pain-Depression Dyad"と呼ばれることもある2そう。Dyad (ダイアド)という言葉は2つで一組の、という意味合いがあり、実際、慢性疼痛「のみ」、抑うつ状態「のみ」よりも「二つが共に発現している」確率の方が高い3,4ので、この呼び名なんだと。
身体の右半身は脳の左半球によって、左半身は右半球によって司られている - というのはもはや常識かと思いますが、これを痛みというコンテクストで解釈すると、
1) "[P]ain in the left hemibody is represented in the somatotopically organized [primary somatosensory cortex] of the right hemisphere (p.876)1"
左半身に生じる「痛み」は右半球の一次体性感覚野に表されており、
2) "[P]ain in the right hemibody is similarly represented in the [primary somatosensory cortex] of the left hemisphere (p.876)1"
右半身に生じる「痛み」は左半球の一次体性感覚野に表されている、
ということになります。
その他に、痛みと関連があると考えられている脳の部位は1) Thalamus (視床)、2) Insula (島皮質)、3)Anterior Cingulate Cortex (前帯状皮質)などがあり5、これらは興味深いことに抑うつ状態/うつ病とも関連性があると指摘される脳部位と一致6,7します。
んで。ここからが知らなかったこと。
これらの脳部位は右にもあれば左にもある、という左右対称性があるにも関わらず、抑うつ状態に問題が出るのは一般的に右半球のそれ、ということが分かっている8,9んですって。つまり、抑うつ状態の方の脳を検証すると、右半球の脳活動が異常に上がっていたり、下がっていたりするようなんですよ。びっくり!
このへんについて、現存の文献を掘り返して、Literature Reviewをしてみよう!というのが本論文の主目的です。私が面白いなぁと思った箇所を主観と偏見で抜粋していきます。
- 精神疾患患者の訴える疼痛は左半身に発現することが多い
- 痛みが左半身に発現している場合、Emtional Outcomes (情動的アウトカム)は乏しいことが多い(具体的には抑うつ状態、不安状態が高かったり、QOLが低かったり)
- 侵害受容刺激が身体に加えられたとき、一次体性感覚野の活性は対側で起こるが、視床・島皮質・前帯状皮質は刺激が右・左半身で起こったかに関わらず、右側の活性がより顕著に起こる
- 視床部: 介入をしても改善が見られないうつ病患者は、右視床部の過活動が見られる; 改善が見られた患者の中でも、右視床部の活動が高い場合は6週後のフォローアップ時に臨床アウトカムが低い10
- 偏頭痛とうつ病を併発している患者は、右視床部の活動が低下している11
- 不顕性うつ病(Subclinical depression)を抱える大学生を一年間追跡する縦断研究では、1年後のうつ病深刻度を予期できた唯一の要素が右視床下部の活動異常だった12
- 島皮質: こちらも同様に、認知行動療法や抑うつ剤の治療応答性は右島皮質の機能的結合性と連動しており、抑うつ症状の程度も右島皮質の機能的結合性や活性度と関連性がある
- 前帯状皮質: 疼痛による情動に大きな影響を与える皮質辺縁回路の一部であるこの部位でも、抑うつ症状がみられる患者では右側のみ機能的結合性に異常が見られたり、内的機能の安定性が低かったりする
- 前帯状皮質の灰白質部位の体積はうつ病患者の5年後の症状を予期する13
Lateralized Pain-Depression Dyad
神経信号にアクティブとパッシブな性質があるとしたら、1) 細胞の神経的機能 - 活性度や結合性などはアクティブに、2) 皮質厚や体積などの器質的、形態的側面はパッシブに、それぞれ分類できるのではないか、と筆者らは提案1しています。それを踏まえた上で、Lateralized Pain-Depression Dyadというフレームワークからこの現象を紐解いてみてはどうか、と論じているのです。つまるところ、右脳と疼痛/抑うつ症状との関連性はアクティブな性質によるもので、左脳と疼痛/抑うつ症状とのつながりはパッシブなものである、と。だから症状の進行の程度や疼痛の有無で左右差が顕著に見えてくるし、疼痛⇔抑うつ状態のつながりも生まれてしまいやすい、と。ふーむ。
抑うつ状態の脳 - 特に右半球のアクティブな性質異常は左半身に心因性疼痛(Psychogenic Pain)を創るし(上図)、
*本文より、「左半球のパッシブな性質の変化はより局所的に留まることが多い(皮質特定部位の厚みが増えるなど)。疼痛を生じさせるほどのパッシブ性質異常が起こる場合、それはもはやアクティブな性質異常を伴っていると思われる」とのこと
左半身に生じた慢性疼痛が右脳のアクティブな性質の変化を、右半身に生じた慢性疼痛が左脳のパッシブな性質の変化を生んでいけば、時間の経過と共に脳は抑うつ状態にどんどん近づいていく(上図)、ということになります。
なんでそうなるのかは全くわからないけれど、という限定的なセオリーではあるのですが、起きている現象の説明としては興味深いなぁと思って読んでいました。もしかしたら、動的に優位な右半身をできるかぎり保存、保護する目的もあって、痛みは左半身に生じさせているのかな?という考察もありましたが、うーむ、ここまでの被験者も恐らく大多数が右利きなんだろうし、「利き手」によって引っ張られた、そういう側面もあったりするのかなー。抑うつ状態が左半身の疼痛を、疼痛経験が抑うつ状態を、それぞれ作り出すかもしれない…というディスカッション、面白かったです。脳の、身体のLateralizationについて興味がある人はぜひ!7月まではオープンアクセスみたいですー。
1. Maallo AMS, Moulton EA, Sieberg CB, Giddon DB, Borsook D, Holmes SA. A lateralized model of the pain-depression dyad. Neurosci Biobehav Rev. 2021;127:876-883. doi: 10.1016/j.neubiorev.2021.06.003.
2. Goldenberg DL. Pain/Depression dyad: a key to a better understanding and treatment of functional somatic syndromes. Am J Med. 2010;123(8):675-682. doi: 10.1016/j.amjmed.2010.01.014.
3. Bair MJ, Robinson RL, Katon W, Kroenke K. Depression and pain comorbidity: a literature review. Arch Intern Med. 2003;163(20):2433-2445. doi: 10.1001/archinte.163.20.2433.
4. Rijavec N, Grubic VN. Depression and pain: often together but still a clinical challenge: a review. Psychiatr Danub. 2012;24(4):346-352.
5. Hashmi JA, Baliki MN, Huang L, et al. Shape shifting pain: chronification of back pain shifts brain representation from nociceptive to emotional circuits. Brain. 2013;136(Pt 9):2751-2768. doi: 10.1093/brain/awt211.
6. Robinson MJ, Edwards SE, Iyengar S, Bymaster F, Clark M, Katon W. Depression and pain. Front Biosci (Landmark Ed). 2009;14:5031-5051. doi: 10.2741/3585.
7. Goesling J, Clauw DJ, Hassett AL. Pain and depression: an integrative review of neurobiological and psychological factors. Curr Psychiatry Rep. 2013;15(12):421. doi: 10.1007/s11920-013-0421-0.
8. Rotenberg VS. The peculiarity of the right-hemisphere function in depression: solving the paradoxes. Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2004;28(1):1-13. doi: 10.1016/S0278-5846(03)00163-5.
9. Hecht D. Depression and the hyperactive right-hemisphere. Neurosci Res. 2010;68(2):77-87. doi: 10.1016/j.neures.2010.06.013.
10. Yamamura T, Okamoto Y, Okada G, et al. Association of thalamic hyperactivity with treatment-resistant depression and poor response in early treatment for major depression: a resting-state fMRI study using fractional amplitude of low-frequency fluctuations. Transl Psychiatry. 2016;6(3):e754. doi: 10.1038/tp.2016.18.
11.
11. Ma M, Zhang J, Chen N, Guo J, Zhang Y, He L. Exploration of intrinsic brain activity in migraine with and without comorbid depression. J Headache Pain. 2018;19(1):48. doi: 10.1186/s10194-018-0876-9.
12. Zhang X, Li X, Steffens DC, Guo H, Wang L. Dynamic changes in thalamic connectivity following stress and its association with future depression severity. Brain Behav. 2019;9(12):e01445. doi:10.1002/brb3.1445.
13. Serra-Blasco M, Diego-Adelino J, Vives-Gilbert Y, et al. Naturalistic course of major depressive disorder predicted by clinical and structural neuroimaging data: a 5-year follow-up. Depress Anxiety. 2016;33:1055–1064.